第2章7幕 誘拐容疑
アルト達はカラッゾの港町で一泊をし一夜を過ごす。翌朝、何やら物々しい雰囲気を感じつつ目が覚める。敵意に近いものを外から感じる。一階からも数名敵意を持った者が要るようだ。神経を研ぎ澄ましさらに気配を探ると、外はどうやら囲まれているようだった。
仲間の気配は問題ない。となると物取りや暗殺などの類ではないようだ。レオニスも起き、状況をすぐに察知したようで二人で急ぎ準備を整えリリー達と合流した。
「どうやら何かこの国では歓迎されていないようだな」レオニスは昨日の視線からそう考えた。
「俺たちが人族だからかな?リリー達が居れば大丈夫だと思ってたけど」アルトは選択を間違えたかと後悔している。
「カラッゾの人々がはそこまで人族に対して敵意を剥き出しにするなんて聞いた事ないわ」リリーはそう答える。
「お話して誤解が解ければいいんですが…」シズクは不安げにそう言った。
「兎も角、宿から出ないと話も出来ない。覚悟を決めて降りよう。場合によっては荒事にならざるを得ないかもしれないけど、出来る限り揉め事は避けたい」
アルトの言葉に皆が頷くと一階へと降りる。
「貴様!白い頭の貴様だ!」
アルトを見るなり威圧的な態度で接する狼人族と思われる男、この国の兵士だろうか。国章がついた鎧を着ている。
「あなたはどちら様で?」
「カラッゾ西方守備隊の者だ!貴様のその肩に乗せたチッコリ、どうやって拐した!?」
「拐すもなにも、こいつは私が子供の頃から一緒…」アルトの言葉を遮る兵士。
「嘘をつくな!やはり人族には碌な奴がおらん、こんな子供の身で姫様の大切になさっているチッコリをどんな手段か手名付け攫おうというのだからな!」
兵士の憤る姿をよそに一行は話が全く見えていなかった。
「待ちなさい!私はクリフト王国、ブラックヴェル伯爵家が長女。リリー・ブラックヴェル。我が国の女王陛下の勅命を受けこの国へ参上した特使です。その者はアルト・ハンスガルド。その実力を見込まれ学生の身でありながらその勅命を受けた我らの代表者です。先ほどからの無礼な物言いといい、こちらの要件を一切聞かぬその態度、無礼にもほどがあります」
「学生だと?子供を特使によこすなど、クリフト王国は余程人手が足りぬのか?」
嘲笑にも似た口調で男は答える。これでは売り言葉に買い言葉だ。場が治まらないどころか火に油を注ぐ結果になってしまう。
「言うに事を欠いて我らが君主を侮辱するか!たかが兵士の分際で!」リリーは激情のまま剣槍を構えるが、アルトは慌てて制止する。しかし時はすでに遅かった。
「その行動、反意とみなす。この者達を捉えよ!」
兵士はそう言うと次々と兵士たちが乗り込んできた。
「待ってくれ!我が友の態度は謝罪しよう。しかしそちらも我が国の女王陛下を侮辱したのだ、その気持ちはご理解頂きたい。あなたとて自身の君主が「腰抜け」などと呼ばれれば怒るのは当然。ならばこそこの者の国への想いが理解できるはずだ」
「そう言うならば大人しく武器をこちらによこせ。マジックポーチとチッコリもだ。然るべき調査を行うが故、王都まで同行してもらうぞ」
「武器や道具に関しては構わないが、チッチ…このチッコリに関しては本人の許可を取ってくれ」
そう言って手にチッチを乗せて前に出すアルト。受け取ろうとした兵士に向かって威嚇をした直後に目にも止まらぬ速さで額に飛び蹴りをくらわし、そのままアルトの肩に奇麗に着地する。
「ぐぬっ、致し方ない。ではそのまま連行する。大人しくついてこい」
そうして兵士に小突かれアルト達は牢を乗せた馬車に乗せられ、王都まで連行されていったのであった。
「アルト!なんで止めたのよ!陛下を侮辱したアイツをこのままにしておく気!?」
「いや、今はまだ動く時じゃないって事。もう少し冷静になりなよ。あそこでやり合ったら陛下から託された勅命を果たすどころじゃなくなる」
「俺も腸が煮えくり返る想いだが、アルトの言う事はもっともだ。リリー、今は耐える時だ」
「リリー様、どうかお気を静めてください。みんな想いは一緒です」
シズクはそう言ってアルトの手を取り、その掌をリリーに見せる。
「アルト…ごめんなさい、どうかしてたわ」
アルトはその手に傷が付くほど拳を握り締め、兵士の言葉に耐えていた。アルトとて覚えのない罪に問われ自分の愛する国を侮辱され、尊大な態度で好き放題言われて涼しい顔をして我慢が出来るわけがない。自らが強化しているはずの皮膚に傷が付くほど強くその拳を握りしめていたのだ。
「それに扱いは兎も角、こいつらが王都まで運んでくれるらしいじゃないか。かえって手間が省けるかもしれないよ?」
「そういう考え方も出来ますね、アルトさんは時々年相応とは思えない考え方をしますよね」
シズクがそうアルトを評価する。
「記憶の断片のせいかな?あとはシルヴィアに散々しごかれてるからね。あのくらいの理不尽どうってことないさ」
「あなた、シルヴィア様に対しての評価が酷くないかしら?」リリーがそう注意するが、アルトは止まらない。
「俺が受けた仕打ちの数々を聞いてもそう言えるかな?」
そう言ってアルトはこれまでシルヴィアに与えられた『特別課題』の数々を披露し、王都迄の道程の暇をつぶすのであった。
2日ほどの行軍のあと、一行を乗せた馬車は王都へと辿り着いた。その間、待遇は酷いものであったがそれも交渉材料にしてやるとアルトは心の中で自分に言い聞かせ耐え抜いた。王城の門をくぐり馬車が止まると「外に出ろ」と相変わらずの尊大さで命令される。
「白髪のお前!お前はこっちだ!残りは牢にでも入れておけ!」
「白髪じゃない、銀髪だ。それとあなたのその態度、後々後悔する事になりますよ」
「黙れ、人族の薄汚い罪人風情が!サッサとしろ!」
またも背中を持っている武器の柄で殴られるアルト。痛くもかゆくもないのだが腹立たしいものがある。
「みんな、誤解を解いてすぐ開放する。すまないが待っててくれ」
そう言うとアルトは独り、兵たちに囲まれ城内へと連行されていった。
「アルトさん、酷い事されてなければよいのですが」牢の中でシズクが安否を気遣う。
「この手錠、マナを弱める効果があるみたいね」リリーが不機嫌そうに呟いた。
「アルトのバカ力がこんなもので抑えられるとは思えんがな」
レオニスがそう言うと、言った本人も含め嫌な予感が頭をよぎった。
そんな心配をされているともつゆ知らず、アルトは大人しく兵士の言われた通りに王城内を進んでいた。どうやら謁見の間に直接連れていかれるらしい。
「陛下!件の罪人を連れて参りました!」
「入れ!」
威厳のある声が中から響く。扉が開くと荘厳な造りに赤い絨毯が敷かれた立派な造りの大きな広間が目に入る。数段高くなっている奥には玉座があり、王と思われる虎人族の男が座っていた。その横には噂の王女様だろうか、まだ幼さを残した少女が傍らに不安そうに立っていた。
「この者でございます。どうやってか姫様のチッコリを手名付けており、この者から離れませんので拘束したまま連れて参りました」
「貴様が我が愛娘の溺愛するリルベルを拐したものか」
「リルベル?このチッコリはチッチという名です。王女殿下のチッコリかどうか、その目でお確かめください」
そう言うなりアルトはチッチに語り掛ける。
「チッチ、悪いんだけどあの玉座にいるお嬢さんの側に行ってみてくれるかな?」
チッチは「キュ!」と鳴くと王女の元へと駆けていく。
「リルベル?やはりリルベルなのね?」
そう語りかける王女の前で止まるチッチ。そして抱き上げられると王女を見つめ背中を見せた。
「あら?この子…リルベルではないわ!」
「何!?そっくりではないか!」
「いえ、お父様。リルベルは淡いグレーの縦模様が入っております。一見真っ白く見えますが、完全な白ではありません。模様のないチッコリは聞いた事もありませんが、リルベルではない事は確かです」
「それでは一体リルベルはどこに…?」
そう話し合う親子を尻目に役目を終えたと言わんばかりにチッチはアルトの元へと駆けていく。
「これでお判りいただけましたね。ではこの拘束、外させて頂きます」
そう言うとアルトは全身にマナを込め手枷足枷をマナの出力だけで砕いて見せる。
「き、貴様!一体何をした!?」
それを見て守備隊の者が一斉に剣を向ける。
「ちょっとマナを込めただけです。それにもう疑いは晴れたのですよね?では私の仲間を解放して頂きたい」
「沈まれ!その方、名は何という」
「私は貴国に対しクリフト王国から来た特使、アルト・ハンスガルドと申します。失礼ですが陛下、謝罪が先では?」
「一国の王の前、それも兵に囲まれ独りきりの状態でその豪気な態度、肝は据わっているようだな。我はガレス・アウグシス。この国を治める王である。我も含め誤解からとは言え、無礼な態度を取った事、謝罪しよう」
「ご理解いただき感謝いたします、陛下」
「しかしエレナのような美しい心根を持つ娘以外にチッコリが懐くとは、そなたも変わった人物のようだ。それにあの枷をマナを込めただけで破壊する力があれば、その気になればいつでも脱出できたであろうに」
なるほど、この王は娘を溺愛しているのかと得心がいくアルト。それでこのような大事にまで発展したのかと。なんとも迷惑な話である。
「どういう形にせよ、この王都で陛下にお会いするつもりでおりました。経緯は兎も角、こうして直接お会いできたのも精霊のお導きでしょう」
「そうだな。王国の女王陛下からの特使と言ったな。その話も聞きたいのだが、娘と同じくチッコリに懐かれたものとして聞きたい」
「なんでしょうか?」
「1週間ほど前から娘が可愛がっておったチッコリが行方不明でな。どこを探してもおらなんだ。娘から逃げたわけではないと思うのだが、何か分かる事はないか?」
「その件についてはご協力させて頂きます。ですが先に仲間を解放して頂けないでしょうか?彼らも不安でしょうから」
「そうであったな!失礼した。おい!至急アルト殿の仲間を解放し丁重に連れて参れ!」
「ハッ!」
そう言うと兵たちは下がっていく。アルトはその様子を見て安心しながら、チッコリの習性に関して思案する。
「王女殿下にお尋ねしたい事がございます」
「はい、なんでしょうか?」
「王女殿下に懐いていたリリベルというチッコリですが、普段は王女殿下の元を離れたりすることはありますか?」
「いいえ、むしろ逆ですわ。大事な場面ほどいつの間にかドレスにくっついてきていて、毎度叱ってはお部屋に戻してもらっていました」
「その様子ですと、私と一緒ですね。では例えばですが、城内にリリベルが嫌うそぶりを見せる者はおりましたか?」
「そう言えば…侍女長がリリベルを嫌っておりまして、リリベルも彼女には近づこうとしませんでした」
「その侍女長は今どちらに?」
「私の部屋の側で待機しております」
「おそらくそれが原因かと思われます。チッコリは人の悪意や敵意にとても敏感です。それはご存じかと思います」
「はい、存じております」
「王女殿下の側に戻りたくても、侍女長が近くに居ては戻れないのではないでしょうか?」
「まぁ!それなら侍女長が私から離れればリリベルは戻ってくると?」
「可能性は高いかと思われます。もしよければチッチにも助力をさせましょう」
そう言うとアルトはチッチに語り掛ける。
「チッチ、王女殿下のリリベルというチッコリを探すのを手伝ってあげてくれないか?お前が近くにいればきっとリリベルも何か反応すると思うんだ」
「キュキュ!」そう鳴くと王女の元へと走るチッチはあっという間に王女の肩に乗った。
「まぁ!賢い子。こんなに深い絆で結ばれているなんて羨ましいです」
「きっとリリベルの王女殿下に対するも想いも同じでしょう。寂しい思いをしているはず。どうかその子を使って早く戻してあげてください」
「ありがとうございます、アルト様!父上、私は自室に戻り、リリベルを探してまいります」
「そうかそうか、早く見つかると良いな」
その瞬間だけ王の威厳は消え、一人の娘想いの父親の顔になる。一国の王が部下の前でその顔を見せて良いのか?と内心ツッコミを入れるアルト。
程なくして3人が謁見の間へと通される。
「アルト殿から話は聞いた。皆、今回は我が方の手違いにより迷惑をかけた事、謝罪する。我はガレス・アウグシス、カラッゾの王である」
ガレスは3人に対し謝罪を述べる。
「陛下、謝罪のお言葉を頂き感謝いたします。私はリリー・ブラックヴェル、クリフト王国に仕えるブラックヴェル伯爵家の長女にございます。陛下に一つお願いがございます」
「リリー嬢、申してみよ」
「今回の一件では、行き違いからこのような事になったと謝罪のお言葉を頂き納得しております。しかし、私共は西方守備隊の長と思われるものから耐え難い侮辱を受けました。つきましてはこの件について、我が身と仲間の名誉を取り戻したく、西方守備隊長殿と一騎打ちを所望いたします」
謁見の間がざわついた。当然だ、問題はとうに解決したと思われたところにリリーの宣言である。
「耐え難い侮辱とは?」
「はい、我が国の女王陛下に対する暴言、我が友に対する侮辱、その全てが耐え難いものであります。本来であればその場で叩き伏せて差し上げたものを、ここ迄堪えてきたのです。どうか雪辱の機会をお与えください」
「西方守備隊長、誠か?」
「いえ、その…はい。罪人と聞き及んでおりました故、特に人族の方には強く責める言葉を…」
「なるほど。リリー嬢、そなたの国と仲間を想う気持ちはしかと受け止めた。その願い、存分に果たされよ。ただし、殺生はなしだ。よいな?」
「元よりそのつもりです。貴国の貴重な兵士を失わせる愚行は致しません」
かくして、リリーと西方守備隊長の一騎打ちが練兵場で行われる事となった。
「双方、準備はよろしいか?」
「いつでもよろしくてよ」
「問題ない」
「でははじめ!」
決闘開始の合図と共に構える守備隊長に対し、リリーはただ相手を睨め付けるだけで動かない。その異様な光景に見入る周囲をよそに守備隊長が動こうとした正にその時であった。リリーは『氷牢』と呟く。瞬時に守備隊長の足元から氷が立ち上り、あっという間に守備隊長の首から下を凍らせる。
リリーはゆっくりと歩を進め、剣槍を守備隊長の眼前に突き出す。
「我が敬愛する女王陛下と大切な仲間に対する無礼、万死に値する!…と言いたいところですが、国王陛下に殺生をしないと約束した手前、これで許して差し上げます」
そして剣槍下げた次の瞬間、氷が砕け守備隊長はヘナヘナと地面に座り込んだ。まさかこのような少女がここまで強力な力を持っているなど想像できなかったのだ。
それはアルト達を除くその場の全員がそうであった。リリーは憂さ晴らしと共に疑似精霊魔法の有用さを周囲に示したのだ。その策士っぷりを見てアルトは、女性というのは怒らせると怖いのかもしれない、そう感じたのであった。




