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アーリア物語 ~神と白竜と私(勇者)~  作者: いちこ
第3章 災厄の王とアルト
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第3章8幕 リリーとシズクの帰郷

 アルト達は未知の大陸を探すべく、リリーとシズクの故郷であるブラックヴェル辺境伯の治める街へと来ていた。リリーは定期的に便りは書いていたが暫く帰っておらず、実に8年ぶりの帰郷という事になる。変わらぬ街並みに少しテンション高くアルト達を案内するリリーと、それを追いかけ諫めるシズク。


 見た目は大人になっていても二人のこういうやり取りを見ているとあった当初の事を思い出す。街を散策したいところだがアルトは自分の仮説に確信に近い予感を抱いており、魔族たちの名誉の為にも早く船の手配をしようと提案をした。


「アルト、そういう事ならお父様に相談して船の手配と人員を用意してもらった方が良いわ。どのくらいの航海になるかもわからない船員にとっても危険な旅になるの。そう簡単に受けてくれる船なんて見つからないし、人選もしっかりしないと辿り着く事さえ難しくなるわよ」

「そっか、すまない。少し焦っているみたいだ」

「アルトさんは魔族の方々が心配なのですか?」

「ああ、今回の仮説に根拠はないけどそう確信させる何かがあるんだ。上手く説明できないんだけどね」

「リリーの言う事は最もだろう、気持ちはわかるが手は打ってあるのだろう?周りを信用するのも大事だぞ」

「ありがとう、レオニス。少し落ち着いて考えるように心がけるよ」

「じゃあ私の家に案内するわね、付いてらっしゃい」

 そう言うとリリーは街中を歩いていく。ブラックヴェル辺境伯の屋敷は街の南側にある小高い丘の上にあった。海が見渡せる良い場所だとアルトは感じる。屋敷の前に辿り着き門をくぐると、番兵がリリーの姿を見て驚いていた。


「リリー様!?ようやくお戻りになったのですね!」

「ただいま。お父様はいらっしゃるかしら?」

「リカルド様は現在公務で外出中でございます。ミレイナ様はいらっしゃいます」

「では先にお母様に皆を紹介しておこうかしらね」

「お連れの方々もようこそいらっしゃいました!おや?そちらの女性はシズク殿ですな!お久しぶりです」

「はい!お久しぶりです。リリー様と共に戻ってまいりました」

「では中へどうぞ」

 そう言うと番兵はドアを開きリリーを通す。アルトはリリーがお嬢様だという事をすっかり忘れていたが、こうして見ると実に見事な貴族令嬢である。


「お母様、リリーです。ただいま王都より戻りました」

「リリー、本当に久しぶりね。大きくなって…あれから8年も経つものね、立派になったわ」

「ありがとうございます、お母様」

「シズクも随分立派になったわ。一緒に帰ってきてくれて本当に嬉しいわ」

「奥様、長い間顔も出さず申し訳ございませんでした。ありがたいお言葉、感謝いたします」

「挨拶も堂に入ってるわ。良い時間を過ごしているようね」

「はい。大変ですが、とても充実しております。」

「後ろの殿方はお手紙にあった方たちかしら」

「はい。紹介します。こちらの銀髪の男がアルト、金髪の男がレオニスです」

「お初にお目にかかります。私はアルト・ハンスガルドと申します」

「幼き頃に何度かお目通りさせて頂きました、レオニス・ハイランドです。今はハイランド家を捨てレオニス・フォルトハートを名乗り、一冒険者として生きております」

「アルトさんにレオニスさん、ミレイナ・ブラックヴェルよ。宜しく。レオニスとは小さい頃に会った事があるわね」

「はい。父が多大なご迷惑をお掛けした事、謝罪いたします」

「あなたはリリーの理解者であり仲間、リリーもそれを認めているなら私は何も言う事はないわ」

「ありがとうございます」

 しばらく再開を喜び合う母と娘。そして本題を切り出す。


「お母様、今日帰ってきたのはお父様に相談があっての事なの」

「お父様に?まさか!」

「え?」

「遂に身を固めるのね、リリー…」

 ほろりと涙を流すミレイナ。どうやら何か勘違いをしているようだ。


「お母様、違います!今私たちは災厄の王を討伐し、これの謎を解くための旅の最中なのです」

「あら、違うの?それは残念だわ。どちらの方も素敵な方だと思うわよ?」

「今はそんな場合ではありません!それに私たちはそういう関係でもありません!」

「私がパパと結ばれた時はちょうど今くらいの歳、今からでも遅いくらいだわ」

「お母様、どうか私の話を真面目に聞いて…」

「ふふ、ちょっと悪ノリが過ぎたかしら、ごめんなさいね」

「もう!それでお父様はいつお戻りに?」

「今日は街の方で執務を行っています。夕刻には帰ってくるはずよ」

「ではそれまで仲間と共に休ませてもらっても良いですか?」

「もちろんよ、ここは貴方たちの家なのよ、リリー、シズク」

「奥様…ありがとうございます」

 こうしてリリーの自宅で休むことになったアルト達。それにしてもあのリリーをあそこまで手玉に取るとは流石母親である。それに聞いていた通りシズクも大切にされているようだ。客間でしばらくレオニスと話す。


「なぁレオニス、俺の記憶の断片にある地図だとクリフト王国からならこの街から西に向かえば問題なく辿り着ける、そう思ってここまで来たんだけど、もう一つ近しいルートがあるんだ」

「それはより安全なルートという事か?」

「アーリアの大陸がほぼ記憶と合致しているという前提にはなるけど、獣人連合の北東からなら、海を渡る時間が限りなく短く済むはずなんだよ」

「でもそんな近くならとっくに発見されていてもおかしくないのではないか?」

「獣人連合の東の人々に聞いてみないと分からないけど、ある程度距離が離れていると星の形のせいで遠くの大陸は視認できない。新しい土地を探す必要が無いなら、その存在は知られていない可能性も高いと思う」

「なるほどな。航海は物資が尽きればそれで終わりだ。お前がどんなに用意しようとやがては尽きる。帰りの事も考慮すると、長い航海より獣人連合側から行けるか試してみた方が良いかもしれないな。アルトなら飛んで確認する事も可能だろう?」

「それ、名案だね。安全策を方が良いし獣人連合の方もその後が心配だ。一度リリー達と話し合ってみるか」

 そんな会話をしているとノックの後、シズクの声がした。


「アルトさん、レオニスさん。お茶をお持ちしました」

 アルトはドアを開けてシズクに礼を言う。

「ありがとう。あれ?せっかく似合ってたのに着替えちゃったんだ」

「これが私の屋敷での正装ですから。似合ってましたか?」

「ああ。仙孤族だからかな、凄く似合ってたよ。今のシズクも最初の頃思い出して良いけどね」

 シズクは頬を染め尻尾を振る。そんな二人の様子を見てレオニスは思った。アルトは自覚無しにシズクにあんな事を言っているに違いない、そして今もまたシズクの気持ちに気付いてもないだろうと。


「では、私はリリー様の元へ戻りますね」

「うん、ありがとう」

 シズクを見送ったあとレオニスは聞いてみた。

「なぁアルト、前々から思ってたんだが…シズクに対して何か気付く事はないか?」

「うん?うーん…」

 そう考えこむアルトを見てこれはダメだとレオニスは諦めた。シズクの事を思うと力になってやりたいが、今は時が時だしその迂闊に動いたら結果の責任も取れない。静観が得策だろう。




 夕刻が過ぎた頃、リリーの父であるブラックヴェル辺境伯が帰宅した。アルト達は応接室に呼ばれ挨拶をする。

「この度は突然のご訪問、失礼いたします。私はアルト・ハンスガルド。森の賢者シルヴィアの弟子にございます」

「ブラックヴェル伯爵閣下、お久しぶりでございます。レオニス・ハイランドです。父が多大なご迷惑をお掛けしたことを改めて謝罪いたします」

「お二人とも、よくぞ参られた。私はリカルド・ブラックヴェル。この西方を治める者である。リリーが王都で世話になったと聞く。またこれまでも共に戦場を掛けた仲間であると」

「はい。現在は形式上は冒険者として動いております」

「レオニス・ハイランドよ」

「はい」

「そなたの事もリリーの手紙でよく聞いておるぞ。共に切磋琢磨した信頼できる友人であると。そなたは父と違い我らと共に国の為に戦う同志であると。家名も捨てたのであろう?ならば謝る事など何もない」

「ありがとうございます。現在はレオニス・フォルトハートを名乗っております」

「うむ。両名とも娘と一緒に切磋琢磨しあい共に戦ってきた仲間と聞いている。この屋敷に滞在する間は楽にしてくれたまえ」

「お心遣い感謝いたします、伯爵閣下」

 二人の挨拶が住むとリリーが切り出す。


「お父様、大事な話があってこの街に帰ってきましたの」

「何!?おま」

「違います、お母様と同じ反応しないでください!」

「お、おおそうか。すまぬな。して、大事な話とは?」

 リリーは父親の言葉を遮って話を進める。反応を見る限り伯爵閣下は本気で勘違いしていたっぽいが。


「私たちは災厄の王の討伐に成功したわ。しかし災厄の王は伝承とは異なる存在だった。その調査の為に未発見の大陸を探す為の船が必要なの」

「なんと!災厄の王を退けたというのか」

「ええ、そこのアルトが形も残さず消し飛ばしてしまいましたわ」

「そなたが…まさか勇者なのか?」

「勇者かどうかは定かではありませんが、恐らく私はこの世界とは別の世界から呼び込まれた人間です」

 アルトはこれまでの経験や経緯などを簡単に説明した。


「なるほどな。そなたの記憶とアーリアの大陸が本当に一致するならば、西に大陸があってもおかしくないと」

「はい。この星は恐らくですが地球と極めて酷似している環境と考えております」

「可能性が高いが確証はないという事か」

「残念ですが確証はありません」

「ふむ、我らの船員を出す事も可能だが、リスクが大きい話だ」

「先ほどレオニスとも話をしておりまして、実はもう一つその大陸に渡るルートがあるかもしれないのです」

「ほう。それはどのようなルートなのだ?」

「ここからはお嬢様とシズクにも相談しようと思っておりました。獣人連合の北東の端、そのあたりから東に進むと海を挟んで未発見の大陸の北東部がある可能性があります」

「しかしどちらにしても船が必要なのではないか」

「確かにそうですが、その距離は極めて短く、私であれば飛行して高高度から大陸の探索が可能かと思われます」

「飛行?そなたは空を飛べるのか?」

「はい。エルフのヴァルキリアと同じような事が私にも可能です」

「お父様、ハッキリ言ってこのアルトは常識が通用しません。私たちはもう慣れましたが」

 酷い言われようだ。とアルトは内心思うがさすがにこの場で態度には出さない。自分はもう大人なのだ。


「話を纏めさせて頂きますと、ここに来るまでは船で単純に西に向かえば良いと考えておりました。ですが、リリ…いえお嬢様とレオニスの意見を聞いた限りでは長い航海でのリスクを取るより、時間をかけて安全策を取った方が良い。今はそのように考えております」

「なるほど。承知した。では特に私に求める事はないという事で問題ないか?」

「はい。よろしければここ数日のモンスターの出没頻度や被害状況、その強さなどが変化しているか伺ってもよろしいですか?」

「構わぬぞ。ここ最近は頻度や強さも災厄の王復活の時と比べ物にならない程に落ち着いていると報告を受けている。街や村も早期に手を打った事もあり被害はほぼない。そして現在引き続き警戒に当たっているが、特段報告は入っておらぬな」

 アルトはしばらく考え、リカルドに伝える。


「伯爵閣下、今現在は発生頻度が落ち着いているかもしれませんが、今後多少は増える可能性はあります。ただ、強化される事はないと考えられます。魔族とは停戦状態ですから、自然発生したモンスターが強化されるには従来通り特殊な条件が必要になります。このまま警戒態勢を続けていればまず問題は無いかと思われます」

「災厄の王を倒してなおそうなると言う根拠は、そなたが考える根本的な原因が取り除かれていないという事か?」

「はい。仮説が正しければ、ですが」

「分かった、女王陛下からも警戒態勢の解除の命は受けておらん。このまま警戒は続けるとしよう」

「お願い致します」

「さて、話すべきことは以上かな?」

「はい」

「ではそなたたちも含め、これまでリリーの成長と活躍を聞かせてもらおう!晩餐を用意するのでゆっくりとされるがよい」

「お心遣い感謝いたします」

 どこも親という物はこういうものか、と内心呆れるアルト。リリーの顔を見ると余計な事を言うなという目をしていた。




 晩餐は実に豪華であり、久しぶりに落ち着いた時を過ごすアルト達。この街ならではの海の幸に舌鼓を打ちながら、リリーとシズクがどのようにして成長し、戦場で活躍してきたかを多少大げさに語ってみた。ほんの出来心である。その度にリリーが反応するのをレオニスと共に楽しんでその夜は終わった。そして翌日、アルト達は伯爵邸を後にする。


「それではお母様、お父様、行ってまいります」

「旦那様、奥様、リリー様の事は私にお任せください」

「二人とも、無事に帰ってこい。待っておるぞ」

「リリー、シズク。私は二人とも大切な家族だと思っているわ。気を付けていってらっしゃい」

 二人のしばしの別れを見届け、辺境伯に一礼しアルト達は一旦王都へと戻る。




 久しぶりのトレーニング代わりのランニングで4人は1日も掛からず王都へと戻った。シズクはおきつね様と繋がりを強くするため敢えて憑依状態で、3人は生身の状態で駆け抜けたのだ。そして王城へと出向き、女王に報告を済ませた後、アルトの提案で研究施設へと向かう。また良からぬことを考えているのかと不安に思う3人だったが、アルトが考えていた事はまた突拍子もない事だった。


「ピーキー殿!ちょっとお願いがあるのですがよろしいですか?」

「これはアルト殿。西方へ向かったのでは?」

「ちょっと事情が変わりまして、ルート変更をする事になりました」

「ほう、それでお願いとは?」

「はい。私が飛ぶ時に3人を運ぶための手段を考えて欲しいのです」

「アルト殿が3人を持って飛ぶと?」

「それが可能になれば、旅路が楽になりますから」

 アルトの提案にもはや諦めの境地に達した3人は何も言わずアルトの要件を聞き、ただ見守っていた。


「いざという時の為に3人を安全に降ろす機構も付けたくて…」

「なるほど、この方法であれば落下速度を落として…」

「そうです、それで地上に…」

 もはや話の半分も聞かず3人はただ待ち続けるのであった。その珍発想が自分たちの安全を保障すると信じて。

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