第1章15幕 入学準備
アルトが王都で生活を始めてからもうそろそろ2年が経とうとしていた。それは家庭教師の依頼がそろそろ終わる事を意味している。リリーとシズクが王立魔法学校に入学する為の訓練としての依頼だったからだ。
二人の実力は着実に上がっていた。リリーはすでに決まった戦闘スタイルを持っており、それに一層の磨きをかけている。持って生まれた猫人族のスピードを活かした一撃離脱のスタイルと、動き回りながらも魔法を次々と放つそのマナコントロールは十分実戦レベルに達していると見える。
シズクはしばらく伸び悩んでいた時期もあったが錫杖った魔法攻撃に磨きをかける事に加え、精霊語を学び守護精霊と絆を強めた事でその姿を顕現させることに成功した。守護精霊は白い狐で3本の尾を持つ。シズクはこの精霊を「おきつね様」と呼んでいる。直感的にそう感じたそうだ。
王立魔法学校では魔法や武芸の他、学問など様々な事を学ぶらしい。そして成績が認められるものは国に使える騎士や宮廷魔術師に選出される。リリーの兄ヴィクターも王立魔法学校出身であり、その学年の首席という成績で騎士になったそうだ。
スマートな美男子で成績優秀、将来有望な若手騎士として国民から、とりわけ女性からの人気が高いらしく羨望と嫉妬のまなざしで見られる事もしばしばあると聞く。しかしヴィクターは周囲の評価に惑わされず努力を怠らない。そんな彼に騎士団からの期待も厚いとリリーが自慢げに語っていた。
リリーにとって兄は目指すべき目標なのだろう。もっとも、そう語る彼女の潜在能力も相当なものだとアルトは感じている。ひょっとしたらヴィクターを超えるほどなのではないかとも感じさせるほどの伸びしろを感じるのだ。
二人の強化魔法の連続発動時間も最大8時間ほどと大きく伸びていた。それはマナ量が大きく伸びている事を意味していた。これだけ準備すれば問題ないだろう。
入学に当たって試験のようなものがあるにはあるのだが、これに受かるのは難しくない。むしろ落ちる方が稀だそうだ。主に適性を見るという意味がいが強い試験であり、篩にかけ落とす意図はないそうである。
しかしその適正試験の結果次第で上位クラスと下位クラスに分かれる。当然、授業の質も異なってくるためスタートの試験はやはり重要なのである。
「アルト、お兄様がお話があるそうよ。客間で待ってるって」
リリーがアルトを呼びに来た。翌週には適性試験だ。この生活もそろそろ終わりという事だろう。
「わかった、ちょっと話してくるよ」
アルトは二人の成長に感慨深いものを感じつつも自分の終わりが見えた事に何とも言えない気持ちになっていた。
「ヴィクター様、アルトです」
アルトは客間のドアをノックした。中から入るように促されドアを開ける。
「やぁアルト君、訓練中に呼びつけてすまないね。今後について少し話をしておきたくてね」
「いえ、構いません。お二人とも成長著しく、私のやる事といえば自主トレーニングに少し口を出すくらいですから」
この2年でアルトも貴族の会話にもだいぶ慣れたものだ。
「それは何よりだ。二人の力をあんなに引き出してくれるとは、君の働きには本当に感謝している」
「とんでもないです。お二人とも潜在能力が高かったものを私が少し早く引き出しただけに過ぎませんよ」
「謙遜しないでいい。君でなければこうも伸びる事はないだろう。それでこの後の事について話したいのだが、良いかい?」
「この後ですか?試験対策とか何かでしょうか?」
「いや、試験自体は問題ないだろう。それよりも君とリリー達が出会った時の事を覚えているかい?」
「もちろんです。襲撃にあっていたところに私が居合わせた事が全ての始まりでしたね」
「うん、その襲撃についてなんだが…彼らの尻尾は依然つかめない。目的もその背景もね」
アルトはヴィクターが何を言わんとしているか理解できていなかった。
「アルト君はあの時の襲撃者の目的は何だと思う?」
「それは…リリー様の殺害でしょうか?」
「仮にリリーの命を狙った襲撃者だとして、それになんの意味があると考える?私は賊の仕業ならばそれで納得できるのだが、彼らの戦い方や行動からただの賊だったともどうしても思えないんだ。」
「では殺害以外の目的、例えば誘拐などでしょうか?」
「うん、私はその線が濃厚かと考えている。父上の影響を削ぐ為の駒としてリリーを捉える、とかね」
アルトは思案する。もしその推測が当たっているとしたら、まだ脅威は去っていないという事なのだろうか。ヴィクターはその脅威について何か心当たりがあり、それの対処を依頼しようとしている?そんな事を考えていた。
「王立魔法学校はね、寮生活が必須なんだ。つまり、今後リリーは学園では守るべき存在が必要になる」
「それは初耳でした。ヴィクター様、お考えを率直に伺ってもよろしいですか?」
「アルト君、君も王立魔法学校に通って欲しい。そしてリリーに危険が及ばないように警護して欲しいんだ」
アルトは絶句した。まさか自分も学校に入れと言われるとは思っていなかったのだ。
「もちろん、学費などの費用は私が出す。妹とシズクは大事な家族だ。彼女たちを守ってくれないか?」
アルトは思案する。もし王立魔法学校に入れば今までの様に冒険者業を続けることが出来ないかもしれない。それは困るのだ。もっと濃い経験を積みたい、それがアルトの希望だ。
仮に入学したとして、今よりも濃密な戦闘経験が詰めるだろうか?それは難しいだろう。では戦闘以外の経験では何か得られるものはないだろうか?例えば他国の知識とか歴史とかを学ぶことでメリットがあるか、そんな事を考えるアルト。するとヴィクターは見透かしたように語りかける。
「君は冒険者としての立場も捨てたくないと考えているのかな?ならば問題は無いだろう。確かに寮生活にはなるが寮の中は貴族の令嬢なども多数いるので警備が厳重だ。寮の中に居る限りまず脅威はないと考えて良いだろう」
「では授業中やその移動の最中の警備が重要だという事ですか?」
「そうだ。それ以外であれば外出許可をもらえば自由に出入りできるはずだし、学園側には私から君が冒険者と兼業である事を伝えておく」
しばらく考え込んだ後、アルトは決心する。
「そういう事であればこの話、お引き受けいたします。お二人の安全は私が確保します!」
「ありがとう!実はそう言ってくれると思ってね、既に君の入学手続きを済ませていたんだよ」
ヴィクターは爽やかに笑うが、断っていたらどうなったんだろうと内心焦るアルトであった。
「リリー、シズク、ちょっといいかな」
アルトは訓練中の二人を呼び、ことの顛末を伝える。
「そう、お兄様の仰ることは最もだわ。それより私はまだアルトに一泡吹かせてないもの!かえって好都合よ!」
リリーは不敵に笑う。
「またアルトさんと共に研鑽できる日々がこれからも続くんですね!」
シズクはどこか嬉しそうだ。そんなシズクを見ているとアルトも嬉しく感じる。
「そういう事だから来週の適性試験、3人で頑張って一番上のクラス目指そう!」
そう高らかに宣言し、気合を入れ直すアルト達。
3人が全員無事に最上位クラスを目指して適性試験に臨む事になったのだ。