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14 クレメンスとの協力2

クレメンス、若者らしく頑張っています。ベルは思ったよりもスパルタでした。

 朝食後、すぐにクレメンスは俺と一緒に魔石の研究を始めた。


 まずは昨夜ベルにやってみるように言われた守りの力を込めるための準備として、素となる魔鉱石を魔石にすることにした。そう、水に魔力酔い成分を溶かしながらだ。


 ベルはあの漆塗りの入れ物に卵に牛乳と砂糖を混ぜた卵液を準備してからクレメンスにバゲット、というか目の荒いパンの一切れを渡して、


「いいですか?イメージが大切です。まずはこうしてパンを押します、はいどうぞ」


「…はい」


クレメンスは素直に指示に従ってパンをムニュムニュと押す。


「そうです、では押しつぶされたパンをこうして卵につけてからゆっくり放すと、パンに染み込みますね?」


「…はい」


ベルの真似をしてクレメンスが卵液にパンを浸しながら押した手を緩めると卵液がパンに染み込んでヒタヒタになる。


「そうです、それと同じことをお水の中で魔鉱石にします。今、パンに卵液が吸われる感じがしたでしょう?実際には卵ではなくクレメンス様の魔力を吸わせるのですが感覚としてはよく似ています。


 その時に体の中に魔力酔い成分ができますから、パンに卵が染み込むのと同時に、指先から魔力酔いのあの感じが出ていくように」


 二人きりにするのが我慢できずに厨房で書き物をしながら様子を見ていた俺だが、苦笑する。


 大真面目な二人だけど、何この絵面…ええと、料理教室かな?…説明も卵液と魔力と魔力酔いが混ざっててクレメンス大丈夫なのか、って言うか、どうしても説明はパンなんだな、と思う。生活に密着した妻の説明力にちょっとだけ気が遠くなる。うん、昨日ベルの話はわかりにくいぞと警告はしたけどね…。染み込ませるとか出すとか、難しくないか?


「あの、イザベル様…」


「なんですか?」


「その、染み込ませるのに出すというのは…」


 だよね、さすがクレメンス、俺と同じところに引っかかったか。いい質問だ…どうでもいいが顔が無だぞ、やっぱり俺と協力することにして良かっただろ?


「石に触れている指の腹から魔力を込めると、同時に魔力酔いの成分ができ始めますから、身体に回る前に指先、ええと、爪の間かな?から出すの」


「爪の間?」


「そう、指の腹が石に触れているなら爪側は水に浸かっているだけでしょう?そちら側に魔力酔いの成分を出す感じです」


「魔力も出して成分も出してということは、指先で魔力と魔力酔いを2方向に分けるということですか?」


 ふむ、聞けばなるほど、確かにそれは難しい気がする。そもそも魔力酔いの素はそこでできるのか?そしてそこから身体全体に回るということか?


 そもそも魔鉱石に魔力を込めるなんて俺にはできないから感覚としてわかるのかも想像できない。卵液がパンに染み込むのはわかるけどな…。そんなに似てるのか。


 自分が魔石から魔力を引き出す時にはとにかく気持ち悪くなるだけで、どこでできているかなんて考えもしなかったし、それだって引き出してちょっと物を温めるくらいだ。


「あー…ええと…」


 ベルはちょっと困ったように首を傾げると何やら考えていたが、


「そうねぇ…魔鉱石に魔力を込めるのは、込めるというよりも自分の魔力を吸わせる感じかしら。パンに卵を吸わせるのと同じく、魔鉱石の隙間に自分の魔力を吸わせる…わかりますか?」


「吸わせる…」


「指の腹から魔力がチューっと。その卵が吸われるのと同じ…ああ、それか、赤ちゃんの口を指で触れると舐めてチュッチュッと吸うでしょう?あれ」


「赤ちゃん…」


「ええ、授乳のほうがわかりやすいけど男の人には無理だものね」


「じゅ…授乳…」


 クレメンスがガーンという顔になる。そうだね、この世界のエリート学生にはわからんね。いや、子育てしていた俺にも授乳は無理だが。そしてベル、君も本当はここではそれ知ってるって言っちゃあいけないやつだよ。


「一度吸われる感じがつかめたらその後は放っておいても続くから、素早く指先でできた成分を反対側の爪の間からジワッと出すことに切り替えるの。一気に両方は難しいかもしれないから、最初は吸わせる方だけやってみましょうか」


 衝撃を受けるクレメンスだったがやらないわけにもいかないので、ベルの言う通りまずは魔鉱石に魔力を吸わせる練習を始めた。


 しかしそれがもう大変だった。クレメンスが魔力を出して石に吸わせるという感覚を掴むのも大変、そしてそれをすると魔力酔いをおこすのでそれを治めるまでの時間がかかるのが大変、具合の悪いクレメンスを見守るのが大変…まあそれは放っておけばいいのだけれどベルが心配しているのを見るのが不愉快だったから俺が付き添っていたのだ。


 クレメンスは優秀だから回復はまあまあ早いけど、ベルがすぐに次をやらせようとするから、適度に休憩をいれてやらなければならなかった。あんなに具合悪そうなクレメンスに頑張れって言うベルはちょっと恐ろしかったよ…。


 それにしても暴走気味のベルを相手にクレメンスはよく頑張っている。あんなに失敗するのが嫌いなはずなのに。まあベルが2ヶ月間ずっと実験を繰り返していた経緯を知っているので自分が諦めるわけにはいかないと思っているようで歯を食いしばって耐えているのだろうが。


 そうだよ、ベルは最近では1日に20回くらいって言ってたもんな。魔力酔い成分を抜けるようになったとは言え、最初はきっと大変だったと思うからすごい努力だ。小さい頃からオエオエ言いながら頑張ってたし…俺の妻はすごいな、と魔力酔いに苦しむクレメンスを横目に感心する。そして、やっぱりクレメンスはいい意味で魔術バカで…しょうがないなぁと感じつつも、『うまくいかない姿はかっこ悪くなんかない。それにここには俺達しかいないんだから、いくらでも失敗すればいい。俺等は頑張る若者を応援するぞ』と思った。


 言わないけど。


 その後、結局のところ、クレメンスは魔力を込めるのと魔力酔い成分の放出を同時にするのは難しいことがわかった。なので、まずは魔力を込めて、すぐに水に出す、の二段構えにすることにした。まあ感覚が難しいということだろう、授乳ができないしね…でもいつかできるようになるかもしれないから、引き続き練習はすると言っていた。


 言うつもりはなかったのに、何となく可愛くて、つい『よく頑張ったな。こういう一見無駄だけど、やってみたかどうかは大事だからね、いい経験だと思うよ(授乳は無理だけど…)』と声をかけると、クレメンスはびっくりしたようだがちょっと嬉しそうに頬を染めた。


 何、俺に惚れるなよ…いや、あのベルのシゴキを考えれば、俺の優しさにキュンとするのも当然か。


 こうした3日間の特訓の成果でクレメンスはだいぶ短時間で魔力酔いを解消できるようになった。そしてそのおかげで魔石作り、そこから魔力を引き出しての変換と用途別の魔石作りがまあまあ短時間でできるようになってきた。


 クレメンスはアンドリューと同様優秀だから、俺とは違って魔力酔いの耐性はあるのだけれど、それでもツラかったはずだ。ゲームではサラッと『天才魔術師』なんて描かれていたけど、実際には魔力を操作するのはそんなに簡単なものじゃない。


 この世界のエネルギーは薪、石炭、ガスが基本で、魔法で何かするなんてほんの一握りだ。貴族の嗜み程度。それでもイザという時の守りのために石に魔力を込めたり、教会に設置して人が控えていたりする。


 ゲームではそういう選ばれし人々が攻略対象者だったのだ。彼らすごい。平和で、そんなに使う機会も無いのに修行して、魔法騎士やってたり、魔術師だったり、それで恋までしちゃったり。いや、俺も一応はできる設定だけど、こんなのできないのと同じ。ゲームで見るのと実際に生きるのでは違うものだ。


 妹のルナもベルも本当にすごいよ、そう思いながら二人の練習を見守ってきたのだが。


 ベルはクレメンスの上達具合と、教えながら自分の感覚を振り返って、


「これだったら、もう最初の魔石づくりで水魔力入れるのもできるんじゃ?」


と思案顔だったが、それにはこれまで以上に膨大な魔力と練習が必要だと思うので、心配だから絶対に、絶対にやめてほしいと伝えると、渋々承知してくれた。


 実際、俺ももしかしてそれもイケるのでは、と思っていたのだが、そう言ったらベルは本当にものすごい特訓しそうだ。俺が見ていない時に倒れられると困る。


 魔石は魔力を多めに貯められるし安定して引き出せる良さがあるからそれほど身体に負担がかからないかなと思うけど、本人が直接入れるとなるとどうなるのか俺にはわからない。おそらくあのプッシュプッシュいうコントロールも見た目ほど簡単じゃあないだろうし、合わせてするとなれば大変だろう。


 そして、何より、自分の中の魔力を用途別の魔力に変えて出せるようになったら、ベルのことだから次は手の先とかから直接冷気出そうとか言い出すよね?そして恐ろしいことに、できてしまうような気がする…。だってイメージが重要なことがこれまでに証明されちゃってるから。それはもう魔術士じゃなくて魔法使いだ。そんなのにベルがなるなんて、危険!絶対にどこかに連れて行かれる!


 俺はさ、そんなに便利だったり裕福だったりしなくても、ベルと仲良く平和に暮らせて、領民が安全に安心して生活できればそれでいいんだ。


 そりゃあもう少しはなんとかしたいと思っているけど、それだって普通でいい。上昇志向に欠ける?当たり前だ、前世公務員で退職目前だったんだ、向上心はあるが上昇志向はない。まあ、あるヤツもいたけど。


 でも俺はそういうんじゃなかった。真面目に市民のために働いて、人を育てて、街を育てていく、そういう普通のことが重要だって思ってた。部下たちにもいつも言ってた。「まちづくりは人づくり」だって。ああ、話が逸れた。


 それに俺の不安はそれだけじゃない、そんなことが起きたら、ベルがヒロインのルナ…俺にとっては妹だけど…の立場になってしまいそうで、怖い。ベルの自由さに制限をかけるようで後ろめたくはあるけれど、それは譲れない。俺は二人の特訓を見ながら重たい気持ちを抱えていた。

お読みくださり、どうもありがとうございます。


ゲームと違って、実際には華麗に魔力で〇〇を!みたいな感じにはそうそうならない世界でした。

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