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13 クレメンスとの協力1

 クレメンスとの話が終わった時、ベルが夕食だと呼びに来てくれた。


「ベル、ごめんね、君にだけご飯の準備させちゃって」


「いいのよ、どうせほら…」


 ベルはチラッとクレメンスを見ると、ソファに座る俺の耳に手を当てて


「作り置きだから、手抜きなの!あ、でもスープは作ったわよ?」


と囁いた。


 ああ、もうなんでそんなに可愛いのか、君は。それに作り置きって、これまでにそれを作る時間をかけてくれたからあるわけで、全然手抜きじゃないし、むしろすごいご馳走だって思うし。


「ありがとう、楽しみだよ!」


そう言って立ち上がり、ベルの手を取る。


「あ、ベル、クレメンスの分は」


「もちろん一緒に食べるつもりで作ったわよ。簡単なものだけどね、クレメンス様はそれでいいかしら?」


「あ…ありがとうございます」


 さっきまでの話から思うところがあるのだろう、クレメンスは真面目な顔で答えた。年上だってことも大きいのかもしれん。何にせよ、俺達は食堂へ向かった。ベルは


「カイったら、クレメンス様のこと呼び捨てなんて、随分と仲良くなったのね?」


なんて呑気なことを言っていたから、俺達は乾いた笑いで返事をしておいた。




「では、いただきます!」


俺はいつも通り手を合わせて食前の挨拶をすると、まずはスープを一匙すくって口へ運んだ。


「んん〜、うまーい。これ、エビ?ホタテ?」


「当たり。両方を水戻しして出汁をとったの。後はレタスと卵ね。領地の高原レタスよ」


「これ好き。前よく作ってくれたよね。ここでは初めてなような…」


「そうね、商人から海産系の乾物が買えるようになったから。これからは時々作るわね。そうだ大豆から豆乳も作れたし、次は豆乳入りのスープにしようかな」


 既に並べられたいくつかの皿と俺達の様子を見て目を丸くするクレメンスに、いいから食べてみるように促す。うちでは順番に料理が運ばれてくるなんてないし、給仕もいないんだ。彼は恐る恐るといった感じだったが、スープを一口飲んで


「…!おいしい!」


と言って、ハッとこちらを見る。


「あ…」


「いいのよ!そう言ってもらえて嬉しいわ!足りなければ言ってね!」


ベルはすっかり令嬢らしさを取り払っている。その様子に


「あの、こちらはイザベル様がお作りに…?」


とクレメンスが尋ねる。


 そうだろう、貴族令嬢のベルが食事の準備をするなんて、誰が思うだろうか。でもベルはする、というか得意だ。俺が自慢することでもないが。


「そうだよ、うちは知っての通り父が領地経営に失敗した。そもそも小さな、鉱山しか産業のない小さな領地なのに、だ。それをベルの家に、トウワ子爵に救ってもらったんだ。今は持ち直したとはいえ、贅沢をしていい身ではないと思っている。だから自分たちでできることは極力人に頼まないようにしているんだ…ベルに…苦労をかけるのは心苦しいが」


「ふふっ、いいのよ。食材は質素だし凝ったものではないから大変じゃないわ。でも代わり映えしないメニューでカイは飽きないの?」


「そんなこと、あるわけがない!」


「ふふっ、カイはいつもそう言ってくれるわよね。ありがとう。私は自分で料理するっていうのは自分が好きなものを作って食べることができるから実は結構オトクなのよ?それに家事をするのは集中できてかえって頭がスッキリするし、正直仕事がないと暇なのよね」


 俺達の惚気みたいなやり取りに驚いているクレメンスだったが、ベルのその発言に思わずといった感じで、「…暇…ですか?」と聞いてきた。


 貴族の令嬢は学生ならいざ知らず、普通は刺繍や縫い物、音楽やダンス、社交とそのための準備、貴族として領地経営等に関する学びに時間をかける。それなりに大変さもあるから、それ以外に料理や魔石の研究・実験をしている暇はないのではないか、と思ったのだろう。クレメンスのそんな考えを見透かしたようにベルが答える。


「ええ、でもその分他の令嬢がするような社交や刺繍みたいなことはあまり得意ではないし、練習もそんなにしていないから、令嬢としては失格だと思うわ。


 でも、ここではそこまで高位貴族としての嗜みが求められることはないし、それに私、何かしら身体を動かして働く方が好きなの。特に家事は、すれば自分の居場所が心地よくなるし、カイには喜んでもらえるし、お金は節約になるし、いいことばかりよ。


 それに、料理やら掃除やらをしている時は私にとっては考え事をするのにもいい時間で…あ、これもどうぞ?」


「あ、ええ…ありがとうございます」


 クレメンスはベルの話に驚きながら、勧められるままに次のラタトゥイユにうつる。俺が好きだからといつも出してくれるものだ。作り置きだったことには気付いていなかったけど。


「あーズッキーニ美味しいよ〜パプリカも。本当にいつもありがとう!愛してるよベル!」


「ちょ、クレメンス様の前でやめてよ…」


 愛を伝えながらモリモリ食べる俺と恥ずかしがるベルを見てクレメンスは、またもや何を言っていいのかわからないという顔をしていたが、キッシュやカッテージチーズを使ったデザートを食べているうちにそちらに夢中になったようで、食事は一見当たり障りのない会話をしながら和やかに進んだのだった。


 食事の後クレメンスはベルが淹れてくれた紅茶を飲みながら


「カイ、そしてイザベル様、良ければ私がここにしばらく滞在するのを許してもらえないでしょうか」


と頼んできた。明日の朝を待たずに自分の立場を決めたクレメンスはやはり賢い。


「俺はいいよ。ベル、君は?」


「私?私はカイがいいならいいわよ?」


じゃあ決まりだ、と俺はクレメンスに手を差し出す。クレメンスはホッとした顔で手を握り返してきた。俺は爽やかさ全開で


「君が俺達の邪魔をせずにいてくれるなら、君が望む全てを教えてもいいと思っているから、遠慮しないでね」


と言ったけれどクレメンスはちょっと引き気味にありがとうとお礼を言っただけだった。


 なんだ、せっかく協力していこうってことになったのに。でも彼が決心してくれたなら、俺とベルの生活が保たれる可能性は高まったと考えられるので、せいぜい大事にして約束が反故にされないようにするさ。


 その後俺達はそれぞれの部屋で休むことにしたけど、ベルはもう少し厨房で何かしたそうだった。あまり根を詰めて作業してほしくないから寝ようと誘ったけど「やだ、カイったら…」と言うものだから、そういう意味じゃないでしょと慌てて打ち消して部屋に行った。


 全く、俺達はこの世界ではまだ婚約しただけだから、そういう関係にはなっていないし、部屋だって別だし、順番も守るつもりだからそんな話は焦るし、クレメンスもいたたまれない感じだった。ベル、もう少し令嬢の皮を被っていてほしいよ。


 なんとなく悶々と過ぎた夜が明け、次の日。朝食にキャベツとコンビーフの炒め物が出た。


「わ、コンビーフ?もしかして作ったの?」


「ええ、冷蔵庫があるからと思って、家からクローブとローリエを送ってもらっていたの。お塩は領地の塩湖のものを精製…ってほどではないけど使えるようにしたからたくさんあるのよね。昨日の夕食後漬けておいたお肉を茹でておいて、今朝端っこをほぐしたのよ。美味しいからカイは絶対に気に入ると思う」


「やった〜、いただきます!」


 口に入れた途端に油の旨味が広がった。繊維の噛みごたえもいい。ガーリックが効いていてキャベツと一緒になって生まれるこの美味しさは、ああもうキャベツ1個分食べられそうだ。


「うう…んん、美味しすぎる…」


 前世の朝食を思い出して、なんとなく泣けてくるくらい幸せを感じた。


「クレメンス様もどうぞ」


「ありがとうございます…」


 クレメンスは皿を見て顔を引きつらせていた。うんうん、大きめに切られたキャベツにほぐされたコンビーフが混ざってるこの見た目は、貴族で優秀な魔術士にとってはなかなか衝撃的だよね。ところどころ焦げ目があるし…そこがまた美味しいんだけど、多分美味しい食べ物だと認識するのは難しいだろうね?俺達は前世の『炒め物』には慣れているから平気だけど、クレメンスは食べるのは無理じゃないか…と思ったのに、ええいとばかりにフォークですくい取り口に入れた。お、エライ。そして、


「お、おいしい…です」


と目を丸くした。


 そうだろうそうだろう、昨日のスープやラタトゥイユだって、見た目はアレだが旨いと言っていたのだから口には合うはずだ。そして、この先もベルが作る料理はこういう前世のものに近くなるはずだから、説明しておいたほうがいいだろうと思った。


「クレメンス、これ、俺達にとっては普通の食事だったんだ。多分学生街とかにある庶民向けの安い食堂なら見かけることもあると思うけど、うち基本こんな感じだから慣れてね」


「そ、そうなんですね」


「そう、そして、俺はベルが作ってくれるものが大好きだし、すごく感謝している。君もここにいるなら感謝してね。本当は独り占めしたいし、君にベルの手料理食べさせるのは嫌だけど」


「あ…はい…」


なんてクレメンスに圧をかけていたら、


「ちょっと!カイ、そんな言い方!それに何?今の話、もしかしてあなた、私達のこと…」


 あ、ベルに気付かれた。『俺達にとっては普通の食事だった』のところかな。でも遅かれ早かれだから。


「うん、昨日伝えた。だってクレメンスだよ?黙ってても気付くんだから、妙なことになるくらいなら手の内明かして味方にしておきたいよね?」


 にっこりしながらベルにそう言うと、『うん、まあ…』それもそうか?という顔をして、チラッとクレメンスを見る。クレメンスはゲーム中でも優秀でユニークで、おそらくこの滞在中に俺達に対して違和感を覚えるはずだ。いや、ベルに対してはもう十分『何かおかしい』と思っているだろう。


 だから俺はクレメンスを引き込むことにしたのだ。クレメンスは読み通り仲間になり、俺達のここでの生活は守られる。ベルと目が合ったクレメンスはちょっと眉を下げて彼女に微笑む。チッ。


「ベル、クレメンスはここで魔鉱石や魔石について情報を得る。俺達はできる限り協力するかわりに秘密を守ってもらう。それはベル、迂闊な君をこのタヴァナー領から連れ出されないために必要なんだ。


 クレメンスを即座にここに送りこんだアンドリューは危険だ。彼は君を王都に連れて行くほうが手っ取り早いと考えるかもしれないからね。そんな彼を納得させるためにも、クレメンスには君がここでゆっくり暮らすほうがいいとわかってもらわなくてはならない。


 だから、クレメンスには惜しみなく俺達の知識を伝える。それは魔石のことだけではなく、生活や文化全般についてもだ。協力してくれるね?」


苛立つ気持ちを抑えながら真剣に話す俺に、ベルはちょっと黙ったが、


「…わかったわ。協力する」


と言ってくれた。でも


「…私ってそんなに迂闊?」


と続けた彼女の言葉にクレメンスがむせたのは当然だと感じた俺だった。こんなに真剣に話してるのに引っかかるのそこか…。

お読みくださりありがとうございました。

手作りコンビーフは意外と簡単です。私はオージービーフのHPを見ながら作っています。油がおいしいです。取りすぎないでね。

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