第2章15幕 伝承、新兵装、そして新しい可能性
アルト達4人が王都に戻り、新兵器開発プロジェクトが進む一方で安全保障条約を結んだ各国はそれぞれが災厄の王が復活する兆しを受け防衛体制を整える準備を始めた。既存の兵はもちろんの事、これから育ち魔族が本格的に活動を開始する際に成人すると思われる若手の人材への教育も、アルト達がもたらしたロッツ著の教科書による新しい教育内容を取り入れ、より強固な体制を整える手はずだ。
一方アルトはある事が気になっていた。それは帰国の際に船の上で見た夢の事である。この国で伝え聞く伝承など資料を探しても『水竜』なる存在は確認できなかった。そこでアルトはエルフの里にもっと古くからの伝承が残っていないか聞きに行くため、シルヴィアの元を訪れる事にした。
空を跳躍する移動手段を得た今、アルトにとって西の森への道程はほんの数時間で行ける距離となっていた。久しぶりにシルヴィアの元へ訪れたアルトは、ウルの手厚い歓迎を受ける。そこへシルヴィアが現れた。
「なんだアルト、早速稽古でもしに来たか?」
「ううん、シルヴィアにちょっと聞きたい事があって」
ウルを撫でながらアルトは海上で見た夢の事をシルヴィアに話す。
「水竜か…水の守護者であり精霊の源であるとその存在は語ったのだな?」
「うん、そう言ってた。ただの夢かもしれないけど思念のような物にも思えて気になってて」
「私が知る限り精霊の源という存在は聞いた覚えがない。里長に聞いてみるか」
「俺も付いて行って良いかな」
「ああ、お前なら大丈夫だろう」
アルトはウルとシルヴィアと共に隠匿結界の中にあるエルフの里へ向かった。
エルフの里はアルトの生まれ故郷のような物だ。ここで6歳まで過ごし、様々な事を教わり森の中で精霊達と共に楽しく過ごしていた。久しぶりに入るエルフの里は当時の姿のままであり、懐かしさを覚える。
『里長、少し話があって来た。今時間をもらっても良いか?』
『シルヴィアよ、結界守護の務めご苦労。アルトは久しいな』
『久方ぶりです。里長』
『里を出て成長したようだな』
『はい。日々鍛錬に勤しみ、精霊への感謝も忘れず生きています』
『我らの教えを守っているようで何よりだ。して話とは?』
『里長は精霊の源という存在をご存じですか?』
『ふむ、これは里の伝わる古い言い伝えじゃが、それに同じような事が語られておる』
里長はそう切り出すとその伝承を語った。
かつてこの星に偉大な力を持った白き竜が舞い降りた。白竜はこの星を豊かな大地にする為、地水火風の4匹の竜を産み、白竜は星にマナを、その子たる4匹の竜たちは精霊を生み出し緑豊かな大地、その大地をはぐぐむ水、暖かな光、清浄な空気をもたらした。
そして長い長い時を経て、生物が誕生した。竜たちは全ての生物にその恩恵を与え、この星は自然があふれ精霊たちが舞い、生物はその恩恵を享受した。そして人類が誕生すると、竜は精霊達に星を託し忽然と姿を消したという。
『伝承はこのようなものだ。実際に竜を見た者はおらなんだ。もしかするとその最古の竜は今もどこかで密かに我々を見ているのかもしれんの』
『人類が竜に遭遇する話は聞くが、それとはまったく異なる存在という事か』
『左様。ワシが知るのはこの話のみ。これ以外に思い当たるものもない』
『里長、ありがとう!興味深い話でした』
『アルトよ、そなたは精霊に愛されておる。そなたもまた精霊を敬う良き心の持ち主、これもきっと何かの縁かもしれぬ』
『はい』
『そうじゃ、これを持っていけ。何かそなたの役に立つであろう』
そう言うと里長はアルトに木材を渡す。それはただの木材ではないと直感させるものを感じた。
『それはこの森を長く守護する御神木の枝から頂いたものだ。精霊たちの恩恵を受けた物、必ずそなたの力となろう』
『そんな貴重な物を貰っても良いのですか?』
『良い、そなたの使命はそれほど過酷なのであろう?ワシとてまだ耄碌しておらん。それくらいは解っておるよ』
『ありがとう、里長。大切にするよ』
『ああ、人の命は儚い。ワシが生きている内にまた会えることを願っておるぞ』
『はい!では行ってきます!』
『うむ。そなたに精霊の導きがあらんことを』
アルトとシルヴィアは里長の家を後にし、シルヴィアの自宅へと戻っていった。
「エルフにそんな伝承があったとはな」
「里長って幾つなの?」
「1300年以上は生きているぞ。ああ見えてまだまだ現役だ。お前よりも長生きするだろうよ」
「シルヴィアの人生もそうだけど、1300年なんて想像もつかないや」
「ふふ、そうだな」
しばらくシルヴィアと話をした後、ウルに別れを告げ跳躍移動で王都へ戻るアルト。その背後からウルの遠吠えが聞こえた。
それからしばらくの間、帝国の動きも目立ったものはなくモンスターの様子も変わらない日々。新兵器開発プロジェクトは進んでいた。アルトは時折様子を見ながら口を出す程度で、リリーとシズクとレオニスと共に冒険者稼業に精を出しつつも鍛錬を続けていた。
そして神歴1594年8月、アルト15歳の時。遂に新兵器開発プロジェクトの成果としてプロトタイプの強化鎧が完成した。このプロトタイプはヴィクターが被験者となり彼に合わせて調整が行われる。強化鎧の持つ機能は以下だ。
・身体強化のサポートと効果上昇
・能力強化のサポートと効果上昇
・パワーアシスト機能
・跳躍力上昇と空中での立体起動制御
・マナ出力の上昇による魔法効果の強化
・装甲周囲に防護フィールドを展開し敵の攻撃の勢いを削ぐ
アルトの考えていた物とは若干異なるが、納得のいく仕上がりだ。
攻撃面では2種の強化魔法のサポートによる装着者への負荷軽減とパワーアシストによる単純な攻撃力増加と、マナ出力の増加を攻撃面にも活かす方向で纏まった。
機動面では跳躍し空中である程度自由に軌道を制御する事で一時的な空戦を実現可能としている。これも飛行という要件は満たせなかったものの、相手の頭上を取るという戦闘では優位に立つ手段として十分な機能と言えるだろう。
防御面は装甲表面にアルトと同じようなマナフィールドを展開するのは不可能と判断したため、マナ粒子を展開し、攻撃の勢いを削ぐ事で回避や防御の際の負荷を減らすという方向に切り替えた。
今日はその実戦テストとして、アルトが実際にヴィクターと剣を交える事になっている。ヴィクターが持つ剣槍は装甲材と同じ新素材『アストリウム 』を使用している。これは従来のミスリルと同等の強度を誇りながらも素材自体が魔法強化触媒ともなり得るものだ。また、魔晶石をはめ込み専用術式を込めており、それにはアルトの使うマナブレードと同様の効果を付与している。
「アルト君、準備は良いかい?」
「大丈夫です、始めましょう!」
女王を含む各国から招いた開発陣や騎士達、リリー達が見守る中、実戦テストが始まった。
アルトはまずマナフィールドを展開し、これをヴィクターが破れるかを検証する。ポチの一撃を受けた時と同じ全力でマナを込めた多重装甲のフィールドだ。ヴィクターは強化鎧の感触を確かめ、一気に距離を詰めマナフィールドを切りつける。期待通り、いや期待以上の切れ味でマナフィールドは切り裂かれた。
続いてアルトは一切遠慮せずヴィクターへ剣戟を繰り出す。ヴィクターへと迫る剣は通常より重く感じる、これがフィールドの効果だ。そして時には真っ向から受け、時には躱し、その剣戟の事如くをあしらうヴィクター。彼の技量も確かだが、その動きたるや常人離れしており強化鎧の有用性が見て取れた。
そして空中での戦闘に移行する二人。アルトの足場を利用した3次元戦闘に対し、跳躍から各種に備え付けられたスラスターを制御し空中での戦闘もアルト以上の動きを見せるヴィクター。そして詠唱をしながら着地と同時に距離を取り魔法『アイスランス』を放つ。これをアルトは2つのマナフィールドで防ごうとするも全てを貫通しアルトに迫る。しかしアルトも剣にマナを全力で込め、これを破壊する事で難を逃れた。
「テスト終了!いやぁ想像以上の動きです!」
ピーキーはその完成度に満足しているようだ。
「この強化鎧、装着直後は違和感がありましたがすぐ体に馴染みますね。それにこの威力、素晴らしいです!」
「体に不調はありませんか?」
「全くと言っていいほど感じません。むしろ鎧を脱いだ体が重く感じるくらいです」
「それは何より!装着者への負担もなく、開発は成功と考えていいでしょうな」
「これを増産するのですよね?そうなると兵力は飛躍的に高まります」
「ええ!それがこのプロジェクトの真の目的ですから、このプロトタイプも実戦配備用にさらに調整を施しこれから量産体制と、メンテナンス要員の育成をしなければ!」
ピーキーのテンションは高い。
「アルト!あの強化鎧、凄いわね!」リリーが興奮気味に言う。
「あれと互角に生身でやり合うとはな」レオニスはそう言うが、アルトは首を横に振る。
「あれはあくまで実戦での訓練手順を踏んだ迄だよ。本気でやり合ったら多分負ける」
「それほどの性能を秘めているのですか?」シズクも驚きを隠せないようだ。
「ヴィクターさんのセンスもあるだろうけど、実戦経験が豊富な騎士が使えばその効果は絶大だろう」
そのアルトの言葉に3人はハイタッチして喜んだ。自分たちの行動がこの結果を産んだのだ。だが一方でアルトの表情は暗い。
「何よアルト、浮かない顔して。お兄様と生身であれだけやり合ったアルトが強化鎧を使えばもっと凄い事になるんじゃないの?」リリーはアルトを見て不思議そうに聞く。
「それなんだけど…多分俺には扱えない」
「どういう事でしょう?」シズクが尋ねるとアルトは答えた。
「俺は精霊魔法が使えないというのも大きい。それと恐らく、増幅器の『マナ・アンプリファイア』が耐えきれないと思う」
「そう言えばお前のマナ出力は測る事すらできないんだったな」レオニスは入学試験の時の事を思い出していた。
「多分だけど、精霊の言葉やこれまでの経験から考えるとみんなとマナそのものが異なるんだと思う」
「マナに種類なんてあるんでしょうか?」シズクは疑問を提示する。
「分からない。ただ精霊はそんな事を言っていたし、マナフィールドを作れるのは世界でも俺だけだ。それがその根拠かな」
「魔晶石職人と技術スタッフで散々検討した結果、あの簡易型フィールドになったのよね」
リリーアルトの言葉を聞き、考えながらそう言った。
「ああ。そもそもエネルギーを物体として具現化させるには、莫大なエネルギー量が必要なはずなんだ。これは記憶の欠片の知識なんだけどね」
「具体的にはどのくらい必要なんだ?」レオニスは興味深々と言った様子で聞いてくる。
「簡単に言うと、小さなコインを全てエネルギーに変換して開放できたとすると、王都が跡形もなく吹き飛ぶ。逆に物を作るならそのくらいのエネルギーが必要なはずなんだよ」
「アルトは俺達とは違う方法で魔法を実現しているという事か」
レオニスはこの男なら何でもありかという顔でそう答えた。皆も同じなのだろう、微妙な顔つきでアルトを見ていた。
「だとすると今度は俺がお荷物になっちゃうな。何か打開策を考えないと」
「まさか、何も使わずあの強化鎧より強くなる気?」
「それしかないだろう?使えないんだもの」
3人はあっけらかんと答えるアルトに只々呆れるばかりであった。
実戦テストを終え、これからの展望に湧く皆をよそにアルトは思案していた。如何にしてあの強化鎧を超えるかだ。そこへトーリンがやってくる。
「なんだアルト、浮かない顔して。自分が考えた兵器に負けたのがそんなに悔しいのか?」
「そうじゃなくてさ、多分あれは俺には扱えないなぁと思って、どうやったらアレを超えることが出来るだろうって考えてたんだ」
「人の身でアレを超える?そいつぁまた大胆な発想だ!でもなぜ扱えないと思ったんだ?」
「俺のマナって普通と違うらしいんだよ。だからできる事がみんなと違う。あの強化鎧はみんなと同じ普通のマナを使う事を前提にしている。仮に使えてもマナ・アンプリファイアが耐えきれないと思う」
「ならよ、いっそアストリウムを使ってお前さん専用の武具を揃えてみるか?」
「なるほど。それならさ、この剣をもう少し長めにアストリウムを使って鍛えてもらえないかな?」
「保証はし兼ねるが…やってみよう。それ以外には何か希望はあるか?」
「剣の柄にはこの木材を使用して欲しい。あとちょっと試してみたい事があってね…」
アルトは里長からもらった木材を渡しながら、簡単な絵を描きイメージを伝えた。
「なるほどな、これは確かにお前さんのような馬鹿力でないと実現できない代物だ。これも試作品を作ってみるか。先に剣を仕上げる。今回は設備も人員もそろってるからな、剣は1~2日で完成させて見せるぜ!」
「お願いね!あと単純に予備のアストリウム製の長剣と、ダガーもお願い」
「そっちは後回しでいいな?」
「もちろん!」
「金貨2枚で受けてやるぜ」
「え~!お金取るの?」
「あったりめぇだろ、これでも割引価格だ」
アルトの冗談に笑いながら答えるトーリン。早速仕事にかかると足早に去っていった。
その後、アルトは城の練兵場に残りマナフィールドを含む自身の魔法の見直しを考え始める。既にヒントはあった。アルトが使う魔法はどれも”マナを使った物理的な効果を持つもの”だ。ならばいっそ、物を作り出すのは無理だろうか?記憶の欠片がそれを否定しているが、現に現象として出来ているのである。ならば可能性はぐっと高まる。
考えを整理する。エネルギーとしてのマナを物体として生成するには相応の量が必要だ。これのイメージが作れない事には実現は不可能だろう。ならば今できる事から手を付けていこう。そう決めマナフィールドの厚みを可能な限り厚く、広く展開する。他の兵の訓練の邪魔にならない様に隅っこでこれをひたすら繰り返した。数時間たち、厚さ3m、1辺1mの6角形のフィールドが出来上がった。
これを今度は限界まで薄くするようにイメージする。密度を上げるのだ。これにも数時間の試行錯誤の上、成功した。あとはこれを繰り返す事でほぼ透明に近かったマナフィールドの色が次第に青白いものへと変貌していく。半日以上が経過した時、遂に銀色に近い白の単板を形成する事に成功した。
翌日も練兵場に顔を出し、この試みをさらにブラッシュアップしていく。一度コツを掴んだアルトはどんどんと案を出していっては試すを繰り返し、遂には高密度のマナフィールドを自在に展開できるようにまでなった。そこでアルトは一つ試してみる事にした。形成するマナフィールドの形を盾と同じようにし、空中に作り出す。ここまでは一緒だが座標固定の概念を取り払うのだ。
この試みは難しかった。腕に張り付けるシールドならば作れるのだが、どうしても座標固定のイメージが拭えない。この試みはしばらく続きそうだ。そう考えていると、トーリンがアルトを探して練兵場にやって来た。
「ここに居たかアルト。ほれ、剣が完成したぞ!」
「トーリン、ありがとう!」
そう言って剣を抜いたアルトはマナブレードを展開した。これまでよりずっと展開がしやすく、切れ味も期待できそうだ。そして成長した体にマッチしするように両手持ちを前提とした長さに調整してくれている。重量バランスもアルト好みで、トーリンの技術力の高さを改めて実感させた。
「これ、凄いね。打ち直しの新品なのに今までと何ら変わらないマナの感触、俺の身体とクセに合った重量バランス、流石トーリンだよ!」
「今回はお前さんの知恵も入った力作よ!それにあの木材、不思議な力を感じる」
「エルフの里の神木の枝からもらったものだって」
「なるほどな。精霊の加護まで付与される事になったわけだ」
「そうなの?」
「エルフの里の神木ってのはそういう物なんだよ。知らんかったのか?」
「うん、里長が役に立つから持ってけって」
「なら他の予備の武器は兎も角、お前さんが考案した例のアレに使ってみるか」
「それ良いかも!よろしくね!」
「あいよ!もうしばらく待ってな」
トーリンはそう言うと練兵場を後にする。
アルトは自分が形成できる高密度マナフィルールドに対し、新しい剣が通用するか試してみた。座標固定がこんな形で役に立つとはと思いつつ、全力で斬る。しかし、傷一つ付けられなかった。今度は今までと同じマナフィールドの多重装甲を展開し、斬ってみる。すると、真っ二つに両断することが出来た。
「よし、何とか光明が見えてきた!」
練兵場の隅でそう歓喜の声を上げるアルト。その姿は久しぶりに好奇の視線にさらされていた。




