第1章4幕 リリーとシズク
アルトは周囲の気配を探っていた。殺気やこちらを狙うような感覚はどこからも感じない。彼らの脅威は去ったと考えていいだろう。表情を緩めると、不意に騎士が話しかけてくる。
「助力に感謝する。君が来てくれなければ我々の命はなかっただろう、ありがとう少年。」
騎士達の代表者と思われるものが感謝を述べる。
「いいえ、精霊の助ける声が聞こえたから駆け付けたまでの事です。それに王都へ向かう道中でしたのでどのみち遭遇していたでしょう。気にしないでください。」
アルトはそう微笑んだ。その素朴な笑顔は少年そのものだ。
「隊長、1名は死亡。もう1名は戦闘は難しいですが息はあります。」
部下の騎士が報告している。
「そうか。では遺品はマジックポーチに回収し、負傷者は馬車で手当てをしてから出発だ。」
そう指示を出す隊長と呼ばれた人物に、馬車から現れたアルトと同い年くらいの可憐な少女が話しかける。
「護衛隊長、損害はいかがでしょうか。」
猫人族と思われる少女が問いかけた。
「リリー様、1名は重症、もう1名は残念ですが…申し訳ありません、お父上より預かった騎士の命を失ってしまいました。」
護衛隊長はそう猫人族の少女に応えた。どうやらどこかの貴族のようだ。なるほど確かに立ち居振る舞いが優雅で凛としている。
「いえ、亡くなった方は残念ですがその命を持って私とシズクを救ってくれました。彼に精霊の導きと祝福があらんことを」
亡くなった騎士への弔いを述べる少女。そしてアルトへと向き直る
「あなたが私たちの窮地を救ってくれた方かしら?私は西方の街を納めるブラックヴェル伯爵家が長女、リリー・ブラックヴェルと申します。お名前を聞いてもよろしいかしら?」
リリー・ブラックヴェルと名乗る伯爵令嬢は優雅に挨拶をする。
「俺はアルトだ、です。えっと精霊の声が聞こえたので助けに入ったんですけど、あなたではないようですね。もう一人いるんじゃないですか?」
「精霊、ですか?」そう考えこむリリーは「シズク、こちらに」と後ろに控えていた侍女に前へ出る様に促す。
「あ、その子です。その子についてる精霊、珍しい気配だけどたぶん守護精霊ってやつかな。白い狐の精霊が付いてます。その精霊が助けを呼んでたんです。」
アルトはシズクと呼ばれた孤人族の娘を指さし、そう答えた。
「私に精霊が憑いているんですか?」シズクはキョトンとした表情で尋ねる。どうやら自分では気付いていないようだ。
「間違いないです。君には強い力を持った守護精霊が付いてる、です。もし君がその力を出せる様になったらきっと姿も見えるようになるよ、じゃなくて、なりますよ!」
ぎこちない言葉遣いになってしまったと赤面しながら話すアルト。
「私は貴族ではありません、そんなに気を使って頂かなくても大丈夫ですよ」
シズクは穏やかにそうアルトへ語る。
「そうなんだ、ありがとう」
照れながら森以外で人々との初めての会話にギクシャクしているアルト。
「ところでアルトさん、あなたのフードから出ているそのフワフワの白い毛は何ですか?」
シズクはそう語りかける。
アルトはハッとした。そしてすぐ様フードに手を入れるとその毛の主を掴み眼前に引きずり出す。
「お前、待ってろって言ったよな?なんで着いてきたんだ!?」
その毛の主はチッチだった。この妖精は隙を見てシルヴィアの元を離れ、アルトのフードに忍び込んで付いて来てしまったのだ。どこかとぼけた様子に呆れるアルトをよそにリリーとシズクは好奇の視線をよせる。
「それは、それはチッコリではなくて?初めて見ました、なんて可愛らしい!しかもこの子、全身が真っ白!通常は一本の線のような模様があると聞きましたが、珍しいのではないですか?」
興奮気味にリリーが詰め寄る。
「人に懐くなんて珍しいですよね?私も始めて見ました、こんなにフワフワで尻尾も長いです、リリー様!」
シズクも興奮しているのか尻尾を振りながら語る。
「いつの間にかに側にいて、妙に懐かれて以来一緒に住んでたんですけど、まさか付いてくるとは…まいったなぁ。」
アルトは困った様子を見せながらも「触ってみます?」とリリー達に差し出すと、二人の目は一層輝いた。
「しばらく彼女たちの玩具にされていれば同行を許してやる」
そっとチッチに囁くと妖精は大人しくなった。その後しばらく少女たちの黄色い声があたりに響いた。
一通りチッチと戯れたあと、アルトに返してからリリーは考えていた。(それにしてもあの子は一体何者なのかしら。ただでさえ人に懐く事のないチッコリと親しくする人族。珍しい髪色に目の色。見た目はパッとしない凡庸な印象の子なのに、この子が護衛騎士たちが苦戦した相手を一蹴するほどの力を持っているなんて)
高い戦闘能力とは裏腹に見た目の印象は至って普通、アルトに対するリリーの第一印象である。そしてシズクとのやり取りの間、騎士隊長の話から確かにアルトの強さを確認したと報告を受けていたリリーはある提案をアルトに申し出た。
「アルトさん、頼みがあるのですがよろしいですか?私たちは王都へ向かっています。あなたももし王都へ向かうのなら、護衛を頼んでもよろしいかしら。もちろん報酬はご用意させていただきますわ。」
「俺、じゃなくて私も王都の冒険者ギルドへ向かうつもりでした。大丈夫ですよ!報酬はギルドの場所への案内で受けましょう!」リリーの提案に胸を張って答えるアルト。
「そんな事で良いのか?冒険者を目指すならもらえるものは貰っておくべきだぞ、少年!」
護衛隊長は背中を軽く叩く。そして驚嘆した。その背中はまるで上質な金属鎧に強固な防護魔法を掛けたかのうような硬さだった。
(この子はまだ防護魔法をかけ続けているのか?それにこのようなただの旅の服でこの硬さ、やはり只者ではない)そう内心思いつつも表情は悟られぬように平常を装う。
「リリー様。確かにアルト殿であれば護衛として十分に心強い味方となってくれます。アルト殿、私からも頼む!」
護衛隊長はアルトに握手を求める。その手をアルトは笑顔で握り返した。
「同じ方向に行くんですから、そんなに気にしなくていいですよ。」
そう笑いかけるアルト。こうして王都へ同行する為の旅支度を整える事になった。
暫くの準備の後、リリー達一行を護衛する形でアルトは王都へ向かう事になった。馬を一頭借り、その馬上で周りの気配を探りながらも初めて乗る馬に上機嫌のアルト。
アルトは精霊と同じようにある程度簡単な意思を動物に伝える事が出来る。もっともその際には必ず精霊語を使う必要がある。出発前に主以外の自分が乗る事と王都まで我慢して欲しいと気持ちを伝えた事が良かったのか、馬はアルトを受け入れてくれているようだ。
その頃、リリーとシズクは馬車の中でアルトの事について話し合っていた。
「あの子、シズクの精霊が助けを呼んでいたって言ってたわよね。それに出発前、馬に知らない言葉で語りかけてたわ。あれはひょっとして精霊語なのかしら。」
リリーはそう語る。その膝の上にはアルトの命令でチッチが大人しく丸まり撫でられていた。
「リリー様、私は自分の出自について何も知りません。守護精霊が憑いているなんてことも初めて言われました。あのアルトという者の事をどこまで信用して良いのでしょう…この子が懐いている事をから悪い人ではないようですが。」
シズクはチッチを見ながらそう答えた。
「それにあの異常な強さ、私たちと変わらない年頃なのにどう考えても普通じゃないわ。妖精に好かれて精霊語も話せる少年、興味深いわね。」
リリーはそう答えつつひょいとチッチを抱き上げシズクへと渡す。
「彼は西の森の方から来ました。ひょっとしてあの森に賢者様以外の人が住んでいるのでしょうか?」
シズクはチッチを受け取り同じように膝の上で撫でながらそう答える。
「まさかあの賢者様のお弟子さん、なんてことは無いわよねぇ。それなら納得なんだけど賢者様が王族以外と関わるなんて聞いた事もないし、あの髪色も目も王都でも父上の領地でも見たことないわ。」
そう語るリリーはまさか自分の考えが確信を突いているとは思ってもいなかったのだった。
そして道中代わる代わるチッチを愛でる二人の少女を乗せ、一行は王都へと向かっていくのだった。