第2章12幕 迷走する帝国、リージアの決議、そして希望
帝国ではゴーレムの敗北とシルヴィアの宣言を受け、表面上は静かな動きを見せていた。しかしこのまま終わるわけにはいかない。王国を亡ぼせと言う神託は絶対だからだ。そんな中、別の信託を受けていたヴラディミール・クレオールは再度神託を受ける。
『マナを奪う事を躊躇うな。現皇帝から地位と命を奪い、そのマナを糧とせよ。そしてその力を持って我が意を世界に知らしめよ。そなたが勇者となり帝国を導くのだ。その為の力を我が授けよう』
神の言葉は絶対だ。これに逆らう事は神への反逆を意味する。しかしどうすれば、そう戸惑っていたヴラディミールの元に帝国では高名な鍛冶職人が訪れる。彼はヴラディミールに新しい武具を作るよう神託を受け、神の知識を与えられたという。そしてその武具を持ってきたと。
それは深紅の全身鎧のようなものと大きな盾、そして大剣である。どれも魔晶石がふんだんに使われており、見ただけで一級品と分かる代物だ。それを纏うとヴラディミールはかつてない力を感じると共に、神の意志の元、マナを奪う事に躊躇いが薄れていく。神の言葉に従う事に内を迷う事があろうかと。
そして彼は理解した。これこそが新しい力であり、自らが選ばれし存在であると。己の成すべきことを理解したヴラディミールは帝国全土に向け『我こそが神に選ばれし次代の皇帝でありこの世界を統べる勇者である。逆らうものには死を、教順するものには力を与えよう。これより我らは帝国を武力によって再建する』と。
神歴1594年9月、手始めに自分の領地であった帝国中央部から南端にある街を征服したヴラディミールは、その東西を挟む町へ武力侵攻し、これを占領した。同年11月には帝国の南方地域はヴラディーミルによって支配されたのだ。
こうして帝国は内乱状態に陥った。クリフト王国が恐れていた再侵攻どころの騒ぎではなく、自国の内乱で混乱していたのだった。
そんな帝国の事情も知らず、アルトは評議会の代表会議の場へと呼ばれていた。新兵器開発と安全保障条約の件もあるが、ギルドに報告した先日のハーピーの一件も議題に上がっているようだ。新兵器開発と安全保障条約の締結については滞りなく話が進む。これもタマの手腕によるものなのだろう。
「さて、概ねクリフト王国の提案は賛成を得られたところでもう一つの問題だ。先日そこの坊や、アルトが倒したハーピーの件だがね、どうやら調べてみた結果、魔族の一種である事が分かった」
「魔族!?それは本当か?」
「あぁ、間違いない。消えもしないモンスターなんて存在しない。それに魔族の特徴である額の魔石も確認できた。何よりその身体はほぼ負のマナで構成されているものの、若干正のマナも含まれているようだ。これは伝え聞く魔族の特徴とすべて一致する」
「前回の災厄の王の出現からもう少しで400年、やはり災厄の王は現れるという事か」
「それに伴って魔族が活動を開始したとなると、これは厄介な事になるな」
大会議場に詰めている者たちはざわめいた。アルトは話に参加しながらも、一人気になる人物がいた。それはシズクに似た孤人族の女性だ。雰囲気が似ているというのもあるのだが、和装に近い服装なのだ。彼女は何かしらシズクに縁のある人物のように思える。
「冒険者ギルド総出で、今後はモンスター狩りだけじゃなく街の警備にもあたるように手配しよう。若手の育成にはクリフト王国からの特使殿が持ってきた本を参考に、戦力の増強も同時に行っていこう」
「Sランク達は国境に待機、これは変えないでおくれよ。帝国の動きも忘れちゃこまる」
「承知した、議長殿」
アルトは挙手し発言を求めた。
「なんだい坊や、何かあるのかい?」
「はい。これまでローゼリアやカラッゾでは強化魔法の統合に関しては我々が直接指導してまいりました。今仲間はカラッゾで指導をしておりますが、貴国では指導は必要ありませんか?」
「これだけ丁寧に書かれているものがあるんだ、自分達で何とかするさ!」
ギルド長は中身を見てそう判断したようだ。
「それともう一つ、これは個人的なお願いなのですが。そちらの孤人族の方、後ほど少しお時間を頂いても?」
「私ですか?構いませんよ」
「なんだい坊や、惚れたかい?」
「違います!私の仲間によく似た者がおりまして、ちょっと話を伺いたいのです」
アルトは顔を赤くしてそう答えた。
「冗談さね!若いってのはいいねぇ。さて、他に議題はあるかい?」
「いや、これ以外には話すべきことは無いな」
皆、同様の様だ。
「では会議はお開きにするよ、ユキハ。坊主とはなしてやんな」
「畏まりました」
その名を聞いてますます確信に近いものを感じるアルト。皆が退出する中、大会議場をそのまま借りユキハと呼ばれた女性と話を始める。
「アルト・ハンスガルドと申します。お忙しい中お時間を頂いて申し訳ありません」
「構いませんよ、私はユキハ・ミナモト。カグチ国の民であり、交易を任されこの地に滞在しているものです」
「カグチ国とはどのような所なのですか?」
「美しい国で、この地より船で2週間ほどかかる島国です」
「そうなのですね。お聞きしたいのは私の仲間の事です。名はシズク。クリフト王国で育ちましたが両親がおりません。モンスターに遭遇したところを王国の辺境伯が助けに入ったそうですが、残念ながら両親はシズクを守り命を落としたと聞いております」
「シズク…!?」
「はい。その名前だけを憶えていたと、そして彼女には白い狐の守護精霊が付いております」
「なんですって!?」
「やはりお心当たりがあるようですね。お話を聞かせて頂いてもよろしいですか?」
「ええ、もちろんよ」
ユキハは語った。彼女には3つ上の姉が居たと。名をシズカ。夫の名はナオツグ。諸国を周る外交官としてカグチ国よりリージアに渡り、その後消息を絶っているとの事だった。そしてその夫婦には娘が居た。その名がシズクだった。そしてシズカにも守護精霊が付いており、その守護精霊は白い九尾の狐の姿をしていると語る。ミナモト家を代々守護する精霊だそうだ。
「あなたは精霊語を話せるんじゃないですか?『こんな感じで。俺の言葉が分かりますか?』」
『あなたは精霊の言葉が分かるのですか?私共の国では普段、精霊語が使われているのです』
『精霊語とは少し違いますが、私の国…いや私が本来存在していたであろう国の言葉です』
『あなたが存在していた国?』
『はい。私自身の記憶は無いのですが、その国の文化や技術、生活や宗教など、知識だけは残っております』
『それはカグチ国ではないのですか?』
『はい。国の名はニホンです。その国の公用語が精霊語にそっくりなのです』
『なるほど、それであなたは精霊語で会話が出来るのですね』
『仰る通りです。シズクの本当の名は”源 雫”なのではないでしょうか?』
『もしお姉さまの子であればそうです。そして話を聞いた限り、姉さまの娘である可能性が高いでしょう。まさか生きていてくれたなんて…』
ユキハはそう涙ぐんだ。
『この事を彼女に伝え、その内あなたに会ってもらいたいと思っております』
『ええ、是非に!私は普段リージア東方の交易店「ミナモト商会」におります。そこへその子を、シズクを連れてきてもらえますか』
『もちろん、お約束します』
ふとアルトはここまで精霊語で会話し続けている事に気づき、共通語へ変えた。
「すみません、つい精霊語で話してしまいました」
「構いませんよ、私にとっては馴染み深い母国の言葉ですから。それにしても家名の名乗り方までカグチ国と同じように読むとは、あなたは本当に我が祖国と似た国の知識を持っているのですね」
「はい。それが何なのか間では私にもわかりません。私はこの記憶を『記憶の断片』と呼んでいます」
「不思議な方ですね、アルトさんは」
「奇妙や奇抜とよく言われます」
そう言って笑うアルトにユキハも笑う。
「ではシズクの事、頼みましたよ。私はこれで失礼します」
「はい、お任せください。必ず連れて参ります」
そう言うと二人は大会議場を後にした。アルトはそのまま議長室へと向かい、今後について話をしようとノックする。「入りな」とタマが答え中へと入った。
「坊や、それであんたはどうするね?」
「私がこの国で出来る事が何かあればと思ったのですが、その必要はなさそうですね」
「そうさね。うちの事はうちでやる。あんたは仲間を置いて来てるんだろう?」
「それもありますが、災厄の王の件も心配です」
「なら仲間と合流して王国へとっとと戻んな。なぁに、このリージアは図太い連中が集まった国、帝国にも魔族にも、そう簡単にやられはしないさ」
「分かりました。では私はこれで失礼させて頂きます」
「あんたも気を付けるんだよ。無事に仕事をこなして生きて帰って初めて仕事が終わるんだ。死んで帰るなんて奴は二流さね」
「はい!肝に銘じておきます!」
そう言うとアルトはギルドへ向かう。ポチに挨拶したかったからだ。
「あ、いたいた!ポチ!」
「アルトか、小難しい会議は終わったのか?」
「うん、それで俺はこれから急いで仲間の所へ戻ろうと思うんだ」
「なんだ、もう行っちまうのかよ」
「また来るよ、この国も気に入ったしちょっと約束もあってね」
「いい国だろ?お前もここで暮らせばいいのによ」
「そうしたいけど、色々とあってね。また絶対に会いに来る。ポチはリージアでもトップクラスの実力者なんでしょ?これから多分ギルドで各街や村を警備する依頼が来ると思う。そっちは任せるよ!」
「言われるまでもねぇさ!お前さんも元気でな。また一緒に飯食おうぜ!」
「ホント、ポチってご飯の事しか頭にないよね」
「モンスター狩って飯食って寝る、これが俺の生きがいよ!」
豪快に笑うポチ。そんなポチとの別れはやっぱり寂しいが仲間も王国も心配だ。
「じゃあポチ、元気で」
「おう、お前さんもな!」
二人は固い握手を交わし、アルトはその場を去った。




