第4章4幕 準備と訓練、そして再調査へ
時は少し遡りアルト達がゼノーヴィアを発った数時間後、瓦礫の下から次々と赤の軍勢が這い出てきた。そして鮮血帝もまた、大きなダメージを追いながらも生き永らえ瓦礫から姿を現す。一度ならず二度までも神の敵に無様を晒した自分に怒りと失望を抱く鮮血帝。そしてその前には赤の軍勢が跪いていた。
それは覚悟を決めた最後の忠誠の証であった。鮮血帝は残った配下の者たち全てを一人、また一人と自らの手で屠る。彼らとてこの大陸でマナを蓄えて生き延びた者たちだ。そのマナ量はアルト達とは比べれば低いものの常人からと比べ高い者たちばかりである。そしてその全てを奪った時、皇帝は遂に孤独となる代わりに大きな力を手に入れた。
そした彼のマナは黒に傾く一方であり、もはやそのマナ量に比べ正のマナは5%程度も残っていなかった。それでも彼は感じ取った全ての者を屠り、独りソフィア・ノエティカへと歩を進める。その道中で魔獣たちを屠りより力を高めながらも、着実に進んでいたのだった。
神歴1597年11月半ば、アルト達は王国へと戻り事の次第を報告し、次の遠征の準備を行っているた。ナッツ号や各自のアストラルアーマーのメンテナンス、備蓄の補給の補給も完了しており、出発前の最終チェックを行っていた。
その間、シズク(憑依)とアルトは訓練に明け暮れていた。しかし、シズクはマインドダウン寸前まで努力を続けるもおきつね様の言う『覚悟』を理解するには及ばなかった。ただ、すべてが無駄ではない。彼女は過酷な訓練の中でおきつね様との繋がりとマナ量の増加によりそのをの数を7本に増やしたのだ。
そしてアルトは訓練をしながらも、自分の力を再整理している。元よりこの世界にとってかなり異質なマナであるアルトのそれは、ここ最近になってようやく『物を作る』という行為が可能であると認識した。しかしそれはアルトの理解であって本質とは少し違うのだ。
確かにアルトは物を作ることが出来る。だがそれは一時的なものであり、アルトがある意識から外したりある程度距離を離すとマナへと還ってしまう。それは完全な物体化ではなく『限りなく物体に近いマナの集合体』を作り出している事の査証である。
アルトは白き竜の影響を受けていると地竜は語った。それがこの一時的に物体を生成できるという性質を持っている原因だとしたら、やはり完全な生成は不可能であると考えるのが妥当なのだろう。だが、同時に昨今の戦いでは己の周囲にマナを展開する事で物体を操る事も出来るという事を理解した。
この操った物体でどの程度の力を出せるかもテストしてみた。自分で操った剣と手合わせをするという奇妙な光景だが、それが最も分かりやすい。そしてある程度は力を持たせられるが、やはり自身が振るう力には到底及ばない。ならば砲はどうだろうか?反動を制御しなければならないという固定概念があったが、これは浮かせても問題ないのではないか?
そしてその発想は正しく、試みは成功した。漏斗のような形に長い砲身を備え、後部に自らのマナを吸収させるファンを用意、内部で縮退し放射する。この数を6本同時にまでなら無理なく扱うことが出来る事が分かった。砲身の長さ、射程と威力の関連から必要なパターンを算出し予め複数の浮遊型砲身を作る。
至近近距離射撃戦用、最大6つ展開、砲身の長さを60㎝、直径8㎜、チャージサイクル1秒。射程10m程。
中距離射撃戦用、最大4つ展開、砲身の長さを1.5m、直径20㎜、チャージサイクル10秒。射程200m程。
長距離射撃戦用、最大2つ展開、砲身の長さは3m、直径40㎜、チャージサイクルは60秒。射程1km程。
超長距離狙撃用に単一展開、砲身の長さは6m、直径150m、チャージサイクル180秒。射程は5km程。
この4パターンを事前に作り、強敵が現れた際に適宜展開する事で戦闘を優位に進められる。特に自分の得意な近距離戦で使用する為の物は、攻撃の合間の隙を無くし絶え間なく撃ちこみ斬撃を放つことで相手に余裕を与えないという強力な物だ。相手の動きをコントロールする事も可能だろう。
これらはアルトからおよそ4mの範囲まで離す事が可能。それはアルトが安定して自分のマナを周囲で満たす事の出来る範囲である。実は5mまではコントロール出来るのだがそれだとチャージ速度に影響が出る事が懸念されるギリギリの範囲になるので4mを最大としての運用とした。
リリーとレオニスのアストラルアーマーもメンテナンスと同時により効率を高め負担を減らすと同時にその能力の向上と、いざという時の為のブースト機構を搭載したようだ。これは機体への負荷が高いため連続稼働時間が120秒と限られるものの、大幅な戦力強化になる。代償は使用後に5分は稼働を停止しマナをチャージ必要があるという事と、3回ほど使ったらメンテナンスをしなければならないという話だ。
各々の装備を確かめる訓練も行い、最終メンテを終えた一行は再度ソフィア・ノエティカへと向かうため、ナッツ号へ乗り込み旅立っていった。途中、魔族領による事にしたアルトはキルケインに調査状況を報告し、困っている事はないか聞いてみる事にする。
「キルケイン殿、お久しぶりです。調査の経過報告と状況視察にやって来ました」
「アルトか。どうだ、その後は順調だろうか?」
「ええ、あなた達が意図的に情報操作されており操られている事を裏付ける決定的な証拠までは出てきていませんが、その断片は見付かっています」
アルトはこれまでの事を簡潔に説明する。
「なるほど、その神格化実験とやらが鍵という訳か」
「はい。それで生活の方は大丈夫ですか?」
「ああ、お陰様でな。食料も充分に供給され、足りない衣服なども運んでもらっている」
「優秀な商人に依頼しましたから、私よりずっと役に立っていると思ってますが、無事に過ごせているようで何よりです」
「アルト、これまで散った我が同胞とそなたらも含めた全ての欺かれし者達の為にも必ずこの一件の謎を解き明かしてくれ」
「はい。もし首謀者が生きてたら一発ぶん殴ってから、これまでの事を後悔するくらい切り刻んでやります」
「それでは足りぬ。魔族の元に連れてこい、我々も一発どころでなく何度でも殴り続けてやる」
「それは愉快ですね、是非そうしましょう!その後は人類側でも同様に処しましょう!」
悪い顔で笑いあう二人は案外気が合うのかもしれない、3人はその様子を見てそう思った。
そして10日ほどかけて再びソフィア・ノエティカへと辿り着いた彼らは再び例の研究棟へと向かい調査を開始した。例の実験施設はやはりどこを見ても変わらない。感覚をどれだけ研ぎ澄ませても地下などの空間も見つからないのだ。それはアルトよりも高い感知能力を持ったシズクも同様だった。
「やっぱり見つからないなぁ。マッドな学者の発想はマッドな人に聞けばわかると思ったんだけど」
「失礼だとは思うが、俺も的を得ていると思う。ここは俺たちの常識の範疇から超えた何かがあるのかもしれん」
「通常では入れない、特殊な手順…魔法で栄えた国なら魔法的な仕掛けって事かしら?」
「もしその仕掛けに固有周波数でも使われていたらどうしようもないんじゃないでしょうか」
頭を悩ませる4人。
「ねぇ、ちょっと提案なんだけどさ」
そういうアルトの顔を見た3人はまたろくでもない事かとジト目でアルトを見る、がアルトは構わず続けた。
「いっそこの建物吹き飛ばしてみない?地面事少し抉るぐらいに。そしたら通路とか見つかるかも」
「却下!それで大切な情報まで失われる可能性も考慮しなさいよ」
「お前という奴は時折見直すほど頭が回るのにどうしてそう短絡的なのだ」
「アルトさん、いくら何でもそれは強引過ぎるかと…」
やはりろくでもない事だったと総ツッコミを受けてしまったアルト。
「アルト、あなた精霊に聞けないの?この下に空間があるかとか」
「そう言えばこの大陸に来てから精霊と話してないな」
そう言うとアルトは精霊との対話を試みる。
『この大地の精霊さん、話を聞いても良いかな?』
『なんと清涼なマナの持ち主たちよ、このようなマナは久しいな』『あの者の正のマナをこの大地に少し分けてくれぬか?』『我らは正のマナの供給が薄いでな』
「レオニス、大地に正のマナだけを注ぐことはできるかな?」
「お前ほどマナの扱いが上手いわけではないが…やってみよう」
レオニスは頭にこの大地を癒すイメージを込めてマナを注ぐ。
『おお、これは癒されるの』『ありがたい』『そのものに感謝を。して聞きたい事とはなんだ?』
『この建物の下に空間ってある?あの建物と同じような人が作った空間』
『ふむ、あるの』『それなりに大きいぞ』『あの箱よりも大きい空間がある』
『底と繋がってる場所を教えてもらえないかな』
『よかろう』『まずあの箱に入れ』『近づいたら教えよう』
精霊の言葉に従いアルトは研究所の中に入り、壁に沿ってに回ったり床をくまなく歩く。すると研究所の棚の手前の床で精霊の声がした。
『その下に大きな空間へつながる細い空間があるな』『それ以上の事は我らには判らぬ』『これで満足か?』
『ありがとう!助かったよ!』
『こちらも清涼なマナをもらったでな、その対価だ』『気にする事はない』『また来てくれると助かるがの』
そう言うと精霊たちの声は遠のいていった。
「みんなレオニスに感謝してたよ。それで、この下に通路があるみたい」
「それは何よりだ。しかしどうやって入るかだな」
「棚に何か仕掛けでもあるのかしら?」
「魔法で栄えた文明ですからマナを注ぐとかでしょうか?」
「思いつく限り一通りやって、ダメなら最小限の力でこじ開ける!」
結局最後はそうなるのかと呆れた3人。なるべくアルトが無茶をしない様にあれこれと試すが一向に下へ続く通路の入り口は開かない。
「もういいかな?」
そういうアルトはすでにアルカナを纏っておりやる気満々だ。諦めたリリーは頷いた。
「極力抑えるけど、みんなちょっと建物から出てて」
そしてアルトは示されたポイントに剣を突き立てたり全力で殴ったりとした挙句、ビクともしないと判明するや近距離用の浮遊砲台『フロートビット』を全展開し、その地点へと集中砲火をする。轟音に外の3人は嫌な予感を覚えつつ、アルトからの呼びかけを待つ。
さらに数秒後、またもや轟音が鳴り響くと中からアルトが出てきた。
「何とかこじ開けたよ、メチャクチャ硬い素材のお陰で中は無事なはずだよ」
それを聞いた3人はホッとしつつ内部へと入っていくのであった。
余談ですが、アルトの新発想による浮遊砲台は短距離用の『フロートビット』、中距離用が『フロートライフル』、長距離用が『フロートキャノン』、超長距離狙撃用が『アルカナ・メガキャノン』とアルトが名付けています。アルトはネーミングセンスがややアレなのです。(シルビアの影響)




