第1章19幕 王立魔法学校
神歴1591年4月、アルト達は王立魔法学校に入学した。全員が無事上位クラスのAクラスに所属する事になり、寮生活がスタートする。その少し前の出来事だ。
2年近く世話になった宿に事のいきさつを説明し、必要な宿賃を先払いしておくアルト。部屋へと戻り一番の悩みに相対する。そう、小さな同居人のチッチだ。
「さて。寮にお前と連れていくしかないよなぁ。シルヴィアに預かってもらってもどうせ勝手についてくるだろうし」
王都に来てからというもの、この妖精の悪戯は鳴りを潜めていた。森では悪戯が生き甲斐とも言えるような存在だったが、この妖精が何を考えているのかサッパリわからない。ただ関係は良好であり、依頼に行く際にはちゃんと留守番をするようになったし、家庭教師の時は傍らで大人しく見ていた。その分、宿に帰ってからはキチンとかまってやる。これが良かったのかもしれない。
現在も語りかけている内容が分かっているのかいないのか、マイペースにこの妖精は木の実を軽快な音を立てて頬張っている。
「マジックポーチ以外にカバンを用意して潜り込ませるか。いいかチッチ、これから寮って所に住むんだ。今まで以上に大人しくしてもらわないと困るんだから、このまま良い子でいてくれよ」
そう言って頭を指で撫でると、気持ちよさそうに目を細める。こうしてみると妖精というよりただの小動物である。そうと決まればそれらしいカバンでも買いに行くか、とアルトは準備を始めたのだった。
入寮当日、アルトはお世話になった宿の人々に挨拶をし、リリー宅で二人と合流して王都南方にある学園へと向かった。入寮の手続きを済ませ一通りの説明を受ける。男子寮と女子寮は建物が分かれている。寮の敷地は結界による保護と警備兵が常駐している。これならばそう易々と賊の侵入は許さないだろう。注意すべきはむしろ内部の人間くらいか、アルトはそう思案する。
リリー達と別れ男子寮の部屋へと通されたアルト。そしてカバンから相棒を解放してやった。早速飛び出し、興味深げに部屋を飛び回るチッチ。暫くすると、アルトの肩に乗ってきた。どうやら新居はお気に召したようだ。
心配事はこれで一先ず去ったか。そう思いチッチと戯れつつ今後の事を考える。入学式まで3日ほど、暇を持て余すのは性に合わないのでギルドの依頼でも受けてくるか、と外出許可を取り付け当日まで精力的に動くアルトであった。
「王立魔法学校へようこそ諸君!私はハーコン・スピナード。この学校の校長を務めているものだ諸君らはこれから3年間、この学校で多くの事を学ぶだろう。ある者は目指すものがあってここに、ある者は自分をより高めるため、ある者は自分を知るため、皆思いは様々だと思う。我々も諸君の将来がより良くなるよう、王国の未来の為にも全力でサポートをする。励んでくれたまえ。以上だ!」
簡潔な挨拶を終え校長は下がる。そして配属先のクラスへと移動を促された。
教室に到着するとAクラスにはアルト達を含め20人ほど集まっていた。皆素養ありと見込まれたもので、レオニスの姿もある。彼はアルトを一瞥するとそっぽを向いてしまった。他のものはアルトを見てヒソヒソと耳打ちをしている。何やら初日から居心地の悪さを感じて先が思いやられる。席につき待っていると担当の教官が入ってきた。
「Aクラスの諸君、今日から君たちの指導官となるテット・ライニールだ。諸君は選抜クラスに選ばれた。しかし慢心していると他のものに後れを取る。場合によってはBクラスに降格なんてこともあるからな。覚悟しておくように」
テットはそう語るとこれからの授業について説明を始める。この学校で教わる科目は武芸・魔法学・魔法実技・世界史・戦術論などである。算術や文学等は個人で行えば問題ないと判断されてるのだろう。
一日の大まかな流れや今後のスケジュールなどの説明の後、一人ずつ自己紹介を行っていく。やはりAクラスだけあって貴族の子息や令嬢が多い。市井の人間はアルトとシズクにもう2名程度だ。リリーは手慣れたもので優雅に挨拶を済ませる。しかし明らかに注目が集まっていた。適性試験の印象が強いのだろう。それはシズクも同様であった。
「アルトです。市井の出で冒険者としても活動をしています。よろしくお願いします。」
そう簡潔に挨拶をするがその注目の視線は痛い程であった。皆が皆、アルトに興味津々のようだ。
「レオニス・ハイランドだ。ハイランドの名に恥じぬよう、武芸も魔法もこれから磨きをかけ、ゆくゆくは主席で卒業する、それが私の目標だ」
レオニスはそう語るとアルトを一瞥し席につく。完全に敵視されてるなと感じたアルトは心の中でため息をつきながらもオリエンテーションの時間を過ごしていくのであった。
翌日から早速授業が始まる。魔法学から始まり魔法実技に世界史などを行った。アルトにとって興味深いのは世界史だ。この世界の別の国の事やシルヴィアから聞いた災厄の王の事が知れるまたとないチャンスなのである。
そしてふと記憶の断片とこの世界の大陸が似ていると感じた。クリフト王国は記憶の断片によれば欧州と呼ばれる地域の相当する。そして東の隣国ガリレオン帝国は中東地域、獣人連合が東アジアと呼ばれる地域と合致した。また、真ん中こそ内湾になっているがアフリカ大陸の西側が魔法王国ローゼリア、東側が自由都市国家リージア、南側が亜人国家カラッゾとなっていた。
全く同じというわけではないが似ている。これは偶然の一致なのだろうか?そんな事を考えつつ、授業が進んでいく。次は武芸である。そしてそこからレオニスとの関係が始まるのだった。
「アルトといったな。手合わせを願おうか」
「構わないよ」そう言って訓練用の刃を落とした長剣を持つ。レオニスはハルバードだ。
(長剣ってこんな感じなのか)初めて刃渡りの長い剣を持ったアルトはその感触を確かめる様に3度ほど振る。そしてお互いに位置につき構えるとレオニスは強化魔法をかけ始めた。
「準備は良いのか?」
「うん、出来てるよ」
レオニスの言葉にそう答えるアルト。強化魔法はかけないのか?という意味だったのだがアルトには伝わっていない。
「舐められたものだな!」
そう言って繰り出されるレオニスの攻撃は洗練されたものであり、型に嵌っているというだけでなく多くの手合わせの中で工夫を繰り返してきたと感じさせるものだった。しかし如何せん強化魔法のかけ方が雑で、アルトにとってはその攻撃の速度は遅い。
時には躱し、時には受け流しと攻撃をいなしながらレオニスの技量を確かめる様に剣を交える。そして頃合いを見てハルバードの切っ先を弾き、喉元に剣を突き立てた。
「な、なんだそのバカ力は。お前強化魔法使ってなかったよな?」
「いや、ずっと使ってるよ。切る事の方が少ないもの」
その言葉にレオニスは唖然とした。
「ずっと?何のために?強化魔法は戦うために使うものだろ?」
「リリー達にも最初驚かれたけど、それって普通の事じゃないの?戦場や探索でいつ襲われるか分からない状況でその度に強化魔法かけてたら面倒だし、トレーニング以外で使い続けていた方が体も馴染むから覚えてからずっとそうだったんだけど」
「いや、非常識なのはお前の方だ…」
レオニスは呆れ顔でそう言ったが、どこか得心が言ったような表情になる。
周りもその会話が聞こえたのかリリーとシズク以外は妙な空気を出していた。二人だけは然もありなんといった様子だったが。