第1章16幕 選考試験(1)
神歴1591年初春、王立魔法学校では適性試験の準備に慌ただしい様子だった。毎年この時期には多くの生徒が適正試験を受ける。王立魔法学校は民の識字率や知識の向上を目的とする他、有事の際に徴兵する事も想定して多くのものにその門戸開いていた。何より優秀な人材を発掘する為にも有用である。
「さて、今年はどんな逸材が現れるかの」
風格のある初老の男『ハーコン・スピナード』はこの魔法学校の校長を務めている。元は高名な魔法使いであり、その人を見る目と柔軟な教育に関する考え方、敬虔な精霊教徒である事が彼の校長就任を後押しした。
「明日の試験、やはり注目すべきは『レオニス・ハイランド』でしょうか。文武に優れ魔法も卓越した逸材と噂されております。」
学会上部で全体の様子を眺める校長に対し、教員の一人がそう語りかけた。
「ハイランド伯爵家の三男だったか。その実力を早く見たいものだの」
そう語り高笑いと共に奥へと引っ込んでいく。
3日後、遂に王立魔法学校の適性試験を受けるべくアルト、リリー、シズクの3人は会場に到着していた。これほど同年代の子供たちが集まる事はまず適性試験以外では見たことがない。その一種独特の雰囲気にアルトの脳裏には知らない世界の記憶「試験会場」の記憶の断片が映る。
「アルト、シャキッとしなさい」
記憶の断片にやや困惑している様子を呆けていると勘違いされたのか、リリーに小突かれる。
「あぁ、大丈夫だ。同年代なんてリリー達くらいしか面識ないからね。ちょっと面喰っちゃった」
「この中にはアルトさんのように強い方もいるんでしょうか?」
シズクはやや緊張している様子だ。
「見た感じなんかみんなパッとしないというか…すぐ倒せそうだ」
アルトは物騒な感想を述べる。それは能力と実戦に裏打ちされた実力から発せられる素直な感想なのだが。
「あんまり物騒なこと言わないの!揉め事なんて起こしたら試験どころじゃなくなるわよ!」
再度リリーに小突かれるアルト。この令嬢はいつからこんなに暴力的になったのやら、という言葉がよぎったが、これがリリーの素なのかもしれないと思うと打ち解けてくれたようで嬉しくもあった。
不意に会場にざわめきが起こる。どうやら一人の少年に注目が集まっているようだ。その少年は横に流したミディアムヘアの金髪をなびかせ優雅に歩いてきた。青色の瞳が美しく顔立ちも整っている。その立ち居振る舞いはどこかあったばかりのリリーを思わせる。恐らく貴族だろう。
「お前、リリー・ブラックヴェルか。久しいな」
「お久しぶりね、レオニス・ハイランド。相変わらず尊大な態度ですこと」
「フン、私は己の実力と努力に絶対的な自身を持っているだけの事だ」
何やら二人は既知の仲のようだが仲は良くないようだ。レオニスはアルトとシズクを一瞥するとそのまま試験会場の奥へと進んでいく。
「リリー、あいつ有名人なの?」
「態度が大きくてムカつく奴だけど才覚と実力は本物。今年の首席筆頭候補って噂されているみたいね」
「それでこんなにざわついていたのか」
「まぁそんな簡単にはいかないでしょうけど…ね」
意味ありげな視線をアルトに向けるリリー。確かに他と比べれば一段も二段も上と感じるが、リリーの視線の意味をなんとなく察する。
「確かに。負ける気はしないな」
アルトはそう呟いた。
試験会場に全員が入り、説明が行われた。適性試験はマナ出力の測定と適合する属性のチェック、魔法実技、武芸実技、筆記試験に分かれているようだ。同年代の受験者たちを観察していた結果、アルト達の順番はだいぶ後になってしまった。
早速、適性試験が始まったようだ。マナの出力と属性チェックから始まるらしい。ここには属性相性を細かく見分ける事が出来、マナの出力を計る水晶がある。その水晶に10秒ほど可能な限りマナを込め続ける事によって大よその最大出力を求め、最大出力値からその個人のマナ総量を算出するらしい。
「おい、40Kオーラムだってよ!」
しばらく順番を待っているとざわめきが起こる。どうやら大きな数値が出たようだ。マナ出力は谷をオーラム(表記はom)と呼び、総量はエスプリット(単位はep)とされている。この年代ではせいぜい数Komから十数Komが一般的なので高い部類なのだろう。そしてその数値の主はレオニスであった。本人は指して喜ぶ様子もなく水晶から離れ次の試験へと向かっていく。
「アルト。あの水晶はとても高価なものなんだから、触る時は強化魔法を切っておきなさいよ」
リリーがそう耳打ちをしてくる。そんなヘマはしないが強化魔法が水晶に変な影響を与えても困ると考え指示に従う事にした。
さてまずはリリーの測定だ。水晶に手をかざしありったけのマナを注ぎ続ける。青と緑の光が強く輝く中に黄色も少し混ざっている。なるほど、色で属性を表し光の強さでマナ出力を計るわけかとアルトが感心しながら見ているとどよめきが起きた。リリーの結果は80Komを記録したのだ。
続いてシズクも測定に挑む。赤と緑の強いか輝きの中に黄色が混じる。その光はリリーの時よりも若干強い。結果は100Komとこれまでの最高値を記録した。再び湧く会場。
そしていよいよアルトの番である。言われた通りに全ての強化魔法を切ったあと水晶に手をかざす。そして自身のうちに流れるマナを水晶に向かって流し込むと白い光が辺りを照らす。出力を一気に上げるとその輝きはとても直視出来るような強さでない程強く輝く。
目の前の水晶がこれまでとは異なる強い輝きを見せ、アルトは閃光弾でも喰らったかのように目を抑えその場にうずくまっていた。そして周りの教師陣も含め何やら騒ぎが大きくなっている。
「君は残念ながら測定不能だ、恐らくだが出力が高すぎて計測できない。信じられない事だが…」
「えっと、選考に問題はあるのでしょうか?」
まだ視界がハッキリとしないながらも声の主に尋ねるアルト。
「それは全く問題ない。出力が高いという事だけは確かだからな。あと君は属性に対する適性が全くないようだ」
「それなら理解してます。精霊と話は出来ても力は貸せないと言われているので」
「そ、そうなのか。分かった。それも含め記録しておこう」
「アルト。改めて言うけど、あなたってとんでもないわね」
「眩しかったです、目が潰れるかと思いました」
二人に賛辞なのか文句なのか分からない言葉を掛けられるアルト。
その様子をレオニスが鋭い眼差しで見ていた。