第1章18幕 選考試験(3)
水晶による測定と魔法実技でアルト達は強い注目を浴びていた。それは同年代の受講者のみならず教師陣からもである。特にアルトの測定不能なマナ出力を持ってる割に外部に魔法を発動する手段を持たないという特異性は、教師たちの興味を引くものであった。
次の内容は武芸実技試験である。そのまま訓練場で行われる為、魔法実技の的が撤去されていく。実技試験は純粋な物理戦闘能力を計るもので強化魔法のみ使用を許可される。その為、シズクは後衛希望という事でこれをパスした。
受講者たちが相手役の教官に得意武器で挑む方式でその太刀筋や立ち回りをチェックされるもので、勝敗は特に問われない。というより普通は教官相手に勝てるものではない。互角に立ち回れればそれだけでも称賛される。
ここでもレオニスが再度注目を集める。彼は魔法だけでなくハルバードを使った武芸も見事なものであった。それはセンスもさることながらそれに奢らぬ努力も垣間見える見事な立ち回りが見て取れる。アルトはそれを見てこの男は伸びると確信した。なるほど、首席筆頭候補と言われるのもうなずける。彼は試験官相手に引けを取らず互角に立ち回ってみせたのだ。
「次、リリー・ブラックヴェル」
リリーは呼ばれると前に出て剣槍を構えた。試験官が問う。
「どうした?強化魔法をかけないのか?」
「魔法実技の時からずっと掛けてますのでお構いなく」
「そうか、ならば来い!」
号令と共に剣槍の間合いへと瞬時に詰め寄るリリー。試験官の装備は剣と盾でリーチで分がある。その上アルト直伝の強化魔法で大幅に強化された筋力とそのスピードに対応できる反射能力を存分に生かし、試験官を翻弄するリリー。その立ち回りは他とは一線を画しており、試験官は劣勢に追い込まれる。重い一撃を驚異的なスピードで繰り出しまた離脱を繰り返すリリーに遂には試験官は盾を弾かれ体勢を崩す。その喉元に剣槍を突き立てる。
「そこまで!」
試験終了の号令を聞くと共にリリーは礼を述べ試験官に手を差し伸べる。華奢で可憐な少女が試験官を圧倒する異様な光景に、辺りは静まり返っていた。
「次、アルト」
アルトは返事をして試験官と相対する。先ほどとは別の試験官が相手のようだ。装備は同じく剣と盾のオーソドックスなスタイル。対してアルトはショートソードである。
「準備は良いか?」との問いかけに「いつでも」と答えるアルト。
「はじめ!」
その号令の直後、アルトは剣を構える。
(魔法禁止って事はマナの盾もダメだよなぁ)と考えていると試験官が間合いを詰めてきた。
(なら力押しでいっか)そう割り切るアルトはおもむろに距離を詰める。それは試験官の剣の間合いだ。体格で劣る上に刃も短いアルトの間合いにはもう一歩入る必要がある。
試験官は盾を構え突きを繰り出す。その突きを右にワンステップで躱し盾側に周りこむみ、間合いを詰めると左から右へと横薙ぎに盾を狙う。試験官は盾をしっかり構え防御した。しかしその盾は勢いよく弾かれ大きく体勢を崩す。即座に間合いを詰めたアルトは脚を払い試験官を倒すと喉元に剣を突き立てた。
「そこまで!」
その一瞬の攻防に誰もが声を失う。リリーの攻防もさることながら、アルトは試験官をまるで子ども扱いするように圧倒したのだ。前代未聞の出来事を立て続けに見た周りは静かにアルトを見る。そんな視線に気にする素振りもなくリリーの元へと戻るアルト。談笑しているとレオニスがズンズンと近づいてきた。
「おい、リリー・ブラックヴェル!お前たちは一体何をした!そいつは一体何者だ!」
どうやらレオニスはアルト達の異常性に何か秘密があると思ったのだろう。
「彼はアルト。私と侍女のシズクの命の恩人で、家庭教師をお願いしていたの。実力は見ての通りで冒険者でもあるわ」
「冒険者?まだ未成年のはず…そうか、高名な者の弟子か何かか。まさか実戦まで経験している奴が同期になるとはな」
「彼は2年前の時点ですでに十分強かった。その強さを見込んでギルドを通して家庭教師を依頼していたのよ」
「アルトといったか。今はまだお前には勝てない事は良く解った。しかし俺は必ずお前を超える!」
そう宣言してまたズンズンと去っていくレオニス。
「なんか敵視されてる?もっと仲良くしたいんだけどな」
アルトは困惑しながらも今後の学校生活に一抹の不安を覚えたのであった。
残るは筆記試験。これは3人とも問題なくクリアできたであろう。リリーとシズクは元々読み書き計算はお手の物。アルトもシルヴィアから共通言語を習っているし計算は記憶の断片もあって楽々とこなせた。 かくしてアルト達の適性試験は全行程が終了する。
翌日、教師陣の間ではクラス決めの選考会議が行われていた。クラスはAからDに分かれAクラスは最も優秀な人材を、Dクラスには学問などの基礎からのカリキュラムが組まれる。Bクラスはそれなりに期待できる人材、Cクラスは一般生徒といったような分け方だ。
「さて、今年は何やらとんでもない人材が豊富にいるようだの」
ハーコン校長は示唆する。アルト達3人の事である。
「しかし学長、リリー・ブラックヴェルは良いとして他二人は如何いたしましょうか」
「シズクに関しては後衛希望との事だが精霊を召喚するなど聞いた事もない。エルフでもあるまいし、彼女は一体何者なのだ」
「シズクに関してですが、その精霊は彼女に憑いている『守護精霊』というものだそうです。極めて稀なケースですが、そういった存在がいるというのは聞いた事があります」
「見たところ自由に呼び出し意思の疎通も取れるようだ。後衛を担当しつつも精霊に自身を守らせるというのが彼女本来の姿なのだろう」
「ではシズクに関してはリリー・ブラックヴェルと同じように考えるということでよろしいでしょうか」
「異議なし」「問題ないだろう、逸材である事に間違いない」
教師の意見は一致したようだ。
「さて問題はもう一人、アルトだな。これをどう見る」
ハーコン校長は皆に問いかける。
「彼は冒険者としても活躍しているそうで最近Dランクに昇格したとの情報を得ております」
「ギルドに確認したところ彼は極めて特殊な戦闘スタイルを取っているそうです。なんでも空中を自在に飛び回るとか」
「なんだそれは!?一体どうやって、羽でも生えるというのか?」
「いえ、足場を空中に作り出して縦横無尽に飛び回るそうです」
「10歳でギルド登録し2年間の実績も確認しています。付いた二つ名は『銀剣のアルト』だとか」
「聞けば推薦状を描いたのはあの賢者様だとか。彼はギルドでは森の賢者の愛弟子と言われているようです」
「ヴィクター・ブラックヴェルからの推薦もあって冒険者と兼業したいとの申し出もあります」
「しかし魔法が放てないものをどのクラスに所属させていいものやら」
どうやらアルトの特性がクラス決めに影響しているようだ。
「ワシから見てアルトという少年、ただ強くマナの力に長けただけの少年ではない。あの子はAクラスに入れるべきだと考えるがの」
「魔法が放てないものをAクラスにとは前例がないですが…校長がそう仰る理由を聞いても?」
「ふむ。魔法が外に出せないのは精霊の助力が得られないからだという。しかし彼はマナの盾を顕現させておったな。純粋にマナだけで盾を形成する、それに一体どれだけのマナを消費するか、想像がつくものがおるか?」
教師たちはどよめく。
「加えてアルトの指導でリリー・ブラックヴェルとシズクは大きく成長したと聞いておる。彼の魔法概念は我々の想像を超える物やもしれん、そう直感が告げておるのだよ」
「なるほど、全体の底上げにも寄与するという事であれば納得です」
「ではアルトもAクラスに配属でよろしいでしょうか」
「良いでしょう」「どうなるか楽しみだな、今年のAクラスは」
こうしてアルト達の目標であった全員でAクラスへという目標は無事に達成できたのであった。