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アーリア物語 ~神と白竜と私(勇者)~  作者: いちこ
第1章 クリフト王国の日々
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第1章35幕 風結の誓約

 アルトは1週間のマインドダウンという、人生初の体験から目を覚ました。通常のマインドダウンよりはるかに長い期間眠っていた。起きると見覚えのない豪華な装飾の天井、そして傍らにはシルヴィアが居た。


「シルヴィア?ここは」

「目を覚ましたか!このバカ弟子が、心配をかけおって」

 そう言うや否や、言葉とは裏腹に起き上がったアルトを抱きしめるシルヴィア。


「シルヴィア、らしくないね」

「あぁ。そうだな」

 そう言うもシルヴィアはしばらくアルトを抱きしめていた。


「それでここはどこなの?」

「王城の一室だ。東の砦で気を失ったお前をここまで連れてきた」

「東の砦…みんなは!?」

「お前の働きでな、生き残った者は無事に王都に帰還している」

 生き残ったもの、その言葉にアルトの顔が曇った。


「お前はよくやった。これは戦争だ。救える者もいれば命を落とす者もいる、残念ながらな」

「シルヴィア、うん。分かってる。分かってるんだよ」

 アルトは目に涙を貯め言葉を紡ぐ。

「でも目の前でハンスが殺された。俺は何もできなかった。力が足りなかった」

「それでも多くのものがお前に感謝している。お前は出来る事を精一杯やり遂げた」

「あの後の記憶はおぼろげに残ってるんだ。ただハンスを殺した奴らを一人残らず消してやる、そんな思いで身体が勝手に動いてた」

「私もあの場に遅れて到着したんだ。そしてお前の変貌した姿を見たよ」

「俺があんな事するなんて…棒立ちの兵士まで怒りのままに殺したんだ」

 シルヴィアは黙ってアルトの言葉を待つ。


「そして全ての力をぶつけて壊してやろうって、あんな恐ろしい力が自分にあるなんて」

「アルト…」

「俺はいつかまたあんな風になっちゃうんじゃないかって、それが凄く、怖い」

 シルヴィアはアルトの頭を撫でる。


「お前は自分より仲間を想う優しい心の持ち主だ。確かにお前は敵には冷酷な一面を持つ。そうするように私が教えてきた。それは仲間に被害を出さないためだ、そうだろう?」

「うん、でももし今度また怒りに任せて暴走してまたあんな事が起きた時、仲間に被害を出したらって思ったら、やっぱり怖い」

「そう思うなら、もっと自分の力をコントロール出来るように強くなれ、アルト。それがいつかお前の役に立つ」

「そう、だね。俺は今回の事で改めて自分の力のなさを実感したよ。もっと強くなりたい」

「お前なら人を超えた力さえ夢じゃない。いつか私すら超えると思ってるよ」

「うん、ありがとうシルヴィア。少し気分が楽になったよ」

「弟子のケアも師の務めだ。気にするな。それになんだ、お前は私の子供みたいなもんだからな」

「初めてそんな事言ってくれたね。シルヴィアにそう言われるの、なんか嬉しいや」

 アルトに笑顔が戻った。それを見たシルヴィアはまだ手が掛かるがこの子は強い子だ、きっと大丈夫と自分に言い聞かせるように心の中で呟いた。


 シルヴィアは女王へアルトが目覚めたと報告すると言って部屋を後にする。ベッドから起き上がり、寝巻からそばに置かれた自身の装備へと着替える。そして数分後にシルヴィアが戻ってきてこう言った。

「アルト、付いてこい。女王がお前に話を聞きたいと言っている」




 シルヴィアに付いていくと謁見の間でも客室でもない場所へと向かっているようだ。大きな扉の前にいる騎士に用向きを伝えるとドアが開かれた。そこには女王陛下を始め、王国の重鎮が円形のテーブルを囲むように座っていた。


「アルト、目が覚めましたか。まずは先の戦での活躍、ご苦労でした。多くの兵があなたに感謝しておりますよ。私からも軍の者に代わり感謝を伝えます」

「勿体なきお言葉、痛み入ります」

 アルトはその場に跪き、そう答えた。そんなアルトを見たシルヴィアは(ほう、様になっているではないか)と内心感心する。


「あなたをここに呼んだのは他でもありません、帝国の新兵器について直に戦った者として意見を聞きたいのです。空いているところへシルヴィア様と共に掛けなさい」

「承知しました」

 そう言うとシルヴィアと共に円卓の椅子に座る。


「早速ですが、帝国のゴーレムでしたか。その詳細を教えて頂けますか?」

「はい。あれはミスリルの装甲を持った巨大な騎士でした。通常攻撃はおろか魔法も効かないでしょう。私が対峙した先頭のゴーレムでさえ傷一つない状態で現れました」

 室内がざわめく。大よそ想定通りの答えのはずだが、やはり直接戦った本人から聞く言葉は重いようだ。


「続けてなさい」

「はい。私はこれを破壊・撃退する事は困難と判断し、自らの手段で最も効率的な手段としてマナの力場による障壁を展開し、その歩みを止める事には成功しました。しかしその巨体から繰り出される攻撃は直撃すれば多くの兵の命を奪う威力であり、私も攻撃の方向を運よく逸らせたおかげで命拾いをしたにすぎません」

「あなたの力をもってしてもこれの対処は困難だったという事ですね」

「残念ながら仰る通りです」

「シルヴィア様、あなたならこれを対処できるでしょうか?」

「正直なところ出来なくはないと思う。しかし直接戦闘をしていないのでな、確実に仕留められるかと言われるとその自信はあるとだけしか答えられんな」

「分かりました、やはりわが国でも早急に対策を練らねばなりませんね」

 すると会議に参加している内の一人が進言する。


「陛下、恐れながら申し上げます。現在の我が国の技術でそのような存在に対抗するものを作り上げる事は極めて困難でしょう。これをご覧ください」

 そう言って彼はそばに置いていた直径1mほどのミスリルの球体を円卓の上に置く。

「それはかのゴーレムの一部ですか?」

「はい。恐らくですが、その心臓部か動力部に当たるものかと。しかしこれがどのようにして作られたかは不明です。解析もどのくらい時間が掛かるか見当もつきません」

 会議に参加している面々は静まり返る。


「全く同じものを作る必要はありません。これを退ける事が出来るものが一番理想ではありますが、その侵攻を止めるだけでも効果は高く兵への被害は格段に減るでしょう」

「しかしやはり対策としてはゴーレムに匹敵するものが必要になります。一時的に凌げたとしても今回以上の戦力で攻めてくる事も想定すると、その脅威は計り知れません」

 別のものが意見をする。話は一向に先に進まない。そんな折、シルヴィアが発言をする。


「王国への侵攻についてはしばらくないと考えて良いだろう。私が帝都まで赴き、これ以上の侵略を続けるならばエルフの戦士総出で亡ぼすと宣言してきた」

「それは頼もしいですが、協力して頂けるので?」

「もちろんだ。エルフの里も王国の一部だ。帝国のような蛮族共に支配されるのは断じて認められん」

「では猶予はありそうですね。最もわが国だけの話ですが」

 そんな話を聞きながらアルトは思案していた。あのゴーレムに匹敵する存在はシルヴィアのようなエルフ達だけだ。ヴァルキリアのような力をもしエルフ以外の人類が使えるなら話は変わってくるが…と考えていると、記憶の断片に引っ掛かるものがあった。


「陛下、発言をよろしいでしょうか」

「アルト、何か妙案でも?」

「はい。今回の防衛戦では通常の騎士と兵士による防衛戦が行われ、これが通用しませんでした」

「そうですね」

「私は軍の訓練助手も務めております。仮にもし練度を上げたとしても、あの敵には苦戦を免れないでしょう。そこで一つ提案があります。ヴァルキリアに匹敵するとはいかないまでも、人が装着する事でその力を飛躍的に高める全身装備を開発する、というアイデアはどうでしょうか」

「それは具体的にどのようなものを考えていますか?」

「人がそのまま着用する、ないしより大きなものを作り直接搭乗し、それをコントロールするのです」

 参加者がざわめく。

「それにはどのような技術が必要か見当は付いていますか?」

「まず人族や亜人族がその力を引き出すには個人のマナ出力を増幅する装置が必要だと考えます。次にその増幅されたマナを各部へ伝達するためにマナを制御する装置が必要になります。最後に全体の動作を制御する装置の開発も必須です。少なくともこの3要素は必ず必要になると思われます」

「個人の持つマナ出力を増幅する、そんな事が可能なのか?」

 会議に参加している者が口走る。

「その帝国の開発した球体の技術を利用するのはいかかでしょうか?恐らくですがそう言ったものが使われているのではないかと思われます」

 円卓を囲む者たちがざわついた。マリアンナ12世は少し思案した後、アルトに告げる。


「我が国単独でそれを成すのは難しいでしょう。ですが魔法王国ローゼリアの協力が得られるのであれば、それは叶うかもしれません」

「陛下、ならばローゼリアを含む南方諸国に協力を仰ぐのはいかかでしょうか?」

 ある者が提案をする。

「ローゼリア以外の国の協力も必要と?」

「はい。恐れながら我が国の資源だけでは開発に成功しても数が揃えられないでしょう。そこでカラッゾには資源の融通を条件に、リージアには魔石や魔晶石などを含む資材の提供を条件に協力を仰ぎ4ヶ国で開発と帝国に対する安全保障条約を締結するとはいかがかと」

「確かに、開発協力と共に安全保障条約を締結するのは理にかなっていますね。それぞれの国のメリットも考えられている良い案です」

「ありがとうございます」

 マリアンナ12世は纏めるため思案する。


「アルト、あなたにその役を託してもよいですか?」

「私が諸国の交渉役、でありますか?」

「ええ。あなたの実力と人柄、そして経験を考慮しての考えです。ともに行く者の人選は一任します」

「しかし私はまだ成人前の子供、諸国がこれをどう思うか…」

「私の勅命である事を記した書簡を持たせます。まず問題ないでしょう」

「承知いたしました。その大任、必ず果たしてみせましょう」

「では準備に入りましょう、アルト。あなたには後ほど正式に勅命を下します。それまではこれまで通り過ごしてください」

「心得ました」


 アルトは王城を後にし思案する(これは大変な事になってきた、学校も途中退学になるな)と。そして足は自然とギルドへと向かっていた。会わなければならない人が居るからだ。




「アルト!無事だったのね!」

 アウロラはアルトを見るや否や駆け寄ってアルトを抱擁する。アルトを置いて撤退せざるを得なかった自分をずっと責めていたのだ。

「アウロラ、ごめん。心配を掛けちゃったね」

「いいのよ、私こそ力になれなくて…」

「エリクとヨハンもごめん」

「アルト、お前が謝る事は何もない」

「そうだ。お前は立派に役目を果たした。それは誰にもできない事だ」

 エリクとヨハンが答え励ましてくれた。


「それでその、ハンスの家族は…」

「あぁ、お前が戦場からハンスを連れ帰ってくれたお陰でな、葬式は無事おわったよ」

 ヨハンが答える。

「そう、か。俺も参加したった。今からお墓に連れて行ってもらえる?」

「もちろんだ」

 そして一行はハンスの眠る墓地へと向かう。


「あ…」

 そこにはハンスの妻の姿があった。アルトは言葉を失ったが、ハンスの妻はアルトを見るとこちらにやってくる。そしてアルトの手を握り感謝を述べた。

「あなたがアルト君ね。主人からよく話を聞いていたわ。凄い子がいるんだって」

「俺はそんな、立派な人間じゃないです」

「いいえ、あなたのお陰でハンスは私たちの元へ帰ってきてくれた。戦場では遺体も残らない人だっている。でもこうしてあの人は私たちの側で見守ってくれるわ。これもあなたのお陰よ」

 その言葉を聞いたアルトは、悲しみと悔しさに耐えきれず涙を流す。


「俺がもっと強かったら、もっとうまく立ち回れてたら、ハンスは、ハンスは!」

「自分を責めるのはよしなさい。あなたは立派、主人から聞いていた通りの良い子だわ」

「ごめんなさい、ごめんなさい」

 そう繰り返すアルトをそっと撫でる夫人。


「アルト君、あの人と最後まで一緒にいてくれてありがとう」

「俺に出来る事はそれだけでしたから」

「そんなに卑屈になったらダメ!聞いたわ、怒ってくれたのよね。それで凄い力で帝国を退けたって。夫はきっと、最後まであなたと共に戦った事を誇りに思っていたはず。あの人もあなたの行く末を見守ってる。だから前を向いてキチンと歩きなさい」

 その言葉は厳しくも温かいものだ。アルトの心に強く響いた。


「ハンスの言う通り、素敵な奥さんだ。ありがとうございます」

「まぁ、あの人ったらそんな事…」

 そこでハンスの奥さんは言葉を詰まらせた。無理もない。まだ1週間しか経っていないのだ。しかし夫人は涙をこらえて前を向く。

「私はこれで失礼するわ、アルト君もあの人に会ってあげて」

「はい。ありがとうございます」

 そう言ってハンスの妻は去っていった。


「ハンス。自慢の奥さんに会ったよ。本当に素敵な人だった」

 アルトはハンスの眠る墓の前で語りかけた。

「ハンスがくれたもの、一生忘れない。俺はハンスの分も背負って頑張るよ。だから俺を見守っててね。さようなら、ハンス」

 そう言うアルトの背中を風結の誓約のメンバーは思い思いに見守っていた。




 ギルドへと戻り事の顛末と今後について話をしていた。アウロラは今回の事で冒険者としてやっていく事の将来に不安を感じた。そしてエリクに家庭を作りたいと打ち明けたそうだ。エリクはその言葉にビックリしたそうだが、なぜビックリするのか周りはみんな理解できないでいた。本当に気付いていなかったのかと。


 そして悩んだ挙句、風結の誓約は解散する事になった。エリクとアウロラは結婚し、冒険者は引退するそうだ。今後はギルド職員として働くようにヨルマに頼んでいるらしい。


 ヨハンは冒険者を続けるそうだ。友としてハンスの家族を見守り支援したい、それが今の彼の願いだった。別のチームに参加するか新しくチームを作るか、現在は検討中だそうだ。


 そしてアルトはこれから旅に出る予定だと明かす。内容は伏せていたが、女王からの勅命である事は明かした。皆が別の道を歩むことになる。それはあの素晴らしい日常の終わりを告げるものであり、切なく寂しいものだとアルトは感じる。




 風結の誓約のメンバーと別れ、ギルドを後にしたアルトは学校へ向かう事にした。1週間も寝てたらしいのだ、さぞかし迷惑をかけただろうなと謝罪の言葉を考えながら寮へと向かっていった。

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