第4章2幕 ゼノーヴィアへ
神歴1597年10月半ば、アルティエイラからゼノーヴィアへと向かう一行。ここの所は長時間アルカナを纏い行動しているアルトはかつてないほどのマナを消費する事で、その出力を伸ばしていた。その甲斐あってか、かなり距離はあるものの2回ほどの休憩を挟んでゼノーヴィア近郊へと辿り着く。
上空から見た街はとても巨大であり、その奥部に中枢機関と思われる巨大な建物が見える。この位置関係ならば、グルっと回って後方から攻めた方が良さそうだと判断した一行はさらに迂回し一日休んでからゼノーヴィアへの進行を開始する事にした。
今回もアルトによる偵察が行われるが、アルトはすぐに引き返してくる。どうやら首都だけあって守備軍が展開しているらしく、正気を失っているにも拘らずアルト達の行動を察知し軍の展開をしているのが確認できたのだ。
ここでアルトはある試みを思いつく。それは相手がマナを撃ちだすのならこちらもマナを撃ちだすものを作れないか試したい、という物だった。敵の射程外の長距離からの攻撃が可能となれば戦闘は相当に楽になる。その間にレオニスを筆頭に別動隊として3人が突入し、残りを叩くという作戦だ。
その為の準備としてアルトは街の外から攻撃できるだけの長距離砲のイメージを固める。長い砲身に敵と同じように縮退したマナを照射する為の機構のイメージ、そしてそれに指向性を持たせる為のイメージを固める。今回は記憶の欠片からではなくアルカナを構成する際のイメージを使用する。その方がマナを扱う為のイメージとして相性が良いと思ったからだ。
出来上がったものは腰にホールドして両手で保持する全長5m、砲の直径は150mmほどの巨大な物だった。これを敵に命中させるためには目視ではなく正確な位置を割り出して照射する必要がある。アルトは周囲のマナをより広範囲に計測し、自身の視界に表示させるように自らのアルカナを作り変える。そして誤射を防ぐために3人のマナの固有周波数を記憶した。
準備を整えテストを兼ね飛び立つアルト。軍の展開を確認すると敵の集中している箇所に向けてマナ粒子砲を打ち込むためチャージを開始する。一発撃つたびにおよそ30秒ほどで十分と判断し初弾を打ち込むと、期待していた効果を確認できた。着弾地点に爆風が起こり若干ではあるが周囲にもダメージが入るようだ。
アルトは3人に作戦実行のサインを送ると、3人はゼノーヴィア内部へと進む。それを砲撃支援するアルト。今のところ軍の展開はアルトに注意を向けているようだ。ならばと相手の射程に入り3人に進路を確保しつつ敵を次々と砲撃する。守備軍の規模は推定500人、一撃で葬れるのはせいぜい10人が限界だ。固まってくれれば20人くらいにはなりそうだが、そうも上手くもいかないだろう。
アルトの視界に移る軍の規模はまだまだ400を割らないほど残っている。このままでは埒が明かないと判断したアルトは作戦を切り替えた。スケールダウンしたものをもう一つ作りこれを近距離から撃ちつつ、今まで使っていたものを廃棄し同じくスケールダウンする。これで相手に空戦を仕掛け、殲滅速度を上げつつ3人の進路を確保する。
近距離用の砲は長さ1.5m、砲の直径20m程度まで縮小する。これを同じようなイメージで生成する。 近づきながら片方の形成を始め、砲撃を続けるアルトに次第に相手の弾が掠るようになってきた。その距離を保ったままダウンサイズ版の砲を完成させるアルト。
スケールダウンした砲を撃ちつつこれまでの物を敵へ投げつける。それには縮退中のマナを込めておき、これを残した砲で打つことで広範囲を攻撃しつつ、右側の開いた腰にも砲身を作り出す。一度イメージを作ったものならば複製は簡単だ。
準備が整ったアルトは相手との射撃戦に入る。飛行というアドバンテージを十全に活かしたアルトの立ち回りは何とも様になっており、チャージ速度も3秒程度に短縮した事で威力と射程はかなり落ちるものの数をばら蒔ける様になった。そのおかげかぐんぐんとその数を減らし、軍の規模は350程にまで減っていた。
攻撃を続けながら3人の進路に敵が向かっていない事を確認すると、そのまま殲滅を続けるアルト。およそ3分ほどで残りの敵を殲滅した。相手が理性を保っていればこうも簡単にいかなかっただろう。そして既に目的の施設入り口に到着していた3人の元へと合流する。相手がここにも守備隊が居たようだが、3人で蹴散らしたようだ。
砲をマナに戻し消したアルトは守備隊が持っている武器が使えるか試してみた。どうやらアサルトライフルのようで使い勝手が良い。これを片手に持ち内部へと侵入する。内部では例によっってリリーのサウンドデコイとシズクの『消音』による隠密行動で最小限の戦闘を行い、同じように最上階を目指した。
最上階では前回同様、隠密状態のまま敵を掃討する。そしてこの階の探索だ。この4人なら特殊部隊が組めそうだなとアルトは物騒な記憶を掘り起こす。もっとも、手段を問わないのなら今のアルトに潜入できない場所などないだろう。
この階にあるあらゆる資料やディスプレイのような物を調べた限り、例の『神格化実験』に関するものは見当たらなかった。下の階に降りながら同じ手順で調べるも、手掛かりが中々見つからない。ここには何もないのかと諦めようと思い5階下まで降り捜索をすると、神格化実験に関する情報が見つかる。
しかし内容は実験に否定的なものであった。予算に関する要望が届いては、あまりに不正確かつ不安要素が大きく、仮に研究を続けたとしても実行のリスクが高すぎる為にその予算案は却下する、という文書を何度も送り返していた。
「どういうことだ?この国のトップは神格化実験には否定的で結局は協力が得られなかったようだが」
「実験って言っても国の支援が無いと出来ないものなのかしら?」
「それは規模が大きければ大きいほど、その予算も莫大になるだろうからね。この様子だと支援は受けられないで頓挫したと考えるのが妥当だと思うけど」
「だとすると妙な話よな。実際にこの大陸はこの有様じゃ。何か別の要因があったとしか思えぬ」
「そうすると次はソフィア・ノエティカに行ってみるしかないかなぁ」
不意にシズクが憑依の術を解く。
「アルトさん、丁度いいですから今日はここで休んでいきませんか?」
「廃墟ではあるけど、2000年も経ってるとは思えないほどしっかりしてるものね」
「最上階に戻って休むとしようか。階下にはまだ警備が居るかもしれないから、サイレンスを使ってもらっても良いかな?足音で上に来るかもしれないし」
「念には念を入れてって事ね。いいわ」
一行は最上階へと戻り、大きな部屋でテントを張って休む。しかしこの選択が大きなミスとなると分かるのは翌日の事であった。
翌日、ゆっくと休めた一行は準備を始める。アルトもアルカナを発現しまた屋上からナッツ号を使おうとするが、増設したレーダーに今までとは異なる反応が引っ掛かった。
「ちょっと待って、なんかこれまでとは様子の違う集団…21人だ。こっちへ向かってる」
「どちらからですか?」
「丁度この部屋の扉を進んだ先から見えるはずだ」
そうして一行は窓の外を確認し、その下に迫る者たち見る。それは赤黒い鎧を纏った集団に見える。
「おいあれ、まさか皇帝軍じゃないか?」
「嘘でしょ?なんでこんな所に居るの?」
「あの人たちの中にひと際強いマナを感じますね。あれはあの皇帝ではないでしょうか」
「あの一太刀を入れてマナをぶつけても生きてたのか。確かに新皇帝即位の噂もなかったけど。それが何でここに居るかって事だけど、まさか狙いは俺?」
「アルト、やけに敵対視されてたものね」
「奴は正道教、神託を受けてこの地にアルトが居るのを知って来たとなると、神の意図が分かりやすいのだがな」
「自分達の脅威を排除するために使わしたという事ですか?」
「そう考えるのが一番楽なんだが、まともに相手をする必要もあるまい」
「そうだね、ここはナッツ号で逃げるとしますか」
アルトはそう言うと天井を突き破り屋上に出る。マジックポーチからナッツ号を出すと高度を上げて通過しようとした。
アルトが飛び立つのを見た鮮血帝は怒りに震える。神の敵がおめおめと逃げおおせるなどと思うなと。そして大きく跳躍するとその身は高速でアルトの元へと向かっていった。鮮血帝は飛翔する手段を手に入れていたのだ。
「アルトさん!皇帝がこっちに向かって跳んできてます!」
「マジ?あいつ飛べるの!?」
「本当です!はやく高度を下げてください!」
鮮血帝が迫る中、進路を変えつつ街中へと急降下するアルト。皇帝はそんなアルトを追ってくる。やはり狙いは自分たち、いや自分なのだ。
「みんな、残存マナでこのまま強引に着陸させる!衝撃に備えて!俺は皇帝を止める」
そういうや否やある程度高度を下げてナッツ号を切り離し、こちらへ接近してくる皇帝へ向かう。
「ちょっとアルト、待ちなさ、キャアア!」
「これは、船体が持つか?」
「っ!(アルトさん、ご無事で!)」
3人は不時着の衝撃に何とか耐えたが、残りの皇帝軍がこちらに向かってくる事は予想できた。何よりここには未だ正気を失った者たちもいるのだ。中には武装している者もいるかもしれない。ナッツ号を放置したまま外へ飛び出しすぐに体勢を立て直した。あれほどの大きさの物を入れられるのはアルトのマジックポーチくらいだ。
3人が下で迎撃準備をしている一方、アルトは空中で皇帝と相見えていた。皇帝はアルトを見るなり突撃してくる。
「神の敵!探したぞ!今日ここでお前を殺し神へ捧げよう、裁きを受けるがよい!」
「なんでこんなところまで追ってくる!お前は一体なにがしたいんだ!?」
「この地で己を鍛え上げた所にお前たちがやって来たのだ、それを私は神託で知った!これぞ運命!」
「それは偶然ですね!悪いけどあんたに構ってる暇は無いんだよ!」
アルトと鮮血帝は空中で激しく切り結ぶ。相変わらずの力押しスタイルだなと呆れるアルト。彼の力は確かに上がっているのかもしれない。だが剣技や戦いに関する技術は一向に向上していない様に見える。そして成長しているのはアルトとて同じ。むしろアルトの成長速度に鮮血帝は追い付けていなかった。
剣戟の合間に隙を突いて遠慮なく攻撃を入れるアルト。確かに皇帝の力は強い。防御も硬い。しかしアルトはまだ余裕を持って戦えていた。皇帝をあのビルへと追い込み、強烈な蹴りでビルに叩きつけると壁を突き破って内部へと転がる鮮血帝。
アルトは即座に剣をマナで操り宙に浮かせ、昨日作った巨大な砲を構成する。そしてチャージもソコソコに鮮血帝を撃つ。これは足止めの為だ。数秒のチャージでも近距離ならば衝撃は大きい。ビル内を再度転がる鮮血帝。しかしそれでも立ち向かおうとこちらに向かってくる鮮血帝に最大チャージの砲撃をお見舞いする。ちょうど鮮血帝がビルから出ようとした瞬間を狙ったので、ビルを斜めに貫通する形になり階下へ突き破りながら沈む。
それを見たアルトは、このビルごと生き埋めにして二度と追って来れない様にしてやろうと思いつく。ビルの左右に同様に砲撃を行い、倒壊する予兆を見せるビルを確認し飛び立つアルト。下では皇帝の兵たちが安否を気遣っているのかこちらに向かってくる。だが丁度巻き添えになってくれるような形でビルは倒れてくれた。アルトは空中でそれを見届け剣を取ると、3人の元へと戻っていった。
一方、3人はと言うと赤の軍勢はやってこず、ひたすら正気のない者たちを退ける戦いを強いられていた。不時着した場所がビルからだいぶ離れていたので武装したものが居ないのが救いだが、やはり元市民と思われる人間たちを倒すのは気持ちが悪いものだ。
しばらくするとビルが倒壊する音のあと、激しい土埃が辺りを包む。レオニスが咄嗟に地面の盾を作りその風から皆の身を守るように庇ったお陰で無事に済んだ。そしてその後にやって来たアルトは、ビルの倒壊を起こして皇帝を生き埋めにしてやったと胸を張って語った瞬間、一斉に叱られたのであった。
こうして鮮血帝を退け、何とか無事に済んだナッツ号を使い急ぎ飛び立つ一行。向かう先はソフィア・ノエティカである。




