プロローグ
時は神歴1199年、アーリアと呼ばれる世界の話だ。
世界は「災厄の王」と呼ばれる存在とその手下のモンスターや魔獣、それを使役する魔族と呼ばれる人種によって平和を脅かされていた。
災厄の王に対抗すべく神託を受けたとされる『勇者』クリフト・ブライとその仲間である『帝国の聖女』マリンアンナ・クリステリア、そして『西方の森の魔女』シルヴィア・ウィンディアを中心とした討伐軍が、帝国のある大陸南方の海の向こうに存在する魔族領へ向け遠征し到着した。遂に人類の平和を賭けた決戦を迎えようとしていた。
「災厄の王はこの先に居る、皆力を貸してくれ!共に平和を勝ち取るぞ!」
そう討伐軍を鼓舞するクリフト。傍らには恋人であり聖女と慕われるマリアンナと魔女と呼ばれる圧倒的な力を持つハイエルフのシルヴィアが共におり、帝国からの討伐軍に勇気を与えていた。
「道を切り開く、私に任せろ」
そう言ったシルヴィアの姿は金色の翼を持つ全身鎧を纏ったような姿へ変貌する。エルフ族の持つ特殊戦闘形態『ヴァルキュリア』を発動させたのだ。言葉の通り金色の戦乙女は待ち構える魔族達を膨大なマナ出力によって作った巨大な雷の槍で打ち抜き殲滅、災厄の王がいると思われる最奥部への道を作る。
「今が好機だ、皆我に続け!」
クリフトは先陣を切って魔族軍の陣形が崩れた先へと駆け出し、マリアンナを含む討伐軍も勇者を追うべく後に続く。
(ヴァルキュリアでは些かやり辛いな)
力を抑えながら味方の進軍を補佐しつつ進軍経路を確保するシルヴィア。彼女が全力で戦うには軍という組織は大きすぎた。経路を確保しながらも細心の注意を払って力をコントロールするのは並大抵の事ではない。ただでさえ消耗の激しい特殊戦闘形態で神経を使う戦いは、如何にハイエルフの彼女であっても困難であった。
クリフトを先頭にした討伐軍の進軍が完了する事を見届けると、敵の追撃を追い払いながら自身も後を追う。奥部に進むも敵の数は増し戦闘は激化。戦場は混戦状態となっていた。
「ヴァルキュリアのままでは味方も巻き添えになるか…」
そう呟くと金色の鎧の姿からレザーアーマーに緑の装束を纏った元の姿へと戻り、時には魔法で、時には手にした槍で眼前の敵を倒し進んでいくシルヴィア。急ぎクリフトと合流するべく先に進みクリフトとマリアンナ達の元へたどり着くと共に、その場の違和感に気付く。
「独りでなんて無茶言わないで!災厄の王がどんな相手かもわからないのよ!」
マリアンナがそう説得をしているように見える。しかしクリフトはいつもと様子が違い、何かに憑りつかれたように前へと進みながらこう言った。
「勇者でなければ災厄の王は倒せない。勇者でなければ災厄の王と対峙は出来ない。俺が一人で立ち向かう。」
いつもと違う様子に戸惑うマリアンナとシルヴィアを置いてクリフトは突き進んでいく。確かにクリフトは人族の中でも群を抜いて強い存在だ。しかしこれまでとは別人の様により一層力強く、次々と敵を切り伏せ奥へと進んで行く。混戦状態の中ではヴァルキュリアも大魔法も使えず、後を追うことが出来ない歯がゆさを感じるシルヴィアと、仲間の援護で精一杯のマリアンナは中々クリフトに追い付くことが出来きないでいた。
それからしばらくして異変は起こった。突如クリフトと思われるマナが膨れ上がると同時に、災厄の王が発しているであろう禍々しいマナが消えていくのを感じる。魔族達の様子もどこかおかしく、次々とその場で苦しみ始めた。
その隙にヴァルキュリアを発現し、マリアンナを抱えてクリフトの元へと飛ぶシルヴィア。そして彼女達はクリフトがマナの粒子となって天へと消えていく様を、いや神によって吸われていくの感じたのだ。
「神よ、なぜ、なぜクリフトを連れていくのですか!?」膝から崩れ落ちるマリアンナを支えながらもその光景をただ見ている事しか、シルヴィアに出来ることはなかった。こうして神歴1199年、歴史上4度目の災厄の王は倒され世界は平和を取り戻した。
翌年、共に旅をしたマリアンナはこの事を切っ掛けに「神」に疑いを持ち帝国とその国教である正道教を捨て、未開拓であった帝国の西方地域に新たに『クリフト王国』建国を宣言し『精霊教』を立ち上げた。彼女は王国の西の森にあるエルフの里の隠匿結界の守護者であるシルヴィアに西の森全体の番人として、そして「国の行く末を間違わない様に、子孫たちを見守っていて」という願いを託し、天寿を全うした。
あの出来事から380年程たったある日、シルヴィアは当時の事を思い起こしていた。月を眺めながら感傷に浸るなど珍しい、と自分でも思いつつ彼女が使役している精霊獣のリトル・フェンリル達と森の状況を確認する。
ハイエルフのシルヴィアの寿命は1200年とも1500年とも言われ、現在の彼女は600歳を超えている。クリフト達との旅をした時は好奇心旺盛で外への関心で溢れていたが、あの事件を切っ掛けに彼女もこの世界の「神」と呼ばれる存在を疑い思慮深く落ち着いた性格へと変貌していた。
いつまでも感傷に浸っているわけにもいかないかと思ったその時、不意に森の中で莫大なマナの収束を感じ取る。
「このマナは…一体何が起きているのだ!?」その異常マナの質と量に驚きつつ、収束地点へとリトル・フェンリル達を向かわせ、自身もその場へと急行する。
その場には既にリトル・フェンリル達が到着しており、人族の赤子を守るように周りを警護していた。
「あのマナの発生原因がこの赤子なのか?」シルヴィアは赤子を抱き上げそう呟く。
不意に先ほどまで思い起こした過去の出来事と目の前の赤子を重ねたシルヴィアは、その赤子をエルフの里で匿う事にした。もしこれがあの「神」が関わったものだとしたら、また以前のような事が起こる。「神」と帝国にこの子の存在を知られるわけにはいかないと考えた結果である。
「お前に名を付けてやらないとな…うむ、『アルト』と名付けよう」喋る事の出来ない赤子の反応を見て気に入ったと感じたシルヴィアは満足げにうなずくと、エルフの里へと向かっていった。
時を同じくしてガリレオン帝国のある所では慌ただしい雰囲気を見せていた。帝国の国境である『正道教』の幹部達数名に神託が下り、勇者生誕の儀式を行っていたにもかかわらず何も変化が起きなかったのだ。伝承によれば生贄に用意した子供に勇者の魂が宿るはず、だが子供に変化はなかった。
「なぜ神は勇者を遣わさないのだ!」
焦燥する様子を隠さず狼狽える大司教。伝承に間違いがあるはずもなく手順も生贄の子供も用意している。何も問題は無いはずだった。
「やはりこのような下賎な子を使ったのが神の怒りに触れたのか?もうよい、誰ぞ、この呪われし子を始末せよ」
大司教はそう冷たく言い放つと皇帝への報告へと向かうのだった。