第3章6幕 王の謎
アルトは戸惑っていた。目の前にいる自分と同じ姿の人物が言った言葉が理解できない。奴はこう言った。
『さぁ、私と共になろう。そして天に帰りこの世界の均衡を元に戻そう』
共になるとはどういうことだ?天に帰る?均衡を取り戻す?何もかもが繋がらない。
「お前は一体何者だ!なぜ俺と同じ姿をしている?」
『私は災厄の王。負のマナの集合体だ』
「災厄の王がなぜ俺を求める」
『そう決まっているからだ』
「天に帰るとはどういうことだ?」
『そのままの意味だ』
「均衡を取り戻すとはマナの均衡か?」
『それ以外に何がある』
「お前を倒せばマナの均衡は取り戻せる。戦う気がなくとも悪いが死んでもらう」
『お前は使命を果たさないのか?』
「お前を倒すのが俺の使命だ」
『それは違うぞ。神の言葉を聞いていないのか?』
「神なんぞ知った事か!」
『なんという事だ…これでは私はどうすれば』
「知らないね。さあ剣を取れ!」
『剣?私はそのような物は持っていない』
「悪いが仲間がここを守って待ってくれているんでね、早々に片付けさせてもらう」
アルトはそう言うと全力で間合いを詰め大剣で首を撥ねる。そして体に剣を突き立てマナを解放し跡形もなく身体を吹き飛ばした。転がった首にも大剣を突き立て、負のマナが消える事を確認した。
しかしこの場にはまだ負のマナを感じる。下からだ。思いっきり叩いてみるが下に空間はない。これで終わったのか?奴が言っていた事は一体何だったのだ?そう考えるが、今はそれよりもリリー達が心配だ。急いで門へ駆け寄ると、入って来た穴から飛び出した。
そして先ほど蹴り飛ばした敵将を見付け、その武器を弾き飛ばすと首根っこを掴んで門の中へと放り込む。同時に自分もその中に入り、敵将と思われる人物に声をかけた。
「災厄の王は消した。跡形もなくな。だがこの地は負のマナを感じる。知っている事を全部話せ!」
「バカな…ここが災厄の王の間だと?」
「入った時はここには負のマナが満ちていた。それが集まり俺と同じ姿の負のマナで構成された人物が現れこう言った。自分と一つに成り、世界をマナの均衡を戻そうとな。災厄の王の目的は人類を滅ぼす事ではないのか?」
「王がお前と同じ姿だと?世界のマナの均衡を取り戻す事を望んだと?バカな事を言うな!」
「真実だ。奴は神にそのような使命を負わされていたようだったぞ」
「神…だと?」
「ああ。俺は神なんぞに興味はない。だが奴はこうも言ったぞ。俺の使命は災厄の王である自分と共になる事で世界にマナの均衡を取り戻す事だとな」
「あり得ん、我らの神はそのような事を仰っていない!災厄の王が目覚める時、人類を滅ぼす事で我らは栄光を取り戻すと!お前たちに奪われた正のマナを取り戻せると!」
「魔族から正のマナを奪った?」
「都合の悪い事は忘れたか!?遥か昔、お前たちの始祖が正のマナを奪い我らは苦渋の生を押し付けられたのだ。この土地もそうだ、マナの均衡が失われ荒れ果てている。それらは全てお前たちが自分の欲の為に行った事だろう?忘れたとは言わせん!」
どうも話がかみ合わない。災厄の王といい、この男といい、何かがおかしい。アルトはそう感じた。そしてこの戦いが今となってはもう無意味であるとも考え、男に提案をする。
「外で俺の仲間たちとお前の仲間が戦っている。これを一度止めたい。これ以上の戦いは無意味だ。俺たちは何か話が噛み合っていない。一旦戦いを辞めるように宣言してくれないか?話をして互いの認識の祖語を解消したい。そして災厄の王の謎を解き明かしたい」
「話だと?お前らと我らがか?信じられるものか」
「お前を殺す事は簡単だ。力に差があり過ぎる。それはお前も理解しているだろう?だが俺はそれをしない。それが何よりの証拠だ」
「…同胞の命の保証をすると誓うか?」
「我が命にかけて誓おう」
「分かった。停戦だ。この間に全員を集めたい。門を開ける」
そういって男は門へと向かった。アルトはそれを手伝おうと進言しともに門の前で宣言をする。
「同胞たちよ!戦いを辞めよ!戦いは決した、これより門を開ける!」
「リリー、シズク、レオニス!もう戦いは不要だ!門が開いたら中に入って来てくれ」
門の向こうの戦いの音が止まる。そして二人は門を開いた。
「アルト、無事だったのね。でもなんで魔族と一緒に居るのよ?」
「それをこれから話し合いたいんだ、魔族も含めて、災厄の王について謎と疑惑が出てきた」
リリーにそう説明したアルトは魔族に向かって宣言する。
「私はアルト・ハンスガルド!ローゼリア王国より来た者だ。伝承に従い戦うために来たが、今は戦う意思はない」
そう言うとアルトはアルカナを解く。
「この魔族の男と話をした!災厄の王の目的がこの世界のマナの均衡を取り戻す事だと。それは魔族にとっては不都合なはずだ。そしてこの男は言った。我らの祖先が魔族から正のマナを奪ったと。我々はそのような話を聞いた事が無い。お互いの知る情報を交換する必要がある。まずは中に入ってくれ!」
そう言うとあるとは3人を中に入るように促す。
「アルトという男の話が真実かどうかは今は判断できぬ。だが奴は私を簡単に屠れる力を持ちながらも話し合いを持ち掛けてきた。そして私もまた災厄の王の間を見て疑念を感じた。皆にも見て欲しい!我らが見る事を許されていなかった災厄の王の間を!」
男はそうして魔族の残存兵を中に入れる。すると魔族は皆どよめいた。たた天空に突き抜けた竪穴がそこにあるだけなのだ。これが王の間というのは些か無理があるだろう。
「何も無いわね、ここが本当に災厄の王の間なの?」
「ああ、実際にそう名乗る奴がいた。俺と全く同じ姿になって現れたよ」
「アルトさんと同じ姿…どういうことでしょうか?」
「それも含めて一から説明する、魔族も含めてね」
「何やら簡単に終わる話ではないな、これは」
レオニスが言った通り、これは簡単に終わる話ではないだろう。情報を精査しない事には何も進まない。
「魔族の方、名前を聞いても?」
「私はキルケイン。魔族の将を務める者だ」
「ではまず災厄の王と対峙した時の話と、俺達人類側の認識を説明させてもらって良いだろうか?その後、キルケイン殿から魔族側の話を聞きたい」
「分かった」
そしてアルトは彼らに説明した。要約するとこうだ。
・この空間に入った時は負のマナで満ち溢れていた
・それが人の形となり自分と同じ姿となった
・その負のマナの集合体は戦う意思を見せなかった
・自分と合一する事を望んでいた
・それによって天に帰りこの世界のマナの均衡を取り戻すのが勇者と災厄の王の使命だと語った
・使命は神によって与えられていた
・人類の歴史は帝国の辺りから徐々に発展してきた
・400年に1度のサイクルで災厄の王が発生し、これに対抗するために神が勇者を遣わしている
・いずれの勇者も討伐に成功するも姿を消している
・前回の災厄の王と戦ったハイエルフが勇者の残滓が天に吸われて行くのを見たと語った
・推測だが勇者はこの世界とは違う世界から招かれた存在である
・そして自分自身も違う世界の記憶がある
続いてキルケインが魔族側の見解を語る
・かつて人類が正のマナを奪った事により我らは魔族となった
・正のマナを奪われたのはこの大陸も同様だった
・我らは眠りにつき、大地が正常化されるのを待つしかなかった
・災厄の王が初めてこの世界に姿を現す前、我らは目覚めた
・そして信託を受けた「災厄の王の復活と共に正のマナを取り戻す為、人類と戦え」と
・しかし人類は勇者という強力な存在で我らを退けた
・最初の災厄の王が討伐された後、我らは再び眠りについた
・以降、400年に一度に目覚め、神託を受け同じように戦ってきた
・神は言った「勇者を討て。さすれば我が信徒に栄光の道が開けるだろう」と
二人が互いの知る大よその情報を出した後、ざわめきが広がる。信ずる神が違うのだ、言う事が違うのは理解できる。だが災厄の王の言葉は魔族の信じるそれと大きく違う。むしろ人類の神と似た考えではないか。なぜ魔族の神は災厄の王を守り勇者を討つ事を望んだのか、災厄の王はそれを望んでいないにもかかわらずだ。
アルトはしばらく考え込んだ後、皆に言う。
「これは情報を整理したうえでの仮説、あくまで仮説であって、魔族の皆を愚弄したりする意図はない。その上で聞いて欲しい。人類の神と魔族の神、これは同一の存在なのではないだろうか?」
「アルトといったな、どういうことか説明してもらおう」
「ああ。神の言っている事が正しいという前提を捨ててみる。その上で起こった現象だけを整理すると、400年毎に現れる災厄の王を勇者が拒まず同一となる事で、これまで世界のマナの均衡を調整していたんじゃないかな?」
「そんな事があるか!我らは正のマナを奪われるまで他の人族と同じように暮らしていたのだぞ?均衡を崩したとしたらそれは人類ではないか!」
「それは言い伝えでそう聞いていると理解していいのかな」
「そうだ。現に我らはこの体に正のマナをほぼ持たない。土地もまたそうだ。それが何よりの証拠ではないか!」
「その人類と今の人類って同じものではない、という可能性は?」
「何を言っている?」
キルケインは要領を得ない顔をしている。それはそうだ、アーリアにとっては人類とは亜人や獣人も含めた総称なのだ。アルトはその考えの元となる記憶の事を話た。
「俺の記憶、別の世界の記憶なんだけど、人族しか存在しないんだ。その世界では人族といっても種類がいくつかに分かれてたんだよ。だから、別の人類が行った事を今の人類が尻ぬぐいをさせられている状況で、俺たちは本来争うべきじゃないんじゃないかって考えたんだ」
「では本当の敵は他に存在する人類だと?」
「確証はない。でも世界は広い。まだ俺たちが知らない別の場所に別の人類が存在していてもおかしくはないだろう?」
皆反応は様々だ。少なくとも先ほど迄殺し合いをしていた相手だ。そうにわかには信じられるとも思わないが、どうも別の意図で争わされている感じがする。アルトはそれが気に食わない。
「キルケイン殿、あなた方魔族はこれからまた眠りにつかなければならないのか?」
「いや、必ずしもそうではないが、そうするしかないのだ」
「では食料の提供をする事で一時停戦をする事は検討してもらえるだろうか?」
「我々に施しを受けろと?」
キルケインの顔が険しくなる。
「言い方を変えるとそうなってしまうが、もし俺達とあなた達が誰かの意図で争いを続ける事を運命づけられるように操作されているとしたら、俺はその計画を建てた奴を探し出して全てを暴いてやりたいんだ。その為には魔族の皆さんには生きていてもらわないと困る。散々殺し合った相手に言われるのも癪に障るのは理解している。だがどうか協力をして欲しい」
「そなたは勇者ではないのか?勇者の使命は災厄の王を討ち、魔族を滅ぼす事だろう?」
「確かに俺は勇者として呼ばれたのかもしれない。でもそれは切っ掛けに過ぎない。もし俺の仮説が本当だとしたら、俺はそんな押し付けられた使命に従って無実の人を傷つけるのはごめんだ。俺は俺の意志に従う」
キルケインは思案する。自分は戦って死ぬのもよい。だが他の同胞はどうだ?もしこの人族の言葉が真実かそれに近い物だったとしたら、我らは生きる為に今は屈辱を受けても生きるべきなのか?何が真実か分からない今、決意と判断が鈍っていた。
「同胞たちよ、選んで欲しい。この者の言う言葉を信じ、今は施しを受ける屈辱を受け入れ生きる事を選ぶか、災厄の王と神を信じ眠りにつく、あるいはここで戦って死ぬかを」
魔族の中でも意見が飛び交う。しかし皆が災厄の王に疑念を抱きつつある今、死をもって戦う覚悟が揺らいでいた。そして彼らは決断する。屈辱を受け入れようとも生きると。
「ありがとう。これまで戦っていた相手を信じてくれて。じゃあ、まず今俺が備蓄している食料を出したいんだけど、どこが良いかな?」
「私たちもある限り出すわ」
「はい、みんなで出しましょう」
「今できる事はこんな事で済まないがどうか耐えてくれ。私も主君を持つ身、あなた方の主君に対する想いは理解できるつもりだ。必ずアルトと共に謎を暴いて見せる」
皆が思い思いの言葉を告げ、指定された場所に可能な限り食料を置いて良く。
「キルケイン殿、他に必要な者があれば言って欲しい。俺のマジックポーチはかなり容量があるから、その気になればなんだって持ってこれる」
「分かった」
「これだけでは足りないだろうから、3週間後くらいにまた来るようにする。その時に報告できる事もあったら共有しよう」
「勇者、いやアルトよ。魔族を代表し、この一件についてはそなたに託す。頼んだ」
「ああ、任せてくれ」
アルト達は魔族の島、魔族領を後にし、急ぎクリフト王国に帰還する事とした。シルヴィアも含め今後の対応の相談と各地の伝承を確認したりとやる事が増えた。帝国にも魔族には手出しをしない様に牽制をしなければならない。
アルトはこれからの事を考えると気が重くなった。だが彼らの為にも自分達の為にも、必ずやり遂げてみせる。そう誓って船に戻っていったのだった。




