第1章2幕 旅立ちの朝
1‐2 旅立ちの朝
神歴1589年、アルトは10歳になっていた。この頃になるとアルトはモンスターとの実戦訓練やシルヴィアとの手合わせなども日課として過ごしており、その成長ぶりはシルヴィアから見ても目を見張るものである。今やアルトの実力は通常の人類の成人を超えるレベルにまで達している。
「アルト。おいアルト、どこに行った?」
シルヴィアはアルトが自宅から出ている事に気づき付近でアルトに呼びかける。
「こいつ、待て!また俺の苺を取りやがって!」
何やらアルトが何かを追っている様子だ。恐らく彼にいつの間にかに懐いた妖精の一種である『チッコリ』にまたデザートでも取られたのだろう。
チッコリとはリスのような見た目で身体の倍以上ある長い尾と、個体よって頭部から背中まで個体によって様々な淡い色の毛が特徴的な愛らしい姿のれっきとした妖精だ。
敵意のある者や危険な存在には近づかず人に懐くことも珍しいのだが、その見た目に反して懐いた相手にはなぜか悪戯をする性質を持っている。
もっとも悪戯の内容はその相手が本当に嫌がる事や怒る事ではなく、あくまで謝れば済むレベルの物である。そしてちょっと怒っている様子を見せると心を落ち着かせる魔法の掛かった『不思議な踊り』を披露するので憎めないという、何とも不思議な性質を持っている妖精だ。
「捕まえた!全くいっつも悪戯ばっかりしやがって!」
アルトはシルヴィアの元に白い妖精を持って現れた。その手には首根っこを掴まれたチッコリがシュンとした様子でぶら下がっている。
「やれやれ、またそいつと追いかけっこか。当初は良い訓練になると思っていたが、今のアルト相手では流石の『悪戯の妖精』も敵わんようだな」
クスクスと笑うシルヴィア。悪戯の妖精とはチッコリの別称である。小さくても妖精であるチッコリは容易に捕まえることが出来ないほど素早い。その上、空中を自在に飛び跳ねる能力を持っているのだ。
「いつの間にかに懐いてずっと離れないし悪戯してくるし、お前は本当に良く解らないな。チッチ」
アルトはこの個体にチッチと名付けていた。いくら追い払ってもいつの間にかに側にうち一緒に暮らす様になったのだ。
チッチは他の個体とは異なり全身の毛が白い珍しい個体だった。そうやって語らうアルトとチッチを見ていると、まるで似た者同士ではないかと内心思うシルヴィアだがそれは口には出さない方が良いだろう。
「さて、アルト。そろそろお前もより多くの経験を積むべきだと話をしたな。」
昨夜アルトはシルヴィアから王都で冒険者として生活するようにという話を聞いていた。これは西の森以外の地域で未知の存在との戦闘やギルドを通して他の人類と関わる事で、アルトの経験の質が高め柔軟性に富んだもへと昇華させる段階に至ったと判断したためだ。
「うん、もう準備は出来てるよ。こいつを頼むね、シルヴィア。」
アルトは右手で掴んだチッチをシルヴィアに渡す。そして自室に戻り、マジックポーチと銀剣を装備しマントを羽織った。これから王都でどんな出会いが待っているのだろうと心を躍らせながら慣れ親しんだ家を出るアルト。
「じゃあシルヴィア、行ってきます!たまに戻ってくるからね!」
そうシルヴィアに告げ手を振るアルト。
「ああ、頑張ってこい。怠惰は許さんからな!」
手を振りながらアルトを鼓舞し見送るシルヴィア。その姿を見送ると自宅へと戻る。この家も少し寂しくなるかと感慨にふけっていると、ふと違和感に気付く。
「そういえばアイツはどこにいったのだ…」