第1章21幕 帰郷
アルト達が入学してから4か月が過ぎ8月に入った。Aクラスの面々は武芸に勉学・魔法にと切磋琢磨を続けていた。皆が強くなることを目標にアルト・リリー・シズク・レオニスを中心とした結束が生まれている。校長のハーコン・スピナードはそんなAクラスの様子を含め、今年の新入生達がアルトの持つ知識や経験を共有する事で個々に差はあるものの、効率よく伸びている事を実感していた。
王立魔法学校では8月の半ばから末日まで長期の休暇を設けている。この休暇で生徒たちが余暇を過ごしつつも自己鍛錬にどう励むかで差が出るだろうと考えながらも、9月以降の彼らの姿を楽しみにしていた。
「アルト、お前は休暇は冒険者としての依頼に集中するのか?」
レオニスはどうやらアルトがどう過ごすか気になっているようだ。実戦ほどの効果的なものはない。これ以上差を付けられたくないという思いがそこにはあった。
「うーん、しばらくシルヴィアにも会ってないし、一度森に帰ろうかなって考えてたとこ」
「西の森の賢者様か…アルト、俺も連れて行ってもらえないだろうか!?」
「森に害を与えない、動植物に危害を加えない、精霊たちにキチンと敬意を払う…と、これは今のレオニスなら問題ないか。これらを守ってくれるなら大丈夫だと思うよ」
そこへリリーとシズクが割って入る。
「ちょっとアルト!レオニスが行くなら私も行って良いでしょ!?」
「私も賢者様とお会いしたいです!アルトさんの小さい頃のお話とかも聴いてみたいです!」
「うん、わかった。じゃあ一応許可を取っておくね」
伝説の存在とも言えるシルヴィアとの面会が叶うと喜ぶ三人。理由はそれぞれ違うようだが、シルヴィアの存在が王国にとって大きいものなんだとアルトは再認識する。
その日の夜、アルトは窓を開けシルヴィアに友を連れて森に戻る旨を伝えてほしいと風の精霊に語りかけた。これは魔法ではなく精霊語で風の精霊に直接語りかけるものだ。エルフやアルトに好意的な精霊たちはシルヴィアへ伝えてくれるだろう。
そんな彼らがなぜ魔法の力を授けてくれないのかは疑問だが、アルト自身も精霊の意志である「ただ存在し星の一部として自然のままである事を望む」という性質を知っている為、無理にその意思を曲げるような魔法の行使は出来なくてもいいかと割り切っている。
そして月日は過ぎ長期休暇に入った当日、アルト達は学園内で合流し正門まで向かう。
「リリーはちゃんとお兄さんの許可をもらってるんだよね?」
「もちろん報告しているわ。シズクと一緒に行ってくるってね」
リリーは未だにその身の安全が確保されているわけではないが、西の森に入ってしまいさえすれば問題は無いだろう。道中も能力強化で気配を探る事で事前に危険を避けられるはずだ。それに今の二人はそれなりに強い。以前の襲撃者程度なら問題は無い。
西の森までの道程は乗り合いの馬車で向かい、森の街道の中ほどで降ろしてもらうアルト一行。そして懐かしい森の匂いに心躍らせるアルトは親しい気配が近づくのを感じる。
「みんな、こっちこっち!」
アルトはそう言うと森の中へと入っていく。暫くすると最愛の家族の一人であるウルがアルトを出迎えてくれた。
「ウル!久しぶりだね、元気だった?ウルも大きくなったね!」
再開を喜ぶアルトとウル。ひとしきりウルとの再会を堪能したあと、ふと三人の姿が目に入る。どうやら初めて見るリトル・フェンリルに怯えているようだ。
「アルト、その大きな狼は、お友達かしら?」
リリーの上ずった声にアルトは笑顔で答える。
「シルヴィアの使役している精霊獣のリトル・フェンリル達の一体で、俺が子供の頃からずっと一緒の家族で一番仲がいい子なんだよ!そうだな、俺の兄弟かな」
そうやってウルを撫でるアルト。ウルのその身体はこのに2年でさらに成長しており、通常の馬と比較して3倍ほどの体格をしている。森のリトル・フェンリル達はおおよそこのくらいのサイズなのでウルも立派に一人前のリトル・フェンリルとして成長したという事だろう。
「ウル、この3人は俺の王都の友達。猫人族の子がリリー、孤人族の子がシズク、人族の子がレオニスだ。俺たちを乗せてってもらえるかな?」
ウルは挨拶をするように吠えるとその場に身を伏せた。
「みんな、ウルが乗せてくれるって!さぁ乗って乗って!」
アルトのテンションはやや高い。恐る恐るウルに乗るリリー達。流石のレオニスもやや狼狽しているがアルトはそんな3人の姿が目に入らない。ウルとの再会はそれほどアルトにとって嬉しいものだった。4人を乗せたウルは軽快に森を走る。そしてシルヴィアの待つあの家へと向かっていった。
「シルヴィア、ただいま!といっても良いのかな?久しぶり」
「アルトか、良く戻ってきたな。ここはお前の家でもある。ただいまで良い」
シルヴィアはそう優しく語りかける。
「後ろの3人が精霊が伝えてくれた友人かな?アルトが世話になってるようだね。歓迎する」
建国からその存在が語られる伝説の賢者を前にして3人はいつもと様子が違う。
「リリー・ブラックヴェルと申します、賢者様。この度は拝謁させて頂き光栄に存じます」
「レオニス・ハイランドと申します。名高き賢者様とお会いできて光栄です」
「わ、私はシズクと申します。アルトさんにはいつもお世話になってます!」
それぞれが緊張した面持ちながらも挨拶をする。リリーとレオニスは流石といったところだ。シズクは二人よりもさらに緊張しているように見える。
「ふふ、そう畏まられると困ってしまうな。シルヴィア・ウィンディアだ。私は畏まった作法などに疎くてな。楽にしてもらえると助かる」
「みんな楽にして大丈夫だよ、怒らせなければ怖い事ないから」
「余計な事を言うなこのバカ弟子め」
そう軽く脇を小突くシルヴィアとアルトのやり取りを見て少し場は和んだ。
「アルト、皆に料理を振る舞わなければな。狩りの腕は落ちてないだろうな?」
「もちろん!ウルと行ってくるよ、みんなはシルヴィアと話でもしててね!」
そう言うと親しいリトル・フェンリルと共にあっという間に森の中へアルトは消えていく。
「アルト以外の子供と話すのは久しぶりだ。楽にしてくれ。茶でも入れよう」
「賢者様!私、手伝います!」
「シズクといったか、ありがとう。なら手伝ってくれ。こっちだ」
シズクをキッチンへと案内しシルヴィアが奥へと引っ込む。残された二人はただただ固まっていた。