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第2章11幕 ポチとの冒険

 リージアで出会った狼族のポチ。彼は単独でありながらもAランクまで上り詰めた実力者である。その流儀は至ってシンプルであり『武器で斬る、斬れないものは殴る。攻撃は避ける、避けられないのならば耐える』という究極のパワーファイターであり、スピードと反射神経を駆使したそれはアルトに通じるものがある。


 獣人は通常の魔法がほぼ使えない。その代わりに強みとして人の身では実現できない筋力と反射神経を持っており、それらを強化する魔法と固有魔法と呼ばれる特殊能力を有する。種族によってこれは異なるが、狼族の場合は『遠吠え(ハウリング)』というもので、これは仲間を呼ぶ効果と共に大音響による聴覚の攪乱も可能だ。


 ポチは仲間を呼ぶことは無いので遠吠え(ハウリング)を使う事は滅多になく、事実上その力のみでAランクまで上り詰めたのだ。そんな彼はリージアでは有名な存在であり『孤狼のポチ』と呼ばれているそうだ。オリハルコンの武具さえ手に入れればSランクに昇格するのではないか?とも言われている。


 そんな彼がこのリージア中央評議会の議長と旧知の仲だというのは僥倖だ。出会った翌日に早速紹介してもらうために評議会のある建物まで連れてきてもらったアルトはふと議長がどんな人物か気になった。


「ねぇポチ、ちょっと聞きたいんだけどさ。議長さんと知り合いって議長さんも獣人の人なの?」

「ああ。冒険者始めた頃から世話になってる婆さんでな、猫族のタマって婆さんだ」

「ポチ、お願いがあるんだけど、もし俺が昨日ポチと会った時のような素振りを見せたら拳骨で殴ってくれない?」

「なんだぁ?良いけどよ、またお前の故郷のペットの名前に似てるのか?」

「似てるっていうか…ブッ、クク。そのまんま猫によく付けられる名前なんだよね」

「クリフト王国じゃあそれが普通なのか?今までそんな反応された事ないぜ?」

「いや、俺は田舎の方で王国内でもちょっと文化が違うというか、兎も角失礼があったら困るから頼むよ」

「おうよ!遠慮なくいくからな!」

 そう言って中に入り面会の許可を得る。幸いなことに現在は執務室で書類仕事をしており、時間を取ってくれるそうだ。


「議長、お客様をお連れしました」

 受け付けの者がそう言いドアを開ける。

「失礼します」

 そう言って入ると大きな部屋の両側に本棚びっしりと書類が収まっており、中央には来客用のテーブルが置かれているその奥に議長用の机がある。議長と思われる老いた猫族の女性は、その机に向かって書類に何やらペンを走らせながらこちらをちらりと一瞥するとペン立てにペンを置き、正対する形となった。


「よぉ婆さん、久しぶりだな!元気してたか?」

「ポチ。あんたも変わらないねぇ。そちらの坊やがお客人かい?」

「アルト・ハンスガルドと申します。クリフト王国から女王陛下の勅命を受け参りました」

「ほう、しっかりしてる坊やじゃないか、あたしゃタマ。この議会の議長を務めるもんさね」

 そうタマが挨拶している最中、不意に鈍い音が部屋に響く。


「あんた、何してんだい?いきなり坊やの頭をどついて」

「婆さん気にすんな、こうすると頭が良く働くんだとよ」

 機転を利かせたポチのフォローのお陰で何とか平静を保ったアルトは本題に入る。


「今回お時間を頂いたのは帝国の新兵器ゴーレムの脅威に対し、我が国を含む南方4か国の共同開発でこれに対抗する新兵器の開発についてのご相談と、安全保障条約の締結についてお話をさせて頂きたいと参った次第です」

「聞いたよ。なんでも相当な被害が出たらしいじゃないか」

「はい。私も戦場で対峙しその脅威を目の当たりにした一人です」

「ほう、詳しく聞かせてもらおうじゃないか」

 そうしてアルトはこれまで通りその脅威について語り、新兵器開発のメリットを訴え、安全保障条約の内容について書かれた書類を渡す。そして自分達が実践している新しい概念の魔法学としてロッツ著の教科書と疑似精霊魔法についても語った。


「なるほどねぇ。しかしリージアにとって何が利益となるかい?」

 この反応は今までとは違う。少々戸惑うもアルトは必死に考え答える。

「まず我が国同様、帝国と隣接している貴国にとって安全保障条約の締結はメリットになり得るかと」

「代わりにSランク冒険者を派遣しろ、って話だったら乗れないね。あれらはリージアの防衛の要。そう動かせるもんでもない」

「それには及びません。新兵器開発において目的は各国に等しく新兵器を提供する事。それを運用し戦力を増強、帝国の動きをけん制する事が目的です」

「ではリージアに何を求める?」

「貴国は冒険者や交易で発展をしている国、その広い知恵と冒険者のもたらす魔石から作られる魔晶石の売買を行いたいと思っております」

 タマは思案している。そしてポチはソファで寝そべっていた。


「なるほど、女王陛下の言いたい事は解った。うちにとっても損はない話だが、あいにく私の一存で決められる話でもない。少し時間をくれないかい?」

「貴国の意思決定プロセスについては理解しているつもりです。議題に上げて頂きご検討頂たき存じます」

「大した坊やだこと、しばらくはこの中央都市に滞在するんだろう?」

「もちろんそのつもりです。私も一冒険者として久しぶりに依頼に励みたいと思います」

「わかった。何かあったらギルドへ連絡を入れる様にてはいするよ。おいそこのボンクラ!いつまで寝てんだい!」

「んぁ?小難しい話は終わったか?」

「終わったよ、あんたはこの坊やを案内してやんな」

「お!そうと決まったら坊主!飯にしようぜ!」

「もう奢んないからね!昨日はとんでもない目に合った」

「自分の食い扶持は出すさ」

 ガハハと笑うポチ。


「では議長様、本日はこれで失礼します」

「あぁ、あんたも頑張んな!」

 アルトとポチは議事堂を後にした。




「さて坊主、飯も食ったしギルドで何か依頼でも受けんのか?」

「ポチ、いい加減名前覚えてよ。俺はアルト!」

「アルトだな!すまねぇすまねぇ!」

「一つ聞きたいんだけどさ、ギルドって練兵場みたいなところってあるの?」

「ああ、もちろんあるさ」

「実はずっと気になってたんだよね、その筋肉から繰り出される攻撃を俺が何処まで凌げるのかって」

「正気か?出来る限り手加減はしてやるがよ」

「むしろ本気でやって欲しい、なにせ怪我の心配が要らない方法だからね」

「なんだかわからねぇが、それに付き合えってこったな、いいぜ。乗ってやる」

「ありがとう!じゃあ早速行こう!」


 練兵場に着くとそこは新米冒険者やベテラン冒険者でにぎわっている。流石本拠地だけある、ここで新人の育成なども行っているのだろう。アルトはポチに少し距離を取ってもらい、可能な限りの硬度で多重装甲のマナの盾を展開する。


「ポチ、その盾を全力で攻撃してみて!」

「なんだこりゃ?こりゃお前さんの魔法か?」

「うん、俺オリジナルのマナフィールドって防御魔法。ゴーレムの一撃には耐えられなかったけど、ポチには通用するか気になったんだ」

「そう言う事なら遠慮なくいくぜ」

 そう言ってポチは曲刀を両手で構える。その筋肉が膨れ上がり、まるでオーラでも発するかのように空気が張り詰めるのが分かる。そしてポチが踏み込み曲刀を振りぬいた瞬間、マナフィールドは砕け散った。そしてその余波はアルト迄届く凄まじいものだった。


「す、凄いね!これがポチの本気の一撃なんだ!」

「中々の硬さだったが、俺様にかかればこんなもんよ!」

 しかし内心ポチは驚いていた。渾身の一撃を一瞬でも成人前の子供に止められたのだ。もしコイツが成長したらと思うと血が騒ぐのを感じる。


「アルトよぉ、これで満足か?」

「うん、今はね。いずれポチの一撃さえも凌ぐ硬さを実現するためにも実戦で鍛えようかな」

「じゃあ俺様と組んで依頼でも受けるか?高ランクの依頼でしごいてやるぜ。まぁ危険だが…どうする?」

「やるやる!久々に純粋に依頼に没頭できるのは嬉しいよ!」

「お前もどっかぶっ飛んでんな、ガハハ!」

 そう言って依頼を確認しに行った二人。ギルド内ではしばらく「あの『孤狼のポチ』が子供の世話をしている」と噂になっていた。




「どれもこれもパッとしねぇな」

「中央からは離れられないから、そうなると余計限られてくるよね」

「そう言えばアルトと会った村、なんでオークに襲われてたんだろうなぁ?」

「あんまりそう言う事はないの?」

「こりゃ勘だが、ありゃなんかしら突発的に湧いて出たって感じだった。明らかに不自然だ」

「あの村の様子、見に行ってみようか」

「そうだな、魔石集めで小銭でも稼ぐか」

 そう言うと依頼はすっぱり諦め西方にある村へと走る。村は健在ですっかり日常を取り戻しているようだった。


「あなた方はあの時の、おかげさまで平和に暮らせるようになりました」

「それは気にしないでください。それより、ちょっと気になる事があるんですけど」

「村長さんよ、オークが村に入ってきた時の事、詳しく教えてくれねぇか?」

「えぇ。あれは確か見張りの者が突然発見したと聞いております。今その者の所へ案内します」

 そうして第一発見者の見張りに話を聞くことになったアルト達。その口から語られた内容は平原のほど近い場所に突然黒い影が浮かび、それが忽ちオークになったように見えたという事だ。


 アルトはその場所を詳しく聞き、マナの流れや気配を察知する。しかし違和感を感じるような事はなかった。ポチもこれと言って怪しいと感じるところはないようだ。すると突然、村の方向から「オークが来た!」と声がした。急いで戻ると、調べていた北側ではなく南側からオーク達が迫ってきているのが見える。ざっと見て20匹ほどだ。


「ポチ!発生源まで突っ切れる?俺は村に近づくのをやる!」

「任せて平気か?」

「このくらいの数なら大丈夫!」

「じゃあちょっくら行ってくるぜ!」

 そう言うや否や、ポチはオークの群れに突進し、薙ぎ払いながら群れを突っ切っていった。その残りをアルトは次々と片付けていく。あらかた掃討が終わったところにポチが帰ってきた。その手には魔石が握られている。


「アルト、こいつが原因だ」

「倒したモンスターの魔石?」

「いや、こいつを中心にモンスターが湧いてたんだよ」

「これ天然の魔石じゃないよね」

「ああ、誰かが仕組んだって事になるな」

「なんでこの村を狙うんだろう?」

「わかんねぇが、一先ず村長に報告だな。正式に依頼を出してもらった方が良さそうだ」

 村へ戻り、村長に人払いをしてもらった後、経緯を説明する。何か心当たりがあるか?と聞いてもサッパリだと言う。その言葉に嘘があるようにも思えない。正式に依頼を出す事を村長に提案し、これをアルトの指名依頼として出してもらった。ポチの指名だと依頼料が跳ね上がってしまうからだ。


「見張りの人が言うには近くに突然現れるって話、今回も同じだったって事だよね」

「ああ。いつどこに魔石が現れるのか分からないんじゃ手を打つにしても難しいな」

「ちょっと提案なんだけど、俺達が見張りやっても良いかな?」

「いいけどよ、なんか意味あんのかそれ?」

「ポチは目とか耳が良いでしょ?そこでオークが現れる時に妙な人影とか上空を見張っててほしいんだ」

「お前さんは?」

「俺は魔法が使えない代わりに精霊と話すことが出来るんだ。精霊にお願いして周りに妙なものが発生しないか知らせてもらえるようにお願いしてみる」

「また変な特技もってんだなぁ、分かった。今日から早速警戒に当たろうぜ」

「襲撃の間隔からして今日はもうないと思って良いと思うから、明日から見張りを変わってもらうって事で良いかな?」

「それで決まりだな!そうと決まれば飯だ飯!」

「ポチはいつもそれだね」

 アルトは笑いながらもそんなポチが気に入っていた。




 待つこと2日、アルトが見張りをしている時である。事前に精霊にお願いしつつ自身も周囲の状況を探っていた。

『空から妙な気配が来るぞ』『あれは魔物じゃな』『東の空を見よ』

『ありがとう!東だね、助かるよ』

 精霊の知らせを受けて東の方角を見ると一羽の鳥のような影が見える。アルトは金を鳴らした後、とっさに飛び出しその陰の正体に近づく。それは鳥の様に見えたが胴体に顔があるモンスター、ハーピーだった。


「お前が事件の犯人か!」

 そう言うや否や空を蹴りハーピーに近づくアルト。気付いたハーピーはその場に魔石を落とした。どうやらこうして魔物を発生させていたらしい。言葉が通じるか疑問だが話しかけてみる。

「なぜこんなことをする!?」

 ハーピーは叫ぶばかりで回答は無い。どうやら言葉は通じないらしい。ならばやる事は一つ、このモンスターの始末だ。逃げようとするハーピーに急接近し、横薙ぎに剣を振るうも辛うじてこれを躱すハーピー。羽をばたつかせるといくつかの羽がマナを伴ってこちらに飛んできた。


 飛ばされた羽をマナフィールドで防ぐと同時に足場を展開しハーピーヘ最接近するアルト。かぎ爪での攻撃をそれごと切断し、足場を再生成しすれ違う形で胴体を真っ二つにする。絶命したハーピーはその場から落ちていく。しかし、一向に魔石化する気配がない。


 まだ生きているのかと地上に降りるが、その命は尽きている。一方、鐘の音を聞いたポチはオーク達を退けたようだ。こちらへ向かってくる。


「ポチ。こいつ、変だ」

「モンスターじゃねぇってことか?」

「わからない。でもこいつがオークの魔石を持ってきたのは事実だよ」

「回収して一旦村に戻るぞ」

「もう数日警戒にあたろう」

「ああ、その方が良さそうだ」


 何か不気味なものを感じつつ、村へと戻る二人。その後5日ほど滞在したが、ハーピーやオークの発生は見られず、依頼は完了という形になった。中央へと戻り事の顛末を報告したアルト達。しかしこれは後の災厄の序章にしか過ぎなかった。

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