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第4章3幕 マッドな研究者はいつの世にも存在する

 神歴1597年10月後半、アルト達はソフィア・ノエティカへと向かっていた。今やアルト達を止める者はこの地に居る正気を失った者たちのみと考えてよいだろう。そして首都があの様子なのであれば、今後はさらに情報収集が楽になるはずだ。


 ゼノーヴィアから2日で近郊まで辿り着いた一行は、これまでと同じようにアルトが偵察を行い、内部状況を確認してから調査を開始する。このソフィア・ノエティカは街というより研究施設群というような印象で、正気を失った者も見当たらない。


 警戒はしつつ建物を見て回る一行。その中には多種多様な研究施設が入っていた。そしてあの忘れもしないマッド魔法研究者達と同じ思想を持っていたであろう研究所も中にはあった。幸いなことに全ての機能は停止しており、人工モンスターが存在すると言った事はなかった。


 いくつかの建物を見ていく内に、神格化実験に係る施設を発見した。いよいよ本命だ。中に入り調査を進める一行。だが、有用な情報は見つからない。アルティエイラでは高く評価され承認が降りた事、ゼノーヴィアでは全く取り合ってもらえず予算が獲得できなかった事。そしてそれによって机上の論理だけで研究は進めていたものの頓挫せざるを得ないといった内容で、これまでの情報から得られた推測が裏付けられただけだった。


 では神とは一体どのような存在なのか。かえって謎が深まる事になってしまった。そしてアルトが情報を探し端末を弄っていると、ある記録を見付けた。それはエレドールからの出資の記録である。その日付は2116年の3月5日となっており、これまで見た記録の中でも一番新しい日付だった。そしてそれを機に出資を受けている記録が次々と見つかる。


 最終記録は2129年6月24日、この日を境に記録は途絶えている。一方この出資記録以外に研究に関する資料はここには一切残っていない。どこか別の場所に移したか、エレドールで行われたかだが、記録がここにあるという事はエレドールで行われたとは考えにくい。


 やはりどこか別の場所で研究は継続していたと考えるのが妥当だろう。あの手の研究者がそう簡単にあきらめるはずもなく、エレドールからの出資設けられているという事は当然諦める事なく続けたのだろう。ではエレドールに行けば何か分かるかもしれない。アルトはここまでの経緯を皆で話し合う事にした。


「ここで見つかったのはエレドールからの出資記録だけだね。最新で2129年6月24日、この日が最後の出資記録になってる」

「エレドールの後ろ盾を得られたという事は確実に研究は進められたと考えてよさそうね」

「だな。問題はその方法や資料がどこにも見当たらないという事か、現状ではエレドールを捜索するしかなさそうだが」

「皆さん、良いでしょうか?これまでの経緯である程度の情報が集まりました。アルトさんには頑張ってもらう事になって申し訳ないのですが、一度王国へ帰りませんか?」

「王国の現状が気になる?」

「それもありますけど、問題なく魔族の方々は支援を継続して受けられているか、そういった事も含めて確認しておきたいです。それと、今見てきたことだけでも魔族の方々が今まで騙されていた可能性が高いという事を訴えられると思います」

「結局この災厄の王の話って、神と帝国の仕業って事だよなぁ。それは確かに伝えておきたいかも」

「賛成して頂けるのであれば、往復で数週間掛かると思いますが一旦帰国しましょう!」

「そうね、備蓄も一旦しておかないと足りないんじゃないかしら?」

「そうだった!さすがにこの大陸の獣の肉は食べる気しないもんなぁ」

「そうと決まれば帰国を急ぐか」


 こうして、アルト達はクリフト王国へと戻る選択を取る。およそ10日の飛行となった。




 久しぶりの王都に安らぐ気持ちの一行。ひたすら荒廃した土地と正気を失った者達を相手にしていたのだ、王都は天国に思えた。道行く人皆に挨拶をしたいくらいの気持ちで、アルトとレオニスはギルドへ、リリーとシズクは王都のブラックヴェル邸へと向かった。


 アルトとレオニスはギルドでモンスターの発生頻度の変化などを確認したかったのだ。そして見知った顔を見付ける。

「おう!アルトか!デカくなったな!」

「エリク!久しぶり!夫婦そろって似たようなこと言うねぇ」

「そりゃまぁ、な」

「なんでそこで照れるのか分からないけど、まあいいや」

「聞かねぇのかよ!」

「いいよそういうのは。それよりここ最近のモンスターの様子はどう?」

「それよりってお前、つれねぇなぁ。モンスターは相変わらずだ」

「良かった、それだけ確認したかったんだ」

「依頼とかは良いのか?」

「今は女王陛下の命令で動いててね、また暇になったら顔出すよ!」

「お前もアレコレ忙しいな、相変わらず。また来いよ!」

 エリクと別れた後、王宮へ向かう前に身なりを整えようという話になり、いつもの宿で一泊する手続きを済ませて身を清める二人。それぞれが正装をして女王への謁見へと向かう。


 謁見に来た事を護衛騎士に伝え、しばし待った後に謁見の間へ通される。

「女王陛下、お久しぶりでございます。アルト・ハンスガルド、調査より戻りました」

「アルト、よくぞ戻りました。首尾はどうですか?」

「はい。予測通り大陸は発見いたしました。しかし、どの都市もすでに廃墟とし化しており人類の存在は確認できておりません」

「そうですか。収穫があったようで何よりです」

「気になる事がいくつかございます。後日まとめてご報告を差し上げたいのでお時間を頂戴してもよろしいでしょうか」

「構いませんよ、私も経過を聞いておきたいと思っております」

「ありがとうございます。魔族の方々への支援は続いておりますでしょうか?」

「ええ、リージアが継続的に支援を行っていると聞いてます」

「これまでの調査で魔族の方々はやはり計略により争わされていたという可能性が高まりました。それも先にお伝えしたく戻った次第です」

「なるほど、過去の遺恨はあれどこれ以上の争いは無いようにより徹底させましょう」

「ありがとうございます」

「では明日、例の宿にまた使いを出します」

「畏まりました、失礼いたします」

 謁見の間を後にした後、アルトとレオニスはピーキーの元へと向かう。


「ピーキー殿、お久しぶりです」

「アルト殿、飛空艇はいかがでしたか?」

「大活躍です!でもちょっと無理させたかもと思ってメンテナンスとチェックをお願いしたいと思いまして」

 そう言ってアルトはマジックポーチから空いている場所にナッツ号を出した。


「これはまた、随分と無茶をされたようですな」

「一度どうしても緊急着陸をせざるを得ない状況になりましてね、損傷などはないと思うのですが念のためお願いできますか?」

「もちろんですよ!任せてください!」

「ところでピーキー殿、技術者としてのあなたに意見を伺いたい事がありまして、よろしいですか?」

「ええ、どうぞ」

 アルトの突然の質問にピーキーは不思議そうに答えた。


「仮にあなたがこの世で最も優れた発明を思い付いたとします。それの有用性を認めてくれる人が居ても国が予算を出してくれない。そんな時にパトロンが見つかったとします」

「ほう、続けてください」

「そのパトロンは遠方に居て資金の援助だけを行ってくれているという前提でお聞きしたいのですが、この場合これまで通り王国ではその発明の研究を表立って出来ませんよね?その時はピーキー殿ならどこで研究を行いますか?」

 ピーキーはしばらく考え答える。


「もし私なら、敢えて王宮内で行いますね」

「というと?」

「地下室などを用意して、そこの入り口は特定の手順で無いと辿り着けない様にしておくのです。そうやって秘密裏に研究を進めます」

「なるほど…参考になりました!」

「いえいえ、では早速チェックいたします!」

「お願いしますね」

 そう言うとピーキーは張り切ってナッツ号へと向かう。


「アルト、お前は随分と妙な所で頭が回るよな」

「こういうのは似た者に聞いた方が話が早いと思ってさ」

「それは些かピーキー殿に失礼なのではないか?」

「でもあながち間違ってないでしょ?」

「まぁな。特定の手順でないと入れない秘密の地下室か、そういう発想はなかったな」

「女王陛下に報告をした後、もう一度ソフィア・ノエティカの探索に戻ろう」

「ああ、俺はアストラルアーマーを見てもらってくる」

「分かった、なら俺は備蓄の補給でも行ってくるよ」

「頼んだ」

 アルトはレオニスと別れ、王都の商店を周り保存食も含めてありとあらゆる食材を買い集める事にした。これに加えて王宮から備蓄を融通してもらえば1ヶ月以上の遠征も可能だろう。




 翌日、アルトとレオニスは王宮からの使いから召集を受け、王宮へと出向く。リリーとシズクも同様に向かっているとの事だ。王宮へ到着し2人と合流すると会議室へと通された。暫く待っていると女王が入室してくる。

「陛下、ご多忙のところお時間を頂きありがとうございます」

「よいのです。事はこの世界に係る事かもしれません。これ以上優先すべき事はないでしょう」

「そう言っていただけて何よりです」

「では報告をお願いします」


 アルトはこれまでの情報をなるべくまとめて報告をした。

・エルフの古い言い伝え、星の創生の伝説について

・実在していた地竜との会話

・この星のマナが2000年前から乱れていると語られた

・地竜から白き竜の実在を聞いた

・白い竜は絶対的な力を持ちながらも行方が分からず、捕らわれている可能性が高い

・この星のマナは白き竜のみ整える事が出来るという

・竜達と神は異なる思想を持って動いている可能性が高い

・発見した大陸のおおよその地図

・大陸には負のマナのみを持つ人間と獣が跋扈しており、皆正気を失って会話もできなかった

・ソフィア・ノエティカという場所の研究者の中に『神格化実験』という物を提唱している者が居た

・これを当時の王朝が認めず予算を出さないと通達していた

・ソフィア・ノエティカでエレドールという都市からの出資を受けていた記録を発見


「私たちが確認できたのはここまでです。また、帝国の皇帝ヴラディミール・クルオールとゼノーヴィアという都市で遭遇しました。彼は神託によりその大陸で己を鍛えていた所に再度の信託で私が来た事を知り、私を狙って挑んできました」

「あの皇帝が生きていたのですか?」

「はい。しかし今度こそ仕留めたかと。この城の何倍もの高さの建物を崩し、その瓦礫の下に埋めてきましたから」

「それは大儀でありました。しかしかの者も哀れな末路ですね。自国で無い場所で生き埋めになるとは」

 なんだか責められているような気がしてならないアルト。


「それで、今後はどうするつもりですか?」

「調査を継続します。ソフィア・ノエティカに再度赴き、地下に隠された実験施設などが無いか調査する為です」

「なるほど、秘密の地下室での実験の継続があった可能性を疑っているという事ですね。分かりました。アルト、あなたに頼ってばかりで申し訳ないですがこの世界の命運が掛かっている、私はそう感じてなりません。頼みます」

「ハッ!必ずやこの謎を解いて戻ると約束いたします」

「では吉報を待っております」

 そうして報告は終了し、リリーもまたアストラルアーマーのメンテナンスを依頼しに工房へと出かけていく。


「さて、俺たちはどうしようか?」

「昨日はアルトに任せっきりだったからな、備蓄の補給について確認しておこう」

「助かるよ、シズクはどうする?」

「そうですね、私は特に予定が思いつきません」

「シズクは装備もほとんど使わないもんね。俺もだけど」

「そうですね。最近はおきつね様に頼りきりですから」

「その力を使うのもシズクのマナがあってこそなんだから、あんまり気にしなくても良いんじゃない?」

「いえ、憑依して頂いている時はおきつね様が身体を動かしてくださいますので私の力と思えないんです」

「それってさ、憑依の術の特性じゃなくてシズクの努力次第で何とかなるものなの?」

「どうなんでしょう?」

「おきつね様に聞いてみようよ」

「そうですね。『おいでませ、おきつね様』」

 白き美しい狐の姿を久しぶりに見た気がする。その尾は6本、つまりまだ伸びしろがあるって事だろう。


『おきつね様、憑依の術でシズクの意思で身体を動かす事は出来る?』

『可能じゃ。我は未だ未熟なお主の代わりに動いているにすぎん』

『シズクがどうやって修行したらシズクの意思で身体を動かせるかな?』

『強き意思を持てば可能じゃて。こ奴は優し過ぎる。敵を屠る事に毎度躊躇いがあるのじゃ』

『そうだったのか。じゃあその覚悟が出来れば自分で動けるんだね』

『然り。小僧、お主が鍛えてくれぬか?お主が力になればこ奴はきっと喜ぶじゃろう』

『それは構わないけど、喜ばせてどうするのさ』

『ふん、お主も未熟よのう。よい、任せたぞ』

 白き狐はシズクの元へ戻っていってしまった。


「アルトさん、おきつね様は何と仰ってましたか?」

「シズクが敵と戦う時、命を奪う事に躊躇いがある事が原因っぽい。ごめん、無理させてるのに気が付かなくて」

「いえ!そんな事を言わないでください!私は自分で決めて戦っているつもりです」

「おきつね様は覚悟を持って戦いに臨むことが出来るようになれば、憑依の術を使っても自分の意思で動けるようになるって言ってたよ」

「覚悟ですか?」

「うん。俺はね、多分命のやり取りをする覚悟の事を指してるんだと思う。幼いころからシルヴィアに味方の為にも非情になる覚悟が必要だって叩き込まれてきたからね。確実にとどめを刺さないと、勝ったと油断した時に背中から撃たれて仲間を失いかねないって。それだけは絶対に避けたい、だから俺は確実に相手を仕留める」

「それがアルトさんの覚悟なんですね」

「うん。おきつね様の覚悟というのと同じかは分からないけど、命を奪う覚悟はしている」

「命を奪う覚悟…」

「シズクが良ければこれから訓練でもしようか?」

「いいんですか!ぜひお願いします!」

 本当に喜ぶんだ、とアルトはおきつね様の言葉に感心した。そしてその日はとことんシズク(憑依)と訓練をしたのであった。

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