第2章17幕 獣人連合との同盟
鮮血帝の赤の軍勢は大きなショックを受けていた。これまで無敵を誇っていた皇帝ヴラディミールが敗北を喫したのだ。それも命に係わる重傷を負うという形である。彼らは皇帝から力を授かった、そう信じてやまない狂信者の集まりでもあったが故、何よりもまず皇帝の命を救う事を優先した。
その甲斐もあり、皇帝は一命を取り留めた。しかしその傷は深く命が取り留めた事は奇跡に近かった。同時にその力の源たる赤い鎧は大きく破損し、その機能を停止していた。彼らは帝国の東部の街で皇帝の応急手当てをし、容体が安定したところで帝都へと戻っていったのだ。
その様子を”ある者”が観察していた。
「やはりあの者を討ち取るにはもっと大きな力が必要だ」
「災厄の王も上手くやるかどうか」
「我が直接手を下す必要があるやもしれぬ」
「我がまた戻れるという保証はあるか?」
「どの道このまま捨て置く選択肢はない」
「器が必要だ。その為にも奴にはもうしばらく働いてもらおう」
「全ての障害を取り除いた後、また我は戻ればよい」
「なに、また同じことをすればよいだけの事だ」
「ならば、しばし観測を続けよう」
”その者”はそう会話し、観測を続ける。
アルト達は蜥蜴族の族長と共に獣人連合との同盟を結ぶべく徒歩で2週間ほどかけて獅子族の集落へと向かった。その間、モンスターに遭遇する事が数回あり、この地域のモンスターの強さはアルト達の良い鍛錬となっていた。戦闘は前衛としてアルトが盾と攪乱、レオニスが近接攻撃、リリーが中衛として魔法と近接攻撃、シズクは後方からの指示と火力支援に努める。
4人のチームワークは良い物であり、ポチもその手際を褒めている。アルトが本来の攻撃役に周った場合はさらに攻撃力が増すだろう。
獅子族の長との話はスムーズに終わる。理由は熊族の者達が獅子族の集落へと身を寄せていた事、これの原因となった鮮血帝を倒した事が大きい。何よりも提供されるという武具は彼らにとっても魅力的だった。ただ、武具を渡す対価として求める条件はなかったが、流石に全てが無償というわけにもいかない。だが獣人連合は基本的に貨幣を使わない。
そこで、熊族の里と獅子族の里の中間に鉱山の採掘場を作り、その産出物を譲り受けるという条件を提示、これで合意が取れた。あとは王国に戻り結果を報告。すぐに技師たちを派遣すれば同盟関係は無事に成立する。参考までに獣人族用の装備の開発をポチに依頼し、王国まで付いて来てもらう事を提案した。対価は新しい武器を用意するのと、先端装備の提供だ。ポチは快くこれを受けてくれた。
そしてまた蜥蜴族の集落へと戻る一行。ここから10時間ほどの距離でカグチ国へと向かう船を出せるという事なので、一行はカグチ国へ寄る事にした。
カグチ国へ渡るとアルトはその様子を見て確信した。この国の文化は古い時代のニホンとそっくりなのだ。そして皆精霊語で会話をしている。妙な懐かしさを覚えているのはアルトだけではない、シズクもだ。その身に流れる血がそう訴えているのか、どことなく懐かしい雰囲気と匂いと語る。
一行はシズクの祖母と面会するべくカグチ国の中央都市へと向かう。途中少々海を渡る必要があったが、レオニスは例によってアルトにおんぶされて渡った。本土と言われる島へ渡り歩く5人。そこへ大きな蛇のモンスターが現れる。この土地特有のモンスターなのか、見たことが無い種類だ。いつものように陣形を整え手早くモンスターを倒すと、近くの住民がその手際に驚いて話しかけてきた。
『あんたら、異人さん?あの大蛇を楽々倒すたぁ、たまげたもんだね』
『私たちは西方のローゼリアという国からやってきました』
『あら、流暢にカグチ語を喋るもんだね』
『精霊語と似てますから、分かるんですよ。この中で私だけ精霊語で会話が出来ます』
『そうかそうか。ほんで、どこに向かっとるんだ?』
『この国の巫女様とお会いしたくて、中央都市へと向かっているところです』
『京の街は今大変な事になっとるらしい、気を付けなされ』
『何か問題事でもあるのですか?』
『さっきみたいなバケモンの親玉が出るのさ』
『なるほど、ご忠告ありがとうございます』
『良いって事よ、気を付けなされや』
『はい、ありがとうございます!』
そう会話するアルトを見ている4人、シズクだけは少し内容が分かったようだ。
「アルトさん、さっきの方から何か問題事があるような事を聞いたのですか?」
「さすがシズク、その通りだよ。中央都市は『京』っていうらしいんだけど、そこであの蛇のボスのようなモンスターが出るらしい」
「それであのお婆さんは忠告してくれたって事ね」リリーは納得したようだ。
「単語は解っても日常会話はサッパリわからないな」レオニスは何とか聴き取ろうとしていたが、やはり難しいだろう。
「疑似精霊魔法の為の集中講義でしたから、しかたありませんよ」
シズクがそうフォローを入れ、一行は再び中央都市の京を目指す。(しかし名前まで同じとは、人間って案外考える事は同じなのかもな)と考えていた。
京の街に辿り着くと街を守護する門番が居る。アルトは考えた、明らかに怪しげな5人組を素直に入れてくれるだろうか?全く常識が通用しないこの土地でどうやって身分を証明し、巫女である祖母に会うかをだ。シズクと相談した結果、おきつね様をお呼びしてみせれば理解してくれるのでは?という話に落ち着いた。
『失礼、私は西方の国からやって来た者です。名はアルト・ハンスガルド。こちらの孤人族の娘、”源 雫”がどうやら仙孤族であると聞き、この国の巫女様にお会いしたく参りました』
『仙孤族の娘で源を名乗るとは、何を意味をするのか分かって言っておるのか?』門番の顔が険しくなる。
『はい。故合って家族を失い独り異国の地で育ちましたが、西方のリージアにいらっしゃる源 雪葉様にお会いし、その姉君である源 静様の娘であると判明しました』
『何か証明できるものはあるのか?』
『はい、源家の守護霊たる白き狐の守護霊を受け継いでおります』
『おいでませ、おきつね様』
アルトに促されそうシズクが呼びかけると、おきつね様は姿を現した。
『これは…しばしここで待たれよ』
門番は中へ入り確認を取るように命令を伝えたようだ。暫くすると戻ってきた者に話を聞いた門番は言う。
『巫女様が娘に会いたいと仰せだ。失礼のないようにな。ついて参れ』
『ありがとうございます』
アルトは礼を言うと、みなに親指を立て付いて来るようにジェスチャーした。
京の街は整った造りをしており、記憶の断片の平安京のような造りをしている。広く長い大通りを案内役の男に連れられ最奥まで進むと、門が見えてくる。その門をくぐり、巫女の間へと通される一行。そこには巫女装束に身を包んだ仙孤族の老婆が背筋を伸ばし座っている。
『ようこそ、異国の方々。そして静の娘、雫。私の名は蓮。この国の神事を司る巫女の長です』
『蓮様、雫です』
『静によく似ている…守護霊様をお呼びしても構いませんか?』
『はい。おいでませ、おきつね様』
おきつね様は姿を現すとそっと蓮へと近づき伏せた。
『間違いありません。私から静へと託した守護霊様です。お久しゅうございます。おきつね様』
『失礼、この中で私が唯一カグチ語で会話が出来る者です。アルト・ハンスガルドと申します』
『雫にカグチ語を教えたのは貴方かしら?』
『はい。正確には精霊語として、精霊へ語りかける言葉を教えました。ですので会話できるほどではありません。私が通訳を致します』
『ありがとう。では雫、近くで顔を見せてくれませんか?』
「シズク、もっと近くで顔を見たいと仰ってる」
シズクは頷くとおきつね様の側に座り、蓮と顔を合わせる。
『本当にあの子の、私の孫なのね。会えて嬉しいわ、雫』
シズクは微笑む。多少言葉は解らなくても伝わるのだろう。
『この子を救ってくださった方はこの中にいらっしゃるのかしら?』
『いえ。ですがその令嬢であり、雫と共に育った者がおります』
そう言ってリリーに前に出るように促す。
『彼女はリリー・ブラックヴェル。彼女の父がシズクを救い、同い年という事もあり侍女と主人という間柄ではありますが、姉妹の様に育ったと聞いております』
『あなたのお父上に源家を代表して感謝を』
そう言って深々と頭を下げる蓮を見てリリーは慌てている。
「リリー、蓮様はリリーの父君にミナモトの家を代表して感謝の意として礼を言っているんだ」
「ではこう伝えて。父の行いは領地を統べる者として当然の事、そしてシズクは私にとっては侍女である前に大切な家族、例には及びません、と。」
アルトは言葉をそのまま伝える。
『良い方に救って頂いたのですね。これも守護霊様と精霊様のお導き、感謝いたします』
『はい。我らの国も精霊を敬う教えが伝わる国、精霊様のお導きあっての事でしょう』
『そうですね。皆さまはその為だけにこの国へ来たのですか?』
『はい。我々自身も雫の故郷を一度見てみたかった気持ちもあります』
『それはなんとお礼を申し上げてよいか、重ねて感謝を申し上げます』
『とんでもありません』
アルトは自然とお辞儀をする。
『それにしてもあなたは異国の方なのにカグチ語を理解し、作法までご存じなのですね』
『私には自分も理解できない記憶の断片があります。その多くがこの国とよく似ているのです』
『不思議な縁もあるものですね』
『はい。ところでここに来る道中で噂を耳にしまして、この国は今少々厄介な魔物に襲われていると伺いました』
『大蛇ですね。この近辺に現れては人を襲い、村にも被害を及ぼす邪なる者です』
『その討伐に助力してもよろしいでしょうか?我々はそういった類の魔物を狩る使命もございます』
『ご助力頂けるのは嬉しいのですが、相手は強力です。軍勢を率いて討伐する準備を進めているのでそれにご参加いただけますか?』
『それでも構わないのですが、どのような相手かを教えて頂けますか?』
アルトは大蛇の情報を聞き出す。相手は9つの頭を持つ蛇で、巨大な胴体にそれぞれの首が独立して動くという。そして傷を負っても瞬く間に再生し、討伐に難航しているというのだ。(そこは8つの頭ではないのか)とガッカリするアルト。
『その大蛇とやらはどの辺りに出没しますか?』
『ここから北東にある山中から来るという話です』
『承知しました。我々に案があります、まずはこの五人で討伐を試みてみます。雫は後方に下げて戦いますのでご安心ください』
『わかりました』
『それと巫女様のお名前でこの街に出入り出来るような証明をするものをご用意いただけませんか?』
『すぐに用意しましょう』
そう言うと蓮は自らの名でアルト達の身分を保証する事を約束した書状を用意してくれた。これで街の出入りも面倒が無くて済む。アルトは討伐に向かうと宣言し、皆にもそれを伝える。そして蓮に挨拶をし、大蛇討伐へと向かった。
街を出て北東に向かうと山林地帯が広がっている。この何処かにその大蛇とやらは居るのだろう。暫く進み手頃な所で野営をする。そして探す事2日、それは現れた。確かに大きい、明らかにモンスターと分かる異形の者だった。
その姿を捉え、陣形を確認する。アルト、レオニス、ポチが前衛として蛇の注意を引きつつ攻撃、リリーはシズクを狙う蛇の頭を牽制しつつ魔法で支援、シズクは後方から傷口を焼く。まずはこれが通用するか試してみる事にした。
前衛の3人が大蛇に向かい突撃する。獲物を失ったとは言えポチの膂力は健在だ。爪も出せるはずなのだが殴る方が性に合ってると言うのは何ともポチらしい。アルトはいち早く飛び出し大蛇の前に跳躍する。これを一飲みにしようと向かってくる頭を足場を使って避け、首の根本まで一気に詰め寄った。
レオニスとポチは前衛ポジションを取り、襲い掛かる蛇の頭を攻撃する。不意に一匹が瘴気のような物を吐くが、これをシズクはいち早く察知し『狐火・風炎』と唱え瘴気を焼き払う。炎に怯んだ大蛇の様子を見てリリーは『氷騎槍乱撃』と唱える。アイスランスの精霊魔法版を5本同時に展開をした。
氷の騎槍は正面から胴体の方へと目掛け飛び、その身体に深々と刺さる。そこから少し凍結しているようで傷口は閉じないようだ。アルトはその様子を見て首を1本切り落としシズクを見る。すかさず『狐火・蒼炎』と唱えたシズクの炎で傷口は焼かれ、再生は止まったままだ。
レオニスもアルトに続いて首を落とし、これをシズクが焼く。シズクを驚異と見た大蛇だが、その前にはリリーが立ちふさがりその攻撃を尽く弾き返し、剣槍で反撃をする。ポチはと言うと、なんと首を締め上げ引き千切った。これもシズクに焼かれ。首の数が次第に減っていく。
首の数が残り2本となった所で大蛇に異変が起きた。自らの周りに瘴気を発したのだ。アルトはこれをマナフィールドで防ぎ、他のメンバーは後方へと下がる。暫く瘴気に包まれた状態が続く中で大蛇は逃げようとしていた。アルトは意を決し深呼吸。表皮を覆うフィールド任せに瘴気に身を晒し残りの首を立て続けに落とした。そして大きく真上に飛ぶ。
瘴気の中から飛び出できたアルトは大声で叫ぶ「風で薙ぎ払え」と。その言葉を受けリリーがすかさず『暴風』と唱えると、首を再生しようとしている大蛇の姿があった。シズクは即座にこれを焼き、全ての首を落とす事に成功する。しかし、大蛇はまだ生きているようだ。この生物は脳が別の所にあるのだろうか?
「リリー、あいつにたっぷりと霧を掛けられるか?」レオニスは問う。
「任せて!『濃霧』」その魔法は相手の視界を霧で塞ぐものだ。しかしレオニスの狙いはそれではなかった。霧がある程度付着したと見るや『雷撃』と唱え大蛇を雷で攻撃する。表面に水分をたっぷりと付け電撃を通りやすくしたのだろう。雷を5秒ほど放った後、大蛇は動きを止め塵と化した。
念のため周囲を警戒するも、流石に大蛇が何体もいる事はなく討伐に成功したと判断した一行は、街へ戻り報告する事にした。余談だが、ポチの食料として鹿をやや多めに狩らせてもらったのは秘密にしておこう。
野営しつつ街へと戻り、無事に大蛇を討伐した証として魔石を見せるアルト。蓮は驚いていたが、アルト達の作戦は正に討伐軍が行おうとしていた物だった事がわかり、納得したようだ。謝礼として何かと言われたが、大蛇の魔石があれば十分だとそれは断る事にした。通貨が違うからだ。
しかしそれでは国の沽券にかかわると言われ、アルトは刀があればそれを頂きたいと申し出た。そして名工が鍛えたと言われる一品を譲り受ける事になる。トーリンへの良い土産になるだろう。もちろん見せるだけだが。
蓮の好意で寝所を借り、一泊した後に一行は街を後にした。シズクは蓮と布団を並べて寝たようで、祖母の温かみを感じられて嬉しそうだ。また必ず会いに来ると約束をしてリージアへと戻る事になった一行。そして南の港町から船で5日ほどかけリージアへと戻っていった。




