第2章6幕 カラッゾへの旅路で
アルト達一行は例の如くランニングをしつつローゼリア南方の港町に向かい、半日でたどり着く。ローゼリアは比較的モンスターの発生頻度が少なく、道中も安全だったためハイペースの進行となる。途中、体力的に根を上げたシズクをアルトはおんぶしながら走る。その姿を見た残り二人はアルトに追いて行かれまいと懸命に走り続けた結果、本来なら1日~2日かかる所を僅か半日で辿り着いたのだ。
「ちょっと、ハァハァ、いくらなんでも、飛ばし過ぎ…なんじゃないかしら?」息を切らしリリーが言う。
「確かに、予定外に、ハァハァ、滞在期間が伸びたが…」レオニスもかなり息が上がっていた。
「ふぅ、トレーニングになったでしょ?シズクには無理させちゃったね」爽やかな顔で応えるアルト。
「いいえ、私はアルトさんにおぶってもらってましたし」なぜか尻尾を振りながらシズクは答えた。
「みんな無理させちゃったし、今日は宿に泊まるか。レオニスの船酔い対策もしないとね」
船、そう聞いたレオニスの顔が一層悪化した。
「早く宿を見つけて休みましょうよ、思う限界だし水浴びもしたいわ」
「右に同じくだ。」リリーとレオニスはそうアルトを恨みがましく見ながら言う。
「ごめんって、じゃあ適当な宿でも探して二人を休ませたら街の様子でも見てこようかな」
「アルトさん、私は元気なのでついていっても良いですか?」
「構わないよ、一緒に行こう」アルトの答えに喜びを隠せないシズクの尻尾は大きく早く揺れた。
そうして宿を見繕ったあと、二人を置いて街に繰り出すアルトとシズク。
リリーそんな二人の様子を見て(アルト、シズクの気持ちに気付いてるのかしら?)傍から見ればシズクの好意は一目瞭然なのだが、どうもこの男は気付いてにないように思えるのだ。そんな事を考えていると何故かイライラしてくるのでさっさと水浴びをして休むことにした。
まず港へと向かう二人。沈みかけた太陽が奇麗な海を照らす。その様子を見てはしゃぐシズクを微笑ましく見ながら、アルトは明日の船の便でカラッゾへと渡る予定が無いか聞いて回る。人も乗せる船があり、まだ間に合うと聞いたアルトは早速その船へ搭乗手続きをする。
4人分の搭乗手続きを済ませた後、街の様子を眺めながら歩くアルトとシズク。シズクはどこかご機嫌だ。そんなシズクを見ていると少し小腹を満たしておいてもいいかと思ったアルトは、露店で肉の串焼きを二人分買い、シズクと一緒に食べる事にした。
その肉はとても脂が乗っており、噛めばじゅわっと広がる肉汁が美味さを引き立てる。そんな美味しい食べ物を頬張るシズクはますますご機嫌の様子だ。アルトも串焼きの美味さに舌鼓を打ちつつ、適度な運動後の栄養補給に至福を感じている。
「アルトさん、ありがとうございます。ご馳走様でした」
「お粗末様でした。なんか小腹空いてたし、シズクもそうじゃないかって思ってさ」
「はい!露店から美味しそうな匂いが漂ってて、丁度食べたいと思っていたところでした」
「それならよかった」クスクスと笑う二人。
「でも、こうして海の近い町はやっぱり昔を思い出しますね」不意に遠くを見るような目で語るシズク。
「ブラックヴェル辺境伯のお屋敷の暮らし?」
「そうです。あの頃はとてもこんな未来が待ってるなんて想像もしてませんでした」
「シズクは、後悔していない?」アルトはふと気になって聞いてみた。
「してません!今とっても充実しています!」シズクは力強く否定する。
「少し気になってる事聞いても良い?シズクはご両親を亡くしてるんだよね?」
「はい。記憶はないのですが運よく旦那様が私を救って頂いて、それ以来はリリー様の専属侍女として育てて頂きました」
「侍女というより姉妹って感じもするけどね」
「リリー様は私の事を大切にしてくれます。それは私も同じです」
「そっか。名前だけは覚えていたの?」
「はい。旦那様はそう仰ってました」
「シズクの名前ってさ、精霊語だと思うんだよね」
「精霊語にそのようなものがあるんですか?」
「うん。水滴が落ちる様を『雫』というんだよ」
「では私は精霊語で会話する種族の生まれなのでしょうか?」
「そこまで断言できないけど、ある程度精霊語に精通していたんじゃないかな。その文字自体に意味を持つ精霊語で付けられた名前だ、きっと沢山の愛情と意味を込めて付けてもらったものだと思う」
「そうなんですね。出来ればいつかは私の出自についても知りたい、そう思っています」
それを聞いたアルトはシズクの頭を撫でながら言った。
「きっとこの先、いろんな国を周る中でヒントが見つかるさ」
「そうだと、良いですね」シズクは笑ってみせた。
「今は勅命で動いてるからすぐには動けないけどさ、自由に動けるようになったら俺も一緒に観てみたい、シズクの故郷」
「え?アルトさん?」シズクの顔が赤らむ。
「俺の記憶に残っている物は精霊語を使った国の記憶が一番多いんだ。言葉も精霊語しか知らなかったし、何か近しいものを感じるんだよね」
それを聞いたシズクはやや憮然とする。
「さて、そろそろ宿に戻ろうか。二人も少しは休めただろうし本格的に腹ごしらえしよう!」
「そうですね!」そう不機嫌そうに答えるシズクにアルトは戸惑った。
「あれ?シズク?何か変な事でも…」
「なんでもありません!行きますよ!」
人工ドラゴンの一件以来『シズクを怒らせると怖い』と身をもって知ったアルトは戦々恐々としながらシズクの後をついていった。
宿に着き二人を呼んで食事にありつく4人。この頃にはシズクはいつもの様子に戻っておりアルトはホッとしていた。育ち盛りの若者たちは次々と食事を平らげていく。どんなに魔法で強化が出来ると言っても、やはり元の体力が高い事に越したことは無い。むしろ基礎体力が高ければ高い程、その効果は高まるのだ。トレーニングと食事は重要なのである。
「明日の便は無事に手配できたよ」食事を終えたアルトはそう告げ、レオニスに丸薬の入った子袋を渡した。
「これはなんだ?薬か?」
「酔い止め。飲んでおくと良いよ。効き目は解らないけど、ないよりマシだろ?」
「助かる!」前回の船では完全にダウンしていたレオニスにとって、この薬は希望の光だった。
「さて、質のいいトレーニングと食事の後は質の良い睡眠!そろそろ寝ようか」
「そうね、そういえばアルトってトレーニング以外にも色々と拘ってるわよね?それも記憶の欠片の影響かしら?」
「ああ、本来であればトレーニングという物はキチンと栄養を取るタイミングやその方法について多くのアプローチがあってね…」
アルトの筋肉講義が始まる。これはしばらく止まらないな、と諦め顔で話を聞く面々であった。
翌日の昼前に船が出航し、遂にローゼリアを発ちカラッゾへと入国する。薬のお陰か今回のレオニスは船酔いの影響も軽微で済んでいるようだ。少し顔は青いのだが。
翌日の朝、カラッゾの東方に位置する港町へと到着した4人は、その街並みを見つつまずは一泊をしようと宿を探した。そして街を歩いていると何やらアルトに目線が集中している。レオニスも物珍しい目で見られているのだが、アルトは一層好奇の目を向けられていた。
ここ亜人国家カラッゾは人族がほぼ存在しない。過去、帝国の圧制に苦しめられた亜人たちが自分たちの国家をつくるために帝国を脱し、この南方の土地に定住したのがこの国の始まりだ。その経緯ゆえに人族に対する目が厳しい。
幸い、リリーとシズクが同行しておりその仲も良好な事が見て取れる為、怪しまれることは無いのだが、この視線は痛いなぁと思いつつ宿へ向かう。宿の交渉などはリリーに一任した。その報がスムーズだからだ。しかしそこでもアルトに対する視線が強く感じられる。
これがこの後、彼らにとっての災難になるとは、この時誰も予想していなかった。




