第1章12幕 王都での日常(1)
アルトが王都で活動を始め1年が過ぎようとしていた。
相変わらず冒険者と家庭教師という二つの仕事をこなす忙しい日々にアルトは充足感を感じていた。冒険者としてはあれから単独で動く事もあるが風結の誓約と共同で依頼を受ける事も増えた。彼らのランクはCであり、Eランクの自分では受けられない依頼に参加できるまたとない機会だからだ。
拠点としての宿は以前と変わらないギルドにほど近い宿だが、アルトはこの宿が気に入っている。設備はそこそこで立地が良く、朝食が付いてくるのだがこれがまた美味しくボリュームもある。育ち盛りの彼にとっては重要な事だ。
リリーとシズクの成長は順調であり、共に身体強化と能力強化を習得していた。今は効果をどれだけ高めるかという質の部分と継続展開時間を長くするという二点を重点的に行っている。リリーを含むブラックヴェル家は代々剣槍を使う家系らしく、リリーもまた剣槍を得意武器としている。一方、シズクはこれといって武器の扱いの経験はなく、身を守る為にショートソードを持つか、魔法に特化する方向で杖などを持つか悩んでいるようだ。
魔法の発動には杖などは特に必要としないし、ただの杖を持った所で特段威力や効果に変化はない。杖に魔晶石という魔石の正負のバランスを整え加工したものを付ける事で自分に相性の良い属性を強化させることが出来るのだ。したがって、何も杖である必要はなく装飾品や武器そのものに魔晶石を付ける場合もある。
リリーは成長方向がある程度定まっており、2つの強化魔法を駆使しつつ得意の氷魔法を織り交ぜる戦闘スタイルを目指している。問題はシズクである。彼女は孤人族にしては珍しくお世辞にも運動が得意とは言い難い。リリーとの関係を考えても後衛でサポートに徹した方が良いだろう。
「アルト、ちょっと一手付き合ってよ」
リリーとの付き合いも長く、この頃になるとお互い砕けた口調で会話できるようになっていた。
「いいよ、いつもみたいに基本的に防御に徹するけど隙を見付けたら容赦なくいくからね」
そう宣言し、相対する二人。これがここ最近のリリーの訓練スタイルだ。
「それじゃ遠慮なく、行くわよ!」
そう宣言するや否や剣槍で牽制をしながら魔法の詠唱をするリリー。
「水と風の精霊達よ、我がマナを使いて汝らの力を与えたまえ。欲するは冷たき氷の槍なり。眼前の敵をその槍を持って穿て。」
詠唱が始まるや否やリリーの周囲に精霊の気配が集まり3つの氷塊が槍の形を形成していく。
「アイススピア!」
リリーは剣槍の一撃を合図にバックステップで距離を取る。それと同時に氷の槍がアルト目掛けて勢いよく飛んでいく。これをアルトは剣で尽く砕いていく。しかしこれだけで終わらない。
「水と風の精霊達よ、我がマナを使いて汝らの力を与えたまえ。欲するは冷たき氷の牙、我が敵を穿て!フロストスパイク!」
立て続けに詠唱を終えたリリーの魔法フロストスパイクが剣槍を突き立てた地面からアルトに向かい高速で伸びてくる。剣で氷槍を処理した直後に下からの攻撃だ。
「水と風の精霊達よ、我がマナを使いて汝らの力を与えたまえ。」
さらにリリーは詠唱を続けるが、その様子を見ながらも氷の牙を剣で砕くアルト。彼を拘束するには至らない。
「眼前の敵の周囲に集まりし氷を針となし、その身体を貫け!アイシクル・プリズン!」
アルトはこの魔法をリリーが使うのを始めて見た。先ほど薙ぎ払った氷の槍と牙の破片がみるみると槍の形に変化していく。まさしく氷の針の牢獄である。
(なかなかエグイことするなぁ)アルトは眼前を思い切り剣で縦に切り裂き脱出路を作る。そこへリリーが飛び込んできた。剣槍の鋭い突きを組み合わせてきたのだ。
アルトは剣槍の突きに敢えて飛び込む選択を取る。槍の切っ先をショートソードで巧みにずらし横へとすり抜けそのままリリーの背後を取り、背中に剣を向ける。
「良い戦法だし、魔法の連続詠唱も驚いたよ。特に最後のは中々だね。正直俺に恨みでもあるのかと思うくらいえげつない魔法だったよ」
最大限の賛辞を贈ったつもりのアルトだったが、両手を挙げて参ったのポーズを取ったリリーは不服そうだ。
「もう少しでアルトに一泡吹かせてやれたのに」
「あれ?本当に何か怒らせる事でもした?」
「正直マナの盾以外で防ぐなら被弾覚悟で出てくるかと思ったけど、まさか無傷で突破した挙句に追撃すら凌がれるなんて」
ガックリと肩を落とすリリーにアルトは声をかける。
「いや、あれはまだこれから威力が上がると思うよ。正直ある程度の威力があったら俺も危ないし被弾覚悟なんて無茶は出来ないな」
それを聞いたリリーの耳がピンと立つ。
「なら磨きをかけて今度こそ一撃お見舞いしてあげるんだから。覚悟してなさいよ、アルト!」
リリーは不敵な笑みを浮かべそう高らかに宣言をする。
「やっぱなんか恨みでもあるのかな?リリー『様』」
そう軽口を叩く二人であった。
一方シズクはというと強化魔法を展開しつつ魔法を撃つ練習を続けていた。しかしその表情は硬い。リリーとの手合わせを終え、シズクの様子が少しおかしいと感じたアルトは声をかける。
「アルトさん、強化魔法の連続使用をしながら魔法を撃つことには慣れたのですが、私はこのままでも良いのでしょうか。」
リリーは確実に自分のスタイルというものを見つけ進み続けている。対してシズクは魔法の制御技術は上がったものの、これといって戦闘スタイルというものが見つからない。その事に焦りを感じているようだった。
「リリーは家の伝統とも言えるスタイルが元々あった上での成果だよ。お兄さんの影響もあるだろうしね。シズクは魔法での攻撃だけじゃなく回復魔法も使える。そんなに焦る必要はないんじゃないかな」
そう声をかけてみるもやはり表情は曇ったままだ。
「そうだ、この後シズクが使う武器でも見に行かないか?これってものが見つかれば何か切っ掛けになるかもしれないし」
「良いのですか?リリー様ともお話してきてもよろしいでしょうか?」
アルトの提案にパッと笑顔を見せるシズク。アルトが頷くとリリーの元へと駆けていった。