第1章14幕 王都での日常(3)
アルトはシズクと別れ帰途につく途中、ふと風結の誓約の面々がどうしているか気になった。たまには彼らと話すだけギルドによるのも良いだろう。そう思い立ってギルドに立ち寄る。
「お、アルトじゃないか!珍しいなこんな時間にやってくるなんて」
依頼を達成した後の打ち上げだろうか、すでに酒が入って上機嫌なハンスが早速アルトを見つけて話しかけてきた。
「やぁハンス、今日も好調みたいだね。可愛い奥さんを置いて飲んでていいの?」
「言うねぇアルト。お前さんも良い相手見つけて早く子供でも作ってだなぁ」
ハンスは既に出来上がってるようだ。アルトの年齢を無視しして自分の幸福の形を語り始める。
「ハンス、アルトはまだ11歳だぞ。子供にそんなこと吹き込むんじゃない」
大柄のヨハンが横やりを入れる。
「そんなこと言ってるとこの筋肉だるまみたいに行き遅れるぞぉ」
「俺は俺のペースで人生を謳歌しているんだ。あと筋肉だるまやめろ」
至極冷静に受け流すヨハン。彼は酒に強いらしい。
「ちょっとハンス、あんた誰彼構わずちょっかいかけるんじゃないよ!ごめんねアルト、今日は報酬が良い仕事がうまいこと片付いてね。みんな上機嫌なのさ」
そうフォローに入るアウロラ。そう語るアウロラもやや顔が赤い。
「アウロラだっていい年なんだからよぉ、そろそろ家庭ってもんをかんがえてもいいんじゃねぇか?家族ってもんは良いぞぉ」
アルトは言ってはいけない事を平然と言ってのけるハンスに戦慄した。
「ハンス、ちょっと涼しい風にでも当たってくるかい?今なら楽しい空の旅行を楽しませてあげるよ」
そう冷たい口調で語りかけながら立ち上がるアウロラに風の精霊が呼応していた。
「アウロラ、ダメだって!ギルドの中はダメ!やるならせめて外!外!」
アルトは慌ててアウロラにしがみ付き静止する。ギルドの中での揉め事はご法度だ。
「それにほら、アウロラは美人なんだし相手なんてすぐに見つかるもんね!」
何とかおだててその場をやり過ごそうと必死になるアルト。
「アルト、あんたってばほんと可愛い子だねぇ」
機嫌を治したアウロラに抱きつかれるアルト。内心ほっと胸をなでおろす。どうやらアウロラも出来上がってるらしい。
「私もこんな良い子が欲しいもんだよ、ねぇエリク」
意味ありげな視線をエリクに向けるアウロラ。しかしそんな遠回しなアプローチはエリクには届かない。
「そうだな。いつか俺たちも引退する時が来る、そしたら家庭築いてなんてことも考える時が来るだろうさ」
(幼馴染って本当に面倒なんだな、子供の俺でもわかるのに)アルトは内心エリクの鈍感さにため息をつく。
「それでな、うちの下の子がこの前ついにパパって呼んでくれたんだよ!パパだぞパパ!」
穏やかな雰囲気の中、興奮気味にハンスが息子自慢をしている。ハンスは本当に家族思いなのだ。その情熱たるや、一度語り出すと止まらない。息子の話が終われば娘の話、それが終われば奥さんの話、そしてまた息子の話とほっとけば延々と続くのだ。
「その話、もう3回目だぞ全く。」
「良いじゃねぇか、これが幸せなんだって俺は思うわけよ!」
ヨハンの横やりにも屈せず自身の幸福を語るハンス。
ハンスが冒険者を続ける理由。それは金を貯めてその内どこかで店を開きたいというものだ。そこで穏やかに家族と暮らす。冒険者なんて危険な仕事は今だけだというのが彼の口癖である。その夢をなんだかんだ言いつつ風結の誓約の面々は応援しており、叶えるべく共に依頼をこなすのだ。
ヨハンはハンスの昔馴染みで冒険者になる前からの友人らしい。エリクとアウロラは幼馴染でエリクに付いてくる形でアウロラも冒険者になる事を選んだそうだ。アウロラの事だ、エリクが振り向くまで付いていくと決めているのだろう。
アルトはギルドの中でもとりわけ風結の誓約のメンバーと仲が良い。他の面々とも会話したり助け合ったりすることも増えたが、このメンバーと一緒に居る時が一番安らぐのだ。
「アルト、今度またお前の力を借りたいと思ってるんだが、良いか?」
エリクはアルトに問いかける。アルトは迷うことなくもちろん!と答えた。
こうして冒険者達のひと時の安らぎの時間は夜更けまで続くのであった。