第2章13幕 鮮血帝
アルトは思いのほかスムーズに終わったリージアでの交渉結果に満足し、急ぎカラッゾへと向かっていた。例によって南東をひたすら目指し空中跳躍を続け、海岸で一眠りしてから一気にカラッゾへと向かう。
そして2日ほどでカラッゾ王都まで辿り着いた。
こんな移動速度はアルト以外にはヴァルキリアを使った移動が出来るエルフしかいないだろう。それもごく限られる。如何にエルフとてそのマナ量によってヴァルキリアの稼働時間は変わる。シルヴィアや高位のエルフでもなければこんな強行軍は不可能だ。
王都について早々、王宮へと向かい国王への面会を求めたアルト。予定よりも早い帰還に国王はアルトを歓迎した。だが、報告をする中で魔族と災厄の王の話が出ると途端に顔が険しくなる。
「やはり400年に1度現れるのか、災厄の王は」
「確証があるわけでもありませんが、魔族が現れたとなればその可能性が高いとリージアでも意見は一致しておりました」
「我が国も準備をせねばな」
「彼らがどのような目的で村を襲っていたのか分かりません。しかし人が集まる場所には警備体制を敷くべきだと愚考します」
「そうだな。我が国に滞在する冒険者たちにも協力を仰ぐか」
「それがよろしいかと」
「分かった。ところでアルト殿、もう仲間たちやエレナとは会ったのか?」
「いえ、まずは陛下への報告が急務と思い急ぎ馳せ参じた次第です」
「そうか、礼を言う。そなたは仲間たちの所へ戻り、教育の経過を見てやってくれんか?」
「承知いたしました」
アルトは国王に報告を終え、皆が居るはずの練兵場へと向かう。
「アルト様!お帰りなさいませ!」
エレナは真っ先にアルトを見つけ駆け寄ってきた。
「王女殿下、ただいま戻りました。リージアでは教育は不要との事でしたので、滞在期間が短く済みました」
「それは何よりです。私もあれから成長いたしました!筋力と骨強度の統合は成功しましたよ!」
嬉しそうに語るエレナ。そこへリリーがやってくる。
「エレナ様、まだトレーニング中ですよ!ここでは我々の教育方針に従ってもらいます!」
そう言って名残惜しそうなエレナを引き摺って行くリリー。
「シズク、ちょっと良いかな?」
「おかえりなさい、アルトさん。なんでしょう?」
「リージアでシズクの身内かもしれない人に会った」
「私の身内ですか!?」
アルトはユキハについて詳しく語った。
「そうなのですね、叔母様に当たる方かもしれないと」
「時期を見て会いに行こう。ユキハさんも会いたがっている」
「はい!しかし今はカラッゾでの教育が終わらない限り動きようがないですね」
「うん。それなんだけど、あとでみんなと相談したい」
「分かりました。一旦このまま授業は続けるとして、アルトさんの意見はその後に聞かせてください」
「うん、それでお願いするよ」
そうしてシズクも講義に戻っていく。
時は神歴1954年1月。カラッゾに来てもう2か月ほどが経つ。魔族の動きや災厄の王、帝国の動きも考えると猶予はそんなにないのかもしれない。一度女王陛下とシルヴィアの話を聞きたいところだ。
その日の夜、皆にこれまでの事を説明した。やはり災厄の王絡みの事になると皆に緊張が走る。そしてこの面々だけがアルトが中心となってこの事態に対応しなければならない事を知っている。ロッツ著の教科書は非常に丁寧にまとめられている。時間はかかるようになるが、訓練補助を切り上げ急ぎ王国に戻った方が良いのではないかという意見で一致した。
翌日、国王に時間をもらいこの件について話をする。ガレスとしてはもう少し残って欲しいところだが、他国の特使を長く引き留めるわけにもいかない。何より、新兵器開発にはアルトの存在が必要なのではないかという直感があった。その直感に従い、ガレスは許可をする。代わりに、皆を送り出す為の晩餐会を開くので出席して欲しいと提案されたので、これを了承した。
そしてその夜、晩餐会は開かれた。実に豪華な食事を堪能しながら談笑する面々。そんな中でエレナ王女はアルトの袖をクイクイと引っ張りベランダへと連れ出した。何の用だろう?そう思っているとエレナはアルトに告げる。
「カラッゾに来てから今まで、本当に色々とお世話になりました。またご迷惑をお掛けしたことについても改めて謝罪させてください」
「エレナ様、どうかお気になさらず。単なる行き違いでしたし、チッチもリリベルという友達を得られた事はとても嬉しく思っていると感じています」
「そうですね、リリベルにとってもこの出会いが良きものだったと私も感じております」
「私たちくらいですものね、顔だけで見分けられるのは」
「ええ、本当にそっくりです」
クスクスと笑う二人。
「お父様から聞きました。帝国だけでなく災厄の王までもが動き出したと」
「はい。これから数年、厳しい時代が続くかと思います」
「アルト様、どうかお気をつけてください」
「ありがとうございます。この国に被害が及ばないよう全力を尽くしますが、エレナ様もどうかご無事で」
「アルト様…ありがとうございます」
そう言うと、不意にアルトの頬にキスをしたエレナはそのまま走り去ってしまった。アルトは何が起こったのか暫く呆然とし、その場に立ち尽くしていた。
翌日、アルト達は国王にこれまでのお世話になった礼と今後について協力体制をより密に行うと握手を交わし、王国南方の港町へと向かう。アルトはエレナとも挨拶をし別れを告げたが、結局昨日の事は聞けずじまいであった。
そしてアルト達を乗せた船は4日後に出航し、そのままクリフト王国南東部の港町へと向かう。レオニスには多めに酔い止めを渡してあるが、恐らく地獄の旅路となるだろう。そしてレオニスはかつてない程に覇気のない顔で船旅に臨むのであった。
出航してからおよそ5日ほどたったある日、アルトは夢を見ていた。夢は水底の風景で、大きな竜がとぐろを巻いており、顔をこちらに向けている。竜は語りかけてきた。
『我が母と同じマナを持つ者よ、どうかこの負の連鎖を断ち切っておくれ。そして我が母を解放し星をあるべき姿に戻しておくれ』
『あなたは誰なんですか?』
『私は水竜、水の守護者であり精霊の源。どうか頼みましたよ』
『待って!負の連鎖って何?あなたの母って誰?』
そう答えるも答えは返ってこない。そして夢はそこで終わる。
翌朝、船から海を眺めアルトは昨日の夢の事を考えていた。あれは何だったんだろう?ただの夢?でも精霊の源という存在がこの世に存在しているなんて聞いた事もない。そもそも精霊とはなんなんだろう、なぜ彼らには意志がある?そんな事ばかり考える。あの夢がただの夢ではない、そんな気がしたのだ。それ以降、同じ夢を見る事はなかったが、アルトはずっと引っ掛かったいた。
そして2週間ほどたった昼、遂に祖国クリフト王国へと戻ってきたアルト一行。そして地獄の旅路から無事に帰還したレオニスの表情は…語るまでもなかった。
神歴1594年1月、アルト達が王国へ戻るその裏で帝国の内乱は一層の混乱を見せていた。南部を制圧したヴラディーミルは差し向けられた軍を尽く撃破する。最初は10名ほどの軍とも呼べない赤き騎士の手勢は、今や300名程に増えていた。だがそれでも通常ならばすぐに鎮圧されてもおかしくない数だ。
彼らが常勝を続けるその理由、それは既存の兵では考えられない膂力による攻撃。いかなる魔法も通さない鉄壁の大盾。刃を通さない硬い鎧。それらを纏った兵は何にも屈せず倒れず、ただ眼前の敵を屠る。そしてその最先端にヴラディーミルは立っている。ヴラディーミルが討ち洩らした敵を後続の兵が倒す。
こうして彼らはその力を誇示するかのようにゆっくりと進軍するのだ。いつしかそれは「鮮血のパレード」と呼ばれるようになった。ヴラディーミルの力は戦う度に強くなっていった。それはマナを吸収し自分の力としているからなのだが、その鎧もまた彼の力を飛躍的に高めている。それは兵士たちの纏うものも同様だ。
王都に向け確実にゆっくりと歩を進めるヴラディーミル。少数の兵であればもっと急いで帝都に入り、いち早く頭を抑えるのが定石である。だがヴラディーミルはそうではない。まるで敵を待っているかのように、ゆっくりと着実に反撃の暇を与えながら進んでいた。そしてその事如くを無傷で切り抜け、向かった者は誰一人として帰らなかった。
ヴラディーミルは帝都へゆっくりと進みながらも、その支配下の村や街では反意を見せない限り寛大であった。これまでよりより良い生活、軽い税を約束し、民衆からの指示も着実に得ていった。兵の数こそ少ないものの、ヴラディーミルの存在は次第に帝国を2分させるほどの大きな存在へと変わっていったのだった。
そして神歴1594年2月、とうとう帝都へと進軍したヴラディーミル。その配下の数は僅か500。街の者は皆逃げ出し、帝都は帝国兵と赤き兵の決戦場となっていた。いや、正しくは向かっていく帝国兵は全てその命を失うのだ。戦ですらないそれはまさしく「鮮血のパレード」だった。
城内へと進軍した赤き軍勢はその勢いを一切変えず、ただただ皇帝の間へと歩を進める。眼前に立ちふさがるものを切り伏せながらペースを全く落とさない。その異様な光景は、次第に帝国兵の戦意を完全に失わせていた。
とうとう皇帝の居る玉座に到達すると、他の皇位継承者と武官や軍のエリートたちがその行く手を阻む。しかしそれさえもまるで意に介さず大剣の一振りで次々と屠っていった。そしてついには皇帝の前に立つ。皇帝とて力でこの国を治める武人である、これを迎え撃つべく武器を手に取り構える。
そんな皇帝の姿すら目に入っていないかのように、ヴラディミールは歩を進める。皇帝のもつハルバードがヴラディミールの頭部を捉えた。が、その兜に傷一つ付けられず弾かれ、次の瞬間には皇帝の胴体は宙を舞っていた。
そしてそのまま玉座へと向かい、腰を掛けるヴラディミールに配下の兵たちは跪いた。そしてヴラディミールは宣言する。
「これより帝国は余が支配下に置く。まずは帝国の再建から始める。内情を知る文官、情報を纏め急ぎ我へ報告せよ!我に異を唱える者よ、掛かってくるがよい。帝国は強きものが治める、それが国是である!」と。
後の世に悪名高い『鮮血帝』の即位の瞬間である。




