1-⑧
キッとアルをにらみつけると、ナイフにでも刺されたみたいに、苦しそうに顔をゆがめた。
「お、落ちつけって。その代わり、そういうヤツはいくら殺してもいいことになってる。それも嫌なら、優花が、S級ドラゴニストになって、法を変えるっていうやり方もある。弱肉強食の制度を利用するんだ。⋯⋯な? だからとりあえず、そのマナをしまってくれ」
「⋯⋯マナ?」
また、知らない言葉が出てきた。
⋯⋯でも、いくら世間が気に入らないからって、アルに当たるのも、違うよな。
俺は大きく深呼吸をして、うすいピンク色の液体が入った、ティーカップに口をつける。
「⋯⋯甘い」
あからさまにホッとしたアルも、眉を下げてティーカップを手に取る。
「ごめん」
「いい。でもな、そういう世の中だから、受け入れてほしくはあるな。一応、俺も納得してないけど、この世界で生きるには、変えるか従うかの二択しかないんだ。俺は変えられなかったから、従ってる。S級になるのって、すごく難しいんだ」
「そっか⋯⋯」
「でも、優花のマナ量ならいけるかもしれないな」
「その、マナって何?」
「そこからぁ?」
アルはペチッと目に手を当てると、諦めたようにへニャリと笑った。
「ドラゴンと契約するときにも必要になるはずだけど⋯⋯とりあえず置いといて。優花が持ってきたアレだけど、優花は悪いことにはならない。アレは、同じようなことを何度もくり返してて、懸賞金がかかってたんだ。お手柄だよ」
「そうだったのか。よかった、牢屋行きを覚悟してたから⋯⋯」
「それは、ドラゴン協会だって言ってるだろ。で、さらに組織ごと指名手配してる、ヒューマニズムの一員だから、その分の報酬もあるぞ」
「ヒュ、」
「ヒューマニスムは、人間至上主義を掲げる虐殺集団。主にドラゴンを殺して回ってるけど、人間も平気で殺す。ヒューマニスムのヤツらは、ドラゴンのことを極端に道具だと思ってて、体のどこかに十字の刻印が刻まれてるんだ」
先回りされて、俺はなんだか申し訳なくなり、ハハッと乾いた笑いをもらす。
⋯⋯しょうがないじゃん。俺はおばさんとおじさんが死んじゃってから、ルキ以外と関わってないんだから。
「気にすんなよ。優花、たぶんだけど、他の人との交流が少なくて、古い知識を教えてもらったんだよな? だったら、ここからは俺の希望でもあるんだけど、ギルドに入らないか? 誰でも気軽にってわけにもいかないけど、優花なら、いつでも俺に会えるようにもするし」
「俺が?」
驚いて顔を上げた俺に、アルが困ったようにうなずいた。
「実は、ギルドって、万年人手不足なんだよ。そもそもドラゴンと契約できる人が少なくて、依頼が溜まってくんだ。ほら、ドラゴン協会がドラゴニスト限定で集めてたから、ギルドにもドラゴニスト向けの依頼が多くなるんだ。こっちは人間向けのも募集してるっていうのに⋯⋯」
「人間? ドラゴンと契約してないのに所属なんかして、何をするんだ?」
よくぞ聞いてくれました、みたいな顔で、アルが机に手をついて身をのりだす。
「さっき、マナって何? って言ってただろ。この星にはマナって呼ばれる、目に見えない力みたいなのがあって、この星に存在する全てのものが使うことができるんだ」
「この星に存在するもの? 人間だけじゃなく?」
「そうだ。ドラゴンも植物も、意識さえあればな。だけど、マナが何か歪みを起こしたとき、見境なく暴れる、謎の生命体が発生する。バグって呼ばれてて、それを倒すためにギルドが対策してるんだ。マナを使える人間も、バグ討伐に参加できる。だから所属してもらってるってことだ」
「へえー⋯⋯。具体的に、マナって何ができるんだ?」
俺が、くっつきそうなくらい近づくアルの額をグイとおし戻すと、アルはソファに座りなおして、ピンッと右の人差し指を立てた。
「見てろよ」
じっと二人で指先を見つめていると、ギュルルッと黒い糸が巻かれるみたいに、つまめるくらいの黒い球が現れた。
一切の凹凸も光沢もなく、そこだけ底の見えない穴が空いているような。吸いこまれそうだ。
「俺は闇属性だから、対象を弱めたり、影を操ったりすることが得意だけど、人間は基本、全属性を使えることが多い。大体みんな、自分の得意属性と身につけた体術で戦うんだ。コツは⋯⋯って、はぁ!?」