第1章23幕 試練の余暇
リリー・シズク・レオニスを連れて帰郷したアルト。その3人はシルヴィア直々の指導を受ける事になった。今後のアルトの為にもとシルヴィアが申し出たのだ。
「そうだな、まずは全員の実力を見たい。3人同時で構わん。魔法も森に被害が出ない範囲で使ってよいので遠慮なく打ち込んで来るがいい」
そう告げるシルビアに3人は身構える。シズクは後方に下がり守護精霊を召喚。リリーとレオニスは互いに目くばせしてまずレオニスが仕掛ける。同時にリリーも動きながら詠唱を始める。
レオニスは自身が前衛として気を引くようにハルバードを巧みに操り、大振りにならない様に時には突き、時には横薙ぎにと隙を作らない様に立ち回る。その事如くを避けるシルヴィア。
レオニスの様子を見ながら詠唱を終えたリリーが大きく魔法名を叫ぶ。
「アイススピア!」
大きく扇状に展開された5本の氷の槍がシルヴィアを襲う。レオニスは巻き込まれない様に左へ回りこむ。そのレオニスに向かい蹴りを放ち吹き飛ばすシルヴィア。飛んで来る槍に向かい手を払うような動作で『風壁』とつぶやくと眼前まで迫っていた槍は風の壁に阻まれ砕け散った。
その隙に周りこむように動き距離を詰めるリリーとシズクの指示でシルビアの足元を狙うように迫っていた白き守護霊。守護霊が尾を炎に変えその身体を横回転させる。これを軽く後ろに飛んで躱した直後、リリーが勢いよく飛び込む。
剣槍の切っ先を蹴り上げ石突きでみぞおちに一撃、間髪入れずに白き守護精霊に向かい槍を向け『氷弾』とつぶやき氷のつぶてを浴びせる。その様を見て詠唱中の魔法を放てずにいるシズク。リリーがその場に倒れたためである。
その様子を見てシルヴィアは目にもとまらぬ速さで真っ直ぐシズクへと距離を詰めると槍の切っ先を眼前へと向ける。
「これで仕舞だな、シズクは回復魔法が使えるのだろう?リリーとレオニスを回復してやれ」
そう事も無げに言うシルヴィア。
「は、はい!」
自分たちの攻撃が全く通用しない事、そして始めて見る『精霊魔法』の圧倒的な力にシズクはただただ呆気に取られてしまっていた。
「レオニスとリリー、お前たちは共闘する事が多いのか?」
「いいえ、今日が初めてです」「お互いの手の内は知っていますが」
それぞれ答えるレオニスとリリー。
「初めてにしてはお互いの癖をよく理解している。その歳にしたら十分戦えていると言ってやりたいところだが、それではアルトには届かん」
分かっていた事だが言われると悔しいものである。うつむく二人の頭を撫でながらシルヴィアは続ける。
「連携はこれから多くの戦場を共にする中で培われる、まずは己の力を高める事に専念する事だな」
「はい!」
二人は力強く答える。
「シズクの守護精霊はもっと強くなるな。あれはシズクのマナによって形成される。精霊との絆も相当に深いと見える。守護精霊を自身に守らせるか今回の様に攻撃に加えるかは状況次第だが、今回の様に味方を巻き込むような魔法を使う場合はもっと状況を見極めてからだな」
「はい、自分の状況判断の甘さを痛感しました」
「それが理解できるお前は賢い。後衛として全体を指示する役に向いてるかもしれんぞ」
シズクの頭を撫でそう語るシルヴィア。
「リリーは攻撃をもっとコンパクトにまとめる事を意識した方が良い。あの状況から反撃される事を考慮した立ち回りをする事」
「レオニスは攻撃の幅が広く次の一手考えた動きも良い、だがスピードもパワーも足りないな。技術は今後も継続して磨き、より強化魔法に力を入れるといい」
それぞれにアドバイスをしていくシルヴィア。だがここからが本番なのだ。
「よし、では今の反省点を踏まえてアルトが戻るまでガンガン鍛えていくぞ!」
それは武芸の授業など比較にならぬほど濃く、長い時間に及んだ。
「シルヴィア、今日はウサギ肉がたくさん取れた、よ?」
シルヴィアに声をかけた後、その場に倒れ込む3人の姿を見て素っ頓狂な声を出すアルト。
「ご苦労だった。なに、ちょっと手ほどきをな。折角の機会なんだ。語るのは言葉だけでないほうが彼らにとっても良いだろう?」
「こうなるかもとは思ってたけど、まさか初日からとはね。みんな大丈夫?」
「大丈夫、だ。」
「こ、このくらい想定内よ」
「さすがシルヴィア様です、手も足も出ませんでした」
三者三様の反応だが、さぞかし絞られたのだろう。特にレオニスは消耗が激しいようだ。
「みんなの為に沢山獲ってきたからね、今から作るから休憩してて!」
そう言って家へと入るアルト。そこへシルヴィアがやってきた。
「何も初日からあそこまでやらなくてもいいのに」
そう苦笑するアルトに向かいシルヴィアは真剣な表情で語る。
「あいつらの人となりをなんとなく観察してな、お前も信を置いていると判断して過去を話した」
アルトは腕を止める。
「それは、生まれた時からの事?」
「そうだ。それであいつらお前に追い付く気満々だったのでな」
「そっか。でも相変わらず手加減ってものを知らないよね。さすがシルヴィア」
「加減したところで得るものは少なかろう?それにあの様子、本気だぞあいつら」
「それは…嬉しいな!」
アルトは笑う。そして彼らの為にも腕にもよりをかけて料理を振る舞わなければと料理にいそしむ。その様子を見て表情を緩めるシルヴィア。どうやら王都では思っていたより良い経験が出来ているようだと安堵したのだ。
「アルト、今日はお前も鍛錬に参加しろ。どれほど腕を上げたか見てやろう」
「2年間で色々と経験したからね、行くよシルヴィア!」
アルトは剣を両手で構え切っ先をシルヴィアに向けると、槍を構えるシルヴィアへ向かい疾走する。槍の間合いに入った刹那、シルヴィアの突きを剣で弾く。シルヴィアはこれまでと違い本気でアルトを相手にしており、大きく槍を弾く事は出来ない。続けざまに放たれる突きを剣で捌くアルト。
(これは想定内、ならこれはどうだ)アルトは槍を捌きながらマナの盾を形成し槍の軌道を自分の右側へとそらす。同時に槍の柄を剣で叩いた反動で首を狙った斬撃を繰り出す。シルヴィアはこの斬撃を槍の柄を縦に構えて受ける。そのがら空きのシルヴィアの胴部を狙ったアルトの拳。リバーブローだ。
(入った!)と思った刹那こ、れを膝側面で防ぐシルヴィア。そのままアルトは身体を時計回りに反転させシルヴィアに剣の切り上げを放つ。後方へと飛び距離を取りつつ躱すシルヴィアだったが、前に出た右足を浮かせ距離を詰め、即座に袈裟切りへと移行。しかしこれも槍の柄で防がれ鍔迫り合いのような形になる。
「腕を上げたじゃないか、アルト」
「言いつけはちゃんと守る主義なんでね!」
そう言うや否や剣を前に出し連撃を叩き込む。防戦一方に見えたシルヴィアだが『空打』と精霊魔法を呟く。空気のハンマーがアルトの腹を直撃し後方へと弾かれてしまった。防御魔法を掛けていなければ倒れ込むほどの威力だ。
「単独での戦闘で私に精霊魔法を使わせるまで成長するとはな」
「こんなもので満足されても困るんだよね!」
アルトは果敢に距離を詰める。正面からの打ち合いがダメならと、先ほどと同じ流れを見せてから不意にマナの盾を利用して左腕の力で自身を真横に移動させる。予想外の軌道を描くアルトを捉え槍を引くその切っ先にアルトは神経を集中させた。
シルヴィアが槍を引き構え直をそうと前に出すがマナの盾に抑え込まれる。その一瞬の隙に前進していたアルトは喉元に剣を突き立て、師から人生で初めての一本を取った。
「まさかここまでやるとはな、見事だアルト」
「やった!初めてシルヴィアから一本取れた!」
「では私本来のスタイルでどこまで通用するか、再戦といこうじゃないか!」
その後、アルトはこってり絞られた。そう、シルヴィアはこう見えて負けず嫌いなのだ。そしてその後はリリー達も同様に絞られたのである。




