第1章32幕 宣戦布告
帝国の宣戦布告は今より1週間ほど前、7月8日にその方が届いたという噂だ。王国側はこれに対し徹底抗戦の構えを取っており、近々国境となっている山脈の渓谷で決戦が行われるという話だった。生徒の中に軍の家系の子女もいる。情報に間違いはないだろう。
アルトは飛び出し、急ぎ冒険者ギルドへ向かう。冒険者に傭兵としての依頼が来ていないか確認するためだ。ギルドへ到着すると風結の誓約のリーダー、エリクが居た。
「エリク!ギルドに依頼は?」
「ああ、来てる。お前はどうするつもりだ?そもそも学校はどうした?」
「授業なんて受けてる場合じゃないよ。俺は行く、この国を守りたい!」
「ああ、そうだな。もちろん俺たちも参加するぜ。すでに受付で依頼を受諾してきた。お前も受付に行ってこい!」
そうエリクに尻を叩かれ受け付けで傭兵として志願する旨を伝えるアルト。
「依頼、受けてきた。これから学校に戻って支度を整えたらギルドに戻ってくるよ」
「分かった。共に俺たちの国を守ろうぜ!」
そうハイタッチをするエリクとアルト。アルトは学校へと飛び出していった。
「ロッツ先生、ご相談があります」
「アルト君、姿が見えないと思っていたら…例の話、やはり行くのかい?」
「はい。私の力が役に立つのであればみんなを守る為に戦いたい、そう思い志願しました」
「そうか。では校長に許可を取ってきなさい。私では判断が出来かねるからね」
「承知しました!」
そう言うとアルトは校長室へと向かう。
「校長先生、アルトです。ご相談があり参りました」
ドアをノックし用向きを伝えるアルトに「入りたまえ」と中から答えるハーコン。
「失礼します」
中に入ると机に肘をつき険しい顔をしたハーコンと目が合った。
「帝国の宣戦布告の件だね。ギルドに傭兵募集の依頼でもあったのかね?」
「はい。順序を守らず申し訳ありませんが、既に依頼を受ける旨をギルドに伝えました」
「確かに個としての君の能力は高い。王国内でも今や君に匹敵する人材は多くないだろう、しかし…」
「集団戦闘に対する訓練の経験がない事を懸念されているのですね。それは理解しているつもりです」
「そうか、それでも行くというのかね?命の保証がない戦場へ、人と戦いに」
「冒険者はいつでも命をかけています。人と戦う事も覚悟しております。私の役目は冒険者の仲間と共に軍の支援をする事と心得ております」
「ならばワシが言う事はもうないの。ただ一つ約束して欲しい、無茶はするな。無事に帰ってきなさい」
「はい、ありがとうございます!」
アルトはそう元気に答えると一礼をして校長室を後にし、リリー達の元へ向かった。
「アルト!宣戦布告の話があったその日にないと思ったら、お前まさか」
「ああ、レオニス。俺は傭兵として参加する。許可も取って来たところだ」
レオニスに決意を固め既に傭兵として志願した事を伝えた。レオニスはやはり、と呆れ顔をしてみせる。
「あなたなら生きて帰ってくると思ってる。信じて待ってるからね」
「アルトさん、無事に帰ってきてください。どうか無茶だけはしないで…」
リリーとシズクがそれぞれ言葉をかけてくれる。
「ありがとう。ところで二人にお願いがあるんだけど、チッチの面倒をお願いできないかな?」
「そっか、さすがに戦場にまで連れて行くわけにいかないものね、分かったわ、私に任せなさい!」
「チッチと皆で一緒に無事に帰ってくるように祈ってます」
チッチの世話もお願いした。あとは必要な物資を調達してギルドに向かうだけだ。部屋に戻り必要なものをマジックポーチに詰めた後、チッチを連れてリリー達の元へ向かう。
「いいか、今回は絶対に付いてくるなよ。本当に危険なんだ。お前を守りながら戦う余裕はないんだから、大人しくリリーとシズクと待ってるんだぞ」
チッチは分かっているのかいないのか「キュ!」と鳴く。
「じゃあリリー、シズク、こいつを頼んだよ。行ってきます!」
そう言って3人に手を振り街へと駆けるアルト。その姿を心配そうに見つめるシズク。そしてリリーはその手でしっかりとチッチが捕まえられていた。アルトが全力で戦えるように自分が出来る事はこれくらいしかない、それが歯痒い。(無事に帰ってきなさいよ)と心の中でアルトを見送った。
野営の食料や万が一の手当てのための傷薬や包帯など念入りに用意し、思いつく限りの物資をマジックポーチに詰めた後、アルトはギルドへ向かった。風結の誓約のメンバーも集結しており、ギルドから東側の門へ集合するようにとの通達があった事を聞く。
「よし、みんな行くぞ!アルトも今回は俺たちと行動するぞ。軍の一部隊としての行動は難しいだろうからな」
「初めからそうお願いするつもりだったよ、みんなよろしく!」
「お前さんがいるなら百人力だ、頼りにしてるぜぇ、アルト!」
ハンスは笑顔でアルトの肩をポンと叩く。
「ハンスの言うとおりだ。俺もお前を頼りにさせてもらうぞ」
「ただしちゃんと指示には従ってよね!今回は混戦になる可能性もあるんだから、絶対に守って」
ヨハンが同じようにアルトの肩を叩いた後、アウロラはアルトの両肩を掴み、正面から見つめ念を押す。
「分かってるよ。頼りにしてる、アウロラ」
「頼もしくなったわね、アルト。絶対にみんなで生きて帰るわよ!」
そのアウロラの掛け声に皆で「おう!」と答え東門へと向かう一行。
東門へと到着すると、そこには傭兵隊を戦地まで送り届ける為の馬車が複数用意されていた。馬車に乗り込みおよそ3日ほどかけて戦場である国境沿いの渓谷へと向かうアルト達。時は7月15日昼だった。
一方帝国側の国境沿いの砦には既にゴーレムの搬入が完了されており、進軍準備が整っていた。渓谷への門が開き、ゴーレムと共に進軍する帝国兵。その数は約5千人であった。後続にも帝国兵が控えているが、ゴーレムの圧倒的な力があれば不要であろうとの判断で砦より離れた近隣の街に陣を敷いている。後続の総数は5万人、これが後詰として王国へ侵攻する本隊である。
対して王国側は正規軍として渓谷中央を第一次防衛ラインとして設定。5000人をここに導入し様子を見ながら兵を引く。砦と第一次防衛ラインの間に第二防衛ラインとして追加の5000人を配置。ここでさらに勢いを削ぐ。そして徐々に兵を引きながら敵の数を消耗させる作戦だ。最後に砦に集めた兵力3万人を順次ぶつける作戦だ。渓谷なので横に長いへの展開は出来ない。そこで早々に到着させた兵たちに簡易的な櫓やバリケードをある程度長く設置させ、帝国兵を迎え撃つ準備を整えていた。
そして7月18日の早朝、渓谷の中央に位置する場所で両軍が相見え、遂に決戦の火蓋が切られたのだった。しかしその決着はほんの数時間も掛からなかった。巨大な騎士の姿をしたゴーレムの侵攻を止められる手段がない王国兵は一方的に蹂躙され、第一次防衛ラインは瞬く間に突破される。
作戦など通用する状況ではなく敗走する兵たち。それを追撃してくる帝国兵とそのゴーレム。状況は圧倒的に帝国側が有利だった。そして7月18日夕刻には第二次防衛ラインの前へとゴーレムと帝国兵が迫っていた。ここが突破されれば砦とその隣接する東の街が蹂躙され、王都も危険にさらされる。王国兵は何としてでも帝国を退けようと必死に抵抗をしていた。
アルト達傭兵団を乗せた馬車はもうすぐ東の街へと入る所まで来ていた。そして夕刻、砦に到着し現状を説明され、皆が動揺する。そして傭兵隊には砦での決戦の可能性が高くなるため、いち早く第二次防衛ラインの撤退の支援を行うように指示があった。アルト達は急ぎ準備を始め砦から渓谷へと入る。まだ敵の姿は見えないが、ここから急いで第二次防衛ラインをめざし、一人でも多くの兵を撤退させながら自分達も引く、とんだ初陣だなと内心思いつつもアルトは気合を入れ直す。
傭兵隊が進軍して行く最中、進軍方向から土煙が上がっているのが見える。味方が撤退しており、それを追撃してる帝国兵が来たのだ。だがその中に巨大なミスリルの騎士の姿が見える。あれが原因で戦線が崩壊したのだ、と皆が悟った。
「あんなものをどうやって止めればいい?あれはミスリルで覆われている、魔法だって効かないんじゃないか?」
傭兵団の中からそう声が聴こえた。恐らくそれは事実だ。魔法が通用するならここまで一方的な進軍を許す事はないだろう。しかしアルトは考える。マナフィールドを使えばどうかと。
「ゴーレムの相手は俺がする!みんなは撤退を手伝ってくれ!」
「銀剣!いくらお前でも無茶だろあんなの!」
冒険者ギルドの仲間がそう叫ぶ。
「アルト、生き残るつもりで行ってるんだよな?倒せる倒せないでなく止められると確信があってそう言ってるんだよな?」
ハンスがアルトにそう確認をした。
「正直言うと、多分できる…と思う。確実とは言えないけど、自分とみんなの安全を第一に考える。それを心がける!アウロラ、全体の指示を後方でお願い!」
「任せなさい!私が下がれっていったら絶対下がるのよ!」
「もちろん!アウロラに怒られるのは帝国のアレより怖いからね!」
そんな冗談で何とか場を和ませようとするアルト。
「ハハッ!間違いないな!俺たちは俺たちの出来る事を、自分の命を最優先に行動しようぜ!」
エリクはそう傭兵団のみんなを鼓舞した。




