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アーリア物語 ~神と白竜と私(勇者)~  作者: いちこ
第1章 クリフト王国の日々
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第1章30幕 多忙な日々と平和の裏で

 アルトは女王からの指示で軍組織の訓練についてのアドバイザーとして、軍訓練助手の立場に就いた。学生であり冒険者であり軍訓練助手というこれまでよりさらに忙しい毎日を送る事になる。


 軍の訓練は学校から既に情報共有がされているのか、アルトの発想や経験を取り入れたものになっていた。しかし騎士も兵士もアルトの思考を知らない。生徒たちとは違い資料を読んだだけでは理解できない部分が多いようだった。


 そこでアルトは実演や説明、主に上官の立場にあるものへのアドバイスを行い、徐々にその内容を浸透させていく事にする。一般兵は中々苦戦しているが騎士たちの多くは理解が早かった。特に魔法兵団からは詠唱文の変更について多くの質問を受けた。彼らにとって例え精霊をどんなに敬っていても、詠唱文を変更しその敬意をより強く伝える事で効果に変化が出るというアプローチは革新的だったからだ。


 訓練の様子を見ること数か月、この分なら一年もすればある程度は全体的な底上げになるだろう、アルトはそう感じる。何も全ての事を実践する必要はないのだ。それぞれの役割に適したものを取り入れるだけで組織的な戦闘には十分な効果が期待できる。何よりこの訓練による副次的な効果としてマナ量の上昇が考えられるからだ。


 しかしその考えは誤りだったと後に判る事になる。1年経つ頃にはマナ量が伸びた者、ほぼ変わらないものとハッキリと別れていた。それは年齢だ。20歳までを目安にマナ量の伸びが次第に悪くなり、20歳以上の者はほぼ横ばいという結果が出たのだ。


 これによって一つの仮説が立てられる。マナ総量は20歳まで伸び、その訓練内容次第で増加率は大幅に変化する事、増加ピークはおおよそ18歳で20歳までは伸びるが、それ以降はマナ量の増加の可能性は低いという事だ。


 20歳以降は魔法の練度を高める事に意識を割く、それまではある程度雑でもいいからとにかくマナ量を多く使う訓練を行う、これが最も効率的な魔法訓練であるという事が最適解なのではないか?という事だ。そして事実、これは後の魔法学の常識となったのだ。




 軍訓練助手を務める一方、アルトは学生として進級し2年生となっていた。学生としてのアルトは相変わらずの日々でAクラスの面々と研鑽を積み、時には新魔法のアイデアを試し、そしてその度に好奇の視線を浴びるという、もはや定番の流れが出来上がっていた。


 Aクラスの面々のみならず、他のクラスも活気に溢れており、その熱は学園全体に広がっていた。新入生や上級生からもよく声を掛けられるようになるアルトはもはや学校名物だ。


 そして軍訓練補助が無い日は冒険者として依頼をこなす。風結の誓約の面々も順調に依頼をこなしており、暇があれば共同で依頼を受ける事もしばしばあった。その度にハンスに絡まれ、アウロラが静止するのも定番のやり取りである。


 この頃になるとアルトもメンバーの一員の様に馴染んでおり、依頼達成の打ち上げでヨハンが前に出た際の戦いぶりを見て「脳筋魔法使い」と呼び始め、その度にヨハンに締められるという新しいやり取りも、もはやギルド名物となっており、アウロラの立場はより重要になっていた。




 一方、そんなアルトの日常の裏ではハイランド伯爵の背信行為の疑いについての調査が進められていた。これは王国諜報部が担当する事になり、ルカスは簡単に動きが出来ない状態へと追い込まれている。


 諜報部の実動隊は特に優れた素質を求められる。まず体術や武芸に優れており強化魔法が得意である事、そして火と風の属性に適性が高いメンバーで構成される。理由は火属性は光を扱う属性でもあるため、自身の姿を隠す『ミラージュベール』と空気の伝達を防ぎ音を消す『サイレンス』と会話を明瞭に聞き取る『ウィスパーアンプリファイ』を利用した監視を行うためだ。いずれも高度な制御技術が必要で中級扱いの魔法である。


 彼らにかかってはどんなものであれ秘め事など出来ようがない。そしてルカスを直接監視するこの実働隊に加え国内の正道教徒や帝国出身者についても洗い出され、その身辺の調査が進められている。王国内における背信行為を行う者たちの包囲網は確実に狭まっていた。その罪が白日の下にさらされるのも時間の問題だと思われる。


 気になる情報として、帝国へ侵入した諜報部隊からの情報によると、帝国で勇者を迎える儀式に失敗したという噂、帝国内部で強力な新兵器が開発されているという噂があるという事、そして次期皇帝候補の中に神託を受けたものが居るという事だ。もっとも、肝心の次期皇帝候補の方はそれほど目立った動きもなく、あまり期待されていないという事だった。




 そんな中、マリアンナ12世はシルヴィアに助言と世間話をする為に王室専用魔道具『風の便り』を使ってシルヴィアへコンタクトを取っていた。これは緊急度によって手段が分かれており、風の精霊を介してシルヴィアに直接コンタクトが取れるものだ。

 至急の助力の要請は精霊に音速で伝えるように、直接話をし助言を求める場合は精霊に言葉を託すのみ、それ以下の要件は精霊を介して鳥を制御し文書で伝えるものである。


 今回は急ぎではないが直接助言を求める為、相応のマナを込め風の精霊に言葉を託した。アルトに合ってシルヴィアと話がしたくなったという事もある。二日ほど経ってから女王の執務室にあるベランダにシルヴィアがやってきた。


「久しぶりだな、『マリーちゃん』」

「シルヴィア様、もう子ども扱いは辞めてください。私はもういい年をした大人です」

「ふふ、それはすまない。だが私のような存在も女王には必要だろう?」

「それはそうですが…」

 シルヴィアは女王に軽口を叩く。マリアンナ12世にとって胸襟を開き話せる数少ない人物であり、かつての師でもあり、姉かもう一人の母のような存在だ。実際、文句は言ってみるものの『マリー』と呼ばれて悪い気はしていないのだ。『ちゃん』は外して欲しいのだが。


「それで、相談事とはなんだ?」

「はい、王国内部で帝国と繋がりを持っている者が要る件について意見を伺いたくてお呼びしました。あとアルトと会った事もあって折を見て直接話をしたかったというのもあります」

 アルトに会った、この言葉に強い関心を示すシルヴィア。


「ほう、あいつに会ったのか。どうだ、女王から見てあいつの印象は」

「そうですね、年齢からは考えられない堂に入った態度と実績、その裏には年相応の顔も併せ持つ不思議な少年、そう感じました。シルヴィア様の元で育った事もあって精霊を大切する考えや真っ直ぐ過ぎるほど自身の信念に従って行動するような印象も受けます」

「なるほどな。私は作法に疎いのでてっきり粗相でもしでかしたかと心配したぞ」

「それは王都に来てから騎士ヴィクターと関わる中で学んだのではないかと」

「だがそれだけではないだろうな。お前にはアルトについて話をしていなかったな」

「ええ。シルヴィア様の弟子という話だけは配下の者から聞いておりましたが」

 シルヴィアは少し考え、決意したような表情でマリアンナ12世に語る。


「やはりお前だけには伝えておかねばなるまい。この話はアルトとその友であるリリー・シズク・レオニスという者たちだけに伝えている内容だ。くれぐれも口外は避けてくれ。例えお前がどれだけ信用している部下だとしても、だ」

「承知しました。お聞かせいただけますか」

 そしてシルヴィアはアルトの過去から10歳までの期間の話をマリアンナ12世に伝えた。


「まさか彼が神に遣わされた勇者だとは、思いもしませんでした」

「あくまで可能性、だがな。だが私はほぼ間違いないと思っている」

「その理由を伺っても?」

「クリフトと同じなんだ、アイツは。私とマリアンナと会話している時にここと似ている別の世界の記憶があると言っていた。その世界に魔法は存在せず、エルフや精霊は実際に見た者が居ないと語っていたんだよ」

「先代の勇者様と同じ…ではアルトは別の世界から呼び込まれた存在という事ですか?」

「ああ、アルトは自身に関する記憶がない。それはクリフトも同じだった。だが技術や文化などの知識は残っていた。そしてクリフトと違い、アルトが持つ知識はどれも私達の世界では考えも及ばない未知のものだ。あいつ独自の魔法解釈や作法についての知識も、恐らくその残った記憶を使ったものだろう」


 マリアンナ12世は言葉を失う。アルトの特異性は理解していたが、それが勇者の力によるものだったとは思いもしなかった。だが歴史上400年に一度災厄の王が現れ前回の出現からもうすぐ400年経とうとしているこのタイミングで、神より勇者が遣わされるはずの今回の儀式では帝国はこれに失敗しているという話もある。しかし実際は儀式は失敗に終わったのではなく何かの理由で王国に遣わされたのだとしたら合点がいく。


「ただな、アルトはクリフトとは違い神を盲信するような考えは持っていない。むしろ真逆でそういった存在を嫌悪している節があるんだ。クリフトの末路は知っているな?」

「はい、その末路を見た初代女王陛下がこの国を建国した事は代々伝え聞いております」

「私もその場にいた。そしてマリアンナと一緒にクリフトのマナが吸収され消えていく様を見ている事しか出来なかった。これだけの力があっても、何もできなかったんだ」

 シルヴィアの表情は苦虫をかみつぶしたようなものだった。当時の事を思い出しているのだろう。こんなシルヴィアをマリアンナ12世は初めて見た。


「アルトはクリフトと違いそう言った影響が見られない。ならば今回こそアイツを生きて帰ってくるように私の知る限りの全てを、アイツに可能な限りの生存の可能性を与えてやりたいんだ」

「そう…だったのですね。私はこれまでアルトの能力の高さを買って将来王国に仕えてもらいたい、そう思っていました。ですが、考えを改めます。私もシルヴィア様の考えに賛同いたします」

 そしてマリアンナ12世はシルビアを真っ直ぐ見つめこう言った。


「王国建国の理念であり、初代女王陛下の悲願でもある勇者の悲劇を繰り返さない平和な未来、実現させましょう」

「マリーちゃん、ありがとう」

「ですからせめて『ちゃん』は辞めてください、シルヴィア様!」

「ふふ、ではこれからは『マリー』と呼ばせてもらおうか」

「そうして頂きたいです。あ、皆の前以外ですよ!」

「分かっている、いくら私でもそれくらいは弁えているさ。しかしお前は本当にマリアンナそっくりだ」

 シルヴィアは意地悪く笑った。


「アルトにも同じようなこと言われました。雑談している際に庭園の像を見てそう思ったと」

「確かにあの像はよく出来ている。私が言うのだから間違いない」

 シルヴィアは胸を張って答えた。それはそうだ、実際に共に過ごしていたのだから。


「では話を変えて王国内部の情報について相談させてください」

「ああ、聞こうか」

 こうしてアルトの知らぬ裏で事は着実に進んでいた。

今回のお話は時系列が行ったり来たりしちゃいました。ちょっと読みにくいかなと思うのでのであとで修正するかもです。

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