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10 クレメンスとの攻防4

目に止めていただきありがとうございます。

ベル、意外としっかりしている人でした?

「では、イザベル様、作った魔石を一つお借りできますか?自分でも試してみたいのです」


 クレメンスがイザベルにそう頼むと、ベルはもちろんだと言って棚の下の箱をヨイショっと引っ張り出した。


「コンロ用と冷蔵庫用とどちらにしますか?」


 クレメンスは箱の中の魔石の量に驚いていたようだが、そこには触れず、コンロ用をお願いしますと言った。こいつ、かまどじゃなくコンロってベルに合わせて答えた。言葉遣いも丁寧になっていて、もう語尾も伸ばしていない。


 もちろんベルが認められるのは嬉しいが、この才能あふれる若者にベルの力と魅力が知られたのは腹立たしい。そして言わないだけできっとこの世界に無い言葉や物、概念について俺達二人が共有していることにも多分気付いている…そんなことを考えている間にもベルは掌に2〜3個乗るくらいの大きさのゴツゴツとした魔石を選び、クレメンスに差し出した。


 俺はさっとベルから受け取ると、クレメンスに渡す。手渡しとか危険だから。偶然手が触れたりしたら何が起きるかわからないから、阻止。


 そんな俺の様子に苦笑気味のクレメンスだったが、やはり何も言わずに俺から魔石を受け取ると、準備しておいたスターターで熱を出そうと擦った。


「…何も起きませんね」


フム、という顔をしているクレメンスに、ベルが


「もっと、シャッっ!と。そんな弱いのじゃダメですよ。それに、クレメンス様、実は信じてないでしょう?」


「え?」


「だって、手に持ったままなんて、そんなに熱くなるって思ってないからでしょう?本当に熱くなるんですからね?冷蔵庫の冷たさとは全然違いますよ?」


「あ…ああ、そうですよねぇ…」


 そう、ベルは前世で見たものを再現しているから容易にイメージできるがクレメンスは魔石をエネルギー源だと思っている。そのまま発熱するなんて本当のところは想像できていないのだろう。バーベキューの炭みたいなものだぞ。


 だから今もベルが言う通り、手に魔鉱石を乗せたままで擦っているのだ。そして多分イメージできなければベルと同じように発熱させることはできない。


 ベルは俺の隣でクレメンスが上手くできるようにと食い入るように見つめて、何なら手伝うかという雰囲気を醸し出している。俺は危ないから自分の後ろにいるようにとベルの手を取って背に隠すと仕方なく助け舟を出すことにした。何故って?早く理解、納得して帰ってほしいからに決まっている。


「クレメンスさん、そのコンロの穴の中に魔石を置いて…そう、それで擦ってください」


「…っ!」


「もう少し力を込めて、端の方を。マッチよりももっと力が必要だ」


「っっ!!」


「金属同士を擦り合わせた時に火花が出ることがありますね?あれをイメージして。その後その火花が藁に燃え移って、火が起きると想像して」


「っ!っ!」


「燃えるんだとイメージできなくては無理なんです、もう一度」


クレメンスの隣で見守りながら真剣に助言していたら、ベルが俺の肘の隙間から覗いて、


「クレメンスさん、シャって、シャってするの!」


っと言った。何だよ、シャって!


「は?シャっですか?!え?…っシャっ!!ああっ!?」


一瞬で立ち上る熱を感じ、クレメンスが仰け反る。


「…っ、熱っ!」


「できた!」


「なんだよっ!シャっでできんのかよ…俺の立場…」


 クレメンスがコンロの上の魔石を見つめて呆然としている。


 本来魔術師ではない者が魔石からの魔力を熱に変換するためには装置が必要だ。それこそ電熱線を使ったコンロのようなもので、無駄も多いし手間もかかるから、魔石をこういうエネルギー源として使うことはほとんどない。


 普通は引き出された魔力は人が操作し、熱や光や守りに変換する。魔法騎士の場合は剣などの武器に組み込んだ魔石から力や素早さに変換して攻撃などに使う。魔術師は治癒の力として他の者に影響を与える。


 それが目の前の魔石はそのものが発熱している。人が操作していないのに、目的通りの状態を作り保っている。これはクレメンスにとっては想像もしていなかったことだろう。


「こんなことが…」


「ああ、どうも俺の婚約者はすごいことを考えついたようだ」


 クレメンスはコンロを見つめ続けている。そこにベルが鍋を持って来てのせた。


「もったいないからお湯を沸かしてもいいかしら?お茶にしましょう」


「…いいアイディアだ。クレメンスさん、ちょっと休憩しよう」


「…はい」


 すっかり大人しくなったクレメンスを連れて執務室に戻り、3人でお茶を飲む。ローテーブルの脇には小さな籠に入れて持って来た魔鉱石と魔石がある。少し落ち着いたら話をしようと思った。


*****


 結果として、ベルが作ったコンロ用の魔石と同じように冷蔵庫用の魔石も、クレメンスは使えるようになった。最初は灯油ポンプがわからないようだったが、なんとベルが図を描いて見せたことで納得し、できるようになったのだ。


「ベル、こんなの、どうして知ってるの?」


 絶対に知らないだろうと思っていたのに灯油ポンプの仕組みを上手に説明したベルに俺は驚いた。適当になんとなくやってみたらできたんじゃなかったのか。


「え?仕事で必要だったから分解したことがあったのよ。2つ組み合わせて心臓の模型を作ったの、施設や学童の自由研究のイベントでね」


「…そういう…」


「これも上手くいくまでにはすごく時間がかかったのよ?穴を開けてみたらどうかなとか表面を削ってみるとか、うまくいかなくて石が弾けたこともあって」


「えっ?弾けたって、それ、」


「大丈夫、一応フィルに木で作ってもらった衝立を置いて、手袋を嵌めた手だけ出してやったから。隙間から覗いてたけどメガネもかけてたし」


「…それは、いい安全対策だけど」


 なんだろう、前世で俺の妻だった人は思っていたよりも何と言うか…しっかりした人だった?いや、確かに子育てと仕事と家事と趣味を両立(ってどころじゃないな。今あげただけで4つもあるし…)してたけど、こんなにも?


 俺はなんだか混乱してきた。もっとベルに聞きたいことが生まれたけれど、クレメンスがいるのでそうもいかず、とにかく彼への対応を先に終わらせようと焦ったため、彼の思惑に気付くのが遅れた。


「イザベル様、では次は魔鉱石への魔力の入れ方をお願いします」


「そうね、アンドリュー様は守りの力をそのまま込めたいと言っていたものね。でも私は守りの力への変換はできないので…」


「できれば、先程おっしゃっていた『浄化』の力をお願いできませんか?」


 なんと、クレメンスはベルに浄化の力を見せろと言ってきた。なんてこった。今の流れから温冷のどちらかを見せることになると思っていたのに。止めようとしたがベルは


「えっ、浄化ですか?あまり上手くできないので何度も重ねがけになるのですけど?」


と答えてしまった。


 これではベルの浄化の力を見せるしかない…まだ俺も見ていないのに。仕方なく準備をすることにした。


「…っ〜」

「…っ〜」

「…っ〜」


 ベルが唇を尖らせてシュ〜ッと息を吐く。可愛い。いや違う。ベルは今浄化の力を魔鉱石に込めるための準備をしているんだ。邪な気持ちで見つめていてはいけない。でもここにくるまでには一悶着あった。


「なんでそんな格好するの?」


「だって、浄化のためにはまずは呼吸が必要なんだもの」


「でも、そのポーズはないだろう!」


「仕方ないでしょう?ヨガよ、ヨガ。ずっとやってたじゃない」


「それは…前のことだろ?」


「同じよ、もうっ!」


「じゃあ、せめてクレメンス、お前は後ろ向け!!」


「ええ〜っそんなぁ、男爵〜」


「うるさいっ!!ほらっ!」


「でも男爵、私も魔石にするところを見せていただかないとぉ…」


「だあ゙〜〜っっっっ!!!!!なんなんだよっ!もうっっ!!その話し方やめろっ!」


 胡座をかいて執務室の床に座ったベルは、スカートは履いているもののこの世界では未婚の女性が男性の前でとるのは考えられないポーズで、俺は激しく抵抗したがクレメンスの言うことも聞かなくてはならないわけで、仕方なくベルの周りに椅子をグルリと並べてそれに布を掛け、上半身しか見えないようにした。


 ベルは『スカート履いてるんだし、いいじゃないの別に…』とブツブツ言っていたが、そんなの許せるわけないだろう。前世でも塔子がヨガだかストレッチだかしてるのはそれなりに目の毒だったんだ。俺は紳士だから黙ってただけだ。


 全く、ベルはタヴァナーに来てからはすっかりお気楽になってしまっていてこの世界で身につけたはずの淑女のマナーが適当で困ったものだ。まあそれはほとんど二人で過ごしている上に俺が領地の経営を頑張って、ベルにはとにかく楽しく穏やかにすごしてほしいと好きにさせていたからなんだけど。


 でもなあ、料理や庭仕事といった前世でも好きだったことをしているだけだと思っていたのに、こんなことになっているとは…


 それにしても、先程から彼女は魔鉱石と魔石をそれぞれのせた両手を目の前の椅子の上に置きながら、何度も何度も軽く吸ってはシュッと吐く呼吸をしている。一体何をしているのか?と思って見ていたら、ゆっくりと目を開けて、伏し目がちになると、深呼吸してからふぅーーっと息を吐いた。そして、


「はい、できました」


と言ったのだ。


「へ?」


「今ので?」


「そうです。ただ、少ししか入っていないので、あと3〜4回くらい同じことをします」


「少し?」


「ええ、さっきの蛇口に使っている浄化石は1週間に1回交換だから、それ用にと思うと満タンにしないと」


「あの、イザベル様、当然今のその魔石作りでも魔力酔いは…」


「起きているわよ?だからその都度抜いて、もう一度呼吸をして、を3、4回」


「…これを、3、4回…を、1週間に1度?」


「えっ、まさか!それじゃあ全然足りませんよ?これは一つの蛇口分だから、もう一つの分とお風呂用も作らないと。後はトイレの手洗い場、あっそれから排水・下水用もだわね」


「…ベル、最近はコンロと冷蔵庫用ばかりって…」


「ああ、そうね、浄化用はこれまでに作っておいたもので賄っていたから、最近はそうだったの。けど、フィルに水道とかいろいろ作ってもらって組み込めるようになって日常で使うようになったから、これからはもう少し頑張らないと足りなくなるわねぇ。でも大丈夫、ここは魔鉱石がたくさん取れるから」


 嬉しそうに話すベルを見て、俺とクレメンスは顔を見合わせた。ベル、俺の婚約者は一体どうなっているんだ?

お読みいただきどうもありがとうございました。カイもベルも書いていて楽しいです。遅筆ですが頑張ります。どうぞよろしくお願いいたします。

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