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第2章1幕 新しい旅の始まりに

 旅立ちの日の少し前の昼前、アルトは冒険者ギルドから聞いたハンスの家を訪れていた。ある決意と許可を得る為である。ドアをノックし呼びかけると中から返事が聴こえハンスの妻が顔を出す。


「あら、アルト君。いらっしゃい。何かあったのかしら?」

 ハンスの妻、エレノアはアルトを笑顔で迎える。

「はい、一つ相談というか、許可を頂きたい事があります」

「じゃあ中に入って待っててくれるかしら」

 そう促されハンスの家に入る。未だにハンスの事を思い出すとこみあげてくるものがある。だからこそ、今日はここに来たのだ。


「銀色の髪…お兄ちゃんはひょっとしてアルト?」

 長女が語りかけてきた。彼女はエレナ。ハンスご自慢の娘だ。

「そうだよ。初めまして、エレナ」

「お父さん…強かったんだよね」

「うん、強かった。いっぱい助けてもらった。俺の恩人だよ」

「そうなんだ。やっぱり…お父さんは凄いんだね!」

 エレナは目に涙が溜目ながらそう気丈に答える。そんな彼女にアルトはかける言葉が見つからなかった

「そうさ、強い人だったよ」

「ごめんね、お兄ちゃん。ちょっと私弟の様子見てこなきゃ」

「気にしないで」

 エレナは涙を見せまいと気を使ったのだろう。本当に良い子だ。


「アルト君、お茶を入れたわ。こちらへいらっしゃい」

「はい、ありがとうございます」

 アルトは席に着くと先ほどのやり取りで娘さんを泣かせてしまったと謝罪する。

「仕方ないわ。まだ心の整理がつかないのはみんな一緒。下の子だけね。あの子の存在が私達を元気付けてくれる」

「そうですよね、俺もハンスの事になると…それで話があるんです」

「何かしら?」

「俺は近々、女王陛下の勅命で各国を周り協力を求める旅に出る事になりました。そこで仲間から家名くらい名乗らないと格好がつかないと聞いて、色々考えたのです」

「そうね、私に決めて欲しいの?」

「いえ、もう実は決めています。その家名は『ハンスガルド』です」

「あの人の名前を使う許可が欲しい、そういう事ね」

「はい。ハンスはずっと仲間や家族を守る為に戦っていました。そんなハンスの力と意志を、俺はずっと忘れない。彼の意志をついで色々な人を守る決意を込めた家名です」

「アルト君…素敵な家名だわ。あの人もきっと喜ぶと思う」

「そう言ってもらえて嬉しいです。今日から俺は『アルト・ハンスガルド』として生きていきます」

「ええ、ありがとうアルト君。あの人の想いを一緒に連れて行って」

 エレノアは涙ぐみながらそう言ってくれた。これでもう、何も迷う事はない。アルトは挨拶を済ませ、トーリンの店へと向かった。




「久しぶり、トーリン」

「おお、アルトか。しばらく見ないうちに随分とデカくなったもんだ」

「成長期だからね。念のためなんだけど武器の状態を確認して欲しいのと、投げナイフを持っておこうかなって」

「分かった。剣とダガーを置いておけ。ナイフはそっちだ。見繕ってる間に見といてやる」

 しばらくして扱いやすそうなナイフを10本ほど持ってきたアルト。トーリンはチェックをすぐに終えたようだ。

「全く問題ないな。使ってた形跡がほぼみられないくらいだ。お前さんの強化魔法は凄いもんだ」

「それは良かった。じゃあこの投げナイフをください」

「そいつは弟子に作らせたもんだ、締めて銀貨1枚でいいぜ」

「ありがとう。じゃあこれでお願いね」

 アルトから会計を済ませるとトーリンはアルトに剣を渡しながらこう言った。


「ところでアルトよ、この剣の方なんだが…お前さん一体何をした?」

「何って?何か問題あったの?」

「こいつは確かにお前さんのマナと馴染んでいた物を元にしたもんだ。同じ事になるとは思っていたんだが…むしろこいつはミスリルに近い性質さえ感じる」

「銀がミスリルに!?そんなことあり得るの?」

「あり得ねぇから聞いてんだよ。普通ならこんな変化が起こる事はない。だがミスリルってのは銀がマナの影響を受けて変質したって説が一般的だ。それにしたって人が扱っててミスリルのように変化するなんて聞いた事はないがな」

「それって、凄くお得なんじゃ…」

「バカ言うな、そんなに簡単にこんな事は起きないだろうよ。現にダガーは普通の銀だ」

「よく使う剣だけがそういう変化をしているって事か」

「完全なミスリルじゃねぇ。完全にミスリルになる事はないだろうが、武器素材を多少でも変質させるとはな。師弟揃って常識外れにもほどがあるわい」

「最近色んな人に出会って、ようやくそれを自覚し始めた所だよ」

「その剣は色んな想いも込められてるんだろうよ。大切にしな」

「ああ、ありがとう!また来るよ!」

「おう!毎度!」

 必要な者はあらかた整えたかなと思案をし、ブラックヴェル邸へと戻るアルトだった。


 翌日、朝一でギルドに立ち寄り名称変更の手続きを済ませたアルトとレオニス。レオニスは家名を捨て『レオニス・フォルトハート』と名乗る事にしたようだ。必要な手続きを済ませ受け付けや仲間たち、ヨルムにも挨拶をしギルドを後にし南門へと向かう。


 南門ではシルヴィアが待っていた。

「アルト、行くのだな」

「シルヴィア!見送りに来てくれたんだね。でもここ最近、森から出すぎじゃない?」

「誰のおかげだと思ってるんだ?このバカ弟子が!」

 シルヴィアはそうアルトの頭を両拳で挟み、グリグリと捻り上げる。


「あたた!そうだね、ありがとうシルヴィア」

「分かればいい。リリー、シズク、レオニス。アルトを頼む」

「シルヴィア様、お任せください。アルトの突拍子もない行動と癖は一番長い付き合いの私がよく理解しています。変なことしようとしたらすぐに止めますから」そう軽口を叩くリリー。

「はい!私も必ずアルトさんの力になってみせます!」シズクは強い決意を力強く宣言する。

「アルトの至らないところは私がフォローに周ります。全員で必ずこの国へ戻ってくると約束しましょう」レオニスは真面目な顔で帰還を誓う。

「よろしく頼む。アルト!無事に帰ってこい。そして強くなった姿を私に見せてみろ!」

「うん、行ってきます!シルヴィア!」

 そう手を振り南門をくぐり街道沿いに南下していくアルト達。その姿をしばらく見送るシルヴィアはあの事件からアルトが立ち直り決意を新たにしている様子に安堵し、森へと帰っていった。


「そういえばチッチは連れて行くのですね。アルトさんならシルヴィア様に預けるものかと思ってました」

「こいつはその気になれば隙を見て勝手に付いてくるし、目を離すと何をしでかすか解らないからなぁ。今回は俺だけじゃなくて皆もいる。戦闘時はシズクの側にいるように言い含めるよ」

「なるほど、飼い主に似るとはよく言ったものね」

「ああ、全くだ」

「それは…そうかもしれませんね」

 3人が同様に反応する。シズクまでもが納得するのだ。間違いないだろう。憮然としながらもそれが周りの評価なのだと理解するしかないだろう。そんな様子をアルトの肩に乗った白い妖精は何食わぬ顔で聞いていた。




 道中の旅は野営をする事もあれば村の宿に滞在する事もあった。王国内ではそれほど大きな事件もなく、道中で簡単な依頼をこなして路銀を稼ぎながら実績を積んでいく。アルトは兎も角、他の3人はFランクからのスタートだ。実力からしてDランクでもおかしく無いが、それが冒険者のルールである。まずは実績を積む、これは鉄則だ。


 そして依頼のない時は軽くランニングをしつつ移動する。これはトレーニングの一環だ。この為、アルト達の王国内の移動は極めて順調なペースで王国南西の港町へと辿り着く。門ををくぐり街に入るとその眼前には海が遠めに見えていた。


「海だわ!お父様の屋敷を思い出すわねシズク」

「はい、ちょっと雰囲気が違いますが、海を見るとなんだか落ち着きます」

「そっか、二人は小さい頃は西の領主様の家で育ったんだもんね」

「ええ、海もよく眺めてたわ」

 一方のレオニスは海は始めて見るらしく、その光景に見入っていた。

「ここからローゼリアに渡る船を探さないと、一旦港に行ってみよう」

 そう言うとアルト一行は港へと向かっていった。


「ローゼリアに渡りたいんですが、一番早く渡る船ってありますか?」

「なんだ?冒険者か。依頼で急いでるんなら、貨物船の船長にでも相談してみるんだな」

「分かりました、ありがとうございます」

 港の男に適当に声をかけアドバイスを受けたアルトは貨物船が係留されている区画に足を運ぶ。


「すみません、ローゼリア行きの貨物船に乗り合いさせてもらう事は可能ですか?」

「俺じゃ判断付かねぇな。船長に相談してきな、あの船だ」

 男の指をさす船に足を運び、船員に船長の元へと案内してもらうアルト達。事情を説明し渡航費用はしっかりと払う事を伝えると、船長は了承してくれた。


 一日宿に泊まり、ローゼリアへと渡るアルト達一向。どうやらレオニスは船酔いをする体質らしく、ローゼリアに付くころにはこれまで彼が見せた顔で最も酷い有様だった。意外な弱点もあるもんだなとアルトは考えたが、今のレオニスを見るといたたまれないので黙っておく事にする。




 ローゼリアに入ると街の雰囲気そのものが王国と違った。それは建築様式などの話ではない。まずハーフエルフが多い。王国にもハーフエルフはいるが、ここローゼリアはハーフエルフには過ごしやすい国らしい。クリフト王国の南西、亜人国家カラッゾの北東に位置し、両国から海に隔たれた小国なのだが、元々はクリフト王国の一部の者たちが新しい土地へと移住した事が切っ掛けだそうだ。


 その多くは魔法の研究を生業とした者たちで、王国から離反するのではなく友好関係を保ちつつもエルフの居ないこの小さな土地でハーフエルフを積極的に集め、その比較的高い魔力を研究に役立てて欲しいと各地から移住を推薦しているとの事だった。なので別名『ハーフエルフの楽園』とも呼ばれている。


 今日はこの王都北の港町で過ごし、ローゼリアの地図や情報を入手するなどの準備とレオニスを休ませる為に一泊する事にした。その情報の中で気になるものがあった。最近王都近くの北方で強力なスライムが出現し、王都へ向かう事が危険な状態にあるという話だ。


 スライムは元々アルトが最も苦手とするモンスターである。なにせ物理攻撃の殆どが効かない。魔法が使えれば簡単に排除できるのだが、倒すのに苦労する割に魔石は大したものでなく、おまけに周りが粘液でベタベタする。天敵とも言える存在だ。


 しかし一般的には弱いモンスターの部類に入るスライムが強力と言われているのが気になる所である。ここはリリーとシズクとレオニスに任せるか…と思いローゼリアで過ごす初めての夜は更けていった。


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