第3章9幕 ナッツ号完成、地竜との邂逅、そして脅威の兎族
神歴1957年9月、ついにアルト達は獲得した。安全で快適な空の旅を得る手段『飛空艇』だ。それは8月の中頃に遡る。アルトはピーキーと共に、自身が飛べることを利用して3人を抱えて運ぶ手段を考えていた。
求められるのは3人にかかる空気抵抗を減らす構造、万が一に備え緊急パージした際の安全性、そして地上近くで敵に狙われた際の防御策だった。そしてそれに最も適した形は船であると結論が出るまでは時間はかからなかった。
問題はアルトという『動力』を失った際に自由落下する事を防ぐ安全性の確保と、地上近くまで降りた際に3人が集中砲火を受けて危機的状況に陥らない様にするための防御策である。アルトは当初、記憶の断片から『パラシュート』という物がある事をピーキーに話ており、これで緊急パージした際の自由落下速度を落とすつもりでいた。
だが、緊急パージするような状況というのは地上でも敵が待ち構えており狙われる可能性が高いという事だ。これをどう防ぐかという議論が続いた。そして彼らは発想を変えた。いっそそのような状況ならアルトが自らの意志で彼らを降ろし、上空の戦力はアルトが担当し、地上戦力は3人が担当すればいいという考えに至った。
そしてそれからさらに検討を重ね、アルトのマナ量の豊富さを利用した空を飛ぶ船をアストリウム合金で作ってしまえばいいと。そうする事で軽量化を図りつつも防御性能を上げ安全に降ろすことが出来る上、アルト自身の負担も減らせると踏んだのだ。
かくしてその『飛空艇』の建造が進み、ようやく完成したのが現在である。一見して二つの小さな船を上下にくっ付けたように見えるそれは、上部にアルトがアルカナ状態で”合体”する為のスペースが設けられており、アルトがそこで舵を担当しマナ供給も同時に行ういわばブリッジだ。3人は内部に入り、船首側から出入りする形とした。
中は不要なマナを使用しないよう、予めアルトのマナを貯蔵した明かりや魔法によるディスプレイ設けられており、外の様子が分かるようになっている。ピーキー自慢の仕掛けである。ブリッジに居るアルトにもキチンと風よけが設けられており、専用のパイプを使って内部へ音声を届けることが出来る仕組みも確保した。また、緊急時にアルトが飛空艇を降ろし、3人が出た後も船体の剛性を保つためにもこのマナは使用される。
それは言ってしまえばただのラグビーボールのような形なのだが、アルトが強引に3人を持ち上げるだけなので問題ない、と二人は豪語した。テスト飛行も行われ問題ないと判断したアルトは、遅れを取り戻すべく飛空艇で獣人連合へ向かう事を決意。まずは獅子族の集落を目指す事となった。
ちなみにこの飛空艇を見たリリーが「まるでピーナッツみたいね」といった事からアルトが『ナッツ号』と名付け、リリーは自分の発言を激しく後悔した事にも触れておこう。
こうしてナッツ号に乗り込まされ、ノリノリのアルトと気が進まない3人は獣人連合へと旅立った。飛空艇下部の噴射口からマナ粒子が吹き出し上昇を始めると、後部の噴射口からもマナ粒子が吹き出し遂に空へと飛んだナッツ号。それは楽々と山脈を超え、帝国を通り越し、僅か1日でクリフト王国から獣人連合へと到着した。
獣人連合に到着したと言っても、流石のアルトも獅子族の集落までは持たないので一旦狼族の集落へ寄り休ませてもらう事にした。ここは最も帝国に近い集落の一つだが、どうやら帝国は停戦を受け入れたとの事だった。赤の軍勢も帝国から排除されており、現在は比較的安全な状態という。
狼族の集落で一晩過ごし、翌日に獅子族の集落を目指し再び飛ぶ。これは3時間ほどで到着した。ここで獣人連合東部の情報を得る事にする。提供されている武具は好評のようで、採掘場もドワーフ達が管理しつつ熊族が手伝っているようだ。みんな上手くやれているようで安心するも、採掘場で気になる事があるという。
なんでも掘り進めていった先で大きな竪穴が見つかり、その奥から不気味な音がするというのだ。悪意や脅威は感じられないのだが、ドワーフ曰く精霊に近い何かが存在しているという。これが気になったアルト達はその場所へ案内してもらう事にした。
坑道を進みその場所に着くと、底が一切見えない深い穴が底へと続いている。そして底の方から何やら気配を感じるのだ。アルトはその気配に妙な感覚を覚え、気になったので降りてみる事にした。アルカナを発現し降りる事数分、その存在が近づいてくるのを感じ取ったアルトは壁に沿うように慎重に降りた。
やがてその穴の底付近には巨大な空間が広がっており、その空間に相応しい生物が寝息を立てていた。その生物はとても強力なマナを秘めていると近づかなくても分かるほど強大な存在だ。そして不意に頭に声が響く。
『異界の者よ、そなたは何用でここに来た』
『眠りを邪魔した事はお詫びします。この上に獣人の集落と共同で作った坑道があり、この竪穴を発見したので調査に来たのです』
『私が地竜と知って来たという事ではないのか』
『地竜とは古くにこの星に地の精霊をもたらした存在と言われている方ですか?』
『左様。我が母よりその命を受け精霊を作り、今も管理を託されている』
『あなたは災厄の王という存在をご存じですか?400年ごとに現れる者で、負のマナの集合体です』
『知らぬ。だがこの星のマナは2千年ほど前から乱れている。我が母が何処かに捕らわれているのだろう』
『2千年前から乱れている…あなたの母は捕らわれているのですか?』
『恐らく。我らの声も届かず、星のマナも乱れたまま。母を亡ぼせる存在はこの星には居らぬ。故に捕らわれていると考えるのが道理』
『私は現在その災厄の王が現れる謎を追っています。もしかすると関連があるかもしれません。他に何かご存じの事、思い当たる事はありますか?』
『我にはこれ以上の事は分からぬ。異界の者よ、そなたは白き竜と出会った事はないか?』
『白き竜…恐らくこの世界に生を受ける時に一度だけ、守ってくれるような温かい白い竜に包まれた夢を見た事があります』
『夢ではない。それはそなたの身に起こった事実だ。そなたからは母の影響を受けたマナを感じる』
『私があなたの母である竜のマナに影響を受けている』
『然り。そなたの求める答えと我が母の行方には関連があるやもしれぬ』
『色々と教えて頂きありがとうございます。あなたはここで眠りにつくのですか?』
『そうだ。我らは母の命なしには動かぬ。動けば星に影響を及ぼすのでな』
『分かりました。この穴は封印し、あなたの眠りを妨げないように獣人たちへと伝えましょう』
『頼む』
地竜と語り終えるとアルトは上へと飛び、穴を脱出した。地竜の事は少し悩んだ末、一旦黙っておくことにし、この底には恐ろしい存在がいる可能性だけ示唆し、穴に何かを入れるような事がないように注意喚起すると共に封印措置を施すように手配する。
そして獅子族の集落へ戻り、確認した事と対処を行った事を伝えた後、この獣人連合の東端の集落について聞いた。ここから東に向かったところに兎族の集落があり、そこが東端であると聞いたアルト達は一泊させてもらう事にした。
用意されたテントに入り、アルトは地竜の存在と語られた事について共有する。
「2000年前から星のマナが乱れているって事は、最初の災厄の王の発生の原因が2000年前でその400年後に初めて現れたと考えるのが妥当よね」
「そうだな。そうなると歴史的に辻褄が合う。だが神歴以前の歴史については我々も知らない事ばかりだ」
「その2000年前にマナが乱れた時に『白き竜』が捕らわれたという可能性が高いって事ですよね」
「俺がこの世界に来て間もなくの頃の夢の記憶の話が実際に起こった出来事だと地竜は言っていた。白い世界で大きな白い顔に何か言われて、そいつと俺の間に割って入るように白い竜が現れたんだ。まるで俺を守るように包んでくれた温かい優しい竜だった」
「アルトを守った竜、それが実在し何処かに捕らわれているとしてマナが乱れたままと言う地竜の言葉から推測すると、その竜が星のマナを管理し調整していたはずが捕らわれた事により調節が出来なくなった。その為に神が災厄の王という存在を作り出して人類と魔族の争いの中でマナの調整をするようになった…という事か?」
「じゃあ魔族から正のマナを奪ったのは神自身って事にならないかしら?」
頭を捻る一同。そこでアルトはエルフの里長に聞いた話を皆にも聞かせた。
「エルフにそんな言い伝えがあったなんてね。でも長命な彼らの言い伝えは人類のそれよりも信憑性が高いと思うわ」
「じゃあ神っていったい何なんだ?俺にはすごく不気味な…もしかしたらあの白い世界の顔、あれが神だったのか?」
「神が勇者を遣わす、これが真実ならばそうだろうな」
「では白い竜はアルトさんを神から守ったんですね。そうなると、竜と神は敵対している事になりませんか?」
「そうだね。そう言えば精霊達も地竜と同じような事をしょっちゅう言ってた気がする。俺のマナに懐かしさを感じるとか」
「アルトさんが精霊とお話しできるのも白い竜のお陰なんでしょうか?」
「どうなんだろう、それは会って聞いてみたいな」
「これはまた課題が増えたわね」
やれやれといった顔のリリーが肩をすくめる。
「今回は坑道で運よく竪穴が見つかったのが原因で地竜様が見つかったのは良いのですが、他の竜たちはどこにいるのでしょう?」
「俺が見た夢では水竜って名乗ってた。恐らくだけど、クリフト王国とカラッゾの間にある内湾のどこかに水竜は眠ってるんだろうね」
「いずれにしても普通の人類が居けるとこにはいなそうだな」
「そんな所に辿り着けるのはアルトかシルヴィア様くらいじゃないかしら」
3人が頷き合うのを見て苦笑いするしかないアルト。
「目的は変えず、あくまで未発見の大陸があるか、俺達と全く異なる人類が存在するかを確認する事だな。それを探す中で神や竜ともまた繋がる事もあるだろう。なにせどちらもこの世界に大きく影響を与える存在だ。繋がらない可能性の方が低い」
「そうだね。じゃあここでゆっくり休んで、兎族の集落を目指すとしますか」
そうして一行は寝支度をし、早々に休むことにした。
翌朝、一行は獅子族の族長に挨拶をした後、ナッツ号で飛び立った。兎族の集落へはおよそ4時間といったところで付く距離だ。そう言えば兎族という種族を見た事が無いとアルトは思う。兎人族とは違いそのまんま兎が立って喋るのかと思うと、ちょっと可愛いとも思ってしまった。
兎族の集落の入り口で自分達は獣人連合の同盟国であるクリフト王国の人間であると告げ、ここへ来た目的を説明した。ここが東端で間違いないか確認したかっただけなのだが、兎族の門番は中に入るように言う。その一挙手一投足が2足歩行の兎そのもので愛らしいと思ってしまう。それはリリーとシズクも同様のようだ。
集落に入り族長へ招き入れてくれた事への感謝を告げると、族長はこの事は予見していたという。一体どういうことか分からなかったが、兎族は戦闘能力が低い代わりに特殊な固有魔法『予見』をもつらしく、その見える未来は個人差があれどおおよそ数時間後の事は分かるようだ。特に族長はその力が秀でている者でなくてはならない。その予見で見える未来の時間はおおよそ3日ほどだという。
そして族長はもう一つ特技を持っていた。それは占術である。その歴史は古く、仙孤族に伝わる巫女の力の一部にも取り入れられているというから驚きだ。アルト達は未知の大陸や人類の存在を占ってもらう事にした。
兎族の族長はお香を焚き、何やらもごもごと口を動かし手を擦っている。鼻はピクピクト動いており占っているというより兎が夢の中で草を食べているような様子に見えてしまったアルトだったが、悟られぬように必死に我慢した。この占いの結果には魔族の未来も掛かっているかもしれないのだ。
そしてしばらく閉じていた目を開けると族長は言った。
「ここから東南東、そこに鍵があると出た。それから小僧、ワシは寝とらんぞ」
3人が何の事を言っているか分からないという顔をする中、アルトは兎族の恐ろしさを垣間見た。
「族長殿、失礼しました。東南東に鍵があるという事ですね。ご助力感謝します」
「我らの未来にも関わる事。気にするでない」
「ありがとうございます」
お礼を言ったアルトは兎族の集落を後にし、東南東の海岸線の近くで野営をする事にした。色々と進展しつつある状況に期待を持ち、床につく。ここから先は出たとこ勝負だ、としっかり休むことに専念するアルトだった。




