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第2章8幕 リリベル救出作戦とドワーフの街

 カラッゾの王宮内でリリーが憂さ晴らし兼、疑似精霊魔法のアピールをしていた頃、エレナ王女はチッチを連れ自室に戻っていた。そしてまず侍女長を呼び出す。侍女長は入るや否やチッチを見るとかをを少しゆがめた。それを見たエレナは侍女長に向け言い放つ。


「この子はリリベルではありません。クリフト王国からの特使の方からお預かりした大切な客人であるチッチさんです。あなたは度々リリベルに対し文句を言っておりましたね。この子の主である方はリリベルが侍女長が嫌っている事を感じ取って、戻るに戻れないかもしれないと仰っていました」

「姫様!そのような戯言、聞くに値しません。姫様の大事なお披露目会や社交界にお出になる際に限って付いてくるような悪戯ものです。居なくなって清々しますわ」

「それはあなたの意見です。私はリリベルをとても大切に思っております。それにリリベルは私が本当に困る場面には大人しくしております。いつもひょっこり付いて来ている事は確かですが、それを切っ掛けにして全ての場面で上手くいっている。これはこの妖精の持つ力だと私は確信しています」

「それはあくまで結果論に過ぎません、姫様。一国の王女たる姫様がそのようなお考えでは周りに示しがつきません」

 そう言って自分の意見を曲げない侍女長を見てチッチは尾を膨らませ威嚇し始める。


「チッコリは決して悪い人物には近づかないと聞きます。悪意や敵意に敏感とも。この子も今、あなたの言葉を敏感に感じ取っているではありませんか。彼らは確かに悪戯をします。しかし、それはただ構って欲しいからだと私は思っています。気に入った人物の目を引きたくてそうしているんです。とても賢くて可愛らしいではありませんか」

 エレナはそう言いつつ威嚇を始めたチッチを撫で、気を静めようとする。


「この獣が賢い?そんなわけ…」そう言った瞬間、チッチお得意の額キックが侍女長に炸裂した。

「まぁ!なんと無礼なネズミ!」

「無礼者は貴方です!ハンナ!そこになおりなさい!」

 かつてない迫力で怒るエレナに動揺するハンナと呼ばれた侍女長。

「あなたが私を王女に相応しい者にと育てようとする想い、それは間違っておりません。今までの事も感謝しております。しかし、そのいささか凝り固まったその考えを改めないようであれば、侍女長…いえ侍女の任から降りて頂きます」

「姫様、それはあまりにも」

「お黙りなさい!先ほど私は申し上げました。この子はクリフト王国から特使の方からお預かりした客人であると。もしこの子に何かあってみなさい、侍女の任を解かれるだけでは済みませんよ」

「し、失礼いたしました、姫様」

「しばらく私の部屋から離れて仕事をなさい。リリベルの件が無事解決した後にゆっくり話し合いましょう」

「畏まりました」

 ハンナはそう答えると、すごすごと部屋を出て離れていった。


「ごめんなさいね、チッチさん。嫌な思いをさせてしまったわね」

 そんなエレナに頬ずりをするチッチ。

「許してくれるの?ありがとう。それでどうかしら、あなたはリリベルの事を感じる?」

 チッチはそう言われると窓の方に走った。どうやら窓を開けて欲しいようだ。

「リリベルの事も心配だけど、あなたは大切なお客様なの。ちゃんと戻ってきてね」

 チッチは窓を開けたエレナに対し「キュ!」っと返事をすると空を蹴り屋根の方へと駆けていった。

「リリベルも素敵だけどまるで空を飛ぶように跳ねる美しい子ね、あなたは」

 そうチッチの向かった方向を見つめ呟くエレナ。


 数分後、チッコリの鳴き声が複数聴こえてきた。まるで会話しているかのようだ。

「この声、まさかリリベル?」

 そう言って窓の外を見るエレナ。チッチが空を蹴り戻ると何やら手を前に出すように必死にアピールしている。

「これで良いのかしら?リリベル、居るの?戻ってきて!」

 すると、屋根からチッチとよく似た、薄いグレーの筋模様が入ったチッコリがその手の上に降り立った。何やら不安げな様子だ。

「リリベル、この近くにあなたを傷付ける人はいないわ。ごめんなさい、寂しくて怖かったでしょう?」

 リリベルは「キュ~」と鳴くとそっと顔を近づけてくるエレナに頬ずりをした。

「リリベル、あなたは私にとって大切なお友達なの。もうどこにも行かないで。私が守るからね」

 リリベルは「キュ~キュ~」と鳴いている。どうやらこの子は少し臆病なようだ。

「チッチさん、リリベルを見つけてくれてありがとう!これはお礼よ」

 そう言ってブドウを千切りチッチに与えるとチッチは満足げに頬張った。そしてリリベルとも一緒にしばらくブドウを堪能したチッチであった。




 アルト達はと言うと、あの一騎打ちの後に客室へと通されチッチの帰りを待っていた。詳しい話は後日にという事で、一旦王宮で休ませてもらう事になったのだ。そしてしばらくすると王女エレナがチッチを連れてやってきた。チッチは肩に乗っており、その反対側にはチッチそっくりなチッコリが乗っている。

「アルト様、チッチさんのお陰でリリベルが戻ってきました!なんとお礼を申し上げればよいのか…」

「王女殿下、どうかお気になさらず。リリベルが見つかってよかったですね。しかしこうしてみると本当にそっくりです。間違われるのも納得します」


 アルトはそういうとチッチとリリベルを交互に見る。表情がやや違うか、そう感じた。リリベルは大人しそうな顔をしているが、チッチは太々しいというか堂々としているというか『これぞ悪戯の妖精である』という顔をしているのである。


 そんなアルトの思考を察したのかチッチはアルトに駆け寄ると頭の上に乗ってみせる。まったくこいつは、と思いつつもお手柄だったと撫でてやるアルト。チッチも満足げだ。


「アルト様の仰る通り、侍女長を遠ざけた後にチッチさんに探してきてもらったら、すぐに戻ってきましたわ。チッチさんは本当に賢くて素敵な子ですね」

 それを聞いたリリベルはエレナの服をグイグイと引っ張る。きっと嫉妬しているのだろう。

「もちろん、リリベルが一番かわいいわ!」そうやって抱き寄せ頬ずりをするエレナに対し、満足げに尻尾を揺らすリリベルは確かに可愛らしい。


「アルト様、チッコリについてもっとお話をしたいですわ!よろしければお夕食の後お時間を頂けませんか?」

「私は構いませんよ。こうやって別の子をじっくり見るのは私も初めてですし、チッチも仲良くなりたいと思ってそうです」

 未だ頭の上を占領している妖精を撫でながら、そう答えたアルト。まさか宿で拘束されて王都に来てからチッコリ談議に花を咲かせるとは思ってもみなかったが、たまにはこういうのも良いだろう。




 翌日、大会議場に国王の参集の元、帝国のゴーレムとそれに類する兵器に対抗し、4か国合同による新兵器開発プロジェクトの説明と、対帝国安全保障条約の締結についての詳細を議題に話を進めていくアルト。自身が戦った経験とその脅威、現状エルフ族のヴァルキリア程の戦力で無いとこれを退ける事が困難であると主張し、既にローゼリア王国の協力を取り付けている事を伝える。


 併せて、リリーが先日見せた疑似精霊魔法を始めとしたクリフト王国の先端魔法学についての資料とロッツ著の教科書を披露、これを元に情報交換を行い兵の育成にも協力すると約束をする。リリーが見せた魔法を目の当たりにしていた国王を始め、現存するゴーレムコアなどを見せた事で話はスムーズに進む。そして肝心の協力内容としてカラッゾには主に装甲などに使う資材とその開発を依頼する。


 そこで一つ問題があった。カラッゾは亜人国家だが、ドワーフも存在する。しかしドワーフは独立した自治権を持っており、いわば特区扱いになっているようなのだ。つまり、この件についてドワーフの長とも話をしない事には回答が出来ないという事だった。


 ドワーフの集落はいくつか存在するが、その中でも最も影響力の高い王国南東部の山の麓にあるドワーフの集落へ向かい、この件について議論する必要があると国王は言う。幸いなことに国王はこの件については前向きである為、交渉には同行してくれるそうだ。ゴーレムコアも見せた方が良いという事で、アルト達は一度王宮を離れ、ドワーフの集落へと向かう事となった。




 カラッゾ王都から馬で3日、無事ドワーフの街の一つ『ストーンハース』へと辿り着いた一行。国王ガレスと護衛達と共にストーンハースの長『トールバーン』に会いに向かう。独立自治権を持った特区の長と言っても館にドンと構えているわけではない。採掘とそれに伴う書類仕事などは基本的にこの町に住む若手のドワーフと亜人たちに任せ、熟練鍛冶師のドワーフはただ槌を振るうのみである。それは長とて変わらない。


 平均寿命が400年ほどのドワーフの中ではもう高齢と言っても差支えのない334歳の彼は、未だ現役の伝説級鍛冶師である。その槌が作り出す逸品はどれも名品という表現に収まらない。そんな彼ですら高みを目指し未だ槌を振るい理想を追い求めているのだ。ドワーフとはそういう種族なのである。


「トールバーン殿、いらっしゃるか!」

 店に入り、奥の鍜治場に入ったガレスは槌の音が鳴り響く中、声を張り上げ長を呼ぶ。ガレスの呼びかけに一人のドワーフが槌を振るいながら答えた。

「ガレス殿か、もうしばらく待ってくれ。今は仕事中だ」

「承知した!ひと段落したら店の方まで顔を出してくれ!」

 そう言うとガレスは大人しく戻ってくる。ここでは仕事を邪魔をする事はご法度なのである。それは国王とて変わらない。そういう意味でも『特区』なのだ。


待っている間、店内を見ているとどれもこれも素晴らしい出来栄えの武具が並んでいる。店員に触っていいか聞いてみた所「持ってみないと分からんだろう」と二つ返事で承諾を得られたので各々気になった武具を触ってみる。


「剣はやっぱり単純な造りというより、どれも魔晶石を使った属性系のばかりかなぁ。でもどれもマナの通りは良さそうだ」

「このハルバード、俺向きかもしれん。理想的なバランスに土と風の適性がある者には適したの魔晶石が使われている」

「あら、剣槍もあるなんて珍しいわね。しかもこの剣槍、とんでもない業物だわ」

「私はこの錫杖があればいいのですが…ところでここにある品々はお幾らぐらいするのでしょうか?」

 シズクの素朴な問いかけに、リリーとレオニスがピクリと反応する。


「そのハルバードは金貨13枚。剣槍の方は金貨10枚ってとこだな」

 その金額を聞いて二人はそっと元に戻し、手持ちのハンカチで柄を拭き始めた。所詮は未熟な冒険者である。到底払える金額ではないのだ。アルトは元より乗り換える気が無かったので気にも留めていなかった。


「ハッハッハッ!まぁそう気にすんなよ若造!生き残って稼いでりゃいずれ相応の物を作ってやるさ」

「女王陛下から今回の一件が片付いたら特別報酬を頂けないかしら」

「よせ、言ってて虚しくなるだけだ」

 リリーとレオニスは肩を落としそうこぼした。


「そうそう、この剣ちょっと見てもらえるかな?」

 アルトはそう言って自分の剣を店番の鍛冶師に見せる。すると鍛冶師の目の色が変わった。

「こいつは、始めて見るな。坊主、これはどこで手に入れた?」

「昔クリフト王国で銀のショートソードを作ってもらってね。それが俺のマナと馴染んでるからってそれを元に打ち直してもらったんだ。それで使い続けてたらそうなってた。作った鍛冶師本人も驚いてたよ」


「なるほどねぇ。物は試しだ、お前さんのマナをこのミスリルの剣に流してみな」

「いいの?じゃあ遠慮なく」

 そう言ってアルトはマナを流し、いつものようにマナブレードを展開してみる。触った限りいつもの剣の方が切れ味が出そうだ。

「どうだ?」

「うーん、ミスリルに近い変化を起こしてるって言われたからミスリルの剣ならもっと切れるじゃないかなって思ってたけど、今の剣の方が切れる気がするなぁ」

「だろうな。こいつは銀でもミスリルでもねぇ。確かに例えるならその中間なんだろうが、お前さんに馴染んだお前さんしか扱えない剣だな、こいつは」

「それは嬉しいね!思い入れもある大切な剣だからね」

「武器ってのは使い手の道具ってだけじゃねぇ。使い手が大切に扱えばそれに合わせて成長していくもんだ。それにしたってこんなもんは始めて見たがな、良いもの見させてもらったぜ!」

 そう言うと鍛冶師は鞘に納め、アルトに手渡した。


「手入れもしっかり行き届いてまるで新品の様だってのに、よく使われているのが分かるほどお前さんのマナを感じる、これは鍛冶師の腕も相当だな。名はなんて言うんだ?」

「トーリンって鍛冶師さ。王都で鍛冶屋をやってる」

「そいつの腕はこの街でも一流としてやっていけるレベルだろうよ。他人のお得意さんを横取りするわけにはいかねぇな、出来ればミスリルを混ぜて打ち直すか魔晶石をはめ込んでみたかったんだが」

「それはトーリンにやってもらうよ、ごめんね」

「職人心ってもんを分ってるじゃねぇか!気に入ったぜ!」

 なんだかんだトーリンにも気に入られていたアルトだが、どうやらドワーフたらしのようだ。


「二人の武器さ、もうちょっと手頃な価格のものってないかな?」

「そうさな、金髪の坊主に黒髪の嬢ちゃん、武器を見せてみな」

 そう言ってそれぞれの武器を見て戦闘スタイルなどを聞いた後、鍛冶師は一旦奥に引っ込み、お手頃価格の品を出してきた。


「これなんてどうだ?さっきのは流石に手が出ないだろうが、これもそこらの鍛冶師じゃ真似できねぇ一品だぜ」

 ハルバードは魔晶石こそ使われていないものの、ミスリル製の一品で持った時のバランスも理想的の様だ。レオニスの顔がそれを物語っていた。剣槍もミスリル製の一品で刺突に斬撃にと取り回しがしやすい正に理想の剣槍といったもので、リリーも惚れ惚れとその品を眺めている。

「これはいくらなの?」

「こいつらはうちの弟子たちが作ったもんでな、品質は保証するがうちの店先には出せないと判断して倉庫にしまってあったんだ。売るとしたら…合わせて金貨1枚ってとこだな」

「アルト!」

 二人のまなざしが太陽の様に熱い。このような目をした二人を見るのは初めてかもしれないとアルトはたじろぎながら、そっと金貨1枚をテーブルの上に出した。

「おぅ坊主!豪気じゃねぇか!毎度あり。お二人さん、大切にしてくれよ」

「もちろんです!ありがとうございます!」

 二人が同時に鍛冶師に礼を言う。(お礼を言うのそっちなんだ)とアルトはツッコミを入れようとしたが、二人の笑顔を見ているとそれは野暮だと辞めたおいた。

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