第1章9幕 統合強化魔法
リリー宅での指名依頼の話を受け、その日から早速二人の現在の状態を知りたいとアルトは申し出た。リリーとシズクと共に庭の一部でどういう魔法が使えるのかなどのヒアリングから始める。
リリーは水と風の属性を得意としており地属性にも適正があるとの事だが、得意なのは水と風の複合属性の氷魔法だという。
一方シズクは火と風の属性を得意としておりリリーと同じく地属性にも適正があるようだ。簡単な回復魔法なら扱えるという話だ。
アルトは強化系の魔法について質問する。強化魔法は7種類把握しており、どの魔法も二つ程度なら同時に扱えるようだがまだ不安定と答えるリリーとシズク。アルトの常識からするとこれは極めて深刻だ。彼の中では複数同時発動が常識であり、学園の生徒も恐らくそうなのだろう、そう判断した。
「リリーさ…じゃなくてリリー。それにシズクも、まずは7種類の強化魔法については知っているようだね。ならこれからその魔法を統合した新しい魔法をまず教えるから、それを常にかけ続ける事を目標にしてみようか」
アルトからの提案に二人は呆然とする。
「アルト、ちょっと良いかしら。魔法の統合ってどういう事?それに魔法を常にかけ続けるなんて出来っこないわ」
「そんなことないよ。魔法はまずイメージが大事なのは知ってるよね?そのイメージをしっかり固めれば魔法の統合は可能だよ。それに統合してしまえば掛け続ける魔法は二つだけで済むから、ずっと楽になる。」
アルトは自分の経験を元にそう答えた。しかしリリーとシズクは浮かない顔をしている。
「アルトさん、強化魔法を常にかけ続けるなんて聞いた事ありません。そんな事したらマインドダウンしてしまいます。」
シズクの言うマインドダウンとは自身のマナを使い切り気絶状態に陥る現象だ。
「マインドダウン?聞いた事あるけど、今までずっと掛けっぱなしでなった事ないよ?何事も挑戦から。もしマインドダウンになりそうになったら魔法を解いて徐々に時間を伸ばしていくっていうのはどうかな?」
アルトの提案に半ば呆れつつも、まずは強化魔法を統合する話について説明をすると張り切るアルトに押し切られる形で初日の授業は進んでいく。
時は少し遡りアルトが8歳の頃だ。当時の彼には悩みがあった。それは訓練の中でモンスターと戦闘した際に複数かけている魔法に綻びが出る事が多々あった。その日もアルトはゴブリン3体との戦闘を終えた後にマントが破けている事に気が付く。
「うーん、やっぱりこれだけ魔法をかけ続けてるとどこかで集中が途切れるのかな。」
アルトの使う魔法は合計8種類、その内7種類が強化魔法でこれを常時かけ続けている。日常生活の中では綻びが出る事はないのだが、モンスターとの戦闘は命のやり取りだ。極限の状態での魔法行使は集中力の低下を招くのだろう。
「どうにかしないと、もし防御魔法が中途半端になってる時に攻撃でも喰らったら…」
魔法の綻びが発生する状態での戦闘は実に危険だ。それが原因で命を落とす事も容易に想像できる。アルトは慣れるしかないのか、あるいは別の方法があるのではないかと思案を巡らせていた。
「そういえば、あの良く解らない記憶。何かのヒントにならないかな?」
それはアルトがこの世界に来た時から持っていた不思議な記憶だ。その記憶は断片的でありながらも「科学」という技術のある不思議な世界の記憶だった。いや、それが記憶なのかどうかもわからないのだが、アルトはこれを記憶だと感じていた。いや記録といった方が正確かもしれない。
「確か『プログラミング』って概念があったな。あれなんか参考にならないか?似たような魔法を『処理』に置き換えて…」
アルトはベッドの上で思案する。彼の考えはこうだ。使用している魔法を分類して似た効果を持つ魔法を洗い出す。次にそれぞれ分類した魔法を新しくイメージしなおす。そしてそれを一つの魔法として統合する、そういう試みである。
筋力強化と骨強化、皮膚硬化と防具硬化、反応速度上昇と思考速度上昇、そして感覚強化。まずこのように分類してみる。まずは筋力強化と骨強化を一つの魔法としてイメージする。元々骨強化はアルトの動きの激しさに骨が損傷しない様に習得した魔法だったが、アルトの『記録』によれば骨を守る為に筋力はその力を脳によって無意識に抑えられているという。
その『記録』も考慮して筋肉を強化すると共に骨を限界まで強化し、脳のリミッターを外し続ける事が出来れば、今のままでも凄い力が出るのではないか?そう考えるとイメージにもより一層力が入る。
しばらくウンウンと唸っていたアルトだったが、不意に外に出て巻き割りを始めた。ブツブツと何か言いながら巻き割りをするアルトを不思議そうに眺めるシルヴィア。そして幾分か時が過ぎた時、突然轟音が響く。
「これだ、このイメージだ!やった、成功したんだ!」
アルトは歓喜していた。筋力と骨の同時強化に成功したのだ。
「おいアルト、これは一体どういうことだ?」その冷たい声にハッと我に帰るアルト。眼前には無残にも真っ二つに割れた巻き割り台と深々と刺さった斧がある。恐る恐る声の主を見るとそこには美しいエルフの姿をした『鬼』が立っていた。
「このバカ弟子が!何かするにしてもまず相談しろ!」大きな力を手に入れた代償は大きかったようだ。




