第1章29幕 新魔法への挑戦と女王への謁見
暗殺者ギルドの一件から暫く平穏な日々が続く。相も変わらず学業に冒険者にと忙しい毎日を送るアルト。リリー・シズク・レオニスらも新しい試みに挑戦する毎日を過ごしていた。
そんな中、アルトは新しい魔法のイメージを固め、実験を繰り替えしていた。それは『マナの剣』と『マナの翼』である。
『マナの剣』はまず何も持たずに刀身を形成する事から始めるが、これは失敗に終わった。イメージが上手く出来ず、刀身を作るまでにも至らなかったのである。
そこでアルトは自身の剣に強化魔法とは別に薄いマナの膜を作り、その刃の薄さを極限まで薄くしたり、振動させてみたり、マナの粒子を纏わせてみたりと工夫を重ねる。今のところどれもあまり効果は得られていない。
『マナの翼』は自身の背中に羽を形成する試みである。羽ばたくのではなく滑空する目的だった。これも一筋縄ではいかず、何度も地面に叩きつけられては高所へと昇るを繰り返しているが実現には至らない。
そんな姿を見てリリー達を含む皆が好奇の視線を注ぐが、アルトは一旦こういった試みを始めると納得がいくまで試すタイプなのだ。どちらも記憶の断片を探って試してはいるものの、そうそう都合よく上手くはいかないものである。
数日経過した時、マナの剣だけは一定の効果を得るに至った。マナの粒子を高速振動させ纏わせるという斬撃を強化する魔法の開発に成功したのだ。これをアルトは『マナブレード』と名付けた。
一方マナの翼については一向に進まないでいた。そしてアルトは気付いたのだ。仮にもし滑空に成功したとして、それがシルヴィアのような存在になんの意味があるのか?ただの的ではないか?という事に。
「一方は成功、一方は不発かぁ」
そう呟きながらも新しいアイデアを探るアルト。そこでふと思いついた。マナの盾をもっと柔軟に活用できないかと。現在のマナの盾は厚みを考慮せず本物の盾と同じような厚みでイメージをしていた。これをもっとバリエーション豊かに変化させることが可能なのではないか?と。
記憶の断片を探る。例えばマナの盾に衝撃を吸収するような弾性を持たせる、弾力をさらに高め足場を形成する際に反動を付けられるようにする、敢えて二重にする事で表面部分で一度勢いを殺し二枚目でさらにダメージを軽減する、自分へ向かってくる相手へ視認しにくい小さい盾を形成して接近を阻害するなどいくつかのアイデアが思い浮かぶ。
そしてこれらの試みを全て実践した結果、期待する効果をすぐに得ることが出来た。そしてさらにブラッシュアップをする。マナの盾を極限まで小さくする事で全身を覆い、かつ二重装甲にする事で耐衝撃性と防御を高めるという魔法。これは思いついたものの難航した。マナの鎧を形成するにあたり布の動きが邪魔なのだ。
表皮に形成するにしても布の様に動く部分には展開が出来ない。そこで上半身と首、そして胴体に腰回りと脚に展開する方法へと発展させる。衣服の下に展開するのだ。何度か部屋で実験をしては服を破いてしまったが、動き回りつつこれの制御にも成功した。アルトの新魔法「マナアーマー」の完成である。
ここでアルトは魔法をいったん整理しようと考えた。以下のように分類できる。
【常時発動魔法】
・身体強化(筋力増強+骨硬化+皮膚硬化+衣服硬化)
・能力強化(思考速度+反応速度+感覚強化)
【任意発動】
・武器硬化
・マナブレード
・マナアーマー
・マナの盾
シルヴィアやそれに匹敵する相手にはまだ物足りないが、今までよりやれることが増えたのはよい事だ。マナブレードやマナアーマーを名付けたので今後はマナの盾を『マナフィールド』と呼ぶようにしよう、そうアルトは思い立つ。マナフィールドの種類は多岐にわたる。
・単純形成(今までと同様)
・ドーム形展開
・円、四角などの筒形状展開
・衝撃吸収
・弾力付与
・二重展開
・トラップ展開
こう並べるとずっと手数が増えたと感じる。取れる戦術の幅も広がった。相手の足場を崩すのに衝撃吸収や弾力付与を地面に展開するのもありかと様々な応用方法を考えるアルト。あとは飛ばせるような攻撃があればと考えたが、無い物ねだりをしても仕方がないと今はこれで満足する事にした。
アルトは10月にはロッツへの知識共有を終え、11月にはロッツが編纂したものが全体に公開される。これまで伝え聞いていた物を確認しながら授業に活かす体制が整ったのだ。Aクラスのみならず学年全体で益々盛り上がりを見せ例年以上の成果を出す様子を見て、ハーコンはこの成果を翌年の1月に王国へ提出する。
そして時は流れ2月も半ばという時期、アルトは王城へと赴いていた。女王直々の召喚を受けたのだ。王都での生活も長くなり王城は遠くからよく眺めていたが、まさか自分が王城に入る事になろうとは思ってもいなかった。貴族との会話も随分慣れたものだが、流石に女王陛下への拝謁は話が異なる。
城門を目の前にアルトは生唾を飲み込む。門番の騎士に召喚より参上した旨を伝えると、重い音を立てて城門が開く。その奥には石畳の通路の横に整えられた庭園が奇麗に映える美しい光景が広がる。しばらく進むと噴水があり、中央には像が建てられていた。初代女王の石像だろうか、シルヴィアから聞いた事があるが聖母と呼ばれたその姿を称える見事な像だった。
この城は攻城戦などの考慮はされていないのだろうか?と考えつつ開けた庭園を抜けいよいよ王城の入り口へとたどり着いたアルト。そこにはヴィクターが待っていた。今日ほどヴィクターの存在に感謝する事はない。
「ヴィクター様、女王陛下から召喚を受け参上いたしました」
「さすがのアルト君も緊張しているようだね」
ヴィクターは意地悪く笑う。
「それはもちろん、初めてヴィクター様にお会いした時よりも緊張しています」
「それだけ冗談が言えれば大丈夫さ、案内するから付いておいで」
冗談でもないのだけれど、と思いつつヴィクターに案内され場内を進む。
謁見の間の前まで辿り着き、ヴィクターは用向きを伝える。
「陛下、アルトを連れて参りました」
「通せ」
中から男性の声で入るように促されドアが開かれた。壇上には庭で見た像によく似た女性が威厳たっぷりに玉座に座っている。
「失礼いたします」
アルトはそう言い謁見の間へと入る。
「女王陛下、召喚に応じ参上いたしました、アルトと申します」
「森の賢者の弟子、アルトですね。よくぞ参りました」
アルトは跪き礼をする。凛とした声が謁見の間に響いた。
「今回あなたを呼んだ用向きから伝えましょう。アルト、あなたは魔法学校において多大な貢献をしていると聞いています」
「お褒め頂き光栄に存じます」
「そこで私からあなたに一つ頼みたい事があるのです」
「何なりとお申し付けください」
「騎士団の訓練について、訓練補助をアルトに担当してもらいたいのです」
「私が騎士団の訓練の補助でありますか?」
「ええ、あなたの革新的な魔法解釈を騎士団にも広めたく考えての事です。受けてくれますね」
「はい!私の力がお役に立てるのであれば、何よりの光栄でございます」
「結構。それともう一つ、これは命令ではなくお願いなのですが良いですか?」
「はい、何なりと」
「このあと少しの間、私とお話をしてください。個人的にあなたに興味があるのです」
アルトは一瞬呆けたがすぐに気を引き締め回答する。
「そのような機会を頂き光栄です。是非ご一緒させて頂きたく存じます」
「ありがとう、では後ほどお会いしましょう。ヴィクター、アルトを客室に案内してください」
「ハッ!仰せの通りに」
ヴィクターに連れられ客室へと通されたアルト。ジェスチャーで頑張れとアルトにサインを送ったヴィクターは部屋を出る。しばしの間、心臓の音が空間を支配していると思えるほど緊張した面持ちで1人客室で待つアルトの元に女王 マリアンナ12世が入室してきた。
「アルト、そう緊張なさらないで。ここは謁見の間ではありません。畏まらなくてもよいのですよ」
「とんでもないです!改めてこうしてお話させて頂く機会を頂けた事に感謝いたします」
「ふふふ、あのシルヴィア様とは大違い。さぁお座りになって。お茶でも飲みながらお話を聞かせてください」
「はい、失礼いたします」
そう言って女王と対面する形で座るアルト。改めて近くで見ると威厳を持ちつつもどこか優し気な雰囲気を持つ美しい人だ、そう感じた。
「王都での生活は如何ですか?色々と苦労をしていると聞きました」
「王都の方々は優しく、とても有意義な時間を過ごせています。多少事件もありましたが、それも良い経験になったと今では感じております」
「王族とシルヴィア様の関係はご存知かしら?私も一時シルヴィア様の元で教えを受けた事があるのですよ」
「陛下もそのような事があったのですか?さぞ大変な目に合ったのではないですか?」
「ふふ、そうですね。あの方は本当に厳しくお優しいですから、適度に加減しつつもそれはもう容赦なく」
「じょ、女王陛下にまでそのような仕打ちを…私もつい数か月前に森へと帰ったのですが、成長した姿を見せると途端に容赦なく叩きのめされました」
アルトは苦笑した。
「本当に変わりませんね、あの方は。強く聡明で誰にも媚びずこの王国の行く末を見守って下さる頼もしい存在です」
「確か初代女王陛下との約束だと聞いております」
「ええ。建国以前から初代女王陛下と旅をして災厄の王を共に討伐。その後に建国した際に協力を頂いたと。以来、王族は代々シルヴィア様の元で一定期間修行をする習わしがあるのです」
「はい、その話は私も聞きました」
そこで女王の視線がふとアルトの顔から外れる。
「ところでアルト、そのフードに隠れている尻尾はひょっとしてチッコリではなくて?」
女王の目は輝いていたが、アルトはギョッとしてフートをまさぐりチッチを引っ張り出す。
「どうしてお前はいつもいつも大事な所で付いてくるんだ!?」
首根っこを掴んでつい、いつもの調子でチッチを叱ってしまった。
「陛下の前で失礼を、申し訳ありません」
「構わないですよ。それよりももしよければ、その子を抱かせてくれませんか?」
「はい、どうぞ存分に玩具にしてやってください」
そう言ってアルトはチッチを女王の方へと差し出す。『玩具に』とはチッチに対するキーワードだ。これを言う事で相手が悪人でない限りチッチは大人しく撫でられる。見返りにアルトの許しを得るのだ。
「樹の上をたまに飛び跳ねているところは見たことありますが、こんなに間近で見たのは初めて!なんてフワフワで可愛らしいのかしら」
女王の威厳はすっかり失せ、愛らしい動物を愛でる一人の女性になってしまった。これが悪戯の妖精の力かとアルトは内心チッチの実力に驚いていた。
「あら、はしたないところをお見せしてしまいましたね。この事は二人だけの秘密ですよ?」
「もちろんです!なんだか女王陛下の印象が変わりました。きっと初代女王陛下も同じような方だったのでしょうか。とても穏やかで誰にでも優しく慕われていたと聞き及んでいます」
「まぁ!私はそんなに怖いかしら?」
ちょっと拗ねたような素振りでアルトへ聞く。
「いえいえ!そういうわけではないのですが、一平民に過ぎない私はその…威厳に圧倒されておりました」
「私だって女です、こうして可愛らしいものを愛でる事だってあるのですよ?」
「シルヴィアに見習ってほしいくらいです」
「まぁアルトったら、シルヴィア様にそんなこと言ったら只事では済まないですよ」
クスクスと笑う女王にすっかり緊張がほぐれたアルトはついつい饒舌にシルヴィアに受けたこれまでの仕打ちや文句を女王に打ち明けてしまう。その度に笑ってくれる女王に、アルトは親しみとこんな人が国を纏めてるなら、この国はきっと良い国になると思ったのだった。
「陛下、そろそろ次のご予定がございます」
ドアの向こうからそう促す声が聞こえた。
「あら、もうこんな時間。名残惜しいけどまたお話する機会があるといいわね」
「はい!私も陛下とこのようにお話しできてとても嬉しく思っています」
「では本日のお茶会はここまでとしましょう」
「陛下、この度は誠にありがとうございます」
「こちらこそ、チッチと会わせてもらえて嬉しかったわ。では騎士団の訓練補助、頼みましたよ」
「はい、全力で勤めさせて頂きます!」
「ふふ、お願いね。それではごきげんよう」
「はい。陛下もお体ご自愛下さい」
「ありがとう」
そう言って女王は退出し、ヴィクターが部屋に入ってくる。
「女王陛下とのお話は大丈夫だったかい?」
「こいつのお陰で和みました。いつの間にかに付いて来てたんですけどね」
そうチッチを見せるとヴィクターは微笑んだ。
「それは何より。じゃあ城外まで送ろう」
「お願いします」
こうしてアルトは女王との初対面を終えたのであった。
その夜、女王マリアンナ12世はアルトとの対面の印象を思い出していた。
(作法は平民とは思えない程しっかりしていた、あれはシルヴィア様の教えではないわ。ヴィクターとの接点があるにしても年相応とは思えない作法ね。にも拘らず一旦打ち解けると年相応の姿を見せる素直な子、不思議ね。)
女王はアルトと話をしながらもその人となりをしっかり観察していたのだ。信用に値する人物かそうでないか、どのような思想を持っているかなどを話の断片に織り交ぜ分析していた。
(シルヴィア様の元で育っただけあって我が国との相性も良い。あれだけの人材をただの平民として終わらせるにはもったいないわ。シルヴィア様ともお話しなければ)
アルトの今後について、どう扱うべきか考える女王の事などこの時のアルトは知る由もなかった。




