11 クレメンスとの攻防5
目にとめていただきありがとうございます。
カイ、ちょっと反省しているようです。
クレメンスはベルから浄化の魔石にするならリサイクル魔鉱石ではなく天然のもの…これはあとから水道用に砕くことになるのでその方がラクなんだそうだ…ということや、熱気の魔石は1個が発熱すればその熱が隣の呼び水になるのでシャってするのは一回でいいということ…これは炭に火がついて広がるイメージなんだろうな、なんでそれで上手くいくのか、この世界の法則ってどうなってるのか…や、魔石の数で温度を調節することなどを聞いていた。
その後、自分でも魔鉱石を空にしながら魔力を込める方法や、魔石から魔力を引き出して冷やし魔力…すっかりこの言い方になっているけれどいいのか…に変換しながら空になった魔石に込める方法を試していた。
感心したのはクレメンスがベルの説明を聞きながら、自分の知っているものに置き換えて成功させていたことだ。さすが若き大魔術士と言えよう。
ゲームでは彼もルナと同じく魔力操作が得意で、ルナに会うまでは自分が学園では1番の魔術士だった。けれど才能のある若者らしく青臭い万能感と慢心により、嫉妬され、孤独を感じていた。そこに素直なヒロインのルナが現れたことで心を惹かれ、変わったのだ。
でもルナがいない今、クレメンスは学園では1番の魔術士だろうし、このままいけばさらに実力をつけて国でも有数の魔術士になるだろう。ただし、孤独は抱えたままで…そんなことが容易に想像でき、そのことで行く末が心配な若者でもある。そんなクレメンスは、
「では、冷やし魔力をもう一度やってみます、その後は守りをやってみたいのですが」
「あ、それは私は無理だから、自分で頑張ってね」
「そんな…」
「だってできないのよ、本当に。クレメンス様は守りの力に変換できるのでしょう?それを今と同じように空の魔石に入れてみたらいいんじゃないかしら?とにかくやってみないと!」
…可哀想にベルのとりあえずやってみろ攻撃にあっている。
しかし、なんでもできる彼にとっては未知のものにチャレンジして失敗するのは気がすすまないことだろう。そこにベルが活を入れる。
「クレメンス様、最初に魔力を引き出した時、うまくいかなかったでしょう?魔力酔いだって酷かったはず。でも続けた。できたら嬉しいから。それで練習して今のあなたのようにすごいことができるようになった。今回のことも同じです。最初はできないに決まっている。さっきの火起こしだって最初はできなかったんだから」
「…さっきの火起こし…」
「ね?だからとにかくやってみることが大事ってことですよ。もう一回冷やしとかヌルいこと言ってないで、守りの力、いってみましょう?さ、頑張って」
ベルの無責任にも感じられる励ましに、クレメンスは渋い顔をしている。あ〜これはちょっと無理かもな、と思った俺は、下心もあって声をかけた。
「あー、二人とも、もう遅くなったし、そろそろ休んで食事にしないか_」
ベルは『え、今練習しているのに』とムッとして、クレメンスは明らかにホッとして、俺を見た。
ベルが可愛らしくむくれながら食事の準備のために厨房へ行くと、クレメンスはソファに沈み込みながら
「イザベル様は…何と言うか破天荒な方ですね…」
と言った。まあそう見えるだろう、俺だってそう思う。
「魔力酔いは本当につらいものです。学生ながらも魔術士として仕事を請け負っている私でさえ今でもつらい。もう少し年齢を重ねれば慣れることもあると言われていますが…。なのにイザベル様はそれをずっと練習して、さらにはその解消方法を見つけて…これははっきり言って大発見だし、大ごとだと思います」
「ああ、そうだな」
「あの、男爵はこのことは知らなかったのですよね?」
「あ?ああ、恥ずかしながら、そうだな」
「それにしてはあまり驚いていないような気がするのですが」
「う〜ん、そうでもないよ。驚いてるさ」
ただ、前世での記憶があるから、魔法がイマジネーションであるとしているだろうベルの考え方や、実際にそれで実現できてしまう可能性はクレメンスよりも理解できる。前世の創作物はもっとすごい魔法や能力で溢れていたし、それに基となる科学技術の知識もあるから、ベルがどうしてそんなことを考えついたのかもわかる。でも、それよりも、
「特に、彼女の練習量や実験量、つまり努力にね」
そう、俺が驚いているのはそこだ。魔石作りをしながら魔力酔いの元を抜く方法を彼女なりに仮説を立てて、何度も何度も繰り返し実験をしてより良い結果がいつでも出るようにと研究していたようだし、リサイクル魔鉱石や水道の浄化のことだってそうだ。
『お風呂に入ると疲れがとれる』『活性炭で水がきれいになる』『コーヒーのドリップのように最初に蒸らせばよく出る』きっかけはそんな生活の知恵だが、それを実用的にするまでの努力が半端ない。ベルの知識や想像力は確かに前世の記憶によるものだが、それらが実を結んだのは彼女の行動力とたゆまぬ努力によってだ。
「俺は、ベルのことを誰よりも愛している自信がある。でも、それは俺の自分勝手な想いで、彼女を深く理解しての愛ではなかったようだ。ははっ、情けない限りだよ。でも、だから、何とかしなくちゃと焦っているところさ」
「タヴァナー男爵…」
「ああ、俺のことはカイでいい。俺が王都の学園に行っていたらどうせ同級生だろう」
「カイ、殿…」
「なあ、クレメンス、君は俺達がどこかおかしいことに気付いているだろう?」
「っ…それは…」
「正直に言えよ。さっきベルの特訓から逃がしてやっただろう?この後もあれは続くぞ。俺と結託しておいたほうがいいんじゃないか?」
クレメンスはじっと考えている。俺は畳み掛ける。
「君は今回のことを調べに来て、実際に見たことで驚いているし、俺達に、君が知らない何か『秘密』があるということにも気付いている。それが何かを知りたくはないか?
君が知りたいベルの考えついた魔石作りや魔力の引き出しについて、ここで実践を伴って覚えて帰りたいのであれば、ベルのあの特訓に耐えなければならない。でも、実はそれらには前提となる知識やちょっとしたコツが必要なんだよ。それは俺達の『秘密』につながっている。君にそれを伝えられたら、君の仕事もラクになると思うんだよね。
俺は今日一日でベルについて驚いたことがいくつもある。多分他にもベルは何かしている、またはしようとしているし、そうじゃなかったとしても、この先きっと何かしでかす。クレメンス、君も一緒に、1番に、それを見たくはないか?」
クレメンスは膝の上で白くなるほど手を握りしめていたが、意を決したように答えた。
「条件は何だ?」
俺はにっこり笑って言った。
「ベルをここから連れ出さないこと、誰かがそうしようとしてもできないように協力すること、そして絶対にベルに手を出さないことだ」
お読みいただきどうもありがとうございました。