第2章10幕 カラッゾでの育成と新たな出会い
無事に新兵器開発と安全保障条約の締結を果たしたアルトは、次にカラッゾ軍の強化の為にローゼリアと同じように数人のメンバーを選出し、その育成に当たる事とした。今回は亜人種の中で候補を募る中で特に条件は付けなかった。そして選ばれたメンバーの中にはなんとエレナ王女の姿があったのだ。
「エレナ王女!?あなたも訓練に参加されるので?」アルトは驚きを隠せない。
「はい!これでも私、日々皆様と訓練に励んでおりますので武芸から魔法に至るまで心得はございます」
どうやらエレナはやる気満々のようだ。今回のメンバーは以下の5人だ。
エレナ・アウグシス 虎人族 12歳の女性 適性は全属性高め。マナ総量は80Kep
キャティス・グレイシア 猫人族 13歳の女性 火と地の適性が高い。マナ総量は50Kep
ルピナー・ヒルワーズ 狼人族 13歳の男性 水と地の適性が高い。マナ総量は40Kep
カニス・ロック 狼人族 12歳の男性 水と風の適性が高い。マナ総量は60Kep
アーシダ・ハニーハート 熊人族 12歳の女性 地の適性が特に高く風の適性も高い。マナ総量は30Kep
ローゼリアの面々と比べるとマナ総量は至って平凡であるが、年齢が低くこれからの伸びしろに期待が持てる。これはガレスが次代の兵こそが主力となると睨んでの人選だろう。それにしてもまさかこの訓練にまで愛娘を入れ込んでくるとは流石は親バカである。
まず彼らには強化魔法の統合について、その概要とイメージの仕方、コツなどを伝授する。これにはかなり苦労するはずだ。リリーもシズク苦労していたが、才能あふれるレオニスでさえも3か月近く掛ったのだ。それを考えれば、1ヶ月半ほどで魔法統合を習得したローゼリアの面々は流石は魔法王国のエリートと言えるだろう。
彼らのマナ総量はごく一般的である。そう無茶なトレーニングもさせるわけにはいかない。ある程度はコツを教えるが、イメージを固め発現させるには本人次第なのだ。1ヶ月ほど経ったが未だ皆、筋力と骨強化の魔法統合さえ出来ずにいた。これは長丁場になる、そう考えたアルトは思案する。
リージアへ協力を取り付けるメンバーとここで魔法を教えるメンバーを分けるか、いっそ単独行動をするかだ。幸い、カラッゾ北方の港町からリージアへは船が出ている。陸路もあるのだが砂漠地帯があり移動に時間が掛かる上、特有のモンスターも出るため危険がある。
早速この案を3人に伝える。まず航路を使う時点でレオニスは残留決定だ。となると残るはリリーとシズクだが、この二人を引き離すのも気が引けた。そこで単独で空中を跳ね続ける事でより早くリージアへたどり着けるのではないかとアルトが言い出す。
結果、草案として3人は神歴1594年2月を目途にカラッゾの面々を鍛え上げる、その間、アルトは単独でリージアへ交渉へ向かい、その後カラッゾにて合流後にリージアへ向かう。という話でまとまった。
「陛下、ご相談したい事がございます」
「おお、アルト殿か。どうだ?エレナの様子は」
「珍しい全属性持ちでどのポジションでもやっていける万能タイプに育つかと」
「うむ。やはり我が娘!将来が楽しみだ」
「ただそれにはやはり相応の時間が必要です。ローゼリアでは魔法のエキスパート達が相手だったのである程度時間を短縮することが出来ましたが、カラッゾではより丁寧に基礎を固める必要があると感じております」
「それはありがたい話だが、そなたらには時間があるのであろう?」
「はい。そこで私が単独でリージアへと向かい、3人には指導を続行するというご提案をしたく参りました」
「そなたが独りでリージアへ行くと」
「はい。私ならばルートを気にせず空中に足場を形成し跳び続ける事で疑似的に飛行できますし、いち早くリージアへと辿り着けるかと考えました。私個人のトレーニングも含めて、ぜひご検討いただきたく存じます」
「そなた達の間で合意が取れていれば問題あるまい。しかしエレナがのう…」
「王女殿下に何か心配事でも?」
「いやいや、こちらの話だ!気にせんでいい!」
妙な感じだが気にしなくていいというなら大丈夫なのだろう。
「では早急に準備をして出立をしたいと思います」
「くれぐれも気を付けてな。無事に再開できる日を待っておるぞ」
「はい。ありがたいお言葉、感謝いたします」
翌朝、アルトは訓練メンバーと3人に向けリージアへと単独で向かう事を告げた。
「アルト様、また戻ってこられるのですよね?」
「はい、エレナ様。来年の2月頃を予定しております」
「寂しくなります…」
エレナは残念そうだ。チッチの相手もよくしてくれていたのだ、リリベルの事も考えての事だろう。
「申し訳ございませんが帝国の動きが分からない今、打てる手は早めに打っておきたいと考えての事です」
「分かっております。必ずまた私の元へと戻ってきてくださいね」
「はい。約束しましょう」
そんなアルトとエレナのやり取りを見て、リリーとシズクは嫌な予感を覚えていた。どうもアルトは自身の事になると鈍感なようだ。きっとこのお姫様の想いにも気付いてないのだろう、と。
その後すぐ、アルトは跳びたった。これだけ長距離に渡って疑似的に空を駆けるという試みは初めてだ。いいトレーニングにもなると張り切っていた。そしてカラッゾではある噂が一時期「空を飛ぶ男の幽霊」という都市伝説が噂になったのは、また別の話である
あれから丸1日跳躍をし続けたアルトは、既にリージア南東の平原に着地していた。まだまだマナには余裕があるが、流石に眠い。手頃な場所で野営でもと準備をサッサと済ませ床についた。翌朝、たっぷりと休んだアルトは再び跳躍でリージアの中央都市を目指す。このペースなら夕刻前には着くだろう。
そんなアルトの視界に、ふとある村の状況が目に入る。モンスターに襲われていた。急ぎ駆け付けるアルト。襲っているのはオークとその上位種、オークチーフだ。肩慣らしに丁度いいとばかりに飛び降り、オークチーフを一刀両断する。狼狽えたオークたちを殲滅しようとしたその時、大きな声が聞こえた。
「おい兄ちゃん!どっから現れたかしらねぇが加勢するぜ!」
その声の主は獣人だった。狼の獣人だ。大きな曲刀を片手で軽々と振り回し、次々とオークを吹き飛ばしていく。アルトも負けじとオークを狩り、村を襲っていたオークの集団は壊滅した。
「ありがとうございます!冒険者の方々、これは僅かながらのお礼です」
そう言って小金貨を5枚も渡してこようとした村長らしき人物に慌てて答える二人
「ただの通りがかりでついでだから気にしないでください」
「おうよ、依頼を達成して帰り道に偶然見かけたんだ。気にすんなって」
同じことを口走った二人は顔を見合わせニコリと笑う。
「俺はアルト・ハンスガルド、訳あって諸国を周ってる最中でね。上からたまたま見かけたから降りてきたんだ」
そう言ってアルトは上を指さす
「上だぁ?お前さん空でも飛べるのか?」
「ううん、空中に足場を作ってそれを蹴って移動してたんだよ」
「面白れぇじゃねぇか!俺の名はポチだ、宜しくな!」
「え?ポチ?」
「あぁ、ポチだぜ!獣人は長ったらしい名前が嫌いなんだよ」
不意にアルトの記憶の欠片が蓋を開く。「ポチ、犬の名前で代表的なものである」と。途端に笑いが堪えられず吹き出して笑ってしまったアルト。
「なんだぁ?喧嘩売ってんのか?兄ちゃん?」
「いや、すまない、その俺の国では飼っているペットによく使われる名前でつい…」
「そうか、つまり喧嘩だな」
拳を鳴らすポチ。
「違うんだ、本当に申し訳ない。あなたをバカにするような意図はないんだ」
アルトは自分の頬を挟むようにパンパン!と張るとそう謝罪した。
「ならよ、謝罪代わりに肉でも奢ってもらおうか」
ニヤリとするポチに「もちろん!」と答えたアルト。
村の被害は比較的軽微に済んだようで、アルトはポチと一緒にほど近いリージア中央都市へと向かった。ここにリージアの中枢である評議会があるはずだ。リージアには王は存在せず、中央と東西南北の4大都市の代表、そして各々の都市に存在する商業ギルドや冒険者ギルドなどの要人がそれぞれ意見を出す議会制の統治国家だ。それ故に自由都市国家と呼ばれる。中でも最も高い影響力を持つのがこの中央都市の評議会であり、その議長だ。
「俺の速度に付いてくるとは、兄ちゃんやるじゃねぇか」
「このくらいならトレーニングで鍛えた筋肉と強化魔法で楽勝さ」
「言うねぇ!じゃ、飯行こうぜ飯!」
「ポチ!ギルドへいかなくていいの?」
「ギルドで飯食えばいいだろ?」
「なるほどね、りょーかい!」
すっかり意気投合している二人ギルドへ向かう。
ポチは獣人だけあってその身体は大きく、筋肉も人族や亜人のそれとは根本的に異なる。その身体を維持するために食べる量、と言えばどれだけの物か想像は難しくないだろう。まるでウルが獲物を捕食するような勢いで肉を平らげるポチ。そんな姿に親近感すら湧いてしまう。
「ところでポチってランクは?」
「俺様はAランクだぜ!」と胸を張るポチ
「Aランク!?じゃあ凄く強いんだね!」
「おうよ!お前さんはBランク程度か?」
「いや、最近Cになったばっかりだよ」
「C?とてもそうは見えんがなぁ」
「まだ14歳だからねぇ」
「は?お前まだ成人してねぇのか?」
「だからしてないってば。紹介状書いてもらって特例で10歳から冒険者してるけどね」
流石のポチもこれには驚いたようで食べる手が止まった。
「10歳だぁ!?そんな子供の冒険者なんぞ聞いた事ねぇぞ」
「クリフト王国でしか活動してなかったしね」
「なるほどなぁ。で、お前さんの目的はギルド本部か?」
「ううん、ちょっと国から命令でね、評議会の議長さんに会いに来た」
ポチは飲んでいたエールを吹き出す。
「ポチ…汚いよ?」
「お前が変なこと言うからだろうが!」
「目的聞かれたから答えだけだよ」アルトは不服そうに言う。
「その年齢で冒険者歴4年で国の命令で動くたぁ、兄ちゃん一体何もんだ?」
「見ての通り、冒険者さ」
「誰がそれで納得するってんだよ!」
ガハハと豪快に笑いまた肉を貪るポチ。
「評議会議長な、知り合いの婆さんなんだよ。明日にでも紹介してやるぜ。」
「それは助かるよ!ありがとう!ポチ!」
「おうよ!そうと決まったら満腹にしねぇとな!おーい!肉追加頼むわ!」
アルトはポチに出会えた幸運と共に、財布の心配をし始めたのであった。




