第1章28幕 帝国の影と戻る日常
暗殺者ギルド壊滅の報を聞き、ハイランド伯爵は戦々恐々としていた。もちろん海千山千の政治家の彼が動揺を表情に出す事はないが、それでも自身の指示だと判明した際に何処までが明らかになるのか気が気ではなかった。
時は12年前に遡る。ある日ルカスは夢を見た。それは神との邂逅だった。彼は王国では少数派の正道教徒である。神は勇者の召喚に異変が起きた事、帝国の上層部に王国侵攻の準備をさせる神託を下した事、そしてその計画の協力を求めてきた。
ルカスは貴族の出であること以外取り柄のない凡夫であったが政治手腕にだけは長けていた。以前から女王の信頼が厚いブラックヴェル辺境伯を始めとする能力に優れた亜人種や、この国で畏敬の念を抱かれるエルフに劣等感を抱いていたのだ。そして彼は神の信託に従った。
帝国に対し来るべき災厄の王との戦いに向けての兵器開発費用の援助、王国内での裏工作、情報の提供などそれは多岐にわたった。今回の一件も、その一つに過ぎないのだ。
不意にヴィクターが現れ彼へ敬礼する。
「これはヴィクター殿、お勤めご苦労。なにやら城下が騒がしいようだな」
「ハッ!先日王都で暗躍していた組織が壊滅したと知らせがあり、その調査に動いておりました」
「そうか、それは僥倖だ。して、何か問題はあったか?」
「はい。組織の調査は完了しております。知らせに間違いはなく暗殺者ギルドの拠点である事を確認し、これの壊滅を確認いたしました」
「ほう、仕事が早いな。流石はブラックヴェル辺境伯のご子息だ。」
「いえ、とんでもない。しかし、残念ながらこれといった情報になるようなものは残されておらず、これ以上の調査は無駄に終わるかと切り上げた所です」
「それは残念だったな。引き続き王都と王国の安寧を守る任に励めよ」
「ハッ!お任せください」
ルカスは安堵した。奴らとて暗殺者の端くれだ、依頼者の情報を残すようなヘマはしなかったという事か、と。そんなやり取りの後、敬礼したままヴィクターは心の中で(必ず全てを白日の下にさらして見せる、今はその薄汚れた権威に胡坐をかいているがいい)と決意を新たにした。
ヴィクターは騎士宿舎へと戻っていた。目的はアルトが捉えた暗殺者から情報を引き出す尋問である。
「さて、貴様に聞きたい事が山ほどある。まず貴様のギルドでの立ち位置は?」
「俺はただの構成員だ。詳しい事は解らない」
「今回の一件でギルドは壊滅した。貴様を除いて一人として生きている者は居ない」
「あのガキ、マジでやりやがったのか」
「子供と侮ったか。あの子は特別でな、その実力は一介の騎士よりも高いぞ」
「ついてねぇな、俺たちも」
ヴィクターは王都の牢ではなく、騎士宿舎の一室に男を監禁していた。牢に入れればこの男の命が狙われ口封じされる事を恐れたためだ。
「記憶している限りで知っている事があったら話せ。お前の情報次第では罪を軽くしてやっても良いぞ」
「そう言われても何を話せばいいのか分かんねぇ。なんでも答えるからよ、聞きたい事を聞いてくれ」
罪が軽くなる可能性がある、この言葉に男は軽く乗ってくる。全くこの手の手合いは度し難いとヴィクターは内心軽蔑するも尋問を続ける。
「そうだな。では依頼を受ける人物は決まっていたのか?」
「ああ、多分幹部連中が受けてたと思うぜ。俺たちは幹部連中が持ってきた依頼を実行するだけだ」
「ではその幹部達が何処でどのように依頼を受けていたか、何か覚えはないか?」
「ハッキリとは解らねぇ。ふらっと出ては戻ってきて数時間後に命令が来る、そんな感じだな」
「幹部たちのクセや特徴などなんでもいい、何か覚えはないか?」
「そう言われてもねぇ…そういや帝国の出身っていう奴が数人いたな」
「帝国だと?リーダーもそうなのか?」
「頭が帝国の出身だったかどうかは知らねぇ」
思案を巡らせるヴィクターは一つの可能性を見出した。
「構成員の中に人族以外の者は居たか?あるいは幹部の連中で人族以外の者は居たか?」
「暗殺を実行する俺のような奴は亜人もいたぜ。幹部は…そういや全員人族だな」
「正道教徒は幹部にいたか?」
「いねぇと思うぜ。神だのなんだの言ってる奴は暗殺者ギルドには居ねぇよ」
「そうか、分かった。まだ聞きたい事はあるが今日はここまでにする」
「おい!俺はいつまで閉じ込められてりゃいいんだよ」
「お前を牢に入れるわけにはいかん。下手をすれば死ぬぞ。ここで大人しくしておくのが得策だ」
「チッ!わーったよ」
「アルトに感謝するんだな。彼の言う通り少なくとも命だけは保障する」
「ヘッ!あんなガキに感謝なんぞするか、二度と思い出したくもねぇ」
アルトのお陰でお前だけが命拾いしたのだがと言いかけたが、ヴィクターは言わずに部屋を後にする。
ここまでの情報で暗殺者ギルドと帝国に繋がりがある可能性が浮上した。場合によっては帝国の意志で動く駒として暗殺者ギルドを立ち上げた可能性さえ考えられる。
「いずれにしてもまだ情報が足りない、か」
ヴィクターはそう独り言つと、騎士宿舎を後にし任務へと戻った。
そんなやり取りが裏である中、アルト達は日々の研鑽に努める毎日を過ごす。あの事件についてはアルトが狙われたという事以外は箝口令が敷かれておりリリー達すら全貌を知らない。当時は心配され色々と聴かれたが何とか誤魔化すことが出来、日常を取り戻していた。
余談だが、チッチの存在が明るみに出てしまったアルトは、ポッツからだけでなく寮の管理者からもしこたま説教をされた。この妖精の特性などを必死に説明し、何とか許可をもらって今も一緒に過ごす許可を得たのは幸いだ。
魔法実技の授業中、レオニスがアルトに話しかける。
「アルト、例の精霊に待機してもらう魔法の件だが、相談をいいか?」
「うん、実際にどんな感じ?俺は実践できないからみんなが頼りなんだよね」
「詠唱文を作ってやってみたんだが、どうにもマナの消費が激しくてな」
「リリーやシズクも同じかな?」
「ああ、二人とも同じだな。精霊たちはシズクに一番素養があると言っていたんだよな」
「そうだね。守護精霊で感覚は掴めてると思うんだ。そうなると精霊との絆の問題かもね」
「絆と言うと具体的にはどうすればいいんだ?」
「みんなと相性の良い属性の精霊に対し、より深い感謝を込めるイメージとか、あとは慣れ?」
「慣れって、そんな事で良いのか?」
レオニスは呆れ顔でアルトを見る。
「精霊ってさ、大切にする事や感謝をする事はもちろん大切なんだけど、そばに感じれば感じるほどその影響も強くなるって聞いた事あるんだよ」
「つまり適性のある精霊に畏敬の念を抱き魔法を使い続けている内に絆が深まると?だから慣れという事か」
「そういう事。あくまで推測の域を出ないけど。マナの消費が激しいなら、練習する時はいっそ身体強化と能力強化を切って精霊にマナを捧げる事に集中する事から始めたらどうかな?」
「その方法が一番いいかもしれないな」
「精霊語も同時に勉強して、よりお互いの理解を深めればきっと実現できると思うんだ。精霊自身がそう言ってたからね」
アルトは精霊との会話を思い出し語った。
「分かった。ありがとう、やってみよう」
レオニスはそう言うと魔法実技の訓練へと戻っていった。ちなみにアルトの魔法実技の授業は自由行動だ。なにせ独自の魔法しか使えないのだ、教えるものが居ないのである。
「俺も剣の間合い以外の魔法が使えたらなぁ。どうやったらシルヴィアに勝てるかな」
アルトの魔法は謎が多い。精霊は手を貸せないという。マナの盾は自分自身にくっ付けるようなイメージで展開すれば動かせるが、離れた所に展開する時はあくまで『その場所に盾を固定する』という制約がある。こうしないと衝撃で飛んで行ってしまうからだ。
ならばとマナの盾を自分自身にくっ付けて展開したものを飛ばせるかも試したが、そもそも肉体に直接触れている状態で展開しているイメージの物を飛ばすイメージに書き換えるのは不可能だった。
(こういう時に記憶の断片を探ると何かいいアイデアが浮かぶかも)そう考えたアルトは色々と記憶の断片を探ってみる。しかしどれも道具を使うものばかりで直接マナを操作するようなイメージには結びつかない。
シルヴィアを超えるには接近戦での見えない風の精霊魔法の対処だけでなく、シルヴィアの想像を超える動きをする必要がある。例えばスピードに頼る、あるいは本来あり得ないような起動での接近で視界から外れ虚をつく、あと思いつくものは全てを弾く防御と接近の両立くらいか。
「待てよ、自分の身体にマナの盾を展開できるなら自分に触れてるものにも展開できるか。例えば剣とか。腕に展開する時は服とか小手越しに出来るんだから、出来るはず…」
そう思考を巡らせる。さらにイメージを膨らませてみる。マナの盾を展開する時、アルトは厚みについてはあまり考慮していなかった。例えばこれを極限まで薄くすることで刃のような物を形成できるならどうだ?
「やってみる価値、あるかも!」
光明を見出したアルトは興奮気味に独り言つ。周囲の目がこちらに向く。その顔は皆が皆(また碌でもない事を思いついたのか)と呆れ気味であった。




