第2章5幕 マッドな研究者達の自信作
神歴1593年11月、選抜の5人はそれぞれ訓練のコツを掴み日々努力を重ねていた。魔法の訓練に関しては詠唱文の変更による効果上昇を実感しており、これを続ける事で自身に相性の良い精霊との絆をより深める事に専念する。身体強化と能力強化はイメージをより固め、その効果を高める事、持続時間を可能な限り伸ばすように日々使い続ける事をアドバイスしている。
5人の中で成長の方向が決まっていたが、一人面白い成長を遂げているものが居た。兎人族のカレン・エールベルである。兎人族は戦闘を好まず平和主義なものが多い。使う魔法も補助的なものが多く地と風の適性が高いものが多い。そして亜人種の中では比較的マナ量が多いのも特徴の一つだ。
カレンは弓と短剣と魔法を駆使し、相手を攪乱する独自の魔法を次々と考案していった。相手を痺れさせる拘束する電撃魔法『スタンボルト』、弓の飛距離を伸ばすだけでなく方向などもコントロールする風魔法『エアリアルアロー』、特定の場所に物音を立てる『サウンドデコイ』の発展形で相手に位置を誤認させる為に敢えて自分の出す音を違う方向に鳴らすという『ファントムエコー』などだ。
皆が直接的な攻撃威力に注目し、既存の魔法の強化に励む中、彼女はその種族の特性のためかはたまた彼女自身の才覚なのか、自分に合った魔法の構築に勤しんでいた。それは他のメンバーにも次第に影響を与えるだろう。
カレンの魔法アプローチはアルトの発想と似ているところがあり、それを3人は褒める。魔法とは自由な発想で作れるものであるが、精霊の力は借りるもので戦うのはあくまで自身である事を自覚するように、と他のメンバーに対し発破をかけた。
こうして新しい魔法学の浸透については一定の基盤を築けたと判断したアルトは、国王へと報告へ向かう。そしてそこである話を聞かされた。王国上層部で検討した結果、魔法生物研究所は閉鎖。ところがそのメンバーが王都から姿を消し、行方不明になっているというのだ。
この狭い王国内で身を潜めるのは難しい。王都の内部か南北にある港町、そしてあの森が考えられる。そしてあのオーガが森で発生した事を考えると、あそこに研究施設を移している可能性も考えられる。
王国からの指名依頼の名目でアルト達はあの西の森へと向かった。捜索を続ける事3日間、アルトはふと森の中に違和感を覚えた。それはエルフの里の隠匿結界に似たものだ。最も、あれほど高度ではないが何かを隠しているような違和感を覚える場所があった。
その場所を中心に念入りに調べていると、不意に咆哮が響く。そして隠された研究所から巨大な影が飛び出してきた。それは紛れもなくドラゴンの姿をしていた。
「あれを作り出したってのか!?」
「ちょっと!空なんて飛ばれてたら流石に手が出せないわ!それに森に火でも放たれたらこっちだって危ないわよ!」
「アルトさん、ドラゴンを一旦森から引き離しましょう」
アルトはシズクの提案に乗る。そして3人に研究所内部に突入し、研究者達を確保して欲しいと伝えると、空へと飛び出した。
「一応、こっちも空戦の心得はあるんでね。ちょっと付き合ってもらうよ!」
そう言うとアルトはドラゴンより高度を取って飛び回り、ブレスを警戒しつつ森への被害が出ない様に立ち回る。ドラゴンも目の前の敵が脅威と判断したのか、誘いに乗ってきた。まんまとアルトの思惑に乗るドラゴンはアルトを追いかけ森の外へと誘き出されていった。
一方隠れ家である研究者内部では研究者達がどよめいたいた。それを尻目にレオニスが詰め寄る。
「お前たち!元魔法生物研究所の研究員だな!ローゼリア国王から廃止を言い渡されたにも拘らずあんなものを作り出してどういうつもりだ!」
「ついに最強の生命体であるドラゴンを生み出したのだ!陛下も我々を認めてくださる」
「あれは制御下にあるのかしら?とてもそうは見えないけど」
「それはこれからの研究次第でどうにでも…」
それを聞いたシズクがずいと前に出て大声を張り上げる
「バカを言わないでください!そんな事態ではありません!貴方達がやった事は帝国の兵器開発と何ら変わりはありません!アレはただ破壊をする為だけに作り出された物、許されない存在です!」
珍しくシズクが憤っている。
「我々の崇高な研究を帝国の無能どもと一緒にするなど…」
「黙りなさい!私達が、アルトさんがここに居なければこの森が消失していたのかもしれないんですよ!それは精霊に対する冒涜でもあります!あなた方の言葉など求めていません、ここで大人しくご自慢のモンスターが倒される様を見ていると良いです!そしてその後は身柄を拘束しローゼリアへと引き渡します!」
リリーとレオニスはその迫力に圧倒されていた。そして言いたい事を全て言われてしまい黙るしかなかった。
アルトは無事ドラゴンを平原の方へと誘き出すと、高度を下げドラゴンとの接近戦を始める。マナフィールドを巧みに扱い、ドラゴンの側まで詰め寄るとまずは機動力を削ぐ為に翼を狙う算段を立てる。上空から降りてくるアルトを狙うドラゴンのブレスを巧みに躱し接近する。
アルトがドラゴンの眼前まで近づくと、ドラゴンのはアルトを噛み殺そうとその口を大きく開ける。5mほどの距離に近づいた瞬間、アルトは大きなマナフィールドを展開。ドラゴンは大きく開けた口をそのフィールドに勢いよくぶつけた。
その一瞬の隙を使って足場を次々と作り出しドラゴンの頭を通り越し首に沿って背中へと移動しようと考えた。その時不意に(このまま首を切ってしまえばいいのでは?)と考えたアルトは試しに刃が通るか剣にマナを付与して切断を試みた。
本物のドラゴンであればその硬い鱗には通じないかもしれない。が、所詮は人工的に作られた偽物である。アルトの想像通りその鱗は噂に聞くほど硬くなく、敢え無く切り裂かれ首を落とされてしまった。巨体は塵となりながら魔石が落ちていくのをアルトは空中で拾い、元の場所へと戻っていった。
その一部始終を見ていた研究員たちは肩を落とした。自分たちの自信作がああもアッサリ倒されたのだ。そしてアルトは合流するとこう言った。
「あんなものゴーレムに比べたら鳥みたいなものだよ。ハッキリ言って雑魚。あんたたちの研究は無意味で方向性もズレてる」
「私たちの研究の日々を愚弄するか!」
「事実を言ったまでさ。自分の考えが一番良いなんて言ってる奴は、大した成果も出せないもんだ」
「お前の様な小僧に何が分かる!」
「分かるさ、だってスライムもオーガキングもドラゴンも弱かったもん」
「あれが弱い…だと?」
「弱い弱い、ゴーレムと実際戦った時の危機感の欠片すら感じないね」
そのアルトの言葉に完全に心が折られた研究者達、口々に文句を言っていたが遂には黙り込む。そのそばには不穏なオーラを纏ったシズクが立っていた。そっと距離をとるリリーとレオニス。
「…アルトさん」
「なに?シズク」
「問題はそこではありません!この方々の所業は許されないものです!」
「へ?」
それからアルトはシズクに延々と説教され続けた。そんな二人を見ながらリリーとレオニスは粛々と研究者達を拘束していくのであった。
王国へ元研究員たちを引き渡し無事に報酬を得た4人はギルドへ報告。今回の顛末について王室直々にアルトの功績を称えた文書も渡されており、アルトの昇格が決定。晴れてアルトはCランク冒険者となった。これは想定外だったが、昇格の機を逃していたアルトにとってはありがたい。
そしてアルト達はこの国での役目について終えたと判断していると国王に伝え、準備をしたのちにこの国を発ち亜人国家カラッゾへと向かう旨を進言。これを了承された。
5人の選抜メンバーに別れを告げる一行。疑似精霊魔法を習得するためには精霊語が必須であり、それには時間が掛かる。今はマナ量を伸ばし精霊との絆を大切に育て、いずれ時が来たらクリフト王国で精霊語を学ぶと良い。そう言って別れを告げる。次に彼らに会う時が楽しみである。




