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アーリア物語 ~神と白竜と私(勇者)~  作者: いちこ
第1章 クリフト王国の日々
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第1章25幕 余暇の終わりと黒い影

 あれから10日が過ぎ、シルヴィアの言った通り濃密で決して忘れる事の出来ない日々を過ごしたリリー達。アルトは久しぶりの森の生活を満喫しつつも本当の意味での『本気のシルヴィア』との手合わせに充実した日々を過ごした。


「そろそろ準備できたか」

「うん、もう帰らなきゃいけないと思うとなんか名残惜しいけどね」

 アルトはそう答える。


「シルヴィア様、この10日間の経験はとても貴重でした。改めてお礼申し上げます」

「シルヴィア様とお会いできて良かったです。この経験を活かしてこれからも頑張ります!」

「私も良い経験をさせて頂きました。沢山の助言、感謝いたします。必ず糧として強くなります」

 リリー・シズク・レオニスはそれぞれ感謝を述べる。


「いいんだ。私もアルト以外の子達とこうして話すのは久しぶりだ。楽しかったよ。また来るといい」

 シルヴィアは微笑む。

「それではシルヴィア様、失礼いたします」

「またお会いできる日を楽しみにしています」

「次に会う時はもっと成長している姿を見せると約束しましょう」

 3人はそれぞれに別れの挨拶を告げる。


「じゃあシルヴィア、俺も行くね。元気でね!」

「アルト」

 不意にアルトを呼び止めるシルヴィア

「何?」

「良い友を持ったな、大切にするといい。お前の成長した姿と友の存在が確認できて嬉しかったぞ」

「うん、ありがとう。じゃあ行ってきます!」

 そう言って手を振るアルト。その姿をシルヴィアは手を振りながら笑みを浮かべて見送った。

「アルト、お前ならきっと乗り越えられると信じている」

 そう呟きシルヴィアは自宅へと入っていった。




「ウル。またしばらく王都で過ごすけど、シルヴィアをよろしくね。元気で」

 ウルとの別れを惜しむようにその巨体に抱きつくアルト。ウルも理解しているのか寂し気な声で鳴く。

「うん、ありがとう。じゃあ行ってきます!」

 そう言ってアルトは街道へと歩き出す。以前と同じようにアルトの姿が見えなくなるまでその場で背中を見守るウル。そして見送った後にシルヴィアの元へと帰っていった。




「帰りに乗り合いの馬車でも通ってくれればいいんだけど」

「そういえばリリー達とは2年前のこのタイミングで会ったんだよね」

「そうですね、あの時はもう終わりかと諦めかけてました」

 アルトとリリー・シズクは出会った時の事を思い出す。


「森を出た早々にそんな事件に巻き込まれるとは、アルトらしいな」

「俺らしいってどういう事だよ」

 レオニスが冗談なのか本気なのか分からない事を言う。


 森の出口に差し掛かったところで不意にシズクが立ち止まる。耳を動かし神経を研ぎ澄ませているようだ。アルトも状況を把握しようと気配を探る範囲を広げる。かすかにだが、敵意のようなものを感じた。

(こういうのなんて言うんだっけ?フラグ?)記憶の断片から余計な情報を思い出しつつ、警戒を強めるアルト。


「シズク、何か感じるの?」

「はい、殺気というより敵意や悪意のようなものです」

「これはホントに俺のせいか?」

 アルトが冗談ぽくそうぼやく。


「やれやれだな。相手の出方が分からんが…どうする?」

 レオニスは作戦を立てるように促す。

「シズク、『おきつね様』に偵察、可能なら殲滅をお願いできるかな?」

「お願いしてみます。『おいでませ、おきつね様』」

 シズクの願いに呼応し白く美しい狐が姿を現す。


『我らに向かう悪意の元を払って頂けますか』

 おきつね様は頷くとサッと駆け出す。そしてしばらくすると人声が聴こえ始める。どうやら戦闘状態に入ったようだ。シズクはおきつね様からの思念を受け取る為、目を閉じ精神を集中させていた。

「覆面の集団が待ち伏せているようです。数は8人…ですが、そう強くはないようです」

「奴らは毒を使用した攻撃も仕掛けてきたはずだ。もし可能ならそのまま殲滅してもらった方が安全だ」

 アルトは経験を元にシズクに提案する。


「森に被害が出ない様に注意を払ってますが、おきつね様だけでは厳しいですね」

「わかった。俺なら毒ナイフでも弾き返せる。ちょっと加勢してくるよ」

 アルトはそう言うと全力で駆け出していった。すぐに場の混乱した声と断末魔が響き渡る。


「終わったよ、もう安全だ。それにしてもまたこのタイミングとはね。また狙いはリリー達かな?」

「全員始末したのか?一人でも生かしておけば情報を掴めたかもしれないのだが」

「ああいう敵は執念深い。万全を期して相手にしているならともかく、今は生かしておくのはリスクが高いな」

「ならせめて死体から何か情報が掴めるか探ってみるか」

 情報の収集について考えるアルトとレオニス。


「『おきつね様、ありがとうございます。お休みくださいませ』」

「死体を漁るなんて…アルト、レオニス、任せるわ」

 流石にリリーは抵抗があるようだ。シズクにも刺激が強すぎるだろう。

「森の入り口でちょっと待ってて、調べてくるよ」

 そう言ってアルト一行は森から出る。


「やはり何も手掛かりになる様なものは持ってないかぁ」

「こういう手合いとなると、やはり依頼を受けての襲撃の線が濃厚だな」

「だね。言っとくけど冒険者ギルドにはそんな無法者はいないからね!」

「分かっている。闇組織といったところだろう。どこにでもそういう輩は存在するもの…まて、これは!?」

 レオニスが不意に何かを見つけたようだ。


「何かあった?」

「あまり信じたくはないがな、あった。」

 レオニスは歯切れの悪い回答をする。その手にはある魔晶石が握られていた。

「それは?魔晶石のようだけど」

「この魔晶石の加工とデザインはな、レオニス伯爵家お抱えの職人によるものだ」

「それってつまり、こいつらを仕向けたのって…」

「ああ、我が家に関係する者の仕業の可能性が高い、と言って良いだろうな」

 二人の間に重い空気が流れる。


「今ここで考えても答えは出ない。レオニス、君は一旦この事を家の人には伏せておいた方が良いだろうね」

「だな。襲撃にあった事実だけを述べよう。ちょうど賢者様のしごきを受けた後で良い訓練になったとでも言うさ」

「ここからは大丈夫だと思うけど、細心の注意を払って戻ろう。リリーのお兄さんには俺から説明しても良いかな?」

「頼む。俺も動向を見られているかもしれんからな」




「なるほど、今回も森から出たところを狙ってくるとは、何とも捻りのない奴らだ。護衛騎士がいない事も知っていたという事か。だがアルト君の存在を軽視し過ぎだな」

「お二人だけでも対処できたかもしれませんよ。それほど強くなってます」

「頼もしい限りだが定石が通用しない相手との戦闘はまだ早いだろうね。それでハイランド家が裏に居る可能性が高いと?」

「はい。レオニス・ハイランドは我々の友人です。彼が言うには賊の持っていた魔晶石の加工がお抱えの職人の手によるものだと。こちらです」

 アルトはその魔晶石をヴィクターに渡した。


「ありがとう。これで調査が大きく進展するかもしれない」

「ヴィクター様、レオニスはリリー達とも仲良くやってます。彼が裏切っているという事はないはずです」

「レオニスを疑っているわけではないよ。むしろその可能性は低いだろうね。警戒はさせてもらうが関係性を考えれば学園内でどうこう出来るものでもないだろう。首謀者がハイランド公と仮定した上で、息子を捨て駒にする覚悟と命令を強制させる手段を持っていなければの話だが」

「その可能性は考えられますか?」

「呪物による強制は考えられなくもない。念のため警戒だけはしておいてくれ」

「分かりました。また何かあればお知らせします」

「こちらも進展があれば知らせよう。今回もありがとう」

「どちらかと言うと今回はシズクのお手柄です。いち早く気付きましたからね」

「そうか、シズクも成長しているんだな。あとで礼を言っておかねば」

「はい、甘いものでも差し入れてあげてください」

「そうしよう」

 アルトはヴィクターへ報告を終えるとリリー達と共に寮へと戻っていった。




「父上、レオニスです。お久しぶりです」

「おお、レオニスか。学園での生活はどうだ?」

 声の主はルカス・ハイランド伯爵。レオニスの父で財務大臣を務める国の重鎮だ。


「はい、充実した毎日を送っております。この余暇では賢者様とお会いする機会も得まして、より高みを目指す良い機会となりました」

「フン、あのエルフか。奴はそんなに強いか」

「ええ、とても通常の人類では到達の出来ない領域かと。軍でも対処は厳しいかもしれません」

「忌々しいものだ。森から出ないだけマシだがな」


(父上はやはり人族至上主義者なのか)レオニスは内心、父の思想に疑問を持っていた。幼い頃より受けていた教育方針がそれを裏付けている。人族こそが神に選ばれた存在であり、この大陸を支配するにふさわしい、そう教えられてきたのだ。最もその影響は軽微であり、アルトやリリーとシズクによって粉々に砕かれたのだが。


「学友と森から帰る際に謎の襲撃にあいましたが、教えを乞うた甲斐もあり簡単に殲滅する事が出来ました」

 ルカスの手が一瞬止まった。それをちらりと見やるレオニス。

「そうか、それは難儀であったな。しかし賊の襲撃という難しい局面をあっさり退けるとは、流石は我が息子だ」

「ありがとうございます、父上」

「余暇はまだ続くのであろう?ゆっくりしていくがよい」

「2日間ほど残っておりますので久しぶりの我が家で英気を養わせて頂きます」

「うむ」

「それでは、失礼いたします」


(あの様子、やはり一件に父上が絡んでいる可能性が高いか)レオニスはそう思案しながらも表情を崩さず自室へと戻っていった。

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