第3章3幕 師と弟子と
神歴1595年6月、アルト達はそれぞれが新しく力を得た。その力をコントロールする為の訓練とこれまでより機動性が上がった事によりより広範囲でモンスターとの実戦訓練に明け暮れる毎日を過ごす。その中で彼らは実感していた。徐々にではあるが、明らかにモンスターの数が増えていると。未だ災厄の王が目覚めるという状況ではないが、それが近いという事を予感させるものだった。
同年9月、遂にその兆候として魔獣が現れるようになった。魔獣とは負のマナの支配を受けたもので凶暴性が増し、姿形が変わるもの、力が飛躍的に上がるものなど様々な特徴を持つが決まって言える事は、その額に魔石が付いているという事だ。
これによってより一層の警戒態勢の必要性が叫ばれる中、各国で突如として強力なモンスターの出現が報告されるようになる。依然として現状の体制で問題なく対応できる範囲内であるが、この背後には魔族の存在が疑われる。それはシルヴィアの提言によるものだった。
強力なモンスターが出現した際はその周辺地域に魔族が潜伏している可能性も示唆され、モンスターの掃討と周囲の探索が行われるも魔族の姿は影も形も見当たらない。ただ、そこに野営の痕跡などがある事も多く、人為的なものを疑わせる証拠としてギルドに報告が上がっていた。
「未だ人類に被害を出すには至らずか」
魔族の将、キルケインは状況を伺っている。まだ魔族の半数も眠りから覚めていない。モンスターはいくらでも変わりはいる。魔獣も気にする必要はないだろう。だが同胞だけは失うわけにはいかない。彼らには十分な警戒の元、工作を行うように指示を出していた。
魔族の眠りは力のある者から目覚めていく。故に今の手駒を失うわけにはいかなかった。これから軍をさせていく大切な人材だからだ。当面はモンスターの強化を行う術式などを各地で施し、強力なモンスターの発生を促すくらいで良いだろう。その内損害が出始める、そう判断していた。
しかしその目論見は外れる事になる。アルト達が各国へもたらした新技術や魔法概念とその訓練方法により、400年前とは勝手が違い過ぎたのだ。時が過ぎ、仲間が次々と目覚める一方で人類の損害状況は対して変化はなく、ほぼ無意味と思われた。
神歴1596年3月、キルケインは一旦魔族を撤収させ時期を待つ事にする。同時に彼らの神に祈った。どうか人類を滅ぼす為の力を、災厄の王の復活をと。
神歴1596年5月、アルトは17歳になっていた。アルカナ発現には安定しており、その姿は最初の物と比べかなり変化があった。その姿は白い全身鎧をベースとしながらも、彼の持つ記憶の欠片にあるパワードスーツの姿に近い物へと変貌している。最も、性能はそこまで変わらないのだが。これはあくまで彼の趣味の範囲の話であった。
一方、リリーとレオニスはアストラルアーマーをよく使いこなしており、着用によって疑似精霊魔法もよ楽に使いこなせるようになっていた。特にリリーのアストラルアーマーにはアルト考案の試作武器が搭載されており、より高い攻撃性能を獲得していた。
その武器とは大蛇の魔石から魔晶石を生成し、その魔晶石を使った攻撃兵装『ヒュドラ』である。これはシズクの癖に合わせて左肩に装着されており、通常時はシールドアーマーとして、そして展開時には9つの刃がそれぞれ射出され、ケーブルによってこれを制御し攻撃と防御に使うことが出来るのである。
これによってリリーの自由度がより上がり、レオニスは攻撃と防御にと状況によって様々な役割をこなせるようになった。そこでレオニスには指揮官としての役割を託すことにし、彼のアストラルアーマーには4人の固有周波数を記録し、それぞれがどういう位置にいるかを把握しやすいように視覚情報に反映させるようにした。これには最初こそ戸惑っていたものの、慣れると的確な状況判断により一層効率的に動けるようになった。
そしてアルトは準備が整いつつある今、最終確認としてシルヴィアに全力での戦闘で訓練を要請する。王国内では被害が出てしまう為、北西部の島でその訓練を行う事になった。
「それがアルトの具現化させたものか。己のマナだけでそこまで作り上げるとは恐れ入るが、果たしてその実用性はどうかな?」
「それをこれから確かめたい。シルヴィアと互角に戦えるなら十分なはずさ」
「よかろう!全力で行くぞ!」
金色の戦乙女はその手に槍を構える。アルトも新しい大剣を使ってこれに臨む構えを取る。未だ遠距離攻撃手段に乏しいアルトは、その機動力を武器にシルヴィアに迫る。しかし、本気のシルヴィアとは本来リリーと同じように魔法を使い、一撃離脱をする戦闘スタイルだ。そしてその魔法とは何も風魔法だけではない。
突如として無数の氷の刃がシルヴィアの周りに現れる。これがアルトに向かって一斉に射出されるアルトはこれを大きく躱しながら様子を見ようと試みるがシルヴィアはそれを許さない。そのままシルヴィアもまた高速接近してきたのだ。シルヴィアが近づくにつれ氷の刃を接近しながら避ける事に切り替えたアルトはその間隙を縫うように向かう。そこでふいにシルヴィアが動きを止め『雷槍』と呟いた。
直感的にアルトはこれを真横に移動する事で何とか直撃は免れるが身体に電撃が走り痺れてしまう。そのわずかな隙をシルヴィアは見逃さない。魔法を放った直後、また距離を詰めていたシルヴィアはアルトへ槍の一撃を放つ。しかしこれはアルトの白い盾によって防がれた。それはこれ迄の座標固定型の物とは異なり、フワフワと宙を浮いていた。痺れから回復したアルトはその盾で視界を遮ったまま、シルヴィアに突撃し、盾ごとシルヴィアを吹き飛ばした。そして盾を随伴させるように接近し剣を振るう。
これを何とか防ぐシルヴィア。そしてアルトの腹に空気の打撃を打ち込むがこれをアルトは察知し膝蹴りで打ち消した。よくぞここまで育ったと感心しながらもシルヴィアとてまだまだ余力を残している。不意に閃光を放ちアルトに目くらましを喰らわす。突きをお見舞いしようかと思ったが、盾の動きが見えたので距離を取り大技に出る。
『我と契約せし精霊よ、我がマナを捧げ眼前の敵を打ち払いう力を!氷結の竜巻でかの者を討ち亡ぼしたまえ!』それはエルフのみが使える詠唱を使った強力な精霊魔法である。アルトを中心に風が集まり、忽ち竜巻に巻き込まれる。その風の中には氷の刃が巻き込まれ、動けない状態のアルトを無数の刃が襲う。さらに追加で詠唱魔法の準備に入る。天空より雷を落とす大技を狙うのだ。
流石のアルトもこれは避けられまいと詠唱に専念していたシルヴィア。しかし竜巻の中から白銀の閃光が見えシルヴィアへ向かって放たれた。その速度は速く、これをシルヴィアは真っ向から受ける事になった。アルトは大剣の力を放ったのだ。そしてそのままシルヴィアへと向かうアルト。辛うじて閃光を槍で防いだシルヴィアだが、アルトの追撃に手がしびれ追い付かない。無詠唱魔法を乱発し接近を拒否するがアルトはこれを如く躱し、斬り、最短で近付いてきた。
そしてとうとうその刃をシルヴィアの喉元に突きつけ、勝負は決した。完全にシルヴィアから1本を取ったのだ。もし無詠唱魔法を躱すして接近するだけだったらシルヴィアは槍で対応できただろう。それだけ優れた判断の上での勝利だった。
「見事だ、アルト。ここまで成長してくれた事、私は誇りに思うぞ」
「ありがとう、シルヴィア。でもこれは俺だけの力じゃない。この剣を鍛えてくれたトーリンの力でもある」
「それはお前が考えた物だろう?ならばお前の力さ。何よりアイツに負けたと思いたくない」
「そうだね。でもこれからも研鑽を続けなきゃ。今回はシルヴィアの想像を超えられただけ。次はこうはいかないだろうしね」
「お前と私がやり合う事なんて鍛錬以外であるものか。だがその心意気はよいぞ」
「ああ。あれから11年もかかったけど、ようやくシルヴィアに近付けた気がするよ」
「私にとってはたった11年だがな。人とは本当に成長が早いものだ」
笑いあい、二人は森へと帰っていった。
「アルト、どうだった?シルヴィア様との鍛錬は」
「ついに本気のシルヴィアに一本取れたよ」
「まさか本当に一本取って帰ってくるとは思わなかったわ。ここまでいくと流石にアルトに一泡吹かせるのは無理そうね」
「それ、まだ言う?」
「リリー様の口癖ですからね」
クスクスと笑うシズク。
「あのシルヴィア様と渡り合うとはな。入学当初にあんなに敵意を向けていた無知な自分が恥ずかしくなる」
「よしてくれよレオニス。俺は運よくシルヴィアに拾われただけだ。それに特殊な生まれもある。それを言うならレオニスは船酔いを何とかしてくれ」
「無茶を言うな!俺が毎回どんな苦労をしているかも知らず…」
「魔族の島に行くとしたらまた船旅になるんだ、対策はしないとな」
「それを言われると…アストラルアーマーで何とかならないものか相談してくるか」
そう言ってレオニスは工房の方へと消えていった。
「どこまで本気なのかしら?」
「切実に本気なんだろう」
「でしょうね」
レオニスの背中を3人は見つめ哀れんだ。
それからさらに1年が経過した。時は1597年6月、遂に魔族たちは動き始める。それは災厄の王の復活が間近に迫っている事を意味していた。




