17 領主カイの努力
今回は領地づくりの説明が多く、カイの領主としての努力の回です。頑張っていますが悩みも多く、なかなか大変な様子。
クレメンスが王都に戻り、1ヶ月が経った。
タヴァナー領では魔鉱石の採掘の他、ベルが始めた等級の低い魔鉱石の欠片や屑を使った成形魔鉱石と納入後使い勝手がいい魔石作り、これもベル作だ、を続けていた。
これらは王都に納めるだけでなく、ベルが訓練を兼ねてどうしても出てしまう規格外な石に冷気や熱を込めて領地の各家や個人に配ることにしたため、領地ではレイゾウコが当たり前に、そしてコンロが贅沢品ではあるが使えるようになった。
レイゾウコはうちと同様箱の上部に入れて中の物を冷やす形で昔の日本の冷蔵庫と同じなので、食品の保存が効くようになった。さすがにコンロは毎日使うのはちょっと大変なので、基本的には炭や薪を使ってもらう。でも、こういう物が家にある、というのは領民にとっては嬉しいことのようだ。
そしてこれが驚きなのだが、発熱用の魔石はなんとスターターで擦れば誰がやっても発熱することがわかった。これは領民が『コンロとはそういうものだ』と思って使い始めたことで魔力や魔力操作がどうのではないので、魔力酔いの心配もない。イマジネーションの勝利と言えよう。すごすぎる!
レイゾウコ用の魔石は、残念ながら最初のムニュムニュポンプは領民たちではできないので、分けるときに俺かベルが冷気を発するようにしてから渡した。
空になった魔石を持って来てもらって、それと引き換えに満タンの魔石の冷気の口を開けて渡す。『リサイクルでSDGs!』とベルは嬉しそうだ。
まあ、これは領民たちと定期的に顔を合わせる機会になるのでとても役に立っている。どんな人達が、どんな生活ぶりか、困っていることはないか、そういったことが自ずと見えてくるのだ。
それにしてもこのシステムはエネルギー源であるベルがいて成立するので、脆弱すぎだ。何か考えなければ…。ああ、俺にもっと力があればなぁ、と思わずにはいられない。
いずれにせよ、レイゾウコは領民の生活の質の向上にも役立った。保存が効くため商人たちから食料品を買う量が増えたことから、彼らが商売に来る頻度が上がり、また持ってくる商品の内容にも変化があった。
乾物などの保存食や日用品だけでなく、天日干しの半生のものや隣のトウワからの生の果物類も持ち込まれるようになったのだ。採掘場を監督に行くと、
「今日は帰ったら魚焼いて食べるんだ。楽しみだよ」
「いいな〜酒のつまみにもなるんだろ?うちも今度買ってみよう。」
「あたしはオレンジとベリーを買ったよ。美容にいいらしいからね」
「おいおい、それ以上美人になったら大変じゃないか」
「あっはっはっ、だろう?しかも塩湖で取れた塩で作った『スクラブ』のお陰で肌もつるつるさ!これなら王子様にも惚れられるだろうね」
「言うねえ〜」
なんて会話が聞こえてくる。領民が収入を自分の楽しみのために使うようになったことは喜ばしい。領民の生活に余裕が出てきたということだから。
タヴァナー領は魔鉱石の採掘と輸出を俺のところで管理していて、切り崩しや運び出し、運搬などの仕事に応じて賃金を支払っている。俺は領主だが採掘のための計算や計画、採掘方法の決定、割り振りなど鉱山技師のような仕事もしているというわけだ。
領民の生活はほぼ自給自足で主食の小麦と芋類は農業を営む領民のおかげで間に合っているし、その他にキャベツやレタスや白菜なんかのいわゆる高原野菜も育てて売っている。他の作物や食料品で足りない分は領地でまとめて仕入れて領民が買える値段で分けているから、鉱員は生活にはそう困ってはいなかったはずだ。
でも領民の生活はラクではない。彼らの生活は慎ましやかで、賃金と彼らの生活を比べれば、全て生活に費やすのではなく、貯蓄に回したりどこかに送金したりしていることがわかる。
しかしだ。俺が領主になる直前まで妹のルナと一緒に魔石を作って王都に納めたり輸出したりしたことと、ここに来てベルの活躍があったこととで父親と兄の作った借金は繰り上げて返済でき、今後は黒字になる。領民達の税を引き下げることもできるし、道路や鉱山の整備、医療、福祉などの公共事業に取り掛かることもできるのだ。
「やっとだ…」
まだまだ先は長いとは言え、借金の返済から貯蓄への転換は領地にとっては大きな変化だ。魔鉱石の産出と林業を堅実にしていけば長期に渡って領民が暮らしていくことができるだろうと考えてはいたのだが、情勢は変わりつつある。しかもこの1ヶ月あまりでだ。
アンドリューが言っていた守りの力を込めた魔石もこれまでの教会だけでなく貴族や裕福な商人の家にお守りがわりに望まれるだろう。その他の用途についても、うちの領地での使われ方を見れば、すぐに需要が増えるはずだ。貴族たちも魔力酔いが軽減されるならこれから先どんどん練習して自立していくはずだ。
まず最初に貴族の家で不可欠となり、その後じわじわと富裕層に広がっていく。貴族以外でも魔力を操作できる人々が現れてくることも予想される。
心配していた埋蔵量も、父と兄が適当だったことで調査していなかったが、予想していたよりもずっと多いようで、これはかなりありがたい。リサイクルできることもわかったし。
このままいけば人口も見込んでいた100人ではなくもっと増えるかもしれない。そうなればやはり公共事業の計画はしっかり立てておかなければならない。
まずは、鉱山周りの道路の整備、そして医療設備だろうか。採掘はもう少し増やしても市場がダブつくことはなさそうだから、運搬や鉱員の移動がラクになるようにしたい。
「それには、もう少し資金が必要だよなぁ…」
守りの力を込める方法がクレメンスから司祭たちに伝わり、自分たちで作り・使えるようになったことは喜ばしいが、元々あった魔石を利用していることが多い。
また配布先はまだ教会が殆どなので、うちに入るのは新たに王都に教会用に納入した魔鉱石及び魔石の分の代金だけだ。それ以外の流通によって生まれる利益がうちに入ってくるのはもう少し先になる。
それでも王都への納品は予想以上にできているし、向こうでもクレメンスとアンドリューが頑張っているようで王都以外の所への流通もスムーズらしい。もう少しの辛抱、と考えたい。
鉱山周りの整備に取りかかれるのはおそらく来年、暖かくなってきた頃だ。それだって資材を発注するのは夏頃だろうし、そのための資金が入るのも見込みであって決定とは言えない。『多分大丈夫だろう』それくらいだ。絶対と思わず用心しなければならない。
それまではこれからやってくる寒い冬を越すために食料や燃料を蓄えつつ整備の計画を立てる。領民の消費についてはこのまま横ばいか上向くことは間違いないので、商人には今後も定期的に来てもらおうと思う。
特にベルの故郷のトウワ領の果物や酪農関係の食品は近いだけになるべく多く来てもらえるようお願いして、保存食品を作っておこう。レシピはベルがあれこれ考えてくれているものをどこかのタイミングで領民と一緒に作って伝えられるよう日程を調整しよう。
あとは、さすがに魔石だけでは全てを補えないので、煮炊き用燃料の炭焼きをテコ入れすること、それでも部屋の中の暖房のためには換気が少なくてすむように熱の魔石も今から多めに作ること…これもベルに頼まなくてはいけない…こう考えると領地の発展はベルの肩にかかっていることがはっきりして、俺は彼女に対する誇らしさとともに自分の不甲斐なさに焦りを感じた。
『ああ、俺にもっと力が…』
またこれだ…。今は仕方がないとわかっていても、もっと自分に力があれば、と今日も思わずにはいられないのだった。
しかし、落ち込んでいる暇はない。俺の複雑な心境はさておき、秋も深まる前から俺達は冬のための備えを始めた。炭焼小屋を修理・改築しながら材木を集め、各家庭用に熱の魔石を使える火鉢を準備し、乾物類を仕入れ、ジャムなどの甘味を作って保存する。毎年のことなのに今年は何となく領地は明るい雰囲気に満ちていた。
知性派文官ランドルフがタヴァナー領にやってきたのはそんな時だった。
お読みくださりどうもありがとうございます!カイへの応援よろしくお願いします。