第2章16幕 動き出す帝国と新兵装の完成
神歴1594年9月、帝国は内戦による損害から復興しつつあった。その間、鮮血帝は反勢力の残党を尽く打ち払い、その地位を確固たるものにしていた。そして赤き軍勢の総数は1000名ほどに増えていた。数は決して多くない、むしろ少ないがその一人一人がヴラディミールに及ばないものの高い戦闘力を持っていた。その秘密は象徴でもある赤き鎧にある。
神が神託で授けた技術を使った鎧とは、奇しくもクリフト王国で作られている強化鎧と似た思想の物であった。圧倒的な膂力をもたらし、防御に特化した仕様だ。ヴラディミールはこの鎧を生み出す技術を名工から信頼できるものに伝えるように指示し、増産を急がせたのだ。
そして国内の情勢が安定したとみるや、遂にヴラディミールは動く。目標は獣人連合、その猛者たちの力を我が物とする為である。侵攻を開始した赤の軍勢は帝都から最も近い東方の山の麓にある熊族の集落へと侵攻する。
神歴1594年10月、熊族の集落に到達したヴラディミールは宣言した。
「我はガレリオン帝国の新しき皇帝、ヴラディミール・クルオールである。神の命に従い、諸君らの集落を攻める。ただし、私は寛大である。これより猶予を与える。我こそはと思う戦士を残し戦えないものは他の集落へと逃げるがよい。戦う意志のある戦士は幾人でも構わん。私一人が相手をしよう。もし私を破れるものが居るならば、兵は下がらせよう。生きるか死ぬかを選べ!」
この宣言に対し熊族の戦士たちは憤る。兵たちは皇帝のはるか後方に並び、皇帝自らが前に立って宣言をしているのだ。完全に下に見られているという事である。そして宣言に怒り3人の熊族の若き戦士が皇帝に襲い掛かる。ヴラディミールはそれを一刀で切り伏せてみせ、再び宣言した。
「猶予はまだあるぞ。一族諸共死ぬか、希望を託し逃げ落ちるか、今しばらく時間をやろう」
その様子を見た熊族の者たちはヴラディミールの動きを監視しつつどうするかを検討する。結果、女子供とそれを守る戦士たち数名を残し、総力戦を挑むと決まった。その数はおよそ100名程。圧倒的有利だと思われた。
しかしてその希望はあえなく打ち砕かれる結果となった。逃げていく熊族の背中に仲間の断末魔が絶え間なく響き渡る。熊族の生き残りは恐怖した。そしてこれを他の部族にも伝えなければと必死で逃げた。
ヴラディミールは熊族の戦士の命を尽く奪い、その場から動かない。熊族の戦士たちは獣人の中でも特に力に秀でている。にも拘らずこれに怯む事もなく、むしろ真っ向から受けて平然としていた。そして最後の一人に止めをさすと、その場から撤収する号令をかけ、南下していった。その向かう先には狼族の集落があった。
同時期、王国ではプロトタイプの強化鎧を完成品として開発完了、これの増産体制に入っていた。強化鎧では味気ないのとの意見があり、名称を『アストラルアーマー』と名付る。使われている合金から付けられた名だ。青白く輝くその鎧は、各国で独自にペイントや意匠の追加を施される予定らしい。クリフト王国では青い意匠を施す事で一致していた。
アルト達はアストリウムを使った武具を新調した。今回の功績に答える形で女王陛下からの褒美として要望を出してよいと言われたのだ。アルトはトーリンに先に頼んでいた事を悔やんだが、まぁ良しとしよう、と納得をした。
アルト、リリー、レオニスはブレストプレートとチェストアーマー、レギンスを用意してもらい、全員分のアストリウム製チェインメイルを中に着込む。シズクは後衛の為、動きやすいように防具は最低限にしたいようだ。
武器はリリー、レオニスは既存のミスリルをアストリウムで鍛え直してもらい、自身の属性に適したものを用意してもらった。また、シズクはアルトが持ってきた神木から錫杖を新たに作り直し、金属部はアストリウム製、魔晶石も特に火属性に強い物を付けてもらった。
大幅な装備の更新により戦力の増強を果たした一行は、来るべき時に備え着々と準備を進めている事を実感し、日々の鍛錬や依頼にも一層力を入れている。そんな中、アルトがある提案をする。
「王国の体制も一旦整ったと考えて良いと思う、そこでリージアに行きたいんだけど良いかな?」
「リージアへ?どうしてこのタイミングで行くのかしら?」
「シズクの親類、叔母に当たる人かもしれない人が居るんだ」
「なんですって!?シズク!なんでもっと早く言わないの?」
「リリー様!私も時機を見てと思っていたのですが、慌ただしい毎日ですっかり忘れていました」
「行きましょう!あなたは私の侍女であると共に家族でもあるのよ!ご挨拶に伺わなければいけないわ!」
リリーが興奮気味に言う。レオニスは船旅と察して諦め顔だった。
「ありがとうございます。でも私用で動くというのもどうかと思うので、一度陛下に判断を仰ぎたいと思いますが、どうですか?」
「うん、それなら獣人連合との同盟もついでに提案しに行こうと思ってる」
「なるほど、リージアからそのまま連合へ向かうのね」
「それなら確かに理にかなってます。まずは陛下へ許可を頂きに行きましょう」
「ああ…そうだな…」
レオニスの表情は一層暗いものとなった。酔い止めの魔法とかないのだろうか?アルトはそんな事を考えつつ陛下への謁見を申し込みに行くことにした。
謁見の間にて、アルト達一行は自分たちの考えを女王に告げる。
「陛下、お忙しい中お時間を頂きありがとうございます」
「構いません。顔をお上げなさい。して、今回の要件を聞きましょう」
「はい。先日申し上げました獣人連合との同盟締結の任を私共にお与え頂きたくお願いに上がりました」
「獣人連合との同盟ですか。非常に難しいとは思いますが、提案する価値はありますね。他国の現状も把握しておきたいところです。それも含めそなたらに任せてもよいですか?」
「承知いたしました」
「よろしい。では女王マリアンナ12世の名において、アルト・ハンスガルド達に命じます。獣人連合との同盟の提案、およびその道中での他国の情勢についての情報収集の任を与えます」
「ハッ!全力で任務にあたります!」
「あなた達は今や大事な戦力です。必ず無事に帰還なさい」
「有難きお言葉ありがとうございます。それでは失礼いたします」
こうして女王からの命を受けたアルト達は早々にリージアへと出発した。
10日後、リージアの西の港町へと到着した一行は宿で一泊をする事にした。その間、レオニスを置いてギルドに向かい情報を集める3人。依頼の内容を見る限り、まだモンスターの活性化は起きていないようだ。ギルドの受付や冒険者たちに最近リージアでの情勢を聞き、宿へと戻る。
どうやらリージア議会は早々に手を打つことを決め、各街や村には冒険者たちが常駐しているようだ。その間、宿の融通なども冒険者たちに行い、国がこれを補填する事になっているという。実に素早い対応である。
翌日、調子を取り戻したレオニスを伴い中央へ向かう。そこで一泊してから東の港町へと向かう予定だ。中央に来たからにはポチに会いたいとギルドへ向かった4人。だが、ポチの姿はなかった。なんでも東の港町へと向かったとの事だ。獣人連合が帝国の侵攻を受けており、その救援に向かうと言っていたそうだ。ここへ来てきな臭い話になってきたと思うと共に、ポチの身を案ずるアルト。もっともあのポチが苦戦する姿など想像もできないが。
翌日も強行軍でランニングを行い、夕刻前には東の港町へと到着した一行。ミナモト屋という店の場所を聞き、ユキハを訪ねる事にした。遂にシズクの親族かどうかが明らかになる。シズクはどこか心配そうだが、アルトはそんなシズクを「大丈夫、凄く優しい人だよ」と元気付けた。
そして店先で自身の名と要件を伝えると、すぐにユキハが奥から現れた。彼女はシズクを見て一瞬固まったが、まずは奥で話をしたいからと上がるように促された。そこでアルトはこの家の構造がニホンと同じである事に気づき「カグチ国では靴は脱いで上がるのがマナーだよ」とアドバイスをする。
皆が戸惑い靴を脱いで座敷に上がると、木製のローテーブルを囲むように座布団が置かれていた。なるほど本当にそっくりなんだな、と思いつつ皆に座布団がある所に座るように促すアルト。そして自身も座布団に正座し、ユキハと話をする事となった。
「お久しぶりです、ユキハさん。お気づきかと思いますが、こちらの女性が先日お話したシズクです」
「ユキハさん、初めまして。シズクと申します」
「初めまして、ユキハ・ミナモトです」
ユキハはそう言うとシズクの顔をまじまじと見つめる。
「姉さまそっくりの顔立ち、それに目の色も。まるで小さい頃の姉さまを見ているようだわ」
「私は母に似ているのでしょうか?」
「ええ、あなたを一目見て感じたわ。私の姉、シズカの娘に間違いない。『おきつね様、お姿をお見せくださいませ』」
「え?」
そう言うとシズクの守護精霊が姿を現す。その尾の数は増え5本になっていた。
「そのおきつね様が何よりの証拠。あなたは母シズカから守護精霊を受け継いだの」
「そうだったんですね…」
「もっと近くによっても良いかしら?」
「はい」
そしてしばらくシズクを見つめるとユキハは涙を流しそっとシズクを抱きしめた。
「姉さま、あなたの娘は立派に育っていますよ」
シズクを抱きしめながらそう呟くユキハ。シズクはそのユキハに懐かしさを覚えた。シズクもまた感じたのだろう、彼女が血縁関係にある叔母であるという事に。
「ごめんなさいね、姉さまの忘れ形見だと思うとつい」
「とんでもないです。私も家族を失い、親族と呼べる人はいないと思っていました。叔母様に会えたことが嬉しいです」
「あなたは由緒正しきカグチ国の巫女の血を引く源家の者。そして孤人族ではありません。私たちはカグチ国にのみ存在する『仙孤族』という種族です」
「仙孤族…それが私の本当の種族…」
「ええ、仙孤族の物は他の亜人種と比べマナの扱いに長けています。そして巫女であるの源家には代々受け継がれる白い九尾の狐が守り神として守護なさってくれているのです」
「それで私は精霊と親和性が高いと言われるのですね」
「そうです。ああ、この事を本国のお母様にもお知らせしなければ」
「祖母も存命なのですか?」
「ええ、現役の巫女としてしっかり生きております」
シズクの家族は父母以外はカグチ国とこの叔母が生きているようだ。
「お話中の所失礼してもよろしいでしょうか?」
「あなたはシズクを救ってくださった方のお嬢様ですか?」
「はい。リリー・ブラックヴェルと申します。クリフト王国の西を治める辺境伯の長女です」
「それはなんとお礼を申し上げて良いか」
「それには及びません。私もシズクとは3歳の頃からずっと一緒に育ってきました。今では侍女と主人という立場を超えた姉妹の様に思っております」
「そう。姉さまが命がけで守り、あなたのお父上が救ってくださった上にこんなに思ってくれる方と過ごしてこられたなんて。これも精霊のお導きでしょう。『おきつね様にも感謝を申し上げます』」
おきつね様は微笑むような顔をすると、シズクの元へと戻っていく。
「アルトさん、シズクと会わせてくれてありがとう。あなたが気付かなかったら、私たちは一生出会えていなかったかもしれないわ」
「それもまた精霊のお導きでしょう」
「ええ、本当に」
「叔母様、私はリリー様の侍女です。そしてリリー様と共にありたいという願いもあります」
「大丈夫、無理にカグチ国に連れ帰ろうなんて思っていないわ」
「安心しました。でも、一度はカグチ国を、母の育った国を見てみたい」
「ええ。いつでもいらっしゃい。その時を私たちは楽しみにしているわ」
シズクとユキハの話が終わるとアルトは話を切り出す。
「私たちはこれから獣人連合に向かう予定です。その後もし暇があればカグチ国にも寄りたいと思います」
「獣人連合ですか、今あの一帯は帝国の侵攻を受けているという噂があります」
「聞きました。リージアで世話になった冒険者の獣人が加勢に向かったとも」
「くれぐれも気を付けて、無茶だけはしないでね」
「はい。必ず生きて戻り、シズクと共にカグチ国を訪れたいと思います」
「シズクをよろしくお願いしますね、皆さん」
「はい、私にとっても家族ですから!」リリーはそう決意を述べる。
「このパーティーで誰一人欠ける事無く戻る事をお約束します」レオニスは力強く答えた。
「今回は同盟の提案と内情調査です。危険はなるべく避けて行動しますのでご安心ください」アルトはそう締めた。
「では皆さん、お気をつけて。シズク、また元気な顔を見せてね」
「はい、叔母様!行ってきます!」
こうしてシズクのルーツが判明しスッキリした一行は、獣人連合の南端にある蜥蜴族の集落へと船で渡る事となる。




