第3章5幕 魔族の島の戦い
神歴1597年6月半ば、遂に魔族の島へと降り立つアルト一行。アルトは島に到着した時、高く飛んでみると南東の方角に大きな影が見えた事を皆に説明し、その方角へと向かう事にした。海岸から陸地に入りしばらく続くが荒野が広がりモンスターも頻繁に襲ってくる。
しかし未だ魔族といわれるような者とは出会っていない。アルトは倒したハーピーのような元が上空から監視しているかも確認したが、そういった姿もない。本当にこのような場所で人が生活をしているのだろうか?魔族といっても生命体である限り栄養を何かしらの方法で補給する必要があるが、他の人種とは身体構造が違うのだろうか?疑問は尽きないがともかく目的の大きな影の方角へ向かう。
時折高くジャンプしてみては方角が間違っていないか確認し、進む一行。進むにつれてモンスターの出現頻度も増えてくる。距離が相当あるため、交代で休みながら戦う。アルトが作ったドーム状の強化型マナフィールドをテントのように使い、一人一人が交代で休みを取る。十全とは言い難いが休めないよりマシだ。
アルトが休む時は自身でマナフィールドを形成し休む。寝ている間も防御魔法を無意識に使うアルトならではの荒業である。敵がこれを見たら唖然とするかもしれない。進みつつ戦いながら時折誰かが寝てるのだ。
戦闘し休みながらの行軍は遅々として進まない。それでも1週間かけて目的の影の正体まで辿り着いた。それは天然の要塞のような巨大な岩石だった。そしてどうやらやはり本命らしい。これまで見た事ないほど大きいモンスターが3体、行く手を阻む。サイクロプスだ。
その手にはどうやって作ったのか巨大な石斧が握られている。アルトはアルカナを展開し、上空から攪乱と攻撃を、3人は巨体に注意しながら交戦を開始する。その巨体から繰り出される一撃もその大地を踏みしめる脚も脅威だが、動きは鈍重だ。注意深く攻撃すればまず問題ない。
レオニスは海上でのホバー移動しながらの戦い方が気に入ったのか、滑る様に大地を動き相手を翻弄しながら脚を斬りつけ、地上から『雷撃』の疑似精霊魔法で攻撃をする。リリーとシズクはそれぞれ連携しながらシズクは『狐火・爆炎』で相手の注意を引きつつダメージを与え、リリーが隙を狙って脚を崩す。
アルトは中央の1体を相手にしており、まず眼前に姿を晒し相手が掴みかかろうと手を出したその腕を統べるように移動、そのまま首を斬りつける。また眼前に姿を晒しては二人が巻き込まれない様に他の二体から引き離すように敵を誘導し、安全圏まで誘導したところで一気に顔面へ向かって突撃し頭に大剣を突き刺しマナを解放する事でこれを吹き飛ばした。
残りを見ると、脚を切り落とされたサイクロプスたちは巨大な岩の槍と氷の槍で倒れた旨をそれぞれ貫かれたところで、共に塵と化していた。滅多に合わないモンスターだ、魔石は回収しておこう。こんな所まで来てなお考えてしまうのは冒険者としての性だろう。
4人はそれぞれ顔を合わせ頷くと、本拠地と思われる岩の要塞へと入っていく。内部に入ると開けた場所に所狭しとモンスターが待ち構えていた。シズクは咄嗟に前に出て『狐火・大蒼炎』と呟きこれを焼き払う。次々と塵と化していくモンスター達の数は一瞬で半数となっていた。
その隙を逃さず3人はそれぞれ3方向に駆け出し、リリーは『氷槍乱撃』と自身の剣槍、そしてヒュドラを巧みに扱い、レオニスは『雷撃』で数を減らしつつハルバードで敵を薙ぎ払い、アルトは持ち前のスピードで片手には大剣、もう片手には長く愛用していたバスタードソードを持ってその数を瞬く間に減らしていく。
レオニスの号令で3人は下がり、シズクが再び『狐火・大蒼炎』で残りの敵を焼き払う。広間は魔石だらけとなった。わずか10分も経たない出来事だ。そしてその魔石を再利用されないように手早く回収していくアルト達。それは決してお金の為ではない。
その様子を斥候の魔族は見ていた。異常な強さを誇る4人が難なくここまで辿り着き、モンスター達で消耗させる作戦も効果があるように見えない。すぐさまこれを将軍キルケインに報告する。苦々しい顔でこれを聞くと、キルケインは同胞に号令を放つ。「我らの手で奴らを止める!」と。
アルト達は奥部へと進んでいく。内部は下っていくような造りになっており、その行く先々でようやく魔族と思わしき者たちと出くわす。今回の魔族は武装をしており人型だ。剣を交えながら言葉が通じるかアルトは確かめてみる事にした。
「災厄の王はこの奥か?」
「王の元へは行かせん、命に代えても貴様たちを止めてみせる!」
どうやら同じ言語を使うようだ。ハーピーには通じなかったのは種類が違うからなのか?と考える。そう、そんな事を考えられるほどに彼らは手応えが無い相手だった。それは他の3人も同じように感じていたようだ。一旦進軍を止め、アルトはアルカナを解いた。シズクもおきつね様との憑依を解き、力を温存する。
「なんだか聞いていたのと随分と違うな。シルヴィアは魔族そのものの強さはあまり語ってなかった。ただ混戦状態が戦い辛くて進みにくかったとは言ってたけど」
「確かに数は多いわね。でも4人だと混戦にもならないしレオニスが指示を出してくれるから戦いやすいわ」
「俺も大して脅威を感じない。油断は禁物だが、これは一体どういうことだ?」
「こうやって弱い者たちから使い捨てる、それが彼らのやり方なのでしょうか?」
「だとしたら厄介ね。アルトとシズクは力を温存して、いざという時にそれぞれ全力で戦えるように待機、私とレオニスで敵に対応するって作戦はどうかしら?」
「一旦それで進むか。相手の出方次第でこちらも全力を出すようにしよう。アルト、殿は任せる。シズクは戦況をよく見て気配を察知してくれ。何かあったらすぐに号令をかけて一旦引いて体制を立て直そう」
「よし、それでいこう!任せたよ二人とも」
「探知能力なら私が一番高いですから、お任せください」
作戦を立て直し奥部を目指し降る。しかし暫く進軍をしても状況に変化は見られず罠もシズクが尽く見破る事で先に進む事は難しくなかった。一体何がどうなってるのやらと思案を巡らせるアルトだったが、今は考えても答えが出なそうだ。敵の大将にでも聞いてみようと考える事を辞めた。
キルケインは焦っていた。想定を超える戦力、それも数ではなく個の力が違い過ぎるのだ。モンスター達がもっと消耗させてさえいれば、ここまであっさりと侵入を許す事はなかったかもしれないが、可能な限り強化したはずのモンスターが通用しなかったのだ。それとて焼け石に水だろう。
神は言っていた、今回の勇者は強力だと。仮にどんな強力な者でも、精鋭を集め囲めばこれを倒す事は自明の理、そう考えていたがそれも通用するか分からない。自身の命も掛け、この災厄の王の間だけは守る、そう決意したキルケインは残りの同胞たちを下がらせる。そしてその中でも武に秀でた者たちを集め、斥候には戦いの様子を報告させた。
どうやら勇者たちは2名だけで我らの軍を退けながら向かっているらしい。となると残りの2名を温存させている、その可能性が高い。2名の内一人は亜人の女、もう一人は人族の男、となると勇者はその男の可能性が濃厚だ。勇者は常に人族の神から遣わされるというからには亜人であるとは考えにくい。
「武勇に優れた者たちよ、これより我らは決死の覚悟で奴らに挑む。一行の中に白い髪の人間がいる。これを私を含めたお前たちで叩く!残りの者はその隙を作るべくこの広間で待機せよ。勇者たちがこの間に辿り着き次第、一斉にかかり、従者たちを足止めせよ。その間に精鋭と私で勇者を討ち取るぞ!」
キルケインの宣言に皆が覚悟を決めた。そして前線に号令が伝わり、続々と同胞がここに結集してくる。この広間での戦いが、我ら魔族の運命を決める。その決意を胸にキルケインは勇者達の到着を待った。
アルト達は敵の抵抗が止んだことをに一層驚いていた。そしてこれは相手が総力戦を仕掛けてくると判断したアルトは、より慎重に進み気配を察知するようにシズクに指示を出す。暫く進むとシズクが多くの気配を察知したようだ。停止の号令をかける。
「この先に広間があり、そこに多くの気配を感じます。下がった兵も含めて襲い掛かってくると思って間違いないと思います」
「それに奥から異様な気配がする。負のマナの集合体、それもかなり濃密だ。それが災厄の王かな」
アルトはそう感じた。
「アルトは一気に駆け抜けて災厄の王と対峙する、俺たちはその後方を守る。それでいいか?」
「敵も相当多いだろ?任せて大丈夫か?」
「多少強くても、シルヴィア様に比べたらどうって事ないわ」
「私も再び憑依して頂いて戦います。油断しなければやられる事はないでしょう」
「じゃあいよいよ決戦だな。シズク、準備しよう」
「はい。『おきつね様、我が身に宿りお力をお貸しください』」
アルトは再びアルカナを纏い、シズクは憑依状態になる。そして皆が顔を合わせ頷くとアルトを先頭にして一気に突撃をした。
「あの先か!あとは任せた!」そう言って広間に出るや否や高速で飛び災厄の王の間を目指すアルト。
「任せろ!」レオニスの言葉が響き辺りに怒声が響く。
目の前に魔族の中でもとりわけ良い装備を身につけたものが立ちふさがっていた。その後ろに門がある。アルトはその魔族が驚いた顔を見せた後、飛び掛かって来たところを横に蹴り飛ばし、門へと直行した。そしてその門を破壊し穴の中へとくぐり中へと入った。
レオニス達もアルトに続き広間を駆けていた。前から来る敵にシズクが『狐火・大蒼炎』と唱え灼熱の道を作る。その道を駆け、門の前に陣取るとアルトを守るように陣を組んだ。レオニス右、リリー左とやや開き気味に前方に立ちシズクは後方中央に陣取ると、各々が覚悟を決めアルトを守る為に道を塞いだ。
キルケインは驚愕した。広間に入って来た者たちを目で捉えたその時、白い鎧を纏った者が配下の物を飛び越えてそのまま向かってきたのである。このまま門へと突入するつもりかと察し、これを止めようとするも一蹴されてしまった。その後、奴はあろう事か門に穴を開けて侵入したのだ。そしてその仲間たちにも門の前へと早々に陣取ることをゆるしてしまった。
災厄の王の間への侵入を許してしまった。王に託すしかないのか、そう自分の不甲斐なさを嘆きながらも残った者たちへ攻撃命令を下す。もはや作戦などない、数で押しつぶすのみである。
だがこの者達の強さは尋常ではなく、連携は硬い。突破口が何一つ見当たらない。またもや我らは屈するのか、400年前の屈辱を、いやこれまで4度も味わってきた屈辱を。勇者を囲むはずだった猛者も立ち向かっていった。しかしこれも歯が立たない。
どうか王よ、神よ。今度こそ我らに勝利を。キルケインはただ願う事しか出来なかった。
一方、アルトは災厄の王の間で戸惑っていた。そこにはただ負のマナで満ち満ちた空間があるだけなのだ。誰もいない。災厄の王と呼ばれるからにはそういった者が存在するはずだと思っていた。しかしそこはもぬけの殻なのだ。そしてここだけ天が見える。シルヴィアは前勇者の残滓が天に吸われていったと言った。ならそういった類の罠なのか?そう考えるも何かがある様な感じもしない。
不意に辺り一帯の負のマナが前に集まる。それは次第に人のような姿となりそしてその姿を現した。それは自分と瓜二つの人物だった。違いといえば負のマナだけで構成されており、その身は何も纏っていない。勇者だけが倒せるというのは、勇者と同等の力を再現するという事なのか?そう警戒するが、その人物は戦うそぶりを見せずこう言い放った。
「さぁ、私と共になろう。そして天に帰りこの世界の均衡を元に戻そう」




