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第2章2幕 魔法王国ローゼリア

 ローゼリア北方の港町で準備を整えた一行は王都へと向かう。危険なスライムという物がどういうものかハッキリ情報が無いままだったが、遭遇時は討伐を試み、万が一これが難しいようであればマナフィールドで閉じ込め撤退、周り道をして向かうという意見で一致。


 道中は街道で周りに樹々はなく、注意を怠らなければ安全な道程だ。ローゼリアの王都は丘の上にあり、徒歩でも1日半程度と近い距離にある。緑豊かな長閑な風景は気分よく走れる道程だった。例によってランニングしながら移動する事3時間、丘陵地帯に差し掛かり王城が遠くに見える。


 そしてそのちょうど中間地点になぜか兵士が立っていた。近づき話しかけるアルト達だったが、後方10mほどの距離に直径5mほどの大きな穴がある。その穴に嫌な予感を覚えつつ兵士に話しかけるアルト。


「こんにちわ、私たちは王都へ向かっているのですがなぜこのような所にあなたが立っているのですか?」

「君たち、あれが見えるだろう?あれはね、巨大なスライムなんだ。ようやく穴に入れて何とか落ち着かせているんだが、これ以上近付くと穴から出てきて捕食される可能性が高い。かなり厄介な相手でね、我々も手を焼いているので一時的にこうやって見張りを立てて監視してるのさ」

「港町で聞いた強力なスライムってやっぱりこれなんですね」

 アルトはため息をつく。想定してない大きさだ、これはアルトでは分が悪いどころの話ではない。対応できるかもしれないが、身体中粘液まみれになるのは避けられないだろう。


「私たちは冒険者です。強力な魔法を放つメンバーもいます。討伐を試してみても良いですか?」

「そう言って何人も挑んだけどね。くれぐれもあの穴から出さない様に。周りこんで丘の上から仕掛けて、いざとなったら穴に落とすように立ち回ってくれ。あれがまた動き出したら対処に困るのでな」

「分かりました。やってみましょう」

 アルト達は兵士の言う通り巨大なスライムの反応距離を避け穴の反対側へと周りこみ、作戦を立てる。


「まずアイツを引っ張り出す役目、これは俺が引き受ける。でも今回は本当にただの囮程度しか役に立たないと思う」アルトはそう皆に告げる。

「それで、攻撃はどうする。俺が雷撃を放つのが最も効果的だと思うが」

「うん、まずはそれを試して欲しい。もしそれで無理ならリリーが凍結で動きを封じられるか、シズクはコアの位置の特定が可能か試してみて」

「炎で焼き尽くすのはどうですか?」

「スライムに炎はちょっと避けたいかな。確かに大きさを小さくするという意味では有効なんだけど、確実性が無いのとあれだけ大きいと蒸発した水分にも何かしらの影響があるかもしれない」

「分かりました、私は後方でコアの位置の特定と状況分析に努めます」

「よし、じゃあこの作戦でいこう!」

 そう言ってチッチをシズクに託し、覚悟を決めて穴へと近づくアルト。


 スライムはその身体が全て液体で構成されている。そしてその液体を粘性を高める、酸を付与するなどの能力を持っており、厄介な事にコアの位置を光の屈折を利用して隠しているのだ。全身にマナが流れているのでコアの特定には困難で、雷魔法が最も有効なのである。


 アルトが穴に近づき3mほどの距離まで来ると、不意にのそりとスライムが穴から出てきた。そしてその全貌が明らかになると皆が絶句した。デカい、これまで聞いた事のあるスライムとは比較にならない程の大きさだ。穴も相当深く掘ったのだろう。その巨体は小屋を一飲みするほどであった。


「これはちょっと想定外のデカさだな、みんな距離をもう少し取って!」

 その巨体に引きつつも指示を出し、動きに注視するアルト。奴らは至って単純だ。覆いかぶさるか粘液や酸を飛ばしてくるか程度の攻撃パターンしか持ち合わせていない。しかしこの巨体である。それすら喰らえば致命傷になりかねない。


 今回は魔法攻撃に専念する役となったリリーとレオニスは既に疑似精霊魔法の詠唱を終え、精霊が待機している状態だ。これに能力上昇魔法のみ使用している。少しはマナ消費量が抑えられるだろう。そして作戦通りその巨体を引き摺り出したアルトが注意を引いている間、イメージを固め精霊に助力を願う。『(いかずち)』そう精霊語の詠唱をすると風の精霊が空気の層を割き道を作り、地の精霊が電激を放つ。


 それはスライムに確実にダメージを与えた。通常のスライムやモンスターであればその時間は一瞬で良い。だがこの巨体には、電撃を流し続けコアが耐えきれなくなるまで継続しなければならない。雷を扱う魔法は極めてマナの消費が激しい。精霊の助力を得るための疑似精霊魔法となればなおさらだ。これはレオニスと巨大なスライムの根競べになる。


 待つ事十数秒、レオニスはマナを振り絞りスライムに電撃を浴びせていると不意にスライムのマナが消失していく。どうやらコアまで届いたようだ。リリーの出番はなくこの化け物スライムを倒す事に成功した。その場に転がり落ちる魔石を拾うアルトは違和感を覚えた。この魔石は極めて正負のバランスが安定しているのである。


「レオニス!お疲れ様、大丈夫か?」

「あぁ、かなりきつかったけどな。もう今日はしばらく魔法を使えそうにない」

 どうやらギリギリのところまで粘っていたようだ。この男はマインドダウン覚悟で絞り出していたのかとアルトは内心あきれ返った。

「レオニス、頑張ってくれるのはありがたいけど戦闘では余力を残すべきだ。想定外の事態や襲撃にあった時にピンチになる」

「そうだな、ちょっと意地になり過ぎたかもしれん」

「でも助かったよ、ありがとう」

 そう語っていると兵士がやってきた。


「君たち凄いな、あんな強力な雷魔法は始めて見たよ。我が国の宮廷魔法使いに頼もうと思っていたのだが、手間が省けた。一筆書くから後で報奨金を貰うといい。何よりコレで俺たちも宿舎でゆっくりできるってもんさ!」

 兵士は笑顔でそう言うと、ことの顛末を書いた報告書を用意してくれた。


「ありがとうございます」

「ところで君たちは王都へ何をしに行く予定だったんだい?」

「私たちはクリフト王国から来た者です。女王陛下の勅命により国王陛下にお会いする為、この国に立ち寄りました」

「なんだって!?君たちのような若者がクリフト王国の使いの者だったとは、失礼した。本来の目的のみならず我が国の問題への助力、感謝する!」

「いいえ、我々は国は分かれても元を辿れば同郷の民。助け合いは当然ですよ」

「ありがとう。例と言っては何だが、私が王都を案内しよう。ついて来てくれ」

「お願いします」

 兵士に連れられ、王都へと入るアルト一行。門番に女王直筆の特使である証明書を見せ、王都へと入る。兵士は色々な施設を説明しながら王城への道を教えてくれた。特にそこそこ安くて質のいい宿の情報は一番助かるものだ。


「では私はこれで任務に戻るとするよ。報告も急がねばならないしな」

「案内ありがとうございます、助かりました」

「なに、スライムを見張っているより余程楽しい時間だったさ」

「それはそうでしょうね」

 アルトと兵士は笑いあった。兵士には特使としてこの国に来ている事と今日は仲間が疲弊している為、後日改めて謁見を申し込む旨を伝えて欲しいとお願いし、宿へと向かう。一泊する手続きをした後、宿近くのおススメの食堂で腹を満たし休む一行であった。




 一方ローゼリア王国の内部ではあの兵士からの上申を受け、ヒュージスライムが討伐された事が話題になっていた。なんでもまだ成人したばかりのような若者が、雷撃魔法による一撃で倒したというのだ。その威力もそうだが十数秒それを放ち続けた事も驚嘆に値する。


 この魔法王国ローゼリアは研究者肌の人間が多い。皆魔法の追及の為に新天地を求め、それぞれが日々得意分野の研究を行っている。それは国政に関わる者たちも同様で、他の国では考えられないが魔法に関しては一般の国では宮廷魔法使いに匹敵するような者たちばかりなのである。


 それは国王とて例外ではない。王族は魔法学を幼いころから学んでおり当然その力量も高く、さらに言えばこの国の宮廷魔法使いは皆ハーフエルフという正に魔法が重要視される国家なのだ。レオニスの噂はあっという間に広がった。そしてそんな者達がクリフト王国女王の勅命を受けて旅をしているとなると、どんな人物なのかと噂でもちきりになった。




 翌日、朝食を済ませた一行は早速王城へと向かう。門番の騎士に用向きと勅命である事の証明書を見せると騎士の目の色が変わる。そして歓迎ムードで中に通される一行。スムーズなのは良い事だがなんだか不思議なほど歓迎されているのはあのスライムのせいなのだろうか?とアルトは考えた。


 謁見の申し出を行い順番を待つ事十数分、お呼びがかかり謁見の間へと通される。謁見の間へ入るや否や周囲がざわついており、皆がレオニスを見ているようだった。


「クリフト王国より参りました。アルト・ハンスガルドと申します。この度は拝謁の機会を頂きありがとうございます」

「アルト・ハンスガルドよ、よくぞ参られた。聞けば陛下からの特使と聞くが…その前に聞きたい事がある」

「なんなりと」

「あのヒュージスライムを倒したものは後ろの者か!?」

 アルトはその勢いにキョトンとしてしまったが、すぐに気を取り直す。


「はい。紹介いたします。レオニス・フォルトハートです」

「ただいまご紹介に預かりましたレオニス・フォルトハートと申します」

「そなたか!して、そなたが使った魔法とは『ライトニング』で間違いないか?」

「い、いえ。あの魔法は独自に我々で考案した疑似精霊魔法によるものです」

 謁見の間がざわついた。それはそうだろう。疑似精霊魔法はクリフト王国でも自分達しか使えないのだ。存在そのものが知れ渡っていない。


「疑似精霊魔法!契約をしてるのか?いないのか?」

 国王は前のめりに質問をしてくるが、それを側近とも思われる者が静止してくれた。

「陛下、まずは謁見の内容を聞かれるのが先決かと」

「おお、これは失礼した。そなたの魔法が王宮で噂になっていてな、気になってしまいつい興奮してしまった」

 アルト達一行は跪いたままこの国の魔法に対する情熱に圧倒されていた。


「してアルト殿。貴殿からの話を聞かせてもらおう」

「はい、先日我が国はガレリオン帝国からの宣戦布告の後、侵攻を受けました。その際、帝国側が用意した巨大なゴーレムに圧倒され、危うく砦の陥落、ひいては王都への侵攻を許す可能性まである状況に陥ったのです」

「その報は我が国にも届いておる。しかしこれを退けたと聞くが?」

「はい。私も含め何とか砦前で敵の侵攻を食い止め、我が国が誇る賢者シルヴィアによりこれを撃滅。宣戦布告を取り下げさせることには成功しました」

「そなたも戦場に出たと?」

「はい。その内容についてはおいおいご説明させていただく機会を頂きたく、まずはこちらをご覧ください」

 そう言ってアルトは謁見の間に入る前に預けたマジックポーチから取り出しておいたゴーレムコアを差し出す。


「これは一体なんだ?何かの魔道具のように見えるが、わが国でもこのような物は始めて見る」

「恐らくですが、ゴーレムを動かす動力、もしくは動かす為の術式が組み込まれた物かと思われます」

「このミスリルの球体がゴーレムの中核をなしていたと」

「左様です。今後ゴーレムの量産、あるいはそれを凌ぐ脅威が現れないとも考えられません。そこで女王陛下から貴国の協力の元でこれに対抗しうる新兵器の共同開発のご提案と、帝国の侵攻に対する安全保障条約の締結を結びたく」

「なるほど、状況は理解した。新兵器とやらについては何か具体案が?」

「はい、ございます。それにはお渡ししたコアの技術が役に立つと思い、貴国の優れた魔法技術のお力をお借りしたいと思っております。また、先ほど陛下が興味を持たれた疑似精霊魔法や我が国で実際に行われている新しい魔法学のアプローチについても情報交換をさせて頂きたく存じます」

「なるほどなるほど、それは興味深い。承知した!では日取りを改め具体的な内容について話を聞かせてもらおう」

「ありがとうございます」

「疑似精霊魔法とやらについても教えてもらえるのだな?」

「はい、もちろんございます」

「それは大変楽しみだ、期待しておる。追って使いを出す。今は宿に泊まっているのだろう?」

「はい。スライムを見張っていた兵士の方が親切に良い宿を紹介してくれまして、そちらに滞在しております」

「では宿に使いの者をよこす、それ以降は王宮で過ごされよ」

「ご配慮くださりありがとうございます」

「よい。では聞きたい事もあるなか名残惜しいが、本日はこれで下がられよ」

「はい。失礼させていただきます」

 そう挨拶しつつ、アルトはこの国って本当に魔法に熱心だなと呆れるのであった。

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