第1章22幕 アルトの過去
西の森に帰郷したアルトとそれに同行したリリー・シズク・レオニスの3人。帰った途端に夕食の食材を狩りに行ってしまったアルトに残された3人は緊張した面持ちでシルヴィアと対面している。
「さて、どんな話をしようか。アルトは王都ではうまくやれているだろうか?」
「はい、私とシズクは2年前にアルトに窮地を救ってもらって以来、仲良くさせて頂いています。入学前にアルトに家庭教師もしてもらっていました。」
リリーが答える。
「2年前と言うと丁度あいつが森を出る時だな」
「偶然にもその日、私達は王都へ向かう道中でしたが、賊の襲撃にあったのです。そこへアルトが駆けつけてくれて窮地を逃れました」
「アルトさんはあの時からとってもお強かったです。あっという間に襲撃者達を倒していって私たちを救ってくださいました」
「なるほど、森を出て色々な経験をと思っていたが早速実戦を経験していたとはな」
リリーとシズクはアルトと出会った経緯を話す。
「アルトは2年前からそんなに強かったのか?」
レオニスがリリーに尋ねた。
「ええ、直接戦闘を見たわけではないけど護衛騎士達が驚いていたわ」
それを聞いてしばらく考え込むそぶりを見せるレオニス。
「王都では冒険者として活動するように指示していたが、その様子は知らないか?」
「冒険者の方々とも仲良くやっているようです。今も授業がない日や放課後などに暇を見ては依頼を受けていると聞いています」
「私の言いつけはキチンと守っているようだな。安心したよ」
リリーの答えに安堵した様子のシルヴィア。
「賢者様、一つ伺ってもよろしいですか?」
不意にレオニスが尋ねる。
「構わないが、その賢者様というのはよしてくれないか?シルヴィアで構わない。どうにも呼ばれ慣れてなくてこそばゆいのだ」
シルヴィアは苦笑いをしながらそう答える。
「アルトはなぜあんなに強いのでしょうか。私はそれまで自分の努力を疑ったことは無かった。精一杯努力をしてきたつもりでした。でもその全てがアルトには及ばなかった。ただがむしゃらに努力をするだけでなく発想も豊かなアルトの強みは理解しているつもりです。しかし、アルトにはもっと違う何かを感じるんです。その決定的な違いを私は知りたいのです」
「それはアルトの秘密を知りたい、という事か?」
シルヴィアの眼差しが真剣なものになる。しかしレオニスは怯まなかった。
「秘密というよりも私とアルトの何が違うのか、それを知りたいんです。私はアルトに追い付きたい。彼を超えたいのです!」
レオニスは力強くそう答えた。シルヴィアはそんなレオニスを見てほほ笑む。
「そうだな。アルトは確かに特殊な存在だ。いずれ判る事だろうが…良いだろう、君たちはアルトが連れてきた特別な友人だと聞いている。これから話す事を口外しないと約束してくれるか?」
3人は力強く頷いた。
「そうか。ありがとう。アルトはな両親が存在しないんだ。生死の話ではなくアルトの存在そのものが突然この森に現れたんだよ」
3人は要領を得ない顔をしている。無理もない、こんな荒唐無稽な話を信じろと言われても時間が掛かるだろう。シルヴィアは続ける。
「あいつは12年前の5月3日の夜、突然この地上に現れた。莫大なマナの収束という形でな」
皆言葉を失っていた。そしてシルヴィアから語られるアルトの過去はシルヴィアがかつて経験した過去、この国の建国とも繋がる内容であった。
「つまりアルトは神が遣わした勇者の可能性がある、という事ですか?」
レオニスはそう纏める。
「可能性だがな。私はほぼ確信している。現にあいつは赤子の時から精霊語を理解し精霊と対話していたのだ。マナを使ってな。そして喋れるようになると自分が知らない場所の記憶があると語った。クリフトもよく言っていたんだ。こことは違う場所の記憶の事をな」
3人は息を呑んだ。皆知っているのだ、過去例外なく勇者と呼ばれる存在は災厄の王と共に消息を絶っていると。
「私はマリアンナと一緒に見たんだ。クリフトが最後の瞬間に神に吸収されていく様をな。そしてマリアンナは神と帝国と決別しこの国を建国した。もう二度とあんな悲劇を繰り返したくないと願ってな」
重苦しい沈黙が場を支配する。
「しかしアルトは神の存在に懐疑的だ。クリフトとは違い何らかの影響下にあるようには見えない。だから私は来るべき時にアルトが生きて帰って来れるように私にできる全ての技術と知識を与えた。あそこまで化けるとは思っていなかったが、それでもまだ足りない。」
「災厄の王とは一体何者なのでしょうか?」
「それは私にも解らない。追い付いた時は既にクリフトの残滓だけがその場に残っているのみだったからな」
シズクの質問にシルヴィアは答える。
「君たちはこれからもアルトの側で共に研鑽を積むのだろう?なら私からも頼む、あいつがもっと高みへと目指すように共に歩んでくれないか」
シルヴィアはそう言って頭を下げた。
「シルヴィア様、私はアルトを超える事を諦めていません。例えあいつが本当に神によって遣わされた勇者だとしても、私は変わらず超えてみせます」
「私もです、シルヴィア様。家庭教師時代からずっと一撃さえ入れられてないんですもの。一泡吹かせた後は何度でもコテンパンにしてやるつもりです」
「私もアルトさんを支えます!アルトさんは命の恩人です。その先にどんな運命が待っていようと一緒に支えていきます」
3人は力強く答えた。シズクだけニュアンスがやや異なるのはそういう事なのかとシルヴィアは思いつつもそっと微笑み「ありがとう」と答えた。
「そうと決まれば滞在中は私が直々に指導をしてやろうではないか。諸君、濃厚で忘れられない日々になると約束しよう」
シルヴィアは一層笑みを浮かべる。そしてその言葉は3人にとって現実となるのだった。