1-⑨
俺は、見よう見まねで立てていた人指し指の先に浮かぶ白い光を眺める。
アルが、信じられないモノを見るような目をしているけど、一旦無理。
机の筋まで見える、透き通った光。
アルの黒い球より、一回り⋯⋯それ以上? 大きいな。
なんだか、あのときの光に似てる。
俺が気を失う前の、ルキが放った光に。
「⋯⋯ウソだろ。普通、練習を重ねないとマナの流れなんて、つかめないのに。さっきマナを知ったばっかりだろ」
「なぁアル。俺さ、ギルドに入るよ」
アルが、嬉しいやら、驚きやら、展開についていけてないような表情で目を見開く。
⋯⋯だけど、その手に契約書が握られてんの、知ってるんだからな。
俺は机に手をついて契約書を奪うと、サッと目を通して、グッと手に力を入れる。
体の芯を滑るような感覚に、ゾワッと鳥肌が立った。
持っているところを中心に、墨がにじむように紙が黄色に染まり、『優花』と文字が浮かぶ。
ペッと机に投げると、アルが気づかうように手に取った。
「その、いいのか? 俺としては嬉しいが⋯⋯」
「うん。俺に何ができるのか分からないけど、色々教えてほしい」
「もちろんだ。いつでも聞きに来てくれ。ただし、直接俺にな? 伝言とかはナシで」
「分かっ⋯⋯」
バタバタバタッ
「おいっ暴れるなっ」「ギルド長を呼べ!」
建物をひっくり返すような騒ぎが、扉を隔てて起こっている。
でもあれ、この、そばにいるような安心感って⋯⋯。
「なんだ? ちょっと見てく⋯⋯おい、優花!?」
俺は反射的に扉の取っ手をつかむと、バッと引いて、体を滑りこませるようにして、カウンターにとび出した。
「ルキ! 落ちつけ、俺はここだ!」
外につながる扉を中心に、円状に人だかりができている。
⋯⋯いや、円状になっている、のほうが正しいな。
身を低く、前足をふんばっている黄色のドラゴン――ルキが、誰も寄せつけない殺気を放っている。
扉が大きいとはいえ、それは人間から見たときの話だ。小型ドラゴンでも厳しいと思う。
ルキのやつ、無理矢理入ってきたな⋯⋯?
今にもとびかかりそうなルキに声をかけると、張りつめていた緊張感がフッと消え、ギルド職員たちはホッと胸をなでおろした。
腰が抜けてしまった人もいる。
「クルルゥゥ⋯⋯!!」
ルキが歩き出すと、人だかりが割れた。
俺はカウンターをひらりととびこえると、すり寄るルキの頭をなでる。
「ダメだろ、ルキ。無理矢理入ってきたら、みんなビックリしちゃうし」
「クルゥ⋯⋯」
「でも、俺が遅いから、心配してくれたんだよな。ありがとう」
俺が頭をワシャワシャとかきまわすと、ルキは嬉しそうに喉を鳴らした。
うううぅぅ⋯⋯! かわいすぎ! 優勝!
「おいおい、甘やかすなよ。さすがにこれは、ぶっとびすぎだろ」
後ろを振り返ると、アルがカウンターに寄りかかっていて、それを見たギルド職員たちが、ハッと我に返ったように動き出した。
「罰則、って言いたいところだけど、優花の報酬から引いとくわ。それでも取り分はあるけど」
そう言って手渡してきた麻袋を開けると、手で握れるくらいの銀の硬貨が3枚入っていた。
これって、かなりの大金じゃ⋯⋯。
困惑してアルを見上げると、アルはいたずらっ子みたいな笑みを浮かべた。
「大金だろ。なんせ、下より上から数えたほうが早いからな。それだけ、アレの懸賞金が高かったってこと。じゃあ、早く帰れよ⋯⋯って、泊まる場所がなかったら、あそこの階段上がってけよ。ギルドに所属してる人専用の宿になってるから」
アルは背を向けると、ヒラヒラと手を振ってギルド長室に入っていった。
宿かぁ。全く考えてなかったな。
「あの、優花さん。ここに泊まるんでしたら、ドラゴンは外ですので⋯⋯」
ソソッと近づいてきたギルド職員が、チラチラと扉を見ながら口ごもる。
あー、そっか。さすがにルキは外で寝るか。
でも、ルキだけ外って、あんな吹きぬけの場所で?
かわいそうだよ⋯⋯!
どうにかできないかと考えていると、服の裾がクンクンッと引っ張られた。
首を回すと、ルキが捨て犬のような寂しそうな瞳で、俺を見上げていた。
くぅっ、これはもう、一つしかないな⋯⋯!
「俺が外で寝ることって、できますか? ルキと一緒に寝たいんですけど」
「えっ?」
「宿泊代って、いくらですか? 足りるかな⋯⋯」
「い、いえいえ! 外で寝られるなんて、そんな⋯⋯お金なんてもらえませんっ!」
ピャッと逃げるように、ギルド職員が、カウンターへとひっこむ。
ヒソヒソと視線が俺に刺さるが⋯⋯変なこと言ったか? 外で寝るなんて、たまにあったけどなぁ。
「クルルゥ」
ルキがしきりに顔をこすりつけてくる。
⋯⋯いろいろあったけど、結局、ルキが嬉しいなら、なんでもいいかな。
ギルドに入ったのだって、世間知らずじゃルキを守れないと思ったからだ。
俺は優しくルキをなでると、首に腕を回した。
ギルド職員たちのザワめきが大きくなる。
けど、関係ない。俺はルキに伝えたいだけだから。
「俺たちは、ずーっと一緒だ」