第1章1幕 アルト
そこはクリフト王国の西方の森。『森の賢者』として高名なハイエルフと一人の少年が住んでいた。
少年の名は『アルト』。白銀の髪に紫色の目が特徴的な素朴な印象の少年だ。
神歴1585年、アルト6歳の時からこの森に棲んでおり、それまではエルフの里と呼ばれる森の奥部で暮らしていた。そこでマナの扱い方や歴史、精霊の知識や基本的な魔法に至るまでの教育を受けていた。これらは全て彼を拾った恩人でもあり親とも言えるハイエルフのシルヴィアのお陰である。
馴染み深いエルフの里を出て森で生活を始めるとシルヴィアに告げられ、彼はシルヴィアと共により濃密な経験を得るべく剣技を含めた訓練や共通言語の習熟から一人でも生きていけるように狩りや野営に関するあらゆる知識を経験する。
アルトはこことは異なる世界の知識を持っており、それがどこの世界の物なのか本人にも解らない。言葉が話せるようになった3歳ほどの時、シルヴィアに詳細を説明したが彼女はどこか納得したような素振りを見せるだけであった。そしてもう一つこの世界とその記憶を繋げるもの、それは彼が赤子の頃から記憶として理解できていた言語は『日本語』というものに酷似しておりこの世界では『精霊語』と認識されていた。
エルフ達は基本的に精霊語を使い精霊達との意思疎通も可能だ。アルト自身も精霊と会話が出来、彼らの存在を感じ取りまるで独り言のように語り掛ける事もある。それは通常の人族や亜人などの人類には不可能な行為だ。エルフは精霊に近い存在であり共に生きる中で自然と精霊と契約を結ぶ事で『精霊魔法』と呼ばれる種類の特殊な魔法が使えるのだが、意志の疎通が出来てもアルトには魔法が使えなかった。
精霊達はアルトに好意的な態度であってもそのマナの質が異質で力を貸すことが出来ないと語った。その為、彼が使用できる魔法は自身に掛ける肉体や骨、皮膚や防具、思考を含む脳神経処理の向上など自身に働きかける物が殆どだった。唯一魔法らしい魔法といえば、自身に接触している空気にマナを通し、自身のそばや少し離れた所に六角形状の盾を展開させる程度である。
それらを駆使して彼は森での生活を謳歌していた。森にはシルヴィアと共に彼女が使役するリトル・フェンリル達が百匹以上存在しており、それぞれが広範囲にわたる森を監視している。全ての個体と会った事はないが、その中の1匹で比較的若い個体と仲が良く、アルトはその個体を「ウル」と名付けて良く行動を共にしている。
今も狩りの最中であり、自身の食材とウル達の食事の為に樹の上から獲物を探している所だ。
「あっちの方から獣の気配がするな」
そう独り言つとウルに口笛で合図を送り気配の元へ近づく。そこには大きな猪がいた。
(これは大物だ、ウルが喜ぶな)そう感じながらウルの気配をたどるアルト。狩りは戦闘訓練の一環でもあり、ウルはアルトのサポートとして獲物を追い込む役、アルトが仕留める役と分担をしている。そしてウルが気配を殺さずにこちらに追い込むように猪の方向へ向かっている事を察知したアルトは、より気を引き締めて猪の行動を観察する。
猪が動き出しこちらへと向かってくる。気配を殺して自身の下を通り過ぎるのを見届け、そして猪と同方向へと飛び出すと空中で猪に追い付きその首を一刀で撥ねた。そこへ役割を終えたウルがやってくる。
「ウル、ありがとう!これは君のご飯だよ!」
ウルに語り掛けるアルトに嬉しそうに尾を振るウル。
「さて、もう何頭か狩らないとね。まだ俺の晩御飯の分も狩ってないし。今日は何にしようかなぁ」
そうウルに語り掛けながら狩りを続けたのだった。
「アルトか、お帰り。狩りはの成果はどうだった?」
シルヴィアはアルトに語り掛ける。
「今日もウル達のご飯とシルヴィアと俺の分をちゃんと狩ってきたよ!」
「それにしてもこの銀の剣、本当に凄い切れ味だよね。銀って脆いって聞いた事あったけどマナを流すとこんなに切れ味も硬さも変わるんだね。それにこのポーチもとっても便利!なんでも入るんだもん!」
アルトはここでの生活を始めるにあたり、シルヴィアから自身の膨大なマナを常人程度まで隠匿するネックレスと共に渡された、銀製のショートソードとマジックポーチの性能に驚いていた。
「お前は魔法が得意でないくせにマナの量だけは並のエルフ以上の量を持っているからな。マジックポーチもそう簡単に容量いっぱいにならんぞ」
シルヴィアが言うにはマナポーチは個人のマナの波長を記録し所有者が決まると、そのマナ量に応じて容量が変わるそうだ。
そしてその波長と同じものでないとポーチから出し入れが出来ず、波長は個人によって異なる為に一度所有者が決まると本人以外は扱えないという代物らしい。
「剣の素材も鉄より銀の方がマナの伝導率が高いんだ。だからお前の様にマナに優れる戦士が扱う場合は下手に鉄製武具を扱うより純銀の武具の方が相性が良い。ただし所詮は銀だ、集中を怠ってマナを切らすとすぐに破損するぞ。」
シルヴィアはアルトに向かい念を押すように注意をする。
こうして彼は10歳までシルヴィアの元で修練に励んだのだった。