第1章8幕 家庭教師依頼
アルトはギルドに来た指名依頼の詳細を聞くためにリリー・ブラックヴェルの住む王都の貴族街へ来ていた。ギルドや宿がある王都外延部とは違い道もキチンと舗装されており、マナの力で光る街灯のような物が規則正しく並んでいる。場違いな雰囲気に居心地の悪さを感じながらアルトは指定されたブラックヴェル邸へと向かっていた。
そこは王城にほど近い上級貴族の住む区画、立派という言葉では表しきれない豪勢な邸宅だった。番兵らしき騎士におずおずと声をかけるアルト。その顔に見覚えがあった。
「君はあの時の少年ではないか?リリー様に何か用でも?」
やはりあの時の護衛騎士の一人だった。アルトはギルドからの依頼の旨を伝えると、納得したようで邸宅入口まで案合をしてくれた。
「ここからは中の者が案内するから付いていくように。粗相のないようにな。」
彼はそう言って来た道を戻っていく。その姿を見送っていると入口のドアが開く音がした。
「アルトさん、お久しぶりです。シズクです。」
聞き覚えのある声にハッとした。孤人族の娘でリリーの侍女のシズクだ。
「またお会いできましたね。リリー様がお待ちです、どうぞ中へ」
そう朗らかに笑うシズクの態度にアルトは幾分か緊張が和らいだ。
「リリー様、アルトさんをお連れしました。」
邸宅の一階の両開きの大きなドアの前で用向きを伝えるシズクに「どうぞ中へ」と中から声がする。
「失礼します!」
中へ通されたアルトはやや強張った声を張り上げながら中へと入っていった。そこにはリリーと彼女と同じ猫人族の男性が座っている。見た限り少し年上で髪色などが似ている事から兄妹だろうか。
「君がアルト君だね。私はヴィクター・ブラックヴェル、見ての通りリリーの兄さ。先日は私の大切な部下と妹達を救ってくれてありがとう。」
猫人族の男性はやはりリリーの兄らしい。同性の自分から見てもその整った顔立ちやスマートな立ち居振る舞いは美男子という言葉以外に形容する事が出来ないと感じる。
伯爵家に生まれた美男美女の兄妹、アルトは眼前の二人を見てこんな奇跡みたいな存在が実在するんだな、とお伽話のワンシーンでも見るかのような気持ちになってただ呆けていた。
「アルトさん、どうかしましたか?どうぞこちらへお座りくださいな」
リリーに声を掛けられハッと我に返ったアルトは一層声を張り上げ「ハッ!アルトです!失礼します!」とギクシャクしながら席へと付く。
「アルト君、そう硬くならないでくつろいでくれ。依頼の話もあるが先に先日の礼と君と話がしてみたくてね。」
爽やかに笑うヴィクターに自分の態度が不格好だと気付き赤面しながらも愛想笑いを浮かべるアルト。それを見てクスクスと笑うリリーだった。
「さて、アルト君。改めて先日は世話になったね。ありがとう。おかげで妹達も無事王都にたどり着けた。聞けば君はかなり強いそうじゃないか。それもあの賢者様のお弟子さんだとか。」
シズクが用意してくれた紅茶を啜り、ヴィクターはそう尋ねる。
「君がその歳で騎士たちを劣勢に追い込む敵を次々と倒していったと聞いた時はどんな少年かと思っていたのだが、賢者様とはどんな生活をしていたんだい?」
ヴィクターの質問にこれまでの経緯を説明するアルト。もちろん、エルフの里で育ったことなどはあまり語るべきでないとシルヴィアに言い含められていたので、言葉を選び主に修行の話をメインに話に花を咲かせた。
「なるほど、マナの量は人並みどころかエルフ並みというのに、君は魔法が使えないのか。それで自身を強化する戦闘スタイルに磨きをかけてきたと。精霊と会話が出来るのに魔法が使えないというのは不思議な話もあるものだ。ともあれ君がどういった人物なのか、おおよそ理解できたよ。」
ヴィクターはそう語ると本題へと移っていく。リリーとシズクは王都にある王立魔法学校へ入学する準備のため、この王都に滞在し入学までの二年間に集中して実力を伸ばす鍛錬を行う予定だったそうだ。
本来はヴィクターを含め周りの護衛騎士達が合間にアドバイスなどを行う予定だったが、アルトの話を聞き賢者の知恵の一旦を取り入れればより効果的に実力を伸ばせるのではないか?という算段で今回の依頼を出したそうだ。
もちろん依頼である以上は依頼料が発生する。アルトにとって安定した収入にもなる話であり悪い話ではないという提案だった。アルトは少し悩む。それは通常の依頼をこなしていく中で早くランクを上げたいと考えていたからだ。
「依頼の内容は解りました。どのくらいの頻度で来ればいいですか?」
「そうだね、週に三日ほど来てくれると助かる。毎日といいたいところだが、君にも事情があるだろうしね。」
(この人、スマートの化身だ!)アルトは心の中でそう呟いた。ヴィクターは見た目だけでなく人の事情も考慮する優しい人物のようだ。
「そういう事であればお、じゃなくて私も依存はありません。この依頼、受けさせて頂きます!」
アルトはまだぎこちない敬語で快諾をした。
「よかった!アルトさん、私とシズク共々これからよろしくお願いしますね」
「はい!リリー様!」そう元気に答えるアルトを見てリリーはまたクスクスと笑いながら言う。
「アルトさん、これからは生徒と教師の間柄ですし私たちは同い年です。そんなに硬い言い方でなくリリーと呼んでください」
リリーからの言葉に思わずたじろぐアルトだった。




