第1章3幕 精霊の声
西の森は王都から森の西方の街へ向かう街道を挟むような形をしており、アルト達は北側の森で生活をしていた。
森の中を抜けながらウルと共にその道へと近づき、森の途切れる近くでウルとしばしの別れの挨拶をするアルト。
「ウル、元気でね。また絶対に会いに来るから。」
そう言ってウルを抱き撫でる。ウルも別れを惜しむように鳴きアルトに体を摺り寄せる。
「ウル、ありがとう。行ってきます!」
そう言葉をかけ街道へと駆け出すアルトを森の中から見送るウル。アルトにとって良き理解者であり兄弟のような存在との別れは切ないものであり、ウルもまた彼との別れを惜しむ様子を見せていた。アルトの姿が見えなくなるまで見送った後、ウルはシルヴィアの元へと戻っていった。
アルトが森から出ると、そこは森の東端にほど近い場所ですぐに森の切れ目が見える。不意に精霊の悲痛な叫びが頭に響く。
(誰ぞ助力を、我が子を救ってくれる者はおらぬか!)そう繰り返し頭に響く声の主は森を抜けた先から感じる。
森の外へと駆け出すと、そこには2台の馬車とそれを守る騎士が4人、そして襲撃者と思われる緑のマントとフードで顔を覆った者達が戦闘をしている所だった。
襲撃者の数は気配を探る限り10名、明らかに騎士たちの劣勢だ。声の主の精霊はこの襲撃者達から助けて欲しいのだろう。
(助けに来た。騎士たちの相手を倒せばいいんだな)思念でそう精霊に語り掛けるアルト。
(おお!そなたは、いや今はよい!頼む!)精霊の思念を受け取ったアルトは緑の覆面集団を敵と認定。まず騎士と相対していない者で馬車に一番近い者から排除を開始すべきと駆け付けながら思案する。
一方馬車の中では二人の亜人の少女が不安げに状況を伺っていた。一人は黒い猫の耳と尻尾を持つ猫人族の少女で白を基調としたドレスを纏っている恐らく地位の高い貴族の娘、もう一人は茶色い狐の耳と先端だけ白い尻尾を持つ孤人族の娘。こちらは侍女のようだ。
「私がリリー様を命に代えてもお守りします!」
怯えながらも自身に防護魔法をかけリリーと呼んだ主人の令嬢を守るように抱きしめる孤人族の娘。
「やめなさい、私は貴方の命も大切なのよ、シズク!」
侍女にそう語りかける令嬢。互いを大切に思いながらこの状況をどう打破すべきか悩んでいると一人の襲撃者が馬車へと向かってくる様子が見える。
(このままでは私もシズクも…)と絶望を感じた刹那、まさに襲撃者が馬車に手を掛けようとしたその瞬間の出来事だ。襲撃者が眼前から轟音とともに消え、そこには白銀の髪の少年の姿がチラリと見えた。
「一体何が?」そう呟くリリーだったが、その姿はすぐに見えなくなり、代わりに次々と襲撃者の物と思われる悲鳴が響く。
アルトは馬車に近づく襲撃者を目視できる所まで駆け付けており、馬車に乗り込もうと手を掛ける寸前の所でその敵にを全力の飛び蹴りを叩き込み吹き飛ばした。
その蹴りの威力は凄まじく、男の左肋骨を粉々に砕く感触と共に騎士たちの頭上を越え遥か前方へと吹き飛ばした。
すぐさま気配を探り敵の布陣を確認する。騎士の手が周らない襲撃者は残り4人といったところか。3人が馬車へと向かっており、残りの一人はアルトから見て騎士たちの向こう側から全体を見ているようだ。
騎士はそれぞれ一人の襲撃者の相手をしているようだ。まずは自由に動けそうな襲撃者たちを始末する、そう決めたアルトは馬車の周囲にいる襲撃者に次々と襲い掛かる。
敵の布陣は街道を挟むように右側に1人、左側に2人で守護霊の主と思われる者が乗っている馬車は後方の馬車、3人の襲撃者は前方の馬車を挟むような形に布陣していた。
(まず右の奴から始末する)そう考えた瞬間、敵の方へ勢いよく飛ぶアルト。
「なんだコイツ、邪魔をするなら貴様も消えろ!」
空中へと飛び出したアルトへ毒付きのナイフを投げる襲撃者、その腕は確かでアルトの跳躍した軌道を正確に捉えていた。彼は確信していた、ナイフは正確な軌道を描き空中では避けようがない。仮に体を捻ろうが、かすりさえすればそれで終わりだと。
しかしアルトは予想外の動きをした。空中をまるで歩くかのようにジグザグに飛びながら敵へと迫る。その速度は凄まじく、ナイフを避けあっという間に敵の眼前へと迫る。「ぁ?」敵は驚嘆の声も発する間もなく首を撥ねられた。
アルトは即座に空を蹴り反転。馬車の前後の間を縫って左方に陣取る相手二人へと向かう。
突如飛び出してきた謎の少年の姿に驚きつつ二人の襲撃者は戦闘態勢に入っていた。一人はアルトの正面を、もう一人はアルトの左側面を狙うように動く。それを見たアルトは正面に向かって小さく跳躍した。
「素人のガキが、飛んだら的だろうが!」
そう悪態を付きながら側面に回りもうとした襲撃者が向かってくる。正面の敵もこちらへ攻撃を繰り出す素振りを見せていた。
アルトはここでマナで作った足場を蹴りさらに上へと跳躍した。襲撃者達には消えたように見えただろう、そして巧みに空中に足場を作りながら側面に回り込もうとしていた敵の背中に剣を突き立て、また上空へ飛ぶ。
「ぐぁっ!?」と悲鳴を上げその場に倒れ込む仲間を見て、アルトの姿を目で追う敵だったが、アルトは上空に飛んだ直後に方向転換しており姿を見失っていた。
「ヤロウ、いったい何処へ…ぎゃぁ!」
アルトの姿を探している刹那、視界が真横に動き地面に倒れ込む。後ろに回り込んだアルトが胴を切断したのだ。
そしてアルトは背を刺した敵が倒れている所へ近づき、その頭に剣を突き立て止めを刺す。
護衛騎士たちは混乱の最中にあった。当初6人で護衛していたはずが突如ゴブリン達と遭遇しこれを撃退。その後に被害報告を行っている最中に緑の覆面集団に襲われたのだ。
ゴブリンを退けた直後の油断を突かれ仲間の一人が首を深々と刺され死亡。もう一名は腹部を刺され重症、あるいはもう命がないかもしれない。
敵集団の戦闘能力はそこまで高くはないように感じるが、数で劣勢な状態ではいずれ突破される。嫌な考えが彼らを支配している中、後方から轟音と共に自分達の上空を飛び越え敵が吹き飛ばされ地面へ転がり落ちる。
そして間を置くことなく次々と自分達をすり抜けていった敵の絶命する様子を背中で感じてた。
相対する敵を食い止めながら劣勢が覆された事実とそんな味方が一体どこから、という疑問を抱く。いや、今は眼前の敵を切り伏せるのが先決だ。そう思考を切り替えた時に救援者の声を聞く、それは少年の声だった。
「助けに入ります!周りの敵は掃討しました、あなた方は今の敵をそのまま!残りは任せて!」
まだ幼さを残したその声と共に白銀の髪の小さな少年が前へと飛び出す。騎士も襲撃者もその姿を見て呆気に取られていた。
アルトは騎士たちに目の前の敵に集中するように声を掛けながら飛び出し、後方の敵へと目掛け走っていた。何やら視線が集まっているような気がするがここは戦場、油断してるなら好都合だ。
「お前がリーダーかな、恨みはないけど殺すね」
そう冷たく言い放つアルト。幼い声から聞くセリフではないと違和感に似た恐怖を覚えつつも敵の指揮を執っている者が構えを取る。
「お前のようなガキに計画を邪魔されるとはな!」
アルトに正対する形でダガーを両手に構える敵。突撃してくるアルトを見て口に含んだ針をアルトの顔目掛け吹き出す。通常ならこれに反応できる子供はいない、仮に反応をしても止まるか耐性を崩すなりするだろう、そう思っていた。
だがアルトは意にも針を意にも介さず、針は額に当たると共に乾いた音を立てて弾かれ地面へと落ちていく。そしてアルトは体勢を一層低くし剣を構えて加速。
アルトは剣の間合いに入るや否や横薙ぎに剣を振る。かろうじてその剣を短剣で防ぐがその身体からは想像もできない力に敵が両手に構えた短剣は諸共弾かれてしまう。
そしていつの間にかもう一歩間合いを詰めていたアルトは既に追撃の体制に入っており、がら空きの胴を逆袈裟に切り裂く。
「ガァキ…がぁっ!」吐血と共に恨みを込めて倒れ込む敵の頭に念入りに止めを指すよう剣を突き立てるアルト。
その様子を見て取った襲撃者達は狼狽えた。騎士たちはそれを見逃さず、次々と倒されていく襲撃者達。
そしてアルトは最初に蹴り飛ばしたであろう襲撃者の命を確実に断つべく、その頭も切り飛ばす。
その徹底した戦いぶりと容姿が釣り合わない事に騎士たちさえも狼狽する。敵の始末を終えたアルトは騎士たちの方へと向かう。 そして騎士たちに倒された敵を一人、また一人と止めをさしていく。
「死んだふりしてるかもしれない。守るべきものがあるなら確実に仕留めないとダメだよ。」
そうアルトは騎士たちに語り掛ける。その目は戦いというものに対し一種の哲学を持った者の目だった。およそ少年の眼差しではない、騎士たちはそう感じ戦慄したのだった。